アスカへ
こうすればいいというのは、ケンスケにも教えてもらったんだけど、
このやり方は卑怯だと思うし、
アスカにも失礼だと思う。
それに、自分の本当の気持ちも確かめたい。
アスカに手紙を読んでもらえたら、自分の気持ちが本当だと信じられると思う。
誰にも負けないほどに。
だから、
やはり約束どおりの場所に手紙を置きます。
ごめん
シンジ
手紙
朝、シンジとアスカがそろって登校して来る。
アスカが下駄箱の戸を開くと、ラブレターが中からこぼれ落ちる。
転校したてのような数はないものの、それはアスカの変わらぬ人気を示していた。
もちろんアスカは下駄箱の中に残るラブレターもすべて床に捨ててしまうので、中身を読むことなどない。
そして、うち捨てられたラブレターを拾い集めるのはシンジだった。
このいつもの風景に変化が起こる。
ラブレターを拾うシンジを横目にアスカが教室に向かおうとすると、どこからかささやき声が聞こえてきた。
「また碇君が拾わされてるわ」
「かわいそう。私だったらそんな事させないのに」
「ねえ」
アスカのこめかみがピクリと反応する。
断わっておくが、アスカがシンジに拾えと言ったことは一度もない。
本当にシンジが勝手にそうしてるのだ。
・・・私が悪者みたいじゃないの。
アスカは、かがみ込んでラブレターを拾うシンジを見据える。
確かにみっともない姿だ。
「シンジ」
シンジは、屈んだまま応える。
「なに」
「そんなのほっときなさい」
「だけど・・・」
「どうせ持ち帰っても、廃品回収行きでしょ」
「そうだけど・・・」
月に1度の廃品回収の日には、アスカあてのラブレターが詰まった段ボールを出すのが恒例になってる。
「ほら結局だれも読まないんだから、ほっとけばいいのよ」
困ったようにアスカとラブレターを見るシンジ。
「でもこのままなんて」
周りの視線も手伝って、アスカはイライラとつま先を上下させる。
「あんた私の言うことが聞けないの」
声を荒げるアスカ。それでもシンジは、ラブレターを捨てようとしない。
「でもみんな真剣に書いてるんだし」
・・・みんな・・・真剣に・・・
その言葉に、アスカから表情が消えて行く。
「・・・私にそれを読んで欲しいの」
今度は静かに話すアスカ。
いつもとは違う怒り。
「・・・読んで欲しいの」
もう一度アスカ。
いつもと違う、不安。
「そ、そりゃ、読んだ方が・・、みんな、アスカのことを想って・・」
シンジが言い終わらないうちに、アスカの平手が振り下ろされる。
「バカシンジ!」
バンッ。
吹飛ぶシンジ。
アスカは両のこぶしを握り、大声で叫ぶ。
「分かったわよ。あんたの希望通り、読んでやるわよ。明日の朝、私の下駄箱にラブレターを入れた男とデートでもキスでもしてやるから」
シンジに背を向け、教室に駆け込んで行くアスカ。
・・・どうして、私、どうして怒ってるんだろう。どうしてこんなに悲しいんだろう。
授業中。
アスカは端末のモニターを凝視している。
朝のことを思い出すたび怒りが沸いて来る。
ぐっと唇を噛み、キーを叩く。
『バカシンジ、バカシンジ、バカシンジ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカ・・・・』
ユニゾン、マグマ、エントリープラグ、そして、日常の日々・・・
どこからか思い浮かぶ顔。
「みんな、アスカのことを想って」
・・・なにが、みんなよ・・
『・・・バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、・・・シンジノバカ』
・・・指が重い。胸が痛い。バカシンジ・・・。
授業中。
シンジは走り去るアスカの姿を思い出していた。
・・・アスカ、泣いてた。
