日記でプチ劇場 一



「希望と願望を散らすもの」
「豆知識」
「日曜日の義弟」
「萎れた花には不似合いの言葉を添えて」
「色濃く変わりつつあると」
「ぎらぎらぎらと秘めた震えを」
「斜め真っ直ぐ突き進め」
「飴色のそれを眺めるだけの行為が正解か」
「君が恋うことに」
「聞こえず消える」
「その色を呼ぶ為の音は」
「期待の日々」
「さあ、耳を澄まして」
「届けば声になるよ」
「手も声も届かない遠くまで」
「グッモーニン!」
「風に色がついたとしても」
「コレクション」
「腫れものを抱く」
「この手いっぱい」
「もっと奥まで」
「窺い知れぬ男」
「僕らだけの」
「どうぞ、ご自由に!」
「勝敗は君の手に」




























































「希望と願望を散らすもの」(サンゾロパラレル)



サンジは顔を近付け、その名を読んだ。ゾロは近すぎるその距離にギクリと肩を震わす。突然の事だった。コーヒーが飲みたいと云ったサンジに答え、ゾロはようやっと慣れたその行為をする為に、サンジがいる書斎から出、キッチンへと向かった。サンジは何故か食にやけに厳しく、コーヒーも確り豆から煎れなければ機嫌が悪くなる。時間が懸るのだ。飲めれば味は二の次のゾロにはただ時間をかけるだけのその行為は酷く虚しく感じる。けれども、一度、サンジに頑なに進められ飲んでみた。矢張り味は違った。手間をかけるだけあるのだ。けれども、矢張りゾロの本来の形は変わる筈なく、こうしてサンジの家でサンジのためにコーヒーを入れる序に自分に、と云うとき以外は手間をかけることはしない。コポコポと云う音が響く中、ゾロは椅子に腰掛け、コーヒーの香りを嗅いでいた。そして、この有り様だ。何が起こったのか、と聞かれればゾロにすら分からないだろう。
扉が開く音がした事はわかっていた。だが、トイレか何かだろうと大して気にした様子も無く、ゾロは椅子に腰掛けキッチンを見回していた。その時だ。椅子の背を挟んでサンジがゾロの両手首を掴んだ。もがく事も出来ぬままに、サンジのもう一つの手がゾロの顎を掴み上を向かせる。強制的に天井に向けられた筈の目には、サンジの顔しか映っては居なかった。ゾロは酷く驚いて目を開く。サンジはニヤリともせず、ゾロの目を見ていた。さらりとした金髪が頬に落ちこそばい、と感じることすらゾロには出来ない。声を出そうにも口は無意味に動くばかりで喉から音を発する事はなかった。
「おはよう」
云って、サンジの唇がゾロのそれに落ちてくる。ゾロは動く事も出来ずに、瞬きすら出来ずに固まったままだ。今起きたばかりではないサンジが今云った台詞を不思議に思うことも無く。
「・・・・・・って感じなんだが」
唇にそれが当たる寸前で、サンジがそう云った。煙草臭い息がゾロの鼻にもろに届く。そこでようやくゾロは現状を理解した。思い切り顔を上げる。勿論、ゾロに被さるように顔を置いていたサンジに被害が及んだ。ゾロの強靭な額がサンジの無精髭が生えた顎に直撃したのだ。
「・・・っ!!!!!!」
声もあげず、サンジが顎を抑えしゃがみ込む。同時に腕の拘束も解けた。ゾロは椅子から立ち上がり、口を抑えた。触れては居ないのに感触が残っている気がして思い切り擦る。
「しゃくれたら如何すんだ!ボケ!!」
「自業自得だ!!」
云ったゾロの頬が仄かに赤らんでいるようで、サンジは、ほほう、と云った。
「俺を小説の中の実験に使うんじゃねぇって何度云えば分かるんだ!!」
「さぁ、何度?」
そう問われてもゾロが数えているわけも無く、悔しそうにまた唇を擦った。
「してないんだからいいじゃん。それに、止めろ、擦るの。傷付くんだぜ?それって」
「るせぇ、死ね」
「死んだらお前はクビだぞ?」
「死にたくなかったら二度とすんな」
「俺の話聞いてる?」
「聞く耳もたん」
あーそー、とサンジは曖昧に返し立ち上がった。まだ痛いのかよほど顎を撫でている。
「・・・・で、どうだった?」
「何が」
「俺のキス・・・・」
そこまで云って、今度はゾロの拳が飛んでくる。見事頭に当たり、サンジは再びそこを抑えしゃがみ込んだ。
「冗談だろ、直ぐ手を挙げるの悪い癖だぜ?俺じゃなきゃ担当変えるところだ」
「変えてもらいたいもんだな」
「あーそれは期待しない方がいいぞ」
サンジはゾロを見上げ云う。
「だって、お前ほど面白い反応返してくれる奴って滅多にいないし」
この男はどの人間にもこうなのだろうか、とゾロは思った。そう云えば、サンジの担当は必ず男だと聞いた事がある。女ならば必ず口説いてしまい仕事にならないのだそうだ。
「で、本当の所如何だった?初めてヤった朝、コーヒー飲んでる女に男が挨拶するんだけどさ、如何だった?ときめいた?」
「女じゃねぇから分からん」
「・・・・・うーわー、全く参考にもならねぇ」
云ってサンジは再び立ち上がる。
「まぁ、いいや。あんたの反応見れば分かったし」
「あ?」
「コーヒー、そろそろ良いと思うよ?」
その一言で、やっとゾロにはコポコポと云う音が耳に届いた。サンジは仕事の為再び書斎へ戻ってゆく。何事も無かったかのように。何時もの事だ。
「・・・・・くそッ」
ゾロはコーヒーの香りを嗅ぎながら、再び唇を擦った。



(2002/11/08)






















「豆知識」(サンゾロ)



「舐めてやるよ」
突然ゾロの口から漏れた言葉にサンジは喉に何かを詰まらせたような声で、え、と云った。ゾロはその表情に薄っすら笑みを浮かべる。何に関しても、特に自分との性行為に関しては、酷く主導権を握りたがるのだ、この目の前の酷く焦ったような顔をしている、サンジと云う男は。ゾロは今までのことで散々それを知っている。だから、自分がこう口に出せば如何云う反応を示して見せるのか、当たり前のように分かりきっていた。
「だから、フェラしてやるよ」
「い、いいよ」
大してそう思っても居ない癖に、サンジはそう、ゾロの好意(と云うのとは少し違うかもしれないが)を断った。
「何でだよ、俺がやってやるつってんだ」
「いいって!」
サンジは顔を薄っすら赤くし、声を大にした。
「何時もはやれやれ、って煩い癖にな」
きっと、自分が命令して無理矢理やらすことが、サンジにとっては酷く幸せに感じるのだ。と、ゾロは思っている。
「あ、あのなぁ、お前、何だよ突然」
サンジはやはり顔だけでなく思考すら焦っているらしく、纏まらない考えの中からそう口に出した。ゾロは、そんなサンジを見るのを酷く面白がり、立ち上がった。
「別に?」
「別に、じゃねぇだろ、お前、お・・・あークソッ」
そのまま流されれば良いのに、変なところで頭を使いたがるサンジにゾロは、くく、と声を出して笑い、冷蔵庫の前まで歩を進める。
「お前、アレだろ」
冷蔵庫に手をかけながら云うと、サンジはそのゾロに視線を移した。
「女にはフェラさせたくねぇって奴だろ」
云うと、図星らしく、サンジから返事が返ってくることはなかった。ゾロは冷蔵庫の中から牛乳の入った大きいビンを取り出し、元の場へ戻った。サンジは俯いて頭を掻いている。
「当たっただろ?」
ゾロは牛乳のビンをテーブルに小さな音を出して置くと同時に、まるで悪戯が成功した子供のような表情で、そんなサンジの表情をを覗き見た。
「・・・・女の子にそんなことさせれねぇ、だろ」
「馬鹿だなぁ」
「うるせ、厭なんだよ、俺は」
「女がやりてぇって云ってもか?」
「云ってもだ」
ふーんと曖昧に返し、ゾロはビンのふたを片手で開ける。
「何か罪悪感ってのがさ・・・」
「はぁ?」
「クソ悪いことしてる気分になるんだよ。そんなんじゃ萎えるだろ・・・」
馬鹿だな、ともう一度口にし、ゾロはビンごと牛乳を口へ流し込んだ。そして、音を出して飲み込む。
「・・・じゃ、俺がお前の初を貰ったわけだ」
「ま、まぁ・・・・そうだな」
「へぇ」
ゾロは笑って口からビンを放すと、テーブルの上に置いた。
「で、お前は何で牛乳なんて飲んでんの」
サンジはテーブルに置かれたビンを見つめながら呟く。何時もなら酒に手を伸ばすこの男が、何故か今に至っては牛乳を飲んでいるのだ。不思議に思ってもしょうがない。
「酒飲んでもいいぞ?この前補給したばっかだし」
「否、酒よりこっちの方がいいと思うぜ?」
ニヤリと笑ってゾロは手元の牛乳のビンを傾ける。サンジは意味が分からず、酒を取りに行こうとした中途半端な、椅子から少しばかり腰を挙げた状態で首を傾けた。
「・・・・何でだよ」
「お前のため」
「だから、何でだよ」
「まぁ、フェラ暦短い奴はわかんねぇだろうな」
まるで、ラヴコックと云う名を否定するような言葉に、サンジは少なからずムッとして、再び椅子に腰をおろした。
「厭、なんて云わねぇよな?」
「・・・・厭、って云うか、何で?」
何でそんなにやりたいの、サンジが問えば、ゾロは声を出して笑った。
「馬鹿だな、お前、やっぱ」
笑いの合間にそう口に出す。サンジは眉間に皺を寄せた。
「わかんねぇ?」
「・・・・・何かむかつく」
益々口の端をとがらすサンジを手招きし、自分の隣へ座らせる。サンジは訝しげな表情ながらもそれに従った。
「女がやりてぇって云うのと同じだろ」
「・・・・その気持ちだけでいい、俺は」
「じゃぁ、お前が俺とヤりてぇってのと同じだ」
「・・・・・」
「気持ちだけでいいのか?」
「・・・良くねぇ、な」
その応えにゾロは再び声を出して笑う。
「テメェの相手してきた女は可哀想だな」
「今の俺の状況の方が可哀想だろ」
「何処がだよ、幸せじゃねぇか」
云うと、サンジは、そうなの?と口に出した。ソレにゾロは再び笑う。
「そうだろ」
「・・・まぁ、そうだな」
「今頃気付いたのかよ」
「お前が突然変なこと云い出すから、頭が働かねぇんだよ」
「元々だろ」
「失礼だな、お前」



(2002/12/07)






















「日曜日の義弟」(サンゾロ+ナミ+ロビンパラレル)



因みに、サンジさん26歳くらいで、ロロノア高校生くらいで、ナミちゃん大学生くらいで、ロビンちゃんは原作年齢で。そんな感じのやっぱりパラレルみたいな!まぁ、この年齢設定を見れば明らかにパラレルであるな。うん。まぁ、好きだ。(流したな

