2月14日。
「あー…、なんかすっげぇヒマ…」
そんな風に呟きながら、ソファーの背中んトコに足を乗せてブラブラさせてみたけど、そんなコトしてもヒマなもんはヒマだった。
久保ちゃんは朝から出かけてていねぇし…、ゲームはなんか飽きたし…。
ついでに三日前から食ってるカレーも、いい加減飽きた…。
ヒマだから遊びに行くっつっても、行くことなんかねぇしなぁ…。
なーんて思いながら、さっきから食ってるお菓子の袋に手ぇ突っ込む。
そしたらまだ中に残ってると思ってたのに、中には何もなくなってた。
買い置きは確かこれで最後だったはずだから、ヒマな上に食いモノもなくなったってことで…。それがわかったら、さらにヒマが増大した気がした。
「ヒマ、飽きた…、腹へった…」
口に出して言ってみたら、なーんかスゴクむなしい。
ヒマだっつっても、腹へったつっても…、俺しかいないから返事がないのは当たり前だけど…。
いつもよか部屋に声が響くなぁって、そう思ったらちょっとだけ出かけたくなった。
たぶん待ってても、すぐには帰ってこないから…。
部屋に響く自分の声とか、ずっとつけっぱなしのテレビの音とか…、そんなのを聞いてヒマしてるよりその方がマシに思えた。
出かけるっつっても近くのコンビニまでだけど、やっぱ寒いからコートを着るコトにする。
誰もいないから伝言はナシで、俺はそのままドアを開けて外に出た。
「うわ…、マジで寒っ…」
二月だから、まだ寒いのは当たり前。
当たり前に寒い外を歩いてコンビニまで行くと、わりと中に人がいた。
自動ドア開けて中に入ると、いつもみたいにオレンジ色のカゴを持つ。
それから雑誌売ってるトコとか、お菓子売ってるトコとか見ながら、適当にそのカゴの中に欲しいモノを突っ込んだ。
「あっ、これってこないだ食ったら、めちゃくちゃマズかったもんなぁ…。ぜってぇ、すぐに消えるぞコレ」
久保ちゃんがいなくっても、いつの間にか新発売って書いてあるとなんとなく気になる。べつに気になるだけで買ったりはしねぇけど…。
そうやって新発売眺めてると、久保ちゃんは今ごろなにしてんのかなぁって思ったりした。バイトしてるのは知ってっけど…、いないといつの間にか久保ちゃんのことを考える時間が増える。
一緒に暮してても、それでも一緒にいないとその時間の方が長い気がした。
それはたぶんヒマなのも…、ゲームが面白くないのも…。
時計の針が進むのがやけに遅く見えるのも…、久保ちゃんが原因だからなのかもしれない。
なんかいつ帰ってくんのかって、時計ばっか気にしてんのはガキっぽくてイヤだけど…。
あの部屋は一人じゃ広すぎるから、いつも早く帰って来て欲しかった。
そう想ってても…、ぜってぇ久保ちゃんには言わねぇけど…。
「なんかうまそう…って、これってバレンタイン用じゃんか…」
コンビニの中を一周見て回ったら、レジの近くになんかコーナーが出来てた。
そのコーナーにはうまそうなチョコがいっぱいならんでて、バレンタインって書いてある。けど今日はもう2月14日だから、あまり見てるヤツはいなかった。
バレンタイン用ってだけあって、チョコになんか色々名前が書いてある。
なんとかホテルとか、店の名前とか…、ショコラとか生チョコとか…。
どれか食ってみてぇけど…、じ、自分用ってのはちょっとだよなぁ…。
けど、まぁいっか…、バレンタイン用でもチョコはチョコだしな。
誰がなんと言おうと食いてぇもんは食いてぇっつーことで、買うことに決定した俺はラッピングしてあるチョコの中から一個選んで、それをカゴの中に入れた。
「いらっしゃいっ。今日は一人?」
「まぁな…」
今日レジにいるヤツはバイトしてる時間帯が合ってるらしくて、わりと会うことの多いヤツだった。
だから、いつも久保ちゃんと来てんのを見て知ってる。
そいつは俺の出したカゴん中にバレンタイン用のチョコが入ってんのを見ると、それをレジで打ちながら、なんか妙な目つきで俺の方を見た。
「これってさ。もしかして誰かにあげるの?」
「なんで?」
「普通、バレンタイン用を買うのは人にあげるためだしさ」
「自分で食うために買っちゃ悪りぃかよっ」