僕がアスカを傷つけた。
僕がアスカを・・・。
「男とデートでもキスでもしてやるから」
シンジは右手をきつく握った。
アスカの爆弾発言は、昼までには中学全体に広がっていた。
昼休みになると、校内中その話題で持ちきりとなった。
明日、アスカにラブレターをだそうという者は、数十人を超えそうだ。
校庭の角の木陰で、アスカとヒカリは昼食をとっていた。
アスカは、シンジからひったくるようにして持ってきた弁当を黙々と食べている。
そんなアスカにヒカリが尋ねる。
「どうするの、アスカ」
アスカは、弁当を見たままぶっきらぼうに答える。
「なにが」
「ラブレターのことよ。冗談では済まない雰囲気よ」
「別に・・・どうでもいいわ」
無表情に答えるアスカ。
「怒ってるのね。碇君のこと」
アスカの箸の動きが止まる。
「当たり前よ。バカシンジのやつ、なんで私がラブレターなんか読まなきゃいけないのよ。・・・怒ってるわよ」
少しの間。
ヒカリ。
「3バカでも碇君が一番鈍感、だもんね」
「何言ってるのヒカリ」
アスカが、ヒカリの方を向く。
ヒカリもアスカを正面から見つめ返す。
「碇君にいわれたから怒ってるんでしょ、他の人のラブレターを読めって、だから悲しいんでしょ。違う?」
「・・・・」
長い一泊をおいて、アスカがまくしたてる。
「わ、私がどうしてバカシンジために悲しまなきゃならないの、あのバカで、暗くて、頼りなくて、内罰的で・・・」
勢いで止まれなくなったのか、アスカは、シンジの悪口を並べていく。
そして最後に胸を押さえて吐き出す。
「・・・あんな奴、大嫌い」
ヒカリは、そこまで聞くとアスカから視線を外し、空を見上げた。
「そう、私はね、鈴原が嫌い」
えっと、アスカ。
「あいつね、よく私に言うの、嫁の来手がないぞって。私、そう言われると頭に来て。そのたびに、バカって繰り返して」
「ヒカリ・・・」
「そういうのって胸が痛いよね。腹が立つよね。悲しいよね。だからこんな気持ちにさせる鈴原は嫌い」
ヒカリは、強く胸を押さえた。
「授業中のアスカ、変だったから。もしかしてアスカも同じかもって思ったんだけど・・・」
「・・・」
答えないアスカ。
「そう、」違ったんならごめんね。はは・・、私、ラブレターなんてもらったことないから」
立ち上がるヒカリ。ごめんねともう一度言ってその場を離れようとする。
「待って」
ヒカリが振り向くと、ヒカリの袖をしっかりとつかむアスカがいた。
屋上。
シンジ、トウジ、ケンスケが互いに向かい合っている。
シンジは弁当。トウジ、ケンスケはパンである。
ケンスケが焼きそばパンをかじりながらシンジににじりよる。
「どうするんだ、シンジ」
「うん」
気のない返事をするシンジ。
トウジも身を寄せて来る。
「えらい騒ぎになっとるで」
「うん」
やはり生返事。
トウジとケンスケは、同時にシンジの肩をつかむ。
「シンジ、これは、わしらのおせっかいや。あいつらを見てみい」
トウジが示す先には、シンジの様子を遠巻きに探る男達の群れ。
ケンスケが、眼鏡を反射させる。
「あいつらは、真剣だぞ、真剣に惣流のことを想ってる。」
・・・アスカを真剣に
それはシンジがアスカに言った言葉だ。
トウジが言いにくそうに続ける。
「せやから、もし、もしやで、シンジが惣流のことを想っとるなら、あいつらに・・せやから・・」
ケンスケがじれったそうに言う。
「つまり、シンジは、アスカのこと好きなのか?」
三人の視線が合う。
・・・僕は、アスカのこと
「シンジには酷やが、今答えを出さんと間に合わんのや。わしらは、シンジに後悔させたないんや」
「シンジ」
シンジの口がゆっくりと開く。
「僕は・・・」
再び、アスカとヒカリ。
