中学校。
家庭科、調理実習の時間。
綾波姉妹の3つ子、レイ、ルイ、リナの手に渡される、
真っ赤なリンゴが1つずつ。


その姉妹に関する、料理の始まり


「グループは、適当に好きなものどうしで集まれ」
保健体育兼任の家庭科教師の加持先生のいい加減な教育方針のもと、
シンジの周りには、2−Aの名物メンバー、
綾波トリオのレイ、ルイ、リナ、
じゃじゃ馬才女のアスカ、
アスカの親友でA組委員長のヒカリ、
シンジと3バカトリオを組むトウジとケンスケが集まっている。
「よし、今日の最初のお題は、リンゴの皮むきだ。みんなリンゴは持ったな」
教室を見渡す加持先生。
生徒達全員の顔を確認すると独特の笑みを浮かべる。
「じゃ、いいぞ。始めてくれ」
ホントにこんな授業があるのかというほど投げやりだが、とにかく教室中で皮むきが始まる。

で、開始から1分30秒。
「うーん」
早くも苦戦しているシンジ。
手つきと顔は真剣なのだがナイフの方は、ザクッ、ザクッ、といった感じで、
全然進まないか、勢い余って行き過ぎるかのどちらかになってしまう。
意外に思う人も多いのだが、この名物メンバーの中で一番料理下手はシンジなのである。
女性陣はもちろん、
妹と家事当番を分け合っているというトウジ、
サバイバルごっこで飯盒炊飯をよくやっているケンスケは、
それぞれに日常で料理をしており、もたつくシンジを横に手慣れた様子でリンゴを回転させていく。
「こういうの、苦手なんだよな・・」
苦戦から、弱音にかわるシンジの声。
その声を聞きつけてレイとルイの顔が同時にあがる。
「・・・碇君」
どちらでもなく、半ばまで剥きかけた自分のリンゴを下に置き、控えめに声をかけようとする。
が、
それを裏切るようにシンジの声は、別の少女の名を呼んでしまう。
「ねえ、むき方教えてよアスカ」
「「・・・・・」」
レイとルイの視線が移る先には、
「なによシンジ、あんたこんなのも出来ないの?」
面倒くさそうに、そして当然のようにシンジに答えるアスカ。
そして、見事に剥き終ったアスカのリンゴ。
レイとルイの目が、ようやく半分皮がむけたところである自分達のリンゴと見比べる。
「ちょっと貸してみなさいよ」
「うん」
ひょい、シンジの前に手のひらを出すアスカの自然な動作。
シンジも当然のように自分のリンゴをアスカに渡す。
「いい、よーく見てるのよ」
シュッ、シュッ、シュッ。
アスカの手で、一度の停滞もなく垂れ落ちていくリンゴの皮。
「ほえー」
姉達と同じく、アスカを観察していたリナが感嘆の声をあげる。
アスカは、あっという間に剥き終わったリンゴをシンジに返し、指でシンジの額を弾いた。
「分かった、シンジ」
「う、うん」
弾かれた額に手をあてつつ、シンジの目は剥かれたリンゴとアスカに感心と尊敬の目をむけている。
そのシンジの様子をただ見ているレイとルイ。
そして、その姉達を見るリナ。
・・・こりゃぁ、ショックだな、お姉ちゃん達。
「加持せんせーい、もう1つリンゴを下さい」
「え、どうして、アスカ」
「バーカ、シンジの分よ。自分で剥かなきゃ、意味ないでしょ」
「リンゴならまだあるが、無駄にするなよ」
「はーい、全部、碇君が責任をもって食べまーす」
「なんだよ、それぇ」
アスカとシンジの陽気なやりとりと、それに続くクラス中の笑いの中、
リナが考えるとおり、レイとルイだけが笑っていなかった。