「お疲れ様でした」
云って、何時もの如くぺこりとアッシュグリーンの頭を下げる。自分より七つも八つも下の男なのに自分より少しばかり背が高く、自分より少しばかり体格のいい男の旋毛がこの時ばかりは必ず見れる。そのことを思い、何時もサンジは少し優位な気持ちでその言葉を聞いていた。
「おう、また月曜日よろしく」
サンジが残ってしまったケーキを整理しながら云うと、男は軽く頷いてみせた。此処でバイトを始めて数ヶ月という時が経つと云うのに、この無口さは全く持って変わらない。表情が豊かなわけでもない、落ち着き払った態度はサンジに少しばかり、否、大分かもしれないが、苦手意識をもたせたままだ。

バイト募集の張り紙をして数日。洋菓子を売っている店だ、可愛い女の子を期待していたサンジの前に、一番最初に現れたのはこの男だった。何だ、男か、と明らかに採用するわけがない、と思っていたサンジだったが、面接時、傍で伝票整理中の前々からここでバイトをしていたナミに云われ、採用してしまった。
「女の子に好かれそうなタイプよね」
今、考えてみれば、何も良いことではなかった。女の子が沢山この店に訪れてくれる喜びだけを感じていたその頃のサンジは、その女の子たちがゾロ目当てでここへ来るということを考えても居なかったのだ。浅羽かだった、と自分を笑いたくなるのは今だからだ。
けれど、それから数日。クビにするでなく、彼が此処で働いているのは、その仕事っぷりが素直に真面目で従順だからだ。大して愛想も良くないが、大して器用でもないが、頼んだ仕事は必ずやり遂げる。だからこそ、未だに此処で働いている。

ゾロは学生服を丁寧とはいえない方法で着込み、暫し(本当に一瞬だ)、サンジの動きを眺めた後、でかい鞄を片方の肩にかけ、扉についている鐘を鳴らして出て行った。サンジはその後姿も見えない、扉の揺れだけをチラと眺めた。
何時もだ。何時も、最後の挨拶をした後に視線を感じる。何か云いたそうな、求めているような。
「あら、ゾロは?」
「お疲れ〜ナミさん」
考えている途中で私服に着替えたナミが出てきた。サンジは甘い笑顔をしてみせる。ナミはそれに何時もの如く笑顔で返すこともなく、もう帰っちゃったのか、と云った。明らかにゾロのことだと分かったサンジは、勿論内心面白くない。
「明日は会えないのに」
ゾロは毎週木曜と日曜日は必ず休みだ。今日は土曜日で、ナミのバイトが休みなのが月曜と金曜。だから、ゾロとナミが次に会えるのは火曜日、と云うことになる。
「何?何か有ったの?」
「うん、CD」
「CD?」
「この前話したんだけど、欲しいCDが有るんだって。ちょうど私が持ってたから貸してあげようと思って、今日持ってきたのに」
「・・・・へぇ」
改めて、自分以上にナミとゾロは仲がいいのだ、と思ってしまう。自分が聞いたとしてもそんなこと話しただろうか。
「ま、いっか。サンジ君渡しといてくれる?」
「ナミさんの頼みなら」
「あ、でも、結局明日はゾロ休みか・・・うん、いいわ、やっぱ自分で渡す」
「そ?」
「うん。あ、ケーキ残ったの?また貰っていい?」
「勿論、幾らでもどうぞ」
ナミはフと顔を和らげ、一つのトレーに載せた残り物のケーキを眺める。
「また感想聞かせてね」
「うん。でも、参考にもならないでしょ?」
「なるなる、やっぱ甘いもののことは女の子に聞くのが一番だよ」
「ふーん・・・じゃぁ、これとこれと・・・あ、こっちもいい?」
ナミはサンジの云うことを適当に流し、ケーキを指差した。
「三つでいい?」
「何、サンジ君。私を太らせたいの?」
「ナミさんならそれでも好きだよ」
その言葉にナミは、やってられないわ、と肩を竦める。
「サンジ君のケーキ美味しすぎて食べ過ぎちゃうんだもん」
「ありがとう、最高の誉め言葉として受け取るよ」
サンジは箱を手馴れた手つきで組み立て、指名されたケーキを箱に入れた。
「はい」
「ありがと・・・そう云えば明日ね」
その突然な言葉にサンジは首を傾けた。
「サンデーさんが来る日」
「あー」
サンジは思い出した、と云うように首を縦に振った。
「美人さんだもんね」
フフと笑い、ナミが云う。
「ナミさんも居るし、日曜日は何時も楽しみだよ」

サンデーさん、と云うのはナミとサンジが勝手に決めたあだ名だ。必ず毎週日曜日にだけ訪れる黒髪の美人。だから、二人でサンデーさんと呼んでいる。そして、密かに(とも云えないかも知れないが)サンジの一週間で一番の楽しみだったりする。それが、彼女が美人だから、とか、それだけの理由ではない。一番重要なのは、日曜日、と云うことだ。ゾロが必ず休みである日曜日。彼が知らない美人。彼目当てではない美人。そのことがよりいっそうサンジを楽しみにさせている。

日曜日。
サンジは時計を見、そわそわと身なりを整えた。もうすぐ二時半。例の”サンデーさん”が現れる時間帯だ。そんなサンジを横目で見、ナミは笑うように溜め息を吐いた。そして、扉の鐘がガランと音をたてる。
「いらっしゃいませ」
ナミが何時もの笑顔で迎え、次いでサンジが同じ事を語尾を少し延ばしながら云った。真っ直ぐな黒髪が扉を閉めた緩やかな風だけでふわりと揺られる。彼女はそんな二人に薄く笑顔を見せ、ケーキが並ぶガラスケースへ目を移した。サンジとナミはその様子を伺う。
「この苺のと、後は何時もと同じの物を頂けるかしら」
ナミでなくサンジに云うあたり、慣れているな、とナミは思う。
「はい、有り難う御座います」
サンジはデレデレとした顔でなく、柔らかい笑顔で、苺の、と云われた一昨日あたりから出している新作のケーキと、何時も買っていくケーキを手際よく箱に詰めた。そして、彼女に見せる。
「こちらで宜しいですか?」
「ええ」
彼女は頷き応えると、手に持った小さなバッグから財布を取り出す。
「ナミさん」
「はい」
呼ばれたナミが、分かっている、と云うようにレジを打ち、金額を彼女に告げる。その横で、サンジはプラスチックのスプーンを纏め、シールを貼り箱を閉じる。
「何時も有り難う御座います」
金を払い終え、財布をバッグにしまった彼女にサンジがケーキの入った箱を手渡す。
「いいえ、此方こそ美味しいケーキを有り難う」
受け取りつつ、彼女がそう返す。
「あなたみたいな人に食べて貰えて、ケーキ達も喜んでますよ」
その言葉に、彼女は口に軽く手を当てフフと笑った。
「私もだけど、義弟が此処のケーキのファンなの」
「光栄です」
「高校生なのに、甘いものが大好きなのよ」
高校生、と聞いてゾロがフと思い浮かぶ。が、甘党な高校生の男はきっとゾロとは正反対だろう、と思った。
「今度は是非、義弟さんと一緒にいらしてください」
サンジが云うと、彼女はまた意味ありげにフフと笑う。
「ええ、そうね。着たいのだけれど」
そこまで云って、楽しそうに彼女は再び笑った。
「あの年頃は複雑なのよね、何時も来ているところに休みの日には顔を出したくないみたい」
それとも甘いのが好きなのがばれるのが厭なのかしら、そう続けて彼女は笑いながら、サンジの顔を真っ直ぐ見据えた。
「何時も?」
そう発したのは今までサンジと彼女の遣り取りを横で、内心呆れながら眺めていたナミだ。
「ええ、何時も来ている筈よ。木曜と日曜以外は」
それで高校生の男と聞いて思い浮かぶ人間は一人しか居ない。サンジは内心うろたえながら、何も言葉を発せずに居た。
「もしかして、ゾロの?」
その確信をつくような言葉がナミから出、サンジは疑えない事実だろうに、冗談だろう、と云った顔で彼女を見る。彼女はそんなサンジに笑い、頷いた。サンジは頭を抱えたくなる。
「そうだったんだ」
ナミは感心したように彼女を見る。サンジは未だ頭の中を整理しきれずに居た。あの男が甘党だった、やら、唯一自分だけが知っている美人だったのに、やら、こんな美人が義姉?、やら、兎に角考えることは色々だ。しかし、最後に行き着いたのは、あのゾロが自分の作るケーキのファンだと云う言葉だった。
「あ、じゃぁ、一寸待っててくれます?」
ナミは云って、早足で奥に引っ込んだ。サンジと彼女が二人残される。
「何時も義弟がお世話になってます」
彼女の言葉にハッと我に返ったサンジは、小さく頭を下げた彼女につられ、深く頭を下げた。
「あ、え、よくやってくれてますよ」
「そう、なら良かった。あの子あぁでしょ?ケーキのこと以外何も話してくれないし、気になっていたの」
「否、ほんとに、・・・そうだったんですか」
サンジは、今更納得したかのような言葉を口にし、頭を掻いた。何時もなら溢れるように出てくる言葉が、頭が動転しているためか全く出てこない。
「そうだと知ってたら、残ったケーキ持ち帰らせたのに」
その言葉に彼女は再び楽しそうに笑う。
「あなたのケーキのファンだって云うのは本当よ?これだって殆どあの子が食べるの」
先程手渡したケーキの箱を軽く上げてみせる。サンジは内心、本当かよ、と云う面持ちで聞いていた。あの男が美味そうにケーキを食べる姿など、ましてや、自分を誉める姿など想像もできない。
「今度感想でも聞いてみたら如何かしら、あの子舌だけは肥えてるから。きっと良い言葉をもらえる筈よ」
「え、あ、はい。そうして・・・みます」
普段なら、あなたの感想の方が聞きたいです、などと気の利いた言葉でも出てきたろうに。そんなことを思う前に口から出てきたのは面白みも何もない応えだった。
「ごめんなさいっ」
そんな二人の会話を遮ったのは姿を消していたナミだった。謝ると、彼女に手に持っているものを差し出す。
「ゾロに渡して貰えます?」
昨日先に帰っちゃって、そう続けると、彼女はナミが差し出した洋楽だろうCDを潔く受け取った。次いで礼も云う。ナミは、いえいえ丁度良かった、と云って笑った。
「それじゃ」
CDとケーキを手に持ち、彼女は柔く笑い、二人に背を向けた。
「有り難う御座いました」
ナミの声に思い出したかのように、サンジも同じ事を云う。扉の鐘が再び音をたてて閉まった。
「・・・・・・」
「・・・・ぷっ!」
隣で突然腹を抱えて笑いだしたナミに、サンジは少しばかり驚き、え、如何したの、と問う。
「だって、サンジ君の顔ったら・・・!」
云ってナミは再び笑いだした。サンジは、え、え、と戸惑ってばかりだ。
「ナミさぁん」
情けない声を上げたサンジに、ナミの笑い声はより大きくなる。
「あんなの有りだと思う?何か、俺・・・喜んでいいのかなぁ」
「あはは!いいんじゃないの?」
「いいのかなぁ」



(2002/12/17)






















「萎れた花には不似合いの言葉を添えて」(サンゾロパラレル)