「シンジに読めって言われて、なんだか頭に来て・・」
「うん、それで」
「"みんな”が、真剣にとか、“みんな”が、私のことをとか言われて、なんだか・・・」
視線を落とすアスカにヒカリがそっと触れる。
「悲しくなったのね」
かすかに肯くアスカ。
「それで、あんなことを・・・」
ヒカリはアスカの頭を優しくなで続ける。
「アスカはもう分かってるんでしょ。自分が何を望んでいるのか」
「・・・悔しいけど」
「じゃあ、アスカの方から碇君にはっきり言うべきね。
「だけど、まだシンジのこと本当の意味で好きかどうかは分からない」
ヒカリがアスカを覗き込み、力強く言う。
「いいじゃない」
「ヒカリ」
「いいじゃない。アスカは、碇君の手紙を読みたいって言えば。“みんな”じゃない、碇君のだって。アスカは知りたいんだって。自分の気持ちも、碇君の気持ちも」
「でも」
「卑怯かもしれないけど、今,聞かないときっと後悔するわ」
「分かってる。分かってるけど」
「大丈夫、アスカと碇君の仲なんだから」
「私とシンジの・・・」
「それにアスカを泣かせたのは確かに碇君なんだから責任とって貰わないとね。それとも、やっぱり恐いのアスカ?」
ふうとアスカの肩から力が抜ける。
「ヒカリに隠し事は出来ないわね」
ヒカリは、やや目をそらす。
「悩んでるのは、私の方が長いから」
アスカはヒカリを抱きしめる。
「ありがとう、ヒカリ」
放課後。
アスカの前にシンジが立つ。
互いに、用意しておいた言葉をだそうとする。
・・・ちょっとこの心臓、シンジの一人や二人ぐらいでおたおたしないで。
・・・言うんだ。言うんだ。
「「手紙」出す」」
同時に切り出したため、言葉が重なる。
後を続けたのは、シンジだった。
「手紙、僕も出すから」「え、」
真っ赤になって教室を出て行くシンジ。
固まったまま、それを見送るアスカ。
アスカもまた耳まで染まっていた。
「シンジのくせに、無理しちゃって」
同時に、多くの男の間で対シンジ同盟が結ばれた。
帰り道。
アスカは、ご機嫌だった。
引き締めても、引き締めても、口元が緩む。
その度にヒカリがクスリと笑う。
アスカは、むうと唸るが、ヒカリにはかなわないことは、すでに証明済みである。
ひとしきり笑いあって、ヒカリが学校での噂を思い出す。
「でも、明日は何十人もラブレターを出すって噂だし、碇君の邪魔もするって話だけど。大丈夫なの」
条件は、明日の朝、アスカの下駄箱にラブレターを入れること。
つまり、下駄箱に入っているラブレターが一通だったら。
いや、シンジの物が入っていたら。
そこから予想されるのは、壮絶なつぶし合いである。
シンジなど真先につぶされるだろう。
「それっだたら、手はあるから」
アスカは、明るく言う。
そして、緩む口元。
ヒカリは幸せそうな親友に目を細める。
・・・よかったね、アスカ。
携帯電話。
「あ、ミサト、私、アスカ」
「アスカから電話なんて珍しいわね、ええ、アパートにいるわよ」
「お願いがあるんだけど・・・」
携帯電話。
「シンジか、俺、間」
「ケンスケ」
「明日のことでいいアイディアがあるんだけどさ」
ミサトのアパート。
入り口の下駄箱にはなぜか、ミサト、アスカ、シンジの名札がでかでかと張ってあった。
アスカがミサトに電話で頼んでつけてもらったものだ。
・・・私の下駄箱は、学校だけじゃないってこと、明日の朝は、ここに手紙を出しなさい。
アスカのメッセージだと言うことは、シンジにもすぐ分かった。
「ありがとう、アスカ」
シンジはもう一度自分の気持ちが正しい事を確認する。
アスカが帰宅すると、シンジはキッチンで夕食の準備をしていた。
なんだかぼーとシンジを見つめるアスカ。
「とうとう、アスカもシンちゃんのよさに気づいたか」