「悪くはないけど、せっかくバレンタインなんだから人からもらった方がうれしくないか?」
「べつに」
「なんだったら、俺が買ってやろうか?」
「いらねぇっつーのっ」
「うーん…、残念」
なにが残念なのかわかんねぇけど、見ず知らずのヤツに…、しかもオトコにチョコを買ってもらってもうれしくない。
けど、キレイにラッピングされてるチョコを見てると…、やっぱ誰かにあげるからラッピングされてんだろうなぁって思った。
バレンタインってシールが貼ってあって…、リボンまでついてるから…。
2月14日だからってチョコを買う必要はねぇけど…。
俺はレジのヤツに待つように言うと、始めにカゴに入れたチョコと同じチョコをもう一つかごの中に放り込んだ。
「これって入ってたヤツと同じ種類のだよ?」
「いーんだよっ、同じでっ」
同じラッピングのチョコを二つレジに通す音を聞きながら、さっきよりちょっとだけ久保ちゃんが帰ってくるのが楽しみになった。
べ、べつにバレンタインだからとかそういうんじゃねぇけど、たまにはこういうのもいいかもって思ったから…。
俺はコンビニ袋の中にチョコを二つ入れて、マンションに帰った。
バイトが終わって部屋に戻ると、いつもと同じようにドアのチャイムを鳴らす。
するとドアの向こうから歩く音がして、いつもみたいに時任が出てきた。
今日の朝はかなり不機嫌だったから、たぶんまだ不機嫌しちゃってるんだろうなぁって思ってたんだけど…。
俺におかえりを言った時任は、なぜかやけに機嫌が良かった。
だから機嫌を取る必要がなくなったら、それはうれしいけど…。
なんとなく機嫌が良くなったワケが気になる。
今日はべつにドコに行く用事もなかったから、時任はずっと部屋にいたはずだった。
そういう時は、毛布をかぶって不機嫌しちゃってることが多いのになぁ…。
なーんて思いながらリビングに行くと、なぜかすぐに時任の機嫌が良かったワケがすぐにわかった。
「・・・・・・そーいえば、今日はバレンタインだったっけ」
「えっ、なに? なんか言ったか?」
「べつに」
「ふーん、ならいいけどさ」
リビングのカーペットの上に寝転がって、時任が箱入りのチョコを食べてる。
そしてその横には、バレンタインってシールの貼られた青い包装紙が転がってた。
・・・・・・時任とチョコとバレンタイン。
この三つからわかることは、たぶん時任の食べてるチョコが誰かからもらったモノだということだった。
もちろん、俺はチョコをあげた覚えはない。
ま、時任もオトコの子だし…、オンナの子にチョコもらってうれしいんだろうけど…。もらったチョコをうまそうに食ってる時任を見るのは、あまり気分が良くなかった。
告白されて付き合うようになったとか、そんなのじゃなくても…。
チョコを受け取ってる時任を想像すると…、ちょっと胸の奥に何かが引っかかる。
バレンタインって言っても、チョコはただのチョコなんだけどねぇ…。
なんて思いながら落ちてる包装紙を拾うと、俺はそれをゴミ箱に入れずに灰皿に入れた。
「なっ、なにやってんだよっ、久保ちゃんっ」
「なにって…、たき火だけど?」
「灰皿でたき火なんかしたら、あぶねぇだろっ!!」
「すぐに消えるよ」
「ひ、火柱が立ってんじゃねぇかっ!」
「あ、ホントだ」
「ぎゃぁぁっ、机に燃えうつるっ!」
「思ったより良く燃えてるねぇ.…」
「お、落ち着いて眺めてる場合かっ!!!」
「火の粉が舞ってる…」
「うわぁぁぁっ!!」
叫びながらあわててキッチンまで行くと、時任はコップに水を入れて戻ってくる。
そして燃えてる包装紙の上に、その水を勢い良くかけた。
すると灰皿の火があっという間に音を立てて消えて…、その後には黒く燃え残った包装紙が残る。
どうせならキレイに全部燃えたら良かったのになぁって思ってると…、時任が勢い良く俺の頭を叩いた。
「火事になったらどーすんだよっ! バカっ!」
「どうしよっかなぁ…」
「・・・・・って、もしかしてなんかあったのか?」
「なんかってなにが?」
「ぺ、べつになにもないならいいけどさ…」
「べつになにもないよ?」
「ふーん…」
そう言って時任は不審そうな顔で、じーっと俺の方を見てたけど、少しするとすぐにまた寝転がってチョコを食べ始めた。