放課後。
キン、コーン、カーン。
「じゃ、みんな、明日も遅刻しないで来るのよ」
「はーい、ミサト先生よりは早く来ます」
A組の担任、
葛城 ミサト先生のホームルームが、リナのつっこみとクラスの笑いと共に終り、
一目散に帰るもの、クラブに向かうもの、おしゃべりに勤しむもの、教室がそれぞれの活気に満ちる。
中でも一番に陽気なリナの声が教室にこだまする。
「でも、アスカの料理上手って意外よね」
「なによ、失礼な言い方ね。私はね、昔からヒカリと料理の腕を磨いてきたの。あれくらい出来て当然よ」
「本当?ヒカリ」
「ええ、小学生のころからね。始めたのはアスカの方が早いくらいよ」
「うそぉ!!」
驚きマークを幾つもとばして、リナはアスカを見る。
「嘘ついてどうするのよ。本当に失礼な子ね、アンタ」
リナの前で、ぷいっと横を向くアスカ。
綺麗にとかされた金髪がさらさらっと流れる。
・・・容姿端麗、頭脳明晰、その上料理まで上手、アスカってマジで凄すぎ。
感心しまくるリナ、そこにシンジが女子の輪を割って入ってくる。
「アスカ、今日の事なんだけど・・」
横を向いていたアスカの顔が、さっ、とシンジの方を向く。
つきあいの深い友人達だけが分かる、そのスピード。
「なによ、バカシンジ」
バカにしたような、照れを隠すようなアスカの口調。
それは、アスカ特有のシンジに接するいつもの態度。
リナはちらっと、2人の姉の方を見る。
妹の目で見て、2人とも昼間の調理実習のダメージが抜けておらず、今もだまってシンジとアスカのやり取りを見ている。
・・・お姉ちゃん達のライバル、本当の本当に強敵。
・・・だけど、シンジ君って、そんなにいい男なのかなぁ。
「うーん」
思考が切り替わり、独り悩み始めるリナ。
「何って、朝、話しただろう。今日の晩御飯のこと」
「そう言えば、そうだったわね」
目の前でアスカと話すシンジの姿は、普通の中学生、恋愛の対象にしては平均以下である。
だが現実として、その平均以下に想いをよせているのはアスカの方。
「うーん、分からない」
ますます考え込むリナ。考えている内にアスカ達の会話は終ってしまう。
「じゃ、私達は先にかえるね」
「え?もう、帰るの」
「アンタねえ、私の話を聞いてなかったの」
「うん、聞いてなかった」
リナは、明るく、素直に答える。
「だから、シンジの家、今日は親がいなくてご飯つくる人がいないから、私の家に来るってこと」
「そっか」
アスカ達と知り合って数ヶ月、たびたびそういう事がある。
シンジとアスカの家は隣同士で、そういう習慣になっているらしい。
「じゃ、買物して帰るから。お先」
「うん、バイバイ」
廊下に出て行くシンジとアスカを、リナは手を振って見送る。
「後でうるさいから、マナとカヲルには内緒だからねー」
自覚してるのか、シンジの隣でややテンションの上がったアスカが振り返って手を振り返して去っていく。
・・・さらに幼なじみの特権か、ますますハードルは高いわね。
覗き見れば、やはり沈んだ表情を見せる姉達。
少しの間、考えるリナ。
隣で同じくアスカ達を見送っていたヒカリの袖を引張ると手を合わせて拝んだ。
「ちょっと、相談のってくれないかな。ヒカリ」


綾波家、惣流家。
それぞれの台所。
それぞれの床に置かれた買物袋の横で、動き回る少女達の足。
そして、娘を見守る両親達の目。
「レイとルイが作るのか、今日は」
「お、アスカの料理か、久しぶりだな」

レイとルイ、
2人ならんで、慎重に包丁を動かしていく。
頭に浮かんで来るのはヒカリから聞いた話。

碇君が小さいころね、
碇君のお父さんとお母さん、今よりも忙しくて、今日みたいにご飯を作れない日が多かったんだって。
そういう日は、アスカの家でご飯を食べてたんだけど、
ある日ね、アスカの方の両親も帰りが遅くなっちゃてね、
そう、アスカが初めて、料理をしたの。
碇君のためにね。
出来の方は、まあ、正直、あれだったらしいけど、
碇君がね、アスカに言ったんだって。・・・ありがとうって。
そうでしょ、碇君らしいでしょ。
それが、小学、うーん4年生ぐらいだったかな。
それでね、次、直ぐにまた、同じような事があってね。アスカがまた料理を作ったの。
それでね、それでね、碇君がね、
・・・おいしい。
碇君、今度はそう言ったんだって。
ふふふ、あの時のアスカ、秘密だっていいながら、何度もその話をするんだもん。よほど嬉しかったのね。
それからよ、碇君がアスカの家に来る時はアスカがご飯を作るようになったの。
そう、アスカが料理が上手なのは碇君のせいで、
碇君が料理できないのはアスカのせいよ。碇君が自然にアスカに頼るのもね。
え、アスカが碇君を好きになった理由?
うーん、知ってるけど。恥ずかしいから、言うなって言われてるの。
その料理のことよりもずっと前、幼稚園のころの話になるんだけど・・・。
ごめん、それだけは本人に聞いて。