サンジが小さく手招いた。そこは大して面白くもない場で、ゾロは幾分肩を落とした。それは、サンジがまるで何かを見せびらかしたいような表情をしていたからだ。ゾロはどんなものが待っているのだろう、と見た目には分からないだろうが、内心走る思いでサンジの傍へ歩み寄った。
なのに、サンジの指差すものは、ただの小さな民家にも似たそれで、ゾロは、それが如何した、と云う感情を隠そうともせず、サンジを見た。
その視線に気付いたサンジは、ゾロの方を見やり、子供っぽい笑みを造って見せ、あこの家な、と声を震わせ云う。
「あこの家、花屋なんだぜ」
懐かしむような目だ。ゾロは再びサンジが指差した場へ目線を持ってゆき、へぇ、と相槌をうった。花屋なぞ、己とは大した縁のある店ではない。
「この家の裏で花栽培してんだ」
「ふぅん」
「この前、一寸機会があって見せて貰ったんだけどな、すげぇぞ、ほんと」
サンジはその時のことを思い出し、目に光を宿らせている。ゾロはその瞳を目に、どれ程のものなのだろう、と小さな興味が湧くのを感じた。
「・・・女は喜ぶだろうな」
そんな似合わない感情に笑いながら呟く。何かしら、サンジらしい反応が返ってくるものだと思っていたゾロは、何も云わないサンジを不審に思い、落とした視線を上げる。此方を見ていたサンジが目を瞬かせ、ようやっとと云う感じに、だな、とだけ告げた。ゾロは首を傾ける。もっと長い台詞が返ってくるものだと思っていた。
「あ、否・・・・・」
「何だ」
「・・・花好きか?」
愚問だ。聞くのも無駄だろうに、ゾロは思い、それでも確り、そう見えるか、と厭味な否定をして見せる。サンジはそれに苦笑いを零し、違ぇ、そうじゃなくて、と言葉を濁した。
「・・・あぁ、何て云うんだ」
何を思っているのか、サンジは困った顔をして、ブロンドの髪に指を差し込んだ。
「知るかよ」
「黙ってろ」
「興味ねぇよ、アイス食いてぇ、さっさと行こうぜ」
「・・・・色気ねぇ」
「食えねぇもんに興味持てるか、てめぇもコックならそうだろう」
「あぁ馬鹿!芸術家の気持ちってものが分かってないな」
「・・・芸術家にはおかしな奴が多いとは聞くな」
「違ぇ、違ぇよ、お前はほんとに・・・」
云ってサンジは溜め息を吐いた。きっとまた、女の対処方法やらが頭の中を巡っているのだろう、ゾロは思い、大した怒りを持つでもなく、早くしろ、とサンジの腕を取る。サンジはそれに驚いた顔をし、慌てて、その手を外した。ゾロはそれに呆れ、さっさと一人歩を進める。
「ま、待てよ、未だ話が終わってねぇ!」
背に向けそう声が聞こえ、ゾロは、何なんだ、と耳の裏を掻いた。
「だったら歩きながら話せば良い」
歩を止め、振り向き云えば、サンジは困った顔をして、駄目だ、と呟いた。ゾロにそれが聞こえる訳もない。ただ僅かに口を動かしたと云うことが見て取れただけだった。
「暑い、焼け死ぬ、干からびる、溶ける」
「・・・・」
「てめぇの所為で目がやられる」
それは、光を白い紙のように反射するサンジのブロンドの髪のことを指している、と容易に想像できる。ゾロの、柔らかく受け付け綺麗に色づくように適度に光を反射して見せるような、光と仲の良い色ではないのだ。ゾロの髪の色は、太陽の下でも、月の下でも、作られた光の下でも、闇の中でも、どれだって食み出さず、けれども確りそれを主張する。サンジのそれのように、主張しすぎることはない。
「サンジ」
まるで散歩中に道草をしている犬を、主人が呼びつけるような声色だ。けれども、サンジはそんな声色にすら、胸を打たれる。
「一番近いコンビニ、連れてけ」
「・・・・分かったよ」
サンジは諦めたようにそう云って見せ、けれども、ぐ、と強く意志を固めたように掌を握った。
「ただし」
云って、先程も指差した場をもう一度指す。ゾロはつられるようにその指の先に視線を持ってゆき、またか、と云う表情を作って見せた。
二人の間は中途半端に空いていて、陽炎が立つほどの距離でもなければ、煙草の煙が届くほどの距離でもない。
「寄って行く」
サンジの言葉にゾロは溜め息を吐きながら、ゆるゆると首を横に振った。
「後で良いだろ、俺は花束抱えてる男と並んで歩くなんてごめんだ」
「あぁ、そうだな、俺もごめんだ」
「じゃぁ良いじゃねぇか、後で」
「・・・・」
「第一、萎れちまうだろうが」
花のことを分かっているように、気にしているように、ゾロが云ったので、サンジは少なからず驚いた。
「行くぞ」
「あ、ま、待てよ!」
踵を返したゾロの背に、サンジは再び呼びかける。呼ばれたゾロは迷惑そうな顔をして振り返った。
「何だよ、お前・・・これでアイス売り切れだったら刺し殺すぞ」
「どれほどアイス好きが居るんだよ、この街に・・・・・って違ぇ、そうじゃねぇ、お前・・・」
「何なんだよ」
「聞けよ、心して聞けよ、良いか、俺はっ」
そこまで云い、サンジは盛大に息を吸い込んだ。
「お、俺は、昨日、花束を注文したんだ」
「ほぉ」
「今まで買ったこともねぇくらい、普通の奴・・・を・・・」
「・・・・はっ、貰う奴には云えねぇことだな」
「・・・・う」
「で?」
「・・・・え、な、何が」
「否、続き」
「あ・・・ぅ・・・・」
「何だ?誰にやるんだよ?」
普通の花束、とゾロは厭味な笑いと共に云う。サンジは幾分身じろぎ、応えを濁す。
「豪華すぎても退かれそうだし、質素すぎても、何か、あれだろ・・・」
「別に、物貰ったら喜ぶもんだろ?女ってのは」
「・・・・」
「花ってのは如何か知らねぇけどな」
「・・・やっぱり、一寸待ってろ!今、貰ってくる!」
「はぁ!?」
ゾロは足が縺れるように駆け出したサンジの背中を見やり、ふ、と自然笑みが漏れた。普通の花束だとは云って居たが、相当惚れ込んでいるのだろうその相手に、羨ましさにも似た感情が湧く。
「・・・・チョコが良いな、チョコ味」

花束を持って、男二人でコンビニに入り、アイスを買って、きっとそれ以外にも何やかんや買って、ゾロの家へ暑いと零しながら帰る。着く頃には、花の元気はなくなりかけているだろう。
その花を突きつけ云ってやる。

てめぇには萎れた花で充分だ。


そして、もう一言。



(2003/08/11)






















「色濃く変わりつつあると」(サンゾロ)

「ゾロ」
呼ばれ顔を上げることを余儀なくされ、ゾロは赤面しているだろう己の顔を思い、辞めてくれ、と心中請うた。

サンジは先程から背を向け忙しげにシンクの前に居る。只でさえ暑い今日の気温なのに、湯気の立つ鍋を覗き込むそのシャツは、汗によって色を変えているところが多々見受けられる。ゾロはその一つ一つに目を移しながら、大変だなぁ、と人事のように思った。
「あ!」
そう声を上げたサンジに、ゾロは面白そうに何があったのだと期待する。
「あ、あぁ・・・・あれ?」
云い首を傾ける後姿が、何故だか酷く可愛く映る。正面からそれを見れば、きっとそうとは思わないだろうが。可愛いなどではなく、いやらしい、だ。
サンジは何かを強請る時や、ゾロより上の立場だと自覚し、けれども謙り優しく呼びかける時に良くそう首を傾ける。ゾロはその事実を誰より知っている。と云っても、そう云えばそうだなぁ、とつい最近何気なしに気付いたのだが。だから、正面から見、表情を映すとその仕草をしてもその言葉は欠片たりとも浮かんではこない。浮かんだとしても、その間情が脳に行き着く前にフと消えてゆく。
「如何した」
後ろから声をかけてやれば、サンジは顔を半分だけ振り返り、情けない顔をして、否、何でも、と云う。ゾロはその様子に頬を緩ませそうになりながらも、何時も通りの表情を保ち、何だよ、と追及するような問いかけをしてみせた。
「否・・・・緊張してんのかな」
てめぇの目線強すぎる、そんなことを云い、サンジは再びシンクと向き合った。後頭部を掻く手が、雫を纏わりつかせ髪を濡らす。ゾロはそれに漸く口の端を持ち上げ、馬鹿だ、と思った。
「サンジ」
「あ?」
「サンジ」
「ん?」
「サンジ」
段々甘えるように伸ばし気味になるその単語に、サンジは目の前のことに集中しようとし、諦めざるを得ないかもしれない状況へ追い込まれた。どんな表情をしてその言葉を云っているのか、酷く気になってならない。
「・・・邪魔してんだろう、お前」
振り向いて云えば、案の定、テーブルに顎を乗せたまま笑みを携えた表情が有り、サンジは胸が締め付けられる思いがした。きゅんきゅんと、それが上げる声まで聞こえてきそうだ。
「否」
ゾロは挑むような顔をして否定して見せる。サンジは困った表情になりながらも、シンクと再び向き合った。そうして、今まで己は何をしていたのだろう、と考えを巡らす。
「口癖だ」
「・・・あ?」
聞こえた言葉に直ぐ様振り返ってみれば、再び、否、と返される。あまりに有頂天になりそうな言葉を吐かれた気がする。思いながらも、もう一度聞きたいと云いたいながらも、これ以上作業に支障をきたす訳には行かない、とサンジは何も云わずにゾロから視線を外した。
ゾロは少しばかり期待外れな顔をして、腕を動かすことでできるシャツの皺を目で追う。
「楽しいか?」
「何が」
「見てて」
「・・・・全然」
「・・・・・・あぁそう」
幾ら不満そうな声を出す。その声色にもゾロは小さく笑った。本当は全く楽しくないと云う訳ではない。サンジが何をしているのか、それが一体何の為のそれなのか、何ができるのか、全く分かりはしないが、シャツの下に有る骨々しい身体が動く様がうっすら見て取れるのは、どちらかと云えば、楽しい。まるで、人体の構造を見る学者のように、絵を描く芸術家のように、全くそんなものではないのだが、こう動けば此処も動くのだ、とそう知るのは酷く嬉しいことだ。
「遊んで欲しい?」
少しばかり笑みを含んだ声で問われ、ゾロはテーブルに尚更強く顎を押し付け、組んでいた腕を伸ばした。
「酒が飲みてぇ」
「・・・・あぁそう」
「風呂入りてぇ」
「あぁ、あいつらにはそろそろでっかい樽買ってやった方がいいなぁ」
今、風呂場では、年少組みが水溜めで遊んでいる。余計暑いだろうに、仲良く三人で、壊れそうになるのを恐れずに。
「てめぇも混じれば」
「・・・・」
「大歓迎だろうよ」
「無駄にあの女の暴力喰らうのは厭だ」
「はは!まぁ、連帯責任だもんな、この船は」
「・・・・」
会話をしながらも、サンジの手は目の前の作業を丁寧に終えてゆく。ふと香ってきた腹を擽る匂いに、ゾロは犬のようにクンと鼻を鳴らした。
「まだ島、着かねぇのかな」
ゾロが唐突に云ったので、サンジは暫く考え、何故、と問う。ゾロはその疑問に何も返すでなく、再び彼の名を口にする。サンジは意味を掴めないまでも、口の端を吊り上げた。
「陸が恋しいか」
「・・・」
「船酔い?」
云った言葉に、サンジは己で乾いた笑いを吐き出す。
「馬鹿か」
「まぁ、そこまでナイーブじゃねぇよな、てめぇは」
「・・・」
「じゃぁ、何だ・・・・あ」
「・・・・・・何だよ」
分かったような声を出したにも関わらず、何も続けないサンジにゾロはそう問うた。サンジは作業が一段落着いたのか、手についた雫を払い、振り返り独特の笑みをゾロに向ける。
「何だと思う?」
「・・・・馬鹿だと思う」
「・・・」
「何なんだよ」
「お前はほんとに、口が悪い」
「てめぇほどじゃねぇ」
「あ?俺のこのウェイター並の素晴らしい言葉遣いを妬むなよ」
云いながらサンジは胸元から煙草を取り出し、一つ咥えた。
「・・・・ほら、な」
「何だよ」
マッチを擦る手が止まる。
「馬鹿だ」
「・・・」
サンジは眉間に皺を寄せ、ようやっと煙草に火を点けた。
「座れば?」
その言葉に、サンジは片方だけ見える眉を上げて見せ、ついと後ろの鍋に目をやった。
「鍋は逃げねぇよ」
視線をゾロに戻す。そこには可愛らしいとは程遠い笑みを携えた表情が有る。
「俺は逃げるかもしれねぇぞ」
呆れたような笑みを浮かべ、サンジはゾロの目の前の場へ腰掛けた。ゾロは、まるで何かに勝ったかのように笑って見せる。サンジは心中負けたと思い、可愛いんだよ、てめぇ、と呟いた。
「逃げる気あんのかよ」
「・・・さぁなぁ」
「・・・・・ふん」
「逃がさねぇ、とでも虚勢張ってみれば如何だよ」
「虚勢ね・・・・自信有るから云わねぇ」
「へぇ」
「お前さ、何で島に着いて欲しいか、当ててやろうか?」
サンジはいやらしい笑みを浮かべ、ゾロを指差す。
「・・・」
それに少しばかり不機嫌に眉を寄せたゾロに、はは、と声を出して笑うと、指した指をくるくると動かした。
「偶には、ベッドで寝てぇ」
「・・・」
「ベッドでヤりてぇ」
「・・・」
「俺と?」
如何だ、とサンジは誇らしげに鼻を鳴らしてみせる。
「一日中コースで」
「・・・・腐ってやがる」
「はは!」
「後は棄てるだけだな」
「腐ったものに使い道がねぇとは限らねぇぜ?」
「・・・冗談」
「コックの云うこと信じねぇのかよ」
「て・め・ぇ・の、云うことはな」
その言葉にもサンジは笑う。
「当たった?」
「・・・・てめぇと?一日中コース?」
「はは、そう、如何よ」
「却下」
「うわ、何でだよ」
「あぁ、風呂入りてぇ」
「・・・」
もうこの話題は終わりだとばかりに漏れたゾロの言葉に、サンジは肩を落とし溜め息を吐いた。つめてぇ、そう呟き、腰を上げる。
「・・・足伸ばせる風呂入りてぇ」
シンクと向き合ったサンジの背に小さなその声が届く。あぁ、それでか、と益々肩を落とした。