足をぶらぶらさせながら、かなり楽しそうに…。
それを眺めながらソファーに座ると、時任は食べる手を止めて俺の方を見た。
「久保ちゃんもチョコ食う?」
「ん〜、遠慮しとくわ」
「なんで? うまいぞコレ」
「うまくても食いたくないから…」
「・・・・・・マジでいらねぇの?」
「うん」
「そっか…、いらねぇのか…」
「・・・・・」
「いらないならべつにいい…。ムリにってワケじゃねぇし…」
「時任?」
「・・・・・・・なんか眠いから、ちょっと寝る」
さっきまでかなり楽しそうだったのに、時任は俺がチョコを食わないって言うと…。
ガッカリした顔して、元気のない様子でリビングを出て行った。
けど、時任のガッカリした顔を見ても、俺がチョコを食わないだけで元気がなくなったのかがわからない。
ただ…、時任がもらったチョコを食いたくなかっただけなんだけど…。
あんな顔させるくらいなら、一個ぐらい食ってやればよかったと思った。
なんとなく出しづらくて…、買ったチョコはポケットに入ってた。
けど、久保ちゃんが食いたくないって言ったから…、もうコレは渡せない。
せっかく買ったんだけど…、やっぱオトコ同士でバレンタインなんてヘンだし…。
これで良かったのかもしれなかった。
最初は自分のだけ買おうとしてたんだから、久保ちゃんに買ったヤツも自分で食べたらいいしさ…。
このチョコすっげぇうまかったし、一人で二個も食えてラッキーじゃんっ。
…って、そう思ったんだけど、どうしても青い包装紙をやぶれない。
ベッドに寝転がってチョコを目の前に置いて、俺は大きく息を吐いた。
マジで買わなきゃ良かったって思ったけど…、チョコは消えてくれない。
ゴミ箱に捨てるのはもったいないから、食べるっきゃねぇのに食えなかった。
「あーあ…、なんかアホくせぇ…」
食えないチョコをじーっと眺めてる内に、バレンタインなんかで悩んでる自分がイヤになってきて…。
寝るって言ったのはウソなのに、ベッドに突っ伏してるとマジで眠くなってくる。
だからチョコをどうするかは後回しにして、とりあえずこのまま寝ることにした。
半分寝かかった時に、なんか名前を呼ばれた気がしたけど…。
気のせいだと思って、俺は眠るために完全に意識を手放した。
「くー…、すぅ…」
「…もしかして、もう寝ちゃってる?」
時任の様子が気になって部屋に入ると、静かな寝息だけが聞こえてくる。
眠いって言ったのは本当だったらしくて、時任はベッドでぐっすり寝入っていた。
けど、眠ってる顔にはさっきの名残りが残っていて…。
それを見ると、さっきのことをスゴク後悔した。
たぶんだけど…、時任にとっては俺がチョコを食うことになにか意味があったのかもしれない。…だとしたら、その意味はなんだろうかと考えていると、時任の枕元にあるチョコが目に入った。
けど、そのチョコはまだ包装されたままで開けた形跡がない…。
チョコの箱を包んでる青い包装紙は俺か燃やしたのと同じ…、そして、その中身も同じモノのようだった。
俺は時任の髪を軽く撫でると、リビングに戻って脱いだコートを着る。
そして、すぐ近くのコンビ二に向った。
「いらっしゃいませっ」
いつも行くコンビニの中に入ると、俺らが来る時に良くいるバイトがこっちを見ながらそう言う。その視線をカンジながら店内を見回すと、すぐレジの近くにバレンタインチョコのコーナーがあるのが見えた。
そのコーナーに近づくと、やっぱり時任が持っていたチョコと同じモノがある。
もしかしたら時任は、俺がいない間にコンビ二に買い物に来たのかもしなかった。
確証はないけど…、そう考えると少しガッカリしたワケが見えてくる。
バレンタインコーナーを眺めながら、チョコを枕元に置いて眠っていた時任のことを考えていると、さっきのバイトが俺の隣に近づいて来た。
「もしかして、バレンタイン買いに?」
「そう見える?」
「かなりモテそうだから山のようにもらってそうだけど…、いつも一緒に来てる子が買っていったから、なんとなく…」
「ウチの子、何個買ったか覚えてたら教えてくんない?」
「あぁ、それなら覚えてるよ。同じのを二個買ってったから…」
「…そう」