ドキッ。
いつの間にか、ミサトが面白そうな顔をして立っていた。
「おかえり、アスカ」
ちゃんと名札張っといたわよ。フフ。シンちゃんへの思いやりかしら。
またまた、顔を赤くするアスカ。
・・・ばれてるわね。どうせ、ミサトには情報筒抜けだから諦めてたけど。
「た、ただいま。シャワー浴びて来るわ」
ぎくしゃくとバスルームに向かうアスカにミサトが追い討ちをかけた。
「あとで、ゆっくり聞かせてもらうわよ」
「今のうちよ、シンジ君」
「ええ、ちょうど夕飯もできました」
ミサトはアスカが使っているシャワーの音を聞きながら言った。
「ありがと、でも、本当に行くのシンジ君」
「はい。別にここの下駄箱に出してもいいし、手紙じゃなくてもいいのは分かってるんです。その方が楽なのも」
にっこりと笑うミサト。
「おっとこの子だもんね、いってらしゃい」
浴室から出てきたアスカがシンジがいないことに気づく。
「シンジ!」
開けられた下駄箱の中には、一通の手紙。
アスカへ
こうすれば良いというのは、ケンスケにも教えてもらったんだけど、
このやり方は卑怯だと思うし、
アスカにも失礼だと思う。
それに、自分の本当の気持ちも確かめたい。
アスカに手紙を読んでもらえたら、自分の気持ちが本当だと信じられると思う。
誰にも負けないほどに。
だから、
やはり約束どおりの場所に手紙を置きます。
ごめん
シンジ
追伸
明日のお弁当はテーブルの上にあります。
あのバカ。
外に出ようとするとミサトに止められた。
「シンジ君は、真剣にアスカへの気持ちを確かめたいのよ。アスカと自分のためにね」
涙が出てきた。
「バカシンジ」
翌日。早朝。
3バカトリオが校門前に集まっている。
「トウジの家に泊めてもらっただけでも悪いのに」
「わいは、なんも気にしとらん」
「そうだぜ、シンジ。おれもトウジも初めからこうするつもりだったんだ。もっとも、あれは、いいアイディアだったんだけどな」
門の向こうには、すでに人だかりができている。
約50人。
みな、シンジの動きをうかがっている。
「いくで」
「ああ」
「うん」
3人は正面から飛び込んでいった。。
ぐっと、ぐっとアスカは我慢して、それでも、いつもよりずっと早くアスカが登校する。
「何、これ」
アスカの下駄箱は完全に破壊されていた。
もちろん、ラブレターなど入っているわけがない。
教室に向かう廊下をトウジとケンスケが歩いて来る。
二人とも傷だらけで、包帯、ばんそうこうが痛々しい。
二人もアスカに気づいた様子でまっすぐ近づいて来る」
「シンジなら保健室だよ」
アスカが尋ねるより前にケンスケが答えた。
トウジがアスカに謝る。
「すまん、おまえの下駄箱を壊したんは、わしらや。これから叱られに行くところやから、勘弁してくれ」
アスカの下駄箱に他のラブレターが入るのを防ぐためだろう。
「じゃな」
「ありがとう」
遠ざかる二人にアスカは、心から感謝した。
保健室。
常勤の保健婦は、アスカを見て忍び笑いをもらしながら出ていった。
室内には、アスカとベットに眠るシンジのみ。
重傷という訳ではないが、シンジの怪我は、トウジ、ケンスケよりもさらに多い
やはり、もっとも攻撃を受けたのだろう。
右手には、しっかりと握られたアスカへの手紙。
両手でその手をつつむ。
シンジが起きたら読もう。
それとも本人に読ませてやろうか。また泣かされちゃったし。
でも、
もう手紙なんかどうでもいいの。
そこに何が書いってあっても、私はシンジのこと・・・
「好きよ、シンジ」
「起きたら、返事を聞かせてもらうからね」
<終わり>
かなり強引に話を進めました。
本当は、シンジに正面きって告白させるつもりだったけど・・・
俺、才能ないな・・・