それは、
綾波の目がいつもより赤かった朝の出来事。






綾波と目薬

同居シリーズの6作目−


「おはよう、碇君・・」
「おはよう、綾波・・・ん?」
と、起きてきた綾波が何か変。
綾波はいつも変だけど、今日のはそうじゃなくて、
指でさかんに目をこすっている
「目が痒いの?」
「・・・・・(こくん)」
頷く、綾波。
ミサトさんが趣味で着せただぼだぼパジャマの裾から、
指をはみ出させてまた目に指をあてる。
「ちょっと見せて」
「・・・・・(こく、とてとて)」
綾波が僕に近づいて顔を見せる。
その目を覗き込むと確かにちょっと赤くなっているかも。
(綾波の目ってもとから紅いから分かりにくい・・)
病気という感じでもないけど、ゴミでも入ったのかな?
とりあえず目薬を注しておこう。
「綾波、少し待ってて」
戸棚の救急箱から目薬を出して、持っていく。
「綾波、上を向いて」
「・・・・・(上を見る)」
「大きく目を開いて」
「・・・・・(目を開く)」
「動いちゃだめだよ」
「・・・・・(動かない)」
何の疑いもせず、素直に僕の言うとおりにする綾波。
完全に信頼されてる。
ちょっと嬉しい。
まあ、目薬を注すだけなんだけどね。
で、その大きく開いた綾波の目に目薬を落す。
ぽちょん。
「あうっ・・」
薬が目に吸い込まれると同時に、
綾波が小さな声を出してぎゅっと目を閉じる。
目薬が思ったより染みたのか、
そのままふるふると顔を振ってうるるとした目で僕を見た。
「次は反対側の目だよ」
僕は、綾波の反応には特に気にせずにもう一度目薬を差し出す。
すると。
「・・・・・(一歩後退)」
綾波が警戒するように僕から離れる。
「どうしたの?」
僕が近づくと。
「・・・・・(ふるふると、さらに後退)」
「えっと・・・」
近づけば。
「・・・・・(バック、バック)」
と逃げて行き。
「・・・・・(どうして、そんな事するの?)」
という目で僕を見る。
いや、どちらかというと肉料理を前にしたときの綾波の目だ。
つまり、目薬は綾波に嫌われたらしい。
「もしかして、綾波、目薬初めてだった?」
「・・・・・(こく)」
「じゃあ、これが目薬だよ。分かった?」
「・・・・・(警戒)」
「じゃあ、反対側の目にもね」
と、綾波の前に目薬を出す、僕。
「・・・・・(ぱしっ)」
と、その僕の手を掴む綾波の手。
「だから、ちょっとだけ我慢して」
と、反対の手に目薬を持ち替える、僕。
「・・・・・(ぱしっ)」
と、その手ももう一つの手で掴む、綾波。
互いに両手がふさがり、お見合い。
「あのね、綾波」
と言って手に力を込めると、
「・・・・・(ふるふるふる)」
それに合わせて綾波も抵抗する。
さすがに本気で力ずくでどうにかという気にもなれず、
お互いに顔を突き合わせた状態で、両手をふにゃふにゃさせてダンス。
僕って、朝から何やってんだか・・。
内心そう思いつつ、
今の状態を見る人が見れば、僕が綾波を襲っているように見えるだろうとも考える。
この家で見る人といえば、そう。
「朝からなに襲ってんのよ、バカシンジ!」
すぱーーん!
思ったとおり、綾波に続いて起きてきたアスカが僕の後頭部をはたき倒す。
「さてはアンタ、レイのだぼだぼパジャマに欲情したわね、これだから日本の男は・・・」
ナイトキャップを頭に乗せ、
まだ寝ぼけた顔で僕を睨みつけてくる、アスカ。
僕から解放された綾波も、そそそっとアスカの背中に隠れて僕を見る。
「ち、違うよ。これは、綾波の目が赤いから」
「レイの目はいつも紅いわよ」
「そうじゃなくて・・・」
僕からアスカへ、事情説明。
「・・・・どれ?」
胡散臭そうにアスカ、振り向いて綾波の両頬を掴んで顔を覗き込む。
「・・目薬、貸しなさいよ」
アスカは、僕と同じ結論へ達してくれたようで僕に手のひらを伸ばす。
で、
その手に目薬を渡す、僕。
綾波に目薬を注そうとする、アスカ。
そのアスカの手を掴む、綾波。
反対の手に目薬を持ちかえる、アスカ。
その手ももう一つの手で掴む、綾波。
・・お見合い。
・・ダンス。
結果も同じ。
「きーっ、こら、ちょっとレイ、その手を離しなさい」
「・・・・(ふるふるふるふるふる)」
「ふるふるじゃないでしょ。いいから私の言う事を聞きなさいっ」
ああ、やっぱり・・・。
そう思いつつ、今度は見る人が見れば、アスカが綾波を襲っているように見えるだろうと考える。
見る人というのは、そう、あと一人。
「あらー、朝から激しいわね、アスカ」
さらに寝ぼけきった顔でミサトさんが、欠伸した口に手をあてて起きてくる。
「アスカもだぼだぼパジャマの萌えにハマるとはね、日本文化、ますます染まってきたのかしら?」
「ちーがーうーーっ!」
綾波と格闘しながら叫ぶ、アスカ。
ミサトさんへ事情を説明し・・。
ぱしっ。(ミサトさんの手に綾波の手)
ぱしっ。(もう一度、ミサトさんの手に綾波の手)
・・ミサトさんと綾波のお見合い。
・・ダンス。
そして、数秒後。
「あー、もう、アスカ、そっちの手を捕まえて」
「OK、ミサトこそ離すんじゃないわよ」
気の短い2人に本当に襲いかかられる、綾波。
「ふふふ、捕まえたわよ」
「さあ、シンジくん、とどめは貴方がさすのよ」
何故か目薬が僕の手に戻ってきて、
ぜはぜはと息を切らしているアスカとミサトさんに両手を捕まえられた綾波が引出される。
「碇君・・・」
綾波の怯えた目が僕を見る。
同時に、そんなことしたら一生口をきいてやらない、という目にも見える。
「そんな顔してもだめよ、レイ。男はね、そういう顔の女を苛めたくなる鬼畜な生き物なのよ」
「シンジ君、命令よ、たっぷり貴方の心を注いであげなさい」
アスカとミサトさんは、すっかり熱くなって勝手なことを言う。
だけど、こうでもしないと綾波は目薬させてくれそうにないし、仕方ない。
「ごめん、綾波」
綾波の目の中心にゆっくり目薬を近づけて、謝る。
綾波はぐっと僕の手に握られた目薬を見つめる。
「すぐに済むからね」
そう、この朝のバタバタもすぐに終わる。
かぷっ。
とりあえず、良かった。
かぷっ、かぷっ。
一応、綾波の目はリツコさんにも見せたほうがいいよな。
かぷっ、かぷっ、かぷっ!!
「ねえ、シンジ・・・」
「あ、ごめん、ちょっと考え事を・・」
「アンタ、思いっきりレイに噛まれてるわよ・・」
「え?わあ、綾波ーーっ」


・・・目薬を持った僕の手は、綾波にかじられていた。





結局その日、
綾波には父さんの電話の命令で目薬をして、
綾波は一日僕と口をきいてくれず、
僕の手にはささやかな綾波の歯型が残って、

いつのまにか、
綾波の宝もの入れの横にできた、
綾波の嫌いなもの隠しの中に、

目薬がひとつ、入れられていた。







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