「自分用みたいだったから、俺が買ってやろうかって言ったんだけどね」
「へぇ…、それってバレンタインだからとか?」
「えっ、あっ…、ち、違いますよっ。男が男にバレンタインなんてシャレにならないしっ、ジョウダンですよっ、ジョウダンっ」
男が男にバレンタインなんてシャレにならないことをしようとしたバイトの男は、額に汗をかきながらわざとらしく笑い声を立ててる。
その笑い声を聞きながら、ラッピングに包まれたチョコを物色すると…。
俺は赤い包装紙で包んであるチョコを選んで、ジョウダンで時任にチョコを買ってやろうとした男の前に差し出した。
「レジしてくれる?」
「やっぱり自分用に?」
「いんや」
「えっ?」
「シャレにならない本命チョコしか、買わない主義なんで…」
眠ったのは夕方だったはずなのに、目が覚めたら朝だった…。
確か眠ったのが六時くらいで…、今が八時すぎだから…、じゅ、十四時間…。
なんか寝すぎで頭がボケてるカンジがする…。
まだ眠い気がするけど、もう眠くないような気もして…、大きくあくびをして伸びをしたけど、ベッドからは起き上がらなかった。
すっげぇ寝たはずなのに、なーんかすっきりしない憂鬱な気分だったし…。
腹はへってるけど、このまま寝てようかどうしようかって思ってると…、伸ばした手にコツンと何かが当たる。
そこに置いてたことは眠ってる内に忘れてたけど…、それが何かは当たった感触ですぐにわかった。
なんで寝たのに、憂鬱な気分だったのかも…。
昨日のことをちょっと思い出しながら、俺は青い包装紙で包んであるチョコの箱を手で見える位置まで引き寄せる。
そうしたのは、いつまでも眺めてため息なんかついてんのはらしくねぇし、こんなんで悩んでるのもイヤだから…、腹がへってるついでに食うことにしたからだった。
けどチョコの包装紙を破ろうとしたのに、今日もやっぱりそれを破ることができなくて、手は破る直前で止まってしまっている。
でもそれは昨日と同じ理由じゃなくて、もっとべつの理由だった…。
俺はチョコを持ったまま飛び起きると、リビングに向かって走る。
手に持っているチョコの包装紙は、青じゃなくて赤だった。
廊下のドアを開けてリビングに入ると、イスにすわってで新聞を読んでる久保ちゃんがいる。だから、このチョコのことを聞きたかったけど…。
もう14日はすぎてて…、どう聞いていいのかわからないし、なんとなく聞きづらかった。
これってバレンタインでくれたのか…、なんて聞けねぇしなぁ…。
なんて思いながら久保ちゃんに少しずつ近づいて行くと、机の上に何かが置いてあるのが見えた。
それを見た俺が後ろから背中に抱きつくと…。
久保ちゃんが腕を伸ばしてきて、俺の髪をぐしゃぐしゃっと撫でる。
青い包装紙ははがれてたけど…、机に置かれたチョコは俺の買ったヤツだった。
「チョコはいらないんじゃなかったっけっ」
「義理チョコならいらないけど?」
「ぎ、義理なワケねぇだろ…」
「じゃ、本命?」
「義理チョコ買うくらいなら、自分で食うっ」
「時任らしいやね」
「久保ちゃんは?」
「ん〜、俺の愛は一個っきりだから、義理あげてる余裕ないんだよねぇ。だからチョコもハート型」
「げっ、マジ?」
「開けて見れば?」
「うわっ、マジでハート…、しかも中にI Love youって書いてある…」
「私は貴方を愛しています」
「な、な、なんで、そんなベタでハズイの買うんだよっ!」
「わかりやすくていいっしょ?」
「いいワケあるかぁっ!!」
「なんで?」
「だってさ、ハートを割らなきゃ食えねぇじゃんか…」
俺がそう言うと、久保ちゃんは少し笑ってキスしてきた。
チョコの味のするキスはすごく甘ったるくて、その甘さに酔いそうになったけど…。
まだまだ気分は、2月14日だったから…。
この世で一個っきりのハート型のチョコの甘さをカンジてたくて…、久保ちゃんの背中に腕を回した。
うううっ、14日に間に合わずなのですっ…(;>_<;)
相変わらずのダメダメっぷりに泣きそうだったり…(涙)
くうっ、ファイトです〜(T^T)
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