「・・・・・・・誰と、って聞かねぇのか?」



(2003/08/13)






















「ぎらぎらぎらと秘めた震えを」(サンゾロ)



好きだと告げたのは、お前の方だ。
ゾロは唇を噛み締め、目の奥を熱くさせた。気を抜けば、今にでも頬を伝いそうな液体を、瞬きせず堪える。

嫌いになったとかじゃねぇ、でももう無理だ

サンジが云った言葉だ。俯き見下ろすブロンドの髪は、こんなに直ぐ傍で揺れている。ゾロは心中のもやもやとした気持ちを如何表していいか分からず、ただただそれを見つめた。
サンジが肩を震わす。顔を上げないのは、ゾロからの言葉を待っているからだ。問い質す言葉なのか、あっさり退いて行く言葉なのか、何でも良いから何か云ってくれ、願いながら歯を食い縛った。
言葉じゃなくたって良い、殴りかかってきたって良い、何か。

好きだと告げたのはお前の方だ。信じなかったゾロに、サンジは何度も本気だと顔を赤くした。
信じなかったのは己だ。けれど、信じさせたのは、お前だ。
ゾロはサンジに、俺も多分そうなんだ、とどれ程の時間を空けてか唐突に云った。サンジは意味が分からず、何が、と問うた。ゾロは俯き、俺もお前が好きなんだ、多分、と自信なさ気に返した。
その時のサンジの顔は、忘れられないだろう。
呆けた顔をしていたと思えば、一気に顔を赤く染め、テーブルに立てた肘から伸びる両の手で顔を覆い俯いた。をい、と声をかけるゾロに、待て!、と大声で制し、待てよ、と声を沈めた。
暫く云われたように待っていたゾロを、指の間からサンジの目が伺う。確りと合わさった視線の先で、サンジは耐え切れないと云うように柔らかい笑みを浮かべて見せた。ゾロはそれを目に、あぁきっと多分ではない、と思った。

「サンジ」
名を呼ぶ声にびくりと肩を震わすサンジに、ゾロは、未だ顔を上げるな、と思った。
「サンジ・・・」
ゾロの思うように、サンジは顔を上げることはない。己がそう思って居たのだが、淋しさがどっと押し寄せた。まるで本当の終わりだ。考えても見なかった。考えるのも怖かったから、自然目を反らしてきた。
「なん・・・・・っ」
云った言葉が震え、ゾロは瞼の上に己の掌を被せた。瞬きをしない為にようやっと目の玉に幕を張っていたものは、容易に頬を濡らしてみせる。ゾロはそれを不快に思い、何度も手の甲で拭った。
何でだよ、皆まで声に出したいが、理由を聞いても良いものか、途惑った。厭だと、首を振っても良いのか、と何度も思った。だが、それを聞く勇気すらない。
嫌いになった訳ではない、とは一体如何云う意味なのか。ゾロには全く分からなかった。嫌いになったのでなければ、何故そう云う言葉を吐き出した。分からない分からない、とは思っていたが、今のサンジが何より一番分からない。元々、同種の人間だとは思っていなかったが、此処まで人が分からないのは辛いと、ゾロは始めて思った。
今まで、人のことにあまり興味なく、知らないなら知らなくて良いと、そう思っていたのに、そう思っていた自分が嘘のように、サンジのことが知りたいと切に思った。

泣くことしか出来ない赤ん坊じゃない。

「俺は」
ゾロはようやっと、そう声を絞り出した。
「俺は、好きだ。てめぇと、てめぇが無理だなんて云っても、俺は」
「・・・ゾロッ!」
「俺はっ!!」
「止めろ、無理だ!もう・・・・!」
「てめぇが好きなんだよ!」
グイと肩を引き寄せ、がっちりとサンジを腕の中に引き寄せる。サンジは幾分身じろぎ、けれどゾロに力で敵う訳なかった。
「てめぇが、何に対して無理だなんて云ってんのか知らねぇけど、俺は、お前が云ってることが無理だ」
「・・・・」
「意味が分からねぇよ・・・」
「・・・うぅ」
サンジはゾロの首下あたりに顔を埋め、弱々しく唸るような声を漏らした。
「別れてぇんなら、嘘吐いてくれ。嫌いになったとでも云ってくれ」
「・・・・んなこと、云えるかよ。なれる訳ねぇじゃねぇか」
「だったら・・・!」
「てめぇの目見て嘘吐ける自信がねぇんだ」
「・・・・」
「なぁ、ゾロ、抱き返して良いか?」
「・・・何時も通りすれば良いだろ」
サンジが今まで何と云っていたのか忘れているような言葉に、ゾロは小さく怒りながらぶっきらぼうにそう返した。
「忘れちまった」
「・・・・」
「俺が今まで、てめぇを如何やって抱き締めてたのか、何もかも思い出せねぇ」
サンジの腕がゾロの背を触れるか触れないかの処で行き来し、それから、脅えるようにゆっくり触れ、抱き寄せる。ゾロはその感覚に目を閉じた。
「てめぇに好きだって云われて、今まで押し付けてばっかだった気持ちが、何処に向けば良いのか分からねぇつってる」
震える声で吐き出したサンジの言葉と、同時に離すまいと力を強めた背にあたる腕の感覚に、ゾロは、ラヴコックの肩書きは見当違いだ、と思った。
「俺は、散々てめぇに好きだつったけど、それはてめぇに俺を好きになって貰いたかった訳じゃなくて、ただ、留めて置けなかったんだ」
「・・・」
「嘘じゃねぇから、本気だから、留めとくなんて無理だったんだ・・・思い出せねぇんだよ」
「クソコック」
「・・・名前呼んでくれねぇの」
「思い出せねぇ」
「はは」
「ラヴコックだろう、思い出すなんて頭使う前に、身体が動くんじゃねぇのかよ」
「・・・動かねぇ、てめぇ相手だと、どんなか弱い女の子相手にするより、緊張すんだ」
「・・・・・・辞めろよ、何だよ、それ」
「壊れる訳ねぇのに、壊しちまいそう」
それは今のお前の方だ、とゾロは思う。云う言葉と反対にサンジのゾロの背に廻された腕は、ぎゅうぎゅうと音を出しそうなくらい締め付ける。けれど、ゾロのそれはやんわりとサンジの首に廻っただけだ。
「手も心臓も、口だって、てめぇとキスする時震えねぇように、気ぃ使ってんだ」
「・・・・」
「これ以上、てめぇに好きだつって云われちまったら、俺、死んじまう・・・」
「馬鹿か」
「本当のことだ」

「・・・・なぁ、サンジ、思い出せねぇんなら」


「俺が教えてやるよ」



(2003/09/01)






















「斜め真っ直ぐ突き進め」(サンゾロ+ナミ)



ステップを踏むように、たん、と跳ねる。
次に聞こえるのは軽いその音とは不似合いの鈍い音で、ゾロは頭に巻いた手拭いを退けながら、その様子を見、聞いた。

「ほら」
サンジが汚いものでも持つようにして髪の毛を引っ張り上げさせた男の顔は、もう既に白目を剥いていて、ゾロは少なからず驚いてみせる。
この船に乗り、そこまで相手を打ちのめすサンジを見たのは初めてだった。
問えば、決まったような応えが帰ってくるだろうことは、ゾロにだって分かった。だから、気を失った男を尚更蹴りつけようとしているサンジを止めるウソップを手伝うことも無い。
ウソップは、良心をちらつかせ、もう良いだろう、とサンジを止める。サンジは脇下に入れられたウソップの腕を力任せに外しながら、ゾロが思う応えを、声を大にして叫んだ。