アスカ、
後ろで両親と話をしているシンジの事を気にしながら、野菜を刻んでいく。
いつも、思い出すのは、小さな子供だったころのシンジと自分。

やーい、青い目、変な目。黄色い髪の毛、変な髪の毛。
ちがうもん、アスカの目はきれいな目だよ。アスカの髪の毛はきれいな髪の毛だよ。
変なの、変なの。
ちがう、ちがうって言ってるだろ。
まだ、幼稚園のころのよくある、使い古された話。
でも、
きれいだよ、アスカはきれいだよ。
いつもは私の後ろばかりにいたくせに、そういう時だけ私の前にいて、“べそ”かいてたシンジ。
おかげで私は、今も強いアスカでいられる。
よくある話だけど、そんな幼なじみがいたら、誰だって好きになるわよね。
ホント、よくある話し過ぎて自分自身悔しいぐらい。
それに・・・、
「あんなバカ、完全キープのつもりだったのになぁ」


綾波家。
リナやユイ、小さなレナの手も手伝って並べられる食器。

とにかく、アスカの料理上手はそういう訳。
だから、アスカの料理はもっと上手になるわよ。
だって、ここ最近、ライバル急増中だもの。
そうよ、あなた達レイやルイ、B組のマナやマユミさんが現れなかったら、碇君はアスカの独占だったんだから。
これ以上の努力なしで、今のままのアスカでね。
そう、だから、アスカの料理が上手なのは、アスカが碇君を好きだからじゃなくて、
アスカが碇君を、大好き、だからだよ。
どうする?
私の親友、アスカはもっともっと手強くなるわよ。
うん、そうね。それしかないわね。
料理だったら、私も教えてあげられるし、がんばってね。
うん、みんな友達だもん。
友達には、平等にしなきゃね。


「「「「いただきます」」」」
惣流家の食卓。

「どう、シンジ君。アスカの料理?」
「おいしいです。おいしいよ、アスカ」
「はは、良かったな、アスカ。シンジ君、ゆっくりしていってくれよ。 シンジ君のおかげで、アスカの料理が味わえるんだからな」
「ちょ、ちょっとパパ。何、言いだすのよ」
「でも、凄いなアスカ。本当になんでもできるアスカって凄いよ」
「ふん、おだてても何もでないわよ。ん、お代わりはあるわよ、ほらっ」


「「「「いただきます」」」」
綾波家の食卓。

「あなた、感想は」
「うむ、美味しい。よくできたな、レイ、ルイ」
「これも、シンジ君のおかげだよお父さん」
「それについては、別の問題だ」
「でも、もっと、もっと上手になるわよ。レイもルイも好きな子ができれば、すぐよ」
「お母さんもそうだったの?」
「さて、どうだったかしら?ゲンドウ君」




「ごちそうさま」
「ごちそうさま」
・・・シンジ。
・・・碇君。




レイとルイの、洗濯機の前の2枚のエプロン。
始めよう。
少しずつ、始めてみよう。

「ごめん、えっと、その目が綺麗だったから。
ごめん、じっと見ちゃって、綾波、綾波っていうの。僕は碇、碇 シンジ、その、よろしくね」

「綾波、じゃないよね。双子?え、3つ子なの。そうなんだ。
あ、ごめん、やっぱりその目、綺麗だね。ああ、ごめん、また、やっちゃった。とにかく、よろしくね、ルイ」

好きになったあの子のために、好きになった自分のために。
ライバルは多くて、
大切な人達だけど、
譲れないものがある事が、幸せだと感じられる今のうちに。
少しずつでも、始めてみよう。




多くの方々の、熱い、熱い希望に応えて、姉妹シリーズ3作目です。
ちょっと長くて、ごちゃごちゃしてしまったけど、がんばって書きました。
4作目の課題は、レイとルイの対比でしょうか。
あと、名前だけでてきたB組のマナ、マユミ、カヲルのトリオ。
これも、活躍させたいです。
感想、ご希望、お待ちしています。


<短編の目次に戻る>

<トップに戻る>

メール