「放せっ!こいつ・・・・!ナミさんをっ!ナミさんを殴りやがった!」


「如何だ」
「痛いわよ」
「そりゃ良かった」
その言葉に、ナミは不機嫌に眉間を寄せ、良くないわよ、と応える。
「痛ぇ、つって思えるだけ良かったじゃねぇか」
「・・・何よ、それ、死ななくて良かったね、とか云ってるわけ?」
「殴られる側の気持ちが分かったじゃねぇか」
「あのね、云っとくけど、あんた達に私が手をあげるのは、あんた達に非が有るからよ」
「へぇ」
「あんた達が改めれば良いだけのことじゃない、あぁ痛いったら」
ゾロはその言葉に肩を竦めつつ、扉を閉めキッチンに入る。何時もの場に腰掛ければ、ナミは己の前のカップを引き寄せ、湿らす程度口に含んだ。
頬には真新しい白いものが貼られている。
男の頬にそれを見るのは、見慣れてしまっているが、女の頬にあるそれは酷く不似合いで、同情心を引かせて見せる。
「痛そうだ、な」
「だからそう云ってるじゃない」
思わず手を伸ばし、指先で白いそれを緩く撫ぜれば、ナミは驚いた顔をし、それから我に返ったように、痛いから触らないで、と小さな声で告げた。
「・・・見た目ほど酷く無いのよ、一寸さっきの今だから赤くなってて見っとも無いだけ」
「ふうん」
そう返し、ゾロはあっさり手を退き、ナミの手からカップを取り上げ、半分ほどの中身を全て口内に収めた。温くなってしまったそれの味に、微か眉間を寄せる。
「・・・をい、これ」
「何よ」
「味、変だな」
「人のを取って置いて、云うことがそれ?」
「んー・・・」
ゾロは中身がなくなり、見えるようになったカップの底を見ながら、首を傾げた。
「やな男」
ナミはぼそりと告げ、テーブルに肘をつき顎を乗せた。
「私が煎れたの、そりゃサンジ君とは違うでしょうよ」
「あぁ」
それでか、とゾロは続け、もう興味を無くしたように、カップをテーブルに置いた。
「変だって云ったこと、弁解くらいしてみなさいよ」
「あ?」
「・・・まぁ良いけど、あんたがそんなことする方が変だもんね」
大袈裟に溜め息を吐いて見せたナミを見、ゾロは、意味が分からない、とばかりに眉間に皺を寄せてみせる。
「私も何だか変だと思って、口が進まなかったんだけど」
やっぱりサンジ君には敵わない、云い、ナミはゾロの方を見る。ゾロは少しばかり目を開き、それからお座成りに、コックだからな、と返した。
「サンジ君は?新しく煎れて貰いたいんだけど」
「奴なら頭冷やしてる」
「・・・何?何かあったの」
「お前は見てねぇんだっけ」
ナミはその言葉に首を傾ける。ゾロは、先程のサンジの様子を大まかにナミに伝えて見せた。
「・・・サンジ君らしいって云うか」
「馬鹿だな、あいつ」
はっ、とゾロは乾いた笑いを吐き出す。
「まぁ、そうね、でも男なら立派なことよ」
ナミもそれにつられるように薄っすら笑みを浮かべた。その表情に少なからず喜びが混じっていることを、ゾロは目聡く感じ取る。
「立派?・・・女が云いそうなことだな」
「あんたの目の前に居るのが何だか知ってて云ってる訳?」
「あぁ、そうだったな、お前も女か」
ナミはその言葉に笑みを取り去る。
「・・・厭な男」
「てめぇは厭な女だよな」
「煩いわよ、良い女ってのは只の男の理想じゃない」
「へぇ」
お座成りに返せば、ナミは真面目になるのは無駄だと思ったのか、己を落ち着けるように一つ息を吐き出した。
「・・・サンジ君にお礼でも云った方が良いのかしら」
「俺に聞いてんのか」
「そうだったら、何て応える?」
「卑怯な手だな」
「頭が良いってことよね、それって」
「誉め言葉とでも思ってんのか」
「悪い?」
ゾロはそれに小さく溜め息を吐く。
「・・・否、別に良いんじゃねぇ?」
「そう、で、如何思う?」
やっぱり聞くのか、思いゾロは小さく肩を竦めた。
「自分が隙見せたことでも謝れば」
「何よそれ」
「応えてやったまでだ」
「・・・あんたってそう云う男よ」
「悪かったな」
「別に?悪いとは云ってないわよ」
ナミは再び口を笑みの形に彩り、こつんとテーブルを爪で小突いた。
「あんたがそう思ってるんでしょう?」
「・・・如何云う意味だ」
「私がこんなの貼ることになったのは、自分にも非があるとでも思ってるんでしょう?」
己の頬を指差し、分かり易いように云い変え、ナミは益々口の端を持ち上げ、目を細めた。
「自分がもっと状況をよく見てれば?」
「・・・・うるせぇ、俺がお前のことを気にかけるような、いい人間に見えるかよ」
「さぁ、如何かしら」
「自惚れてんなよ、クソコックじゃ有るまいし、誰が」
「まぁ、良いけど」
聞く耳持たない、とばかりに両手を上げ、ナミはゾロに笑みを向ける。それが作られたものではないことに、ゾロは眉間を寄せて返した。
「あんたには何だけど、私はお礼しか云わないわよ」
「始めから、興味本位だけだったんだろう」
「分かってんじゃない」
「・・・顔見せてやるってだけで喜ぶだろ、あいつは」
「・・・分かってんじゃない」
ナミは再び同じ台詞を云い、けれども先程と違い少しばかり驚いた顔をして見せた。ゾロは眉間を寄せ、何だよ、と問う。それに小さく首を振って応えたナミは、ゆるりと椅子から腰を上げた。
「それ、片付けといてよ」
「あ?てめぇが」
「だって、最後に飲んだのはあんただもん」
「・・・」
「それに、私は怪我人・・・」
「うるせぇよ、一々理由つけんじゃねぇ」
「そう、じゃぁお願い」
「・・・割ったとしても俺の所為じゃねぇからな」
「良い云い訳ね」
ナミは扉に手をかけ、振り返る。
「・・・・あんたって、そう云う男よ」
「あ?」
首を傾けるゾロに、ナミは小さく手を振り扉を閉めた。



(2003/10/06)






















「飴色のそれを眺めるだけの行為が正解か」(サンゾロ)



明日見ようと思っていた、見ようと思っていた。
何故ならこのビデオはレンタル物で、期限は明日までだ。予定と云うのは尽く狂うものだ。そんなこと、この男と出会ってからつくづく学んだことではないか。何を今更、己を嘲笑いながら傍のブロンドを目に映す。

体液で濡れそぼる前、サンジは一言、帰りたくない、と女が云うようなことを口にした。ゾロは、それを聞き、またかと小さく舌打った。それは勿論、二人きりで、サンジの皿を洗う水音や、それらが擦れる音しか響かない中、彼の耳に届くことはなく、けれども、その言葉に何も返さないゾロの雰囲気を背に感じ、そうしたのだろう、と分かったようだ。
「・・・駄目かよ」
聞いた声が少しばかり震えていて、ゾロは先程同様の表情でサンジの背から視線をずらした。勿論、言葉で何を伝えることはない。
キュと蛇口を捻り、皿洗いも途中にサンジはゾロを振り返る。そうして、再び、駄目かよ、と問うた。
「駄目だろう」
視線をそちらに向けずに応えれば、サンジはゾロの傍に歩を寄せ、素足のそれでついついと座っているゾロの太腿を突付く。
「・・・何で」
「何でもだ」
「・・・」
「直ぐそこじゃねぇか」
「だったら」
「だから、帰れば良いだろう」
「・・・」
「帰れ」
「厭だ、つったら」
「無意味だな」
サンジはその言葉に脱力したように溜め息を吐き、再びゾロから歩を遠ざける。ゾロはそのサンジの裸足が床に張り付く音を耳にしながら、ちらとサンジの背に目を向けた。

お前が好きだ、けど、きっと、無理だ。
お前だって、俺が好きだろう。だから、無理だ。

「野郎が、野郎に惚れることが、禁忌だとでも思ってんのかよ」
皿洗いを終え、身支度を整え、無言が続く中、サンジが布に擦れる音に紛れるようにそう呟く。それが、己への問いだと気付くまでにゾロは暫しの時間を設けた。
「神を信じねぇお前が、んなこと思ってんのかよ」
「・・・関係ねぇ」
「だったら!」
「黙れ!」
「何をそんなに拒むんだよ!」
「煩ぇ!」
「俺の気持ちだって、お前の気持ちだって!これ以上何処に置けば良い!」
「知らねぇよ!帰れ!」
「・・・隠せねぇことはてめぇが一番分かってるだろう」
「くだらねぇ」
「分かってるから、そうやって俺を見ようとしねぇんだ」
「はっ、自惚れてんな」
「誰が、お前だろう、それは」
「・・・」
「お前がそうやって、俺と友達ごっこを続けたい気で居るんなら、俺はてめぇが傍にいねぇことを選ぶぜ」
「・・・そうかよ」
「そうだ」

禁忌だとは思わない、そうではないのだから。
サンジは嘘を云った。傍に居ないことを選ぶのは、きっと、己の方だ、とゾロは思う。否、嘘ではないのか。まどろっこしいようでは有るが、言葉の選び方は正解だろう。

「・・・それでも良いと思うのか」
サンジは声を震わせ、はっ、と小さく息を吐き出す。
「良いも悪いも、俺がとやかく云うことじゃねぇだろう」
「云って欲しいって云ったら」
「・・・係わり合いになりたくねぇ」
「冷てぇ」
「・・・」
「俺のお前への気持ちは冷めることをしらねぇってのに」
耳鳴りがする。酷い音だと思う。きっと、己の心の臓から、それから続く数多の管から伝わる音だろう。
「お前って男は」
「辞めろ」
「・・・つくづく」
「辞めろ!」
傍に有る飲み終えたビール缶をサンジが居るだろう方向へ投げる。鈍い音を出して床に当たる音がし、ああ、狙い謝った、と思う。そちらに視線を向けなかったのだから、しょうがないと云えばそうだろう。
「・・・お前は、一体、何様だ」
「・・・」
「そうやって、お前は・・・!」
「・・・ああ、お前は、素直じゃねぇとは思ってたが、本当にそうだ」
「煩ぇ!煩ぇ!分かったようなこと云ってんじゃねぇ!」
「分かってる、たった数ヶ月の付き合いだが、そんくれぇ厭って程分かるんだよ」
「分かった気で居るだけだ」
「かもしれねぇな、けど、その数ヶ月、一体てめぇのことをどれ位見て、どれ位思い出して・・・そうしてきたか、てめぇは知らねぇだろう」
「・・・」
「俺だけが知る事実だからな、俺の気持ちだってそうだ」
てめぇの気持ちはてめぇが、続けサンジはぶつかり凹んだ缶を拾い上げた。
「向き合えとは云わねぇが、ちっとは素直になるってことを学べば如何だ」
「・・・説教される謂れはねぇ」
「じゃあ、俺の名くれぇ呼んでみれば如何だ」
「・・・知ら」
「知らねぇなんてクソな云い訳はなしだ」
「・・・・忘れた」
「やっぱり、そうきたか」
「名前が何だ、そんな固定名称なんざ、何にでも有るもんだろう。誰が誰を呼んで何が嬉しい」
「分かって欲しいとは云わねぇさ」
「分かりたくねぇからな」
「俺は、最低三回は呼んだ」
「・・・」
「最初、名を教えられた時、そん時二回繰り返して呼んだし、後一回は、てめぇが寝てる間に呼んだ」
「それが、それが如何した、自慢でもしてるつもりかよ」
「その時の胸の高鳴りったらなかった」
「はっ、くだらねぇ」
「お前にも味合わせてやりてぇよ」
やろうと思えば直ぐできる、とサンジは続ける。ゾロはその言葉にきつく瞼を閉じ、ぐ、と拳を握り締めた。そんなこと、経験していない訳がない。サンジの耳に届かないと分かる距離で、そうして、その名を口にしたこと、誰に自慢することでもないが、きっと、己の方が多い。
きっと、多い。
分かっているから、気付いているから、尚更出来ないのだと、知っているくせにそう云うサンジを、酷く憎らしく思った。



(2003/11/21)





「飴色のそれを眺めるだけの行為が正解か」そのニ(サンゾロ)



サンジは、そうやって何時も、ゾロの同意を求める。
本当にそうしたいのならば、力ずくですれば良いんだ、ゾロは思いながら苛立ちを募らせてばかりだ。
困ったことに、この苛立ちは退くことを知らず、サンジと顔を合わせれば、伴いむっくりと起き上がってくる。そんな己が酷く滑稽だ。何処までも、何処までも、思い違う。

「じゃぁ、帰る・・・ぞ」
「だから」
「そう云ってる、だろ?」
少し笑みの混じる声で、己が云おうとした言葉を口にされ、ゾロは眉間を寄せた。
今日此処にきて、必要最低限以外、サンジの顔を見ては居ない。サンジが正面に居る時は何時も、顎から下を目に移すような視線を送り、その薄っすらと生えた顎鬚を見つめるばかりだった。煙草を吹かす時は、その先から昇る煙を。
「・・・お前はきっと恐いんだろ」
「・・・」
「てめぇが否定しても、その侭じゃ俺はそう思うを得ない、そう思うことにした」
「如何云う意味だ」
「てめぇの頭で考えてみれば如何だ、俺の居ないこの部屋でよ」
サンジは手に持った、先程ゾロが力任せに投げた空き缶を傍のごみ袋に入れた。ゾロはそれを音と気配だけで感じ、何を返すこともできない。
「そう思えば、まだ平気だ」
「勝手に、勝手に何云ってやがる」
「勝手?てめぇがそれを云うのかよ」
「如何云う・・・」
「てめぇがその無駄な、何に対してか知れない反抗心を棄てりゃ、俺のこの気持ちも、てめぇのその気持ちも、幸せに終わるんだよ!」
「・・・馬鹿云うな」
「それとも何か!てめぇは俺の為だとでも云う気かよ!」
「はっ、俺がそんな良い奴に見えるかよ」
「ああ、見えねぇな、見えねぇけど、今のお前にはそれがぴったりだぜ、似合わないったらねぇよなぁ!」
その言葉に、ゾロはようやっと、ゆるりとサンジの顔を見る。サンジはびくりと小さく肩を震わせ、その、ゾロの何を思っているか知れない瞳を見た。
「・・・俺の為だ」
呟くようにゾロが云う。サンジは、頭に血が上る思いがした。
何度となくそう云うことを云うゾロを見てきた。
呆けているからだ、と小さく叱れば、別に良い、と最初から譲る気持ちの有ったように云う。表情の少ない彼からは、誰も真意は分からないし、ましてやそれはサンジだってそうだ。もしかしたら、多分、そう云う曖昧な言葉を付けずには居られない。
「てめぇは、てめぇはそうやって・・・!」
「本当だ、俺の為だ、自分の為だ」
「嘘吐けよ、何もかも一人で抱え込むようなこと云いやがって・・・!」
「嘘じゃねぇ、本当だ、本当に俺の為だ、てめぇの為なんかじゃねぇ、そんな、そこまで、気が廻るわけがねぇ」
「・・・」
「俺は、この気持ちを、もう・・・傍にも置いておけねぇんだ、てめぇに向ける為にも、他の奴に向ける為にも、こんなに自分が分からなくなるなら、もう、無い方がいい、置いておきたくねぇ」
サンジの唇はただ、無意味に戦慄く。先程から此方に向けられている瞳に映っているはずの己は、本当にゾロに見られているのだろうか、とすら思えてくる。それ程、まるでサンジを透かしてその奥の簡易キッチンを見るように、ぼんやりとしている。
「何だよ、それ・・・」
「俺はもう、誰も好きにならねぇ」
「・・・」
「だから、お前は」
「厭だ!」
「・・・」
「俺は、今まで失恋なんて経験したことねぇんだ、どれ程落ち込むか、分かったもんじゃねぇぞ!」
「何だそりゃ、自慢かよ・・・そんな、大したもんじゃねぇだろう」
「てめぇは分かってねぇ、分かってねぇよ、根本的なことを」
「はっ、また得意の愛だ恋だ、かよ」
「違ぇ、そんな一文字じゃねぇよ、てめぇが何でそうしようとしてるか、だ」
「・・・だから」
「そんな、とってつけたような理由なんか欲しくねぇんだよ」
「・・・他に何が有る」
「・・・」
「何もねぇ、それしか・・・ねぇだろ」

二人、自身が想いを向ける場がそれだと気付いたのは、何か切欠が有ったことではなく、ただ、日々日々高まってき、そうせずには居られない状況になっただけだったろう。
それはただ、二人の中で元々持ちえた、互いに向ける感情のように接するしかなかった。それ以上を求めることも、その想いを棄てることも、出来ずに居た。それが如何云う意味を成すのか、知らないままで居たかった、が、それは度台無理な話だったのだろう。
知るのに大した時間を要することはなかった。
まるで、出会うべくして出会ったような互いを、目で追うことを当たり前とした。そう云うことをしなければ、妙だとも思うようになった。
触れ合おうと身体を動かすことはなかったけれど、不意に触れた肩や指先に、もっと、と思うことをしない日はなかった。初めから、何処かおかしかった。

そうしようと思えば、互いに拒むことなぞなかったのに。

何もない時が空いてしまっただけに、今、素直に受け入れることすらできない。



(2003/11/24)





「飴色のそれを眺めるだけの行為が正解か」その三(サンゾロ)



これならば、何を勝手なことを云っているんだ、とその拳を強くぶつけられた方がマシだ、とサンジは思う。そうして、そう思うこと自体、己からは何一つ踏み出せていないのだと気付いた。
そう思うのならば、己から暴力的に振舞って見せればいいのだ。
その、何時もは何なく向ける癖の悪い足を、目の前の、到底惚れた男と同一人物だとは思えない眼差しを向ける奴に、向けてやればいいのだ。
けれど、そうも出来ないのは、意識してしまっていると云うことをまざまざと思い知らされているからだろう。

サンジは、ゾロに何をして貰おうとも思っては居ないし、ゾロだってそうだ。サンジに何をして貰おうとも思っては居ない。互いで何かを補うほど、弱くも脆くも、補おうと思うほど完璧を求める性質でもない。

この部屋で何度か朝を迎えたことがあった。
けれど、それは、二人きりでと云うわけではなく、当たり前に傍には互い以外の存在が居た。
サンジは、それを消して邪魔だとは思わず、否、邪魔だと思えたのは、その存在が少なからず自身に安心を齎していたからだ。
間にある、退け易いものを含んだ距離に、遠くも、近くもない距離に、それが一番似合いの距離だと思っていた。

眠るゾロの頬に手を当て、緩く撫でたのはもう数え切れないほどだ。この、出会ってからの数ヶ月で、もう既にそれ程まで多く、そうしてきた。唇に唇を触れさせたことはないけれど、それ以外の顔の部位には余す事無くそうしたのではないか、と思っている。
それは決まって、ゾロが意識を持ち得ていない時で、証人が居る訳もなく、サンジ自身しか知らぬことで、自慢にもなりはしないが。
香水を使わないゾロの生の匂いが、傍に寄ると良く良く鼻につく。それは、彼が寝ている時一番発されるような憶えが有る、が、きっと、サンジが寝ている彼の傍にしか寄れない、と云うことをまざまざと確信させられる記憶だ。

瞼を下ろしたその顔を見つめながら、それが上がらないように願いながら、上がってくれれば、と期待をする。

そうすれば、云い訳も何もしない。
はっきりと想いを口にしよう。

けれども、今までその睫毛同士が触れ合いそうな距離で瞳を見たことすらない。何時も何時も瞼の裏に隠されたその球体は、遠くから見ても、近くで見ても、同じ色をしているものなのだろうか。

「恐いのはお前だけじゃねぇ」
サンジは小さくそう言葉にする。ゾロは、幾分切なげに瞳を揺らめかせ、確りとサンジを見た。その瞳に、胸を締め付けられる想いをひしひしと感じながら、サンジは落ち着けるよう、震える細い息を吐き出した。
「お前だけじゃ、ねぇよ」
「・・・」
「知ってるだろ、俺が恐がりだつったのは、てめぇじゃねぇか」
「そ・・・」
そうは見えない、と云おうとし、止める。云ってしまえば、己が恐がっていることを肯定してしまう、ましてや、助けをこうて居ることすら、今以上に見透かされてしまうだろう。
「俺が、何も云わなかったのは、しなかったのも、だからだとは思わなかったのかよ」
サンジはそのブロンドの髪を掻き混ぜ、唇を小さく尖らせて見せた。
「・・・分かってる、俺が、何もしなかったのは、無意味な期待をてめぇに向けてたからだってのは、自分が一番良く分かってんだよ」
「・・・」
「てめぇが、そうやって、そんな目で俺を見てるから、何時かその口から、俺が何度も何度もてめぇに云おうとしたことを、口にしねぇか、って待ってたんだよ」
「・・・な、んだよ、それ」
「俺は!・・・女相手にも、引き摺るような真似だけはしたくねぇ、する気もねぇ、それは、てめぇにだって当て嵌まることだ」
「女と同じ扱いをしたいってことか」
少なからずその声色に怒りを見、サンジはぶると身を振るわせた。
「違うだろ、そうしてきたかよ、俺が」
「・・・」
「無碍に押し付けるようなことは、したくねぇ、つってんだ」
「・・・何を」
「・・・俺は、知ってると思うが、諦めは悪いししつこいし、縛りたいし縛られたい」
問いへの応えではないことに、ゾロは怪訝そうに眉間の皺を深くする。
「選ぶのは、てめぇだと思ったんだ」
「だから」
「てめぇが先に、俺に云えば、てめぇの性格だ、自業自得だとか思って逃げられねぇだろう?」
性質悪く笑んで見せたサンジと目が合い、ゾロは小さく身震いした。
此処までとは思っても見なかった、今まで何度となくサンジとの女関係を見てきたが、想像以上だ。けれど、恐ろしくも思うが、そうされたいとも思ってしまう。
どちらかと云えば、きっと、後者が大きく、期待しているんだろう、と分かってしまった。
「・・・でも、そうだよな、俺から云えば、俺はそれを振りかざして、何でもできちまうんじゃねぇの」
はっ、と乾いた笑いを吐き出し、サンジは目を細めゾロを見る。
「それは絶対ぇ、てめぇが先に云うより、恐ろしいと思うぜ?」
云われ、どくり、と血が巡る。それでいい、それでいいから、とサンジを手招きする己が居る。

「脅しかよ」
「そう聞こえたんなら、そうかもしれねぇ」

「・・・・てめぇが云えば良い」

「俺を震え上がらせてみろよ」



(2003/11/27)






















「君が恋うことに」(サンゾロ)



サンジが小さく息を吐いたのを、ゾロは振動だけで感じ取った。音も無く、そんなことをするなんて迷惑だとも云いた気な顔を向ければ、サンジはその視線に気付き、困ったように笑った。
「幸せが逃げちまった」
「捕まえりゃいいじゃねぇか」
「・・・・・」
ゾロの云い分にサンジは益々困った顔をする。ゾロはそれを見、首を傾けた。何か自分は間違ったことを云っただろうか、と。
「酒は」
「美味い」
「違ぇよ、馬鹿」
サンジは指をテーブルでコンコンと突付き、呑むか、と問うた。ゾロは当たり前に頷く。すれば、サンジはその場を立ち、キッチンの下に備え付けられた棚の中から見たことも無い、黒い酒瓶を取り出した。只でさえ高級感を醸し出す黒を惑って居、尚且つ半透明ではないその酒瓶にゾロは酷く心を揺すぶられた。
グラス二つを片手に、丁寧にテーブルにその酒瓶を置くと、サンジはゾロに向け、ニと口の端を持ち上げる。ゾロは目を瞬かせた。もし、未だ十にも満たない子供なら、足をバタバタと落ち着き無く動かしているだろう、そんな気持ちだ。
「すげぇだろ?」
「・・・・」
ゾロは必死に内心を隠そうとしているようだが、サンジにはその目が輝いていることが容易に見て取れた。テーブルに乗せられた腕が、今にも酒瓶に伸びてきそうなほどうずいているのすら分かった。
「未だ、呑んでみねぇと」
「分からねぇ?」
「・・・お前は呑んだことあんのかよ」
「ん?ない」
その応えにゾロは困った。サンジは料理人の気質とあってか、目の前の新しい食材や調味料。兎に角口に入れる為の物は、直ぐ様試してみたいと云う欲望が強い。そのサンジが今の今までこの酒瓶を隠していた訳は如何考えても分からない。
この前島に寄ったのは、つい一週間ほど前だ。だから、一週間は暗い棚の中に是は居た。まるで暗闇に同化したような色をしている、とゾロは思う。
「この酒は今日の為のもんなんだと」
「呑む」
「をいをい、全く興味ないのかよ、てめぇ」
「呑むんだろ?」
「否、そうだがよ」
「何の為のグラスだよ」
「・・・・・聞く気なしだ、この人」
「開けるぞ」
痺れを切らしたように、ゾロは酒瓶に手を伸ばした。
「あ、待てって。だから、是を呑むにはちゃんとした礼儀が有るんだよ」
「・・・・・いただきます」
「・・・」
何時ものように確り胸前で手を合わせ呟いた言葉に、サンジは隠そうともしない溜め息を漏らした。ゾロはそれに片眉を上げて見せた。
「今日はタナバタっつー祭りごとの日だと」
「あぁ、七夕か」
「何、知っての」
サンジはゾロの口から当たり前に出たその言葉に、面喰った顔をした。ゾロはそれを不快を感じた。
何でも己の方が物事を良く知っている風に自負しているのは、サンジの悪い癖だと思う。確かに、料理人であるサンジに比べ知らないことは多々有る。だが逆に、剣士で有るが故に、サンジが知らないことを知っていると云うことも少なからず有る。只、サンジにしてみれば、刀や剣と云うのはほんの少しの興味しか惹かれないもので、ゾロにしての料理とは幾分違うのだ。だから、サンジは良く己の知識をウソップのようにひけらかし、小馬鹿にするような態度をして見せることがある。
特にゾロにはそうだ。
「もう八月か?」
「あ?何云ってんだ、てめぇ」
「あぁ?」
「七夕は七月七日だろう?」
「・・・・正式な日付とは違うんだよ、クソコック」
何時もとは逆の立場のそれに、サンジは酷く気を損ねた。確かに、先日寄った島で、八百屋のオヤジ伝いに聞いた話だ、良く知りもしないことだ。
「・・・・ふ〜ん、でも、大体が今日なんだろう?」
「まぁな」
ゾロは、相変わらず酒瓶から目を外そうともせずに応える。
「・・・で?」
「あ、あぁ・・・」
「何して欲しいって」
「・・・誰がんなこと云ったよ」
「顔に書いてあんだよ、馬鹿」
「・・・」
ゾロの言葉にサンジは何の言葉も出なかった。に、とゾロが笑う。そのあまりの子供じみた笑みに、サンジは小さく瞬いた。
「それも有るが、違ぇことも有る」
「あぁ?」
はっきりしろ、とばかりに寄せられる眉間を目に、サンジは思わず笑みを漏らす。
「・・・タナバタのお伽噺?っつーの、それは聞いた」
「あぁ、あれか」
「何でも切ねぇ話だよなぁ」
「そうか?」
「そうか、じゃねぇよ、誰が聞いてもそうだろう」
「・・・ほぉ」
サンジはゾロの態度に、小さく頭を振り溜め息を零す。
「これだから筋肉マリモは」
「海藻と話してんのか、てめぇは」
「・・・」
「で?切なくなったから誰かに慰めて貰いてぇとか云うのか」
「・・・あぁ、あぁ、何でそう話をさくさく進めたがるんだろうな、てめぇは」
「悪いことじゃねぇだろ」
「こう云う時は、悪いこと、っつーんだよ」
何処が、とゾロが目で訴える。サンジはその視線を受け、尚更肩を竦めた。
「織姫ちゃんが彦星に会いに行くのは何でだろうなぁ」
「・・・そんな理由考えてたのか」
「まぁなぁ、何つか、諦めねぇその神経が素敵だって思った訳だ、俺は」
「所詮星だろ、逃げられねぇじゃねぇか、廻ってんだ」
「・・・お前、駄目だ、信じらんねぇ」
「何が」
「そこまでこの話を根っこから否定するか?」
「てめぇが、その女をどんな顔で画いてるかは知ったこっちゃねぇが、もうしわくちゃのばばあだぜ、そいつ、絶対ぇ」
「・・・」
「萎えただろ」
「・・・ああ!最悪!」
「はは!」
サンジは笑うゾロの顔を横目に見、頭を掻きながらテーブルに突っ伏す。そして、ゾロの笑い声が収まったのを見計らい、なぁ、と声をかけた。ゾロは、言葉で返すでなく、その綺麗な眉を片方、くいと上げた。
「今日、雨だな」
「あぁ、大体この日は雨が降るらしいぞ」
グランドラインの癖に同じだ、続けるゾロに、その通りだと小さく笑いながら、サンジは何処か胸を傷めた。
「・・・何で態々そんな日がそうなんだろうな」
くぐもったサンジの声に、ゾロは未だ栓も開けていない酒瓶を手繰り寄せ、淵をなでるように指で辿る。
「その方が燃え上がるんだろ?」
その言葉に、サンジはうつ伏せた侭の顔を、ゾロに向け、ブロンドの隙間から情けない視線を送ってみせる。ゾロはそれに小さく笑い、馬鹿だな、と呟いた。
サンジは、ゾロのその言葉が、己に向けたものなのか、はたまた、空想やもしれぬ二人に向けたものなのか、分からずに、何も返せず、視線を反らす。

笑うだろうか、きっと、笑うだろう。
こんなに近くに等しい存在なのに、己とお前を、その二人に被せて見たと云えば。

笑うだろうな。

お前が、女の方だと云えば、怒るだろう。

だから、諦めずに男を待つその姿勢に、焦がれたと云えば、呆れるだろう、今度は。

全部、その表情全部見たいけれど、それを云う己の顔が情けなさすぎるだろうから、辞めておく。

ゾロはサンジの突っ伏した侭のブロンドに苦笑いを零して見せ、酒瓶から手を離し、それに無骨な掌を乗せ、ガシガシと強く撫で上げる。
「何考えてんだ」
笑みの混じる声で云えば、サンジも小さく肩を震わせ、その表情を伝えてみせる。ゾロはそれに小さく安堵し、掻き回されぐしゃぐしゃになった髪を整えるよう、緩く掌を這わせる。サンジの肩の震えはそれから少しばかりで収まり、ゾロはぼんやりとした目で、只、そのブロンドを掬う。
人がいいと云えばそれまでだが、感情移入しやすいのは悪い癖だ。
そんなことを思う。
「酒・・・」
「あ?」
「呑んで良いぞ」
「・・・」
ゾロの手を制し上げた顔は、やはり何処か情けなく切なげで、ゾロは眉間を寄せ、返事に迷った。つい先程までなら喜び勇み、待ちくたびれた、とばかりに行動に移しただろうに。
「・・・いらねぇ」
「何で・・・あ、だから雨降ったんだろ!馬鹿!」
「・・・うるせぇ」
「・・・」
「てめぇはほんとに・・・」
そこまで云い掛け辞めたゾロに首を傾けながらも、サンジは何処かその心中を察し、苦笑いを零した。
「雨は止む」
「・・・何?」
「うちの有望な航海士のお告げだ」
「・・・」
「夜には雨は止む、星も見える・・・・・会えるだろ」
「・・・ゾロ」
「人の恋路にとやかく云うのはラヴコックの性質じゃねぇだろ」
「・・・」
「てめぇは自分のことだけ精一杯やってりゃ良いんだよ」
じゃなきゃ逃げるぞ、云われた言葉にサンジはブルと背筋を振るわせる。何て恐ろしいことを。
「ばぁか」
「・・・・全くだ」
「・・・・・悪くねぇよ」
「え、あ、あ?」
「あぁ、悪くねぇ」
「・・・」
「そう云うとこ、あれだな、何つーんだ、てめぇ流で云や」
「待て、待て待て待て」
「・・・何だよ」
「云うな、てめぇから云われんの、何か、絶対ぇ、駄目だ!」
「何で」
「・・・」
ゾロは、サンジの態度に人の悪い笑みを浮かべ、ずいとその顔をサンジのそれに近づける。サンジはその場に腰を下ろしたまま小さく後ずさった。

「可愛い」

その顔とその声とその言葉に、サンジは背筋からぶわと何かが駆け上がるのを感じ、小さく身震いした。
ゾロはそのサンジの態度に声を高く笑い、終いには腹を抱え、目尻に涙まで浮かべて見せる。
「・・・ックソが!」
「ははっ!馬鹿くせぇ!」
「・・・」
「てめ、何だなぁ、その性格、難儀なもんだ」
未だ笑い混じりに、此方をその潤んだ目で見る様子は酷くサンジを駆り立てる。思わず、小さく笑みを零せば、それに気付いたゾロが、に、とまたあの子供じみた笑みを浮かべる。
「・・・あぁ、俺の心はてめぇと云うどっかの馬鹿剣豪の虜だ。まるで、そうだ・・・」
唐突に長々と比喩る言葉を紡ぎ出したサンジに、ゾロは笑いを堪えるような顔をし、プルプルと唇の端やら頬やらを振るわせる。それに気付いたサンジは、その目を見やり、ゾロの手の甲を己の掌で緩く何度も往復しながら続ける。

「織姫ちゃん以上に愛する人に出会った彦星って感じ」

「ぶはっ!やっぱ馬鹿だ!」



(2003/12/18)






















「聞こえず消える」(サンゾロ)



ああ、とサンジは小さくうなだれた。

昨日、凡その期待を裏切り、誰とも同じ時を過ごしはしなかった。
勇気が無かった、と云えばそれまでだ。
同じ職場の、サンジの上辺を良く良く知る人間らは、珍奇な目を向けるだろう。
けれど、その理由を云えば、やっぱりか、と肩を竦めるだろう。

その、奥底に潜む真意を謀らぬままに。

一度呼んだ、その人の名は、あまりに短く簡単な発音だった。
けれど、それですらサンジには、食事をするより難しいことで、当たり前にか、その時、態々喉は震えた。

その人は、振り返り、小さく笑いを零しながら、煙草吸いすぎだ、馬鹿、と罵った。

その表情も声も、その乱暴な言葉すら、サンジが息をすることを忘れさせるには十分なものだった。

愛しくてたまらないよ。

なぁ、俺は、毎夜ベッドに寝転がって、お前の名を呼ぶ練習をしてるよ。

その耳には、届かないだろうけど。



(2003/12/20)






















「その色を呼ぶ為の音は」(サンゾロ+ナミ)



綺麗に爪の上を彩るものに、一時目を奪われた。

彼女はその視線に気付き、首を傾け笑みながらその手を広げ、こちらに掲げてみせる。サンジは同じく笑み、綺麗、と正直に告げた。
指すものの伴わない言葉だったけれど、爪、と云い、それ以上の言葉を欲されるよりも、色、と続け、同じ事を問われるよりも、いいと思った。只、それだけだ。
それは、目にも鮮やかな、深い、けれど暗くはない、青だった。
空と海、どちらに近いの、と問われれば、海とは応えられるが、云うなれば、酷くどっちつかずな色だ。
とても綺麗な色だったけれど、彼女には不似合いに思えた。
暖色の方が似合いだ。
サンジは色に目を奪われたが先、云わずに居た。

「目の保養になる?」
悪戯な目で彼女が云う。サンジは小さく笑い、それ以前に、と応えた。
「サンジ君は、青が好きよね」
「ん、まぁ、嫌いじゃないね」
「私も、嫌いじゃないわ」
「・・・それは好きでもないって?」
「サンジ君のはそう云う意味だったの?」
「わ、ずるいね、それ」
そう?、と彼女は緩く女の顔を作る。サンジは小さく肩を竦め一つ息を吐き出した。
「違う、ね、きっと」
「じゃぁ、違うのよ」
私も、と、おざなりに彼女は返した。サンジは言葉を失い、一度開いた口を何も発する事無く閉じて終えた。

「どうしてその色を?」
「だって」
ほら、と再び彼女がサンジの目にその色のかぶさった爪を突き付ける。サンジはその言葉の指す意味が薄らとしか読み取れず、首を傾け爪から彼女の目へと視線を上げる。
彼女はそれに笑み、ね、と云った。

「綺麗、だから」

「でも駄目ね」
「どうして?」
「塗るよりも、こうやって瓶に入ってるままを見る方が、ずっと綺麗だわ」
「そう?」
「うん」
適わない、と彼女は小さく呟いた。
「何て云うかしら」
「誰が?」
「・・・誰でしょう」
ふふ、と彼女が吐息を零すかのように笑う。サンジは少なからず強ばった。
「思いがけずね、素直な言葉を吐くもの、あいつは」
サンジ君みたいに綺麗って云うかしら、爪を見ながら呟く彼女こそ、正にその言葉で表されるだろうと、サンジは何処か遠くで思い、小さく身震いした。
恐ろしく思った。
「・・・どう、かな」
「・・・」
「・・・」
途端、言葉を紡がなくなったことに苦笑いを浮かべ、サンジは切なげに目を細めた。
是ほどに、こんなにも綺麗な色は作られたものでしかなく、また、それは女性の為の物だと云う事実が、何故か胸を締め付ける。
「やっぱり綺麗・・・」
彼女が溜め息混じりに呟いた言葉に、サンジは少し間を開け、小さく頷いた。
「・・・ゾロって、滅多に綺麗って言葉を使いたがらないのよ」
知ってた?、と彼女は首を傾ける。サンジはそれに少なからず驚いたように目を開き、力なく頭を振った。
「本当にそうでない物じゃないと、聞けないの」
サンジは未だ何処か驚いたままで、彼女の言葉に耳を傾ける。
「何だかんだで、目は肥えてるみたいよ?」
笑った彼女のそれが、何処か切なげに見え、サンジは目を瞬かせた。
「食べるものに・・・その言葉を向けるの、始めて見たわ」
「・・・!」
サンジはその言葉に小さく身震いした。

まさか

思いはするが、思い上がりばかりが前に出ているような感情が沸き上がってくる。

「適わないわ」

彼女の掌は、爪を隠すように丸め込まれた。



(2003/12/26)






















「期待の日々」(サンゾロ)



許す、許さない、そんな言葉を選ぶつもりはない。

ゾロは唸だれるサンジのブロンドの髪を目に、小さく舌打った。

女好きな男が、元々、求めるべき性別を欲する気持ちが人より少しばかり、否、少しではないかもしれないが、その気持ちが高い男が、同じ性別である己一人に固執するなど、自惚れにも程が有る。
だから、ゾロは、そんな小さな、普通の恋人らなら極々自然な期待すら、持ってはいなかった。
駄目だ、と我無裟羅に目を背けていた。

そんな期待を持つ方が、馬鹿だ、と。

「・・・あ、あのな」

問い詰めたわけでもないのに、何故か、酷く申し訳無さそうな顔をし、情けなくサンジは言葉を紡いだ。
気付いていた、気付いていることに、サンジも気付いていた。
けれど、何も言葉にせず、何時も通りに接している己に、罪悪感でも湧いたのだろうか。
自分がいたたまれずに、自分かわいさに、我慢できなかったのだろうか。

サンジの口からは、ゾロの知らない昨日の出来事が告げられた。

ゾロは何処か意識を散乱させ、ぼんやりと傍の水槽を眺めながら、それを聞いた。
女だったら、此処で、泣くだろうか。
テーブルを思い切り叩いて、投げられるもの全て、目の前のまるで裁決を待つかのような表情をした男にぶつけるだろうか。

考え、小さく笑った。
それに気付いたサンジは、ぶると身が震えたことに気付く。ゾロの視線はサンジに向くことはなく、今、こんな表情を全面に出してしまってから、まるで此処にその存在は居ない、と、ない、と、そう云っているようにすら見える。
サンジは小さく身体を動かし、椅子に座り直した。
「・・・ゾロ」
呼ぶと、笑みを彩っていた横顔は、見事なまであっさり、消え失せた。そうして、ゆるりと何とも感情を見いだせない目でサンジの方を見る。
サンジは、先程より大きく身を震わせ、グッと拳を握り込んだ。
「・・・で?」
テーブルに肘を立て、その上に顎を伸せ、ゾロが短すぎる言葉で続きを急かす。サンジは、あ、と口を動かし、けれど、音になるには小さすぎ、ゾロの耳に音を運べずに消えた。
背筋を伝う感覚に慌て、落ち着こうと手を延ばした先の煙草の感触に、思わず肩を落とし、大袈裟に安堵の表情を浮かべた。
煙草を取り出し加える。ふいに視線を上げた先に、相変わらずなゾロの瞳があり、サンジは暫し硬直した。
「お前」
そんなサンジに気付いたように、ゾロが口を開く。サンジは火を点けていないまま、その続きを待つ。
「今何の話してっか、分かってるよなぁ?」
う、と言葉に詰まり、サンジは、はい、と震える声で返す。
「分かってて、何呑気に煙草なんか出してんだ」
「すいませ・・・」
「否、別に吸うなとは云ってねぇけどな」
吸えるもんなら、目がそう云っていて、サンジは加えていたそれをテーブルに乗せ、端に追いやった。
「面倒だろ、一々女とヤッたことまでご報告なんて必要ねぇよ」
「う・・・」
「まぁ、俺ら、別に婚約者でも、何でもねぇしなぁ?」
だろ、と問うゾロに、サンジは肯定も否定もできなかった。
「恋人っつうのも疑わしい」
「ゾ・・・!」
「俺はてめぇを好きじゃねぇし、てめぇは俺を好きじゃ・・・」
「ゾロ!」
「・・・」
「た、頼むから、んな怒り方止めろよ・・・」
「・・・誰が」
「暴言吐くのは俺だけにで良いだろ、んなの、てめぇもいっしょくたに傷もんにしてどうすんだよ!」
「自惚れんな」
「誰の所為だよ」
「俺は別に、怒るだとかしてねぇ」
その言葉の差すところが知れず、サンジは首を傾ける。
「必要あんのかよ」
「な・・・」
「誰も規制なんてしてねぇ」
ゾロは視線をテーブルに落とし、フ、と息を零す。
「てめぇが、何処の誰と、女とヤろうが、俺がとやかく云うことじゃねぇだろ?・・・まぁ、野郎相手だっつうなら、別かもしれねぇが」
「・・・」
「好きにしろよ」
「てめぇのそれは、余裕だとか、そう云う類じゃねぇよな・・・違う、よな・・・」
だったら、続け、サンジはヒュッと息を吸い込んだ。
「俺のこと、好きじゃねぇ、ってのは本当なのか、よ・・・」
「・・・」
「そんなもんだ、って云いたいのかよ!」
「・・・何で、てめぇが」
んな声出してんだよ、小さく呟かれたゾロの言葉に、サンジは気付かされたように口に手を当てた。
「・・・違ったな、俺がそう云われる方だよな」
「だから、別に・・・」
「ゾロ!」
「な、んだよ」
「我儘かもしれねぇけど、てめぇの所為だ、つっても良いと思うぞ・・・お前が、そんなに、何てんだ、寛大?だから」
「・・・ほぅ」
「俺は、こんなこと云った後で説得力ないかもしれねぇけど、お前が好きだ、本気だから、だから、お前が同じことやれば、かなり、やばいことになるぞ」
「俺にもそうなれって?」
「そこまで云うわけじゃねぇ、けど」
「けど、何だよ」
サンジはちらとゾロを上目に伺い、目があうと、ぎこちなく笑んで見せる。
「・・・ごめん」
「それだけか?」
「他に・・・?」

「否、必要ねぇ」

寧ろ、破る前提の約束なんか云いやがったら、切り刻んでやる、云ったゾロの言葉以上に、その表情に、サンジはグと唇を噛み締めた。
「破る前提、か」
「違うかよ」
「・・・」
否定も肯定もできなく、サンジは息を詰めた。
気持ちは有るものの、強いものの、自信がない。

今のままでは。

「・・・自惚れてぇもんだな」

やっと耳に届いたゾロの一言が、やけにサンジの胸を引っ掻いた。



(2003/12/26)






















「さあ、耳を澄まして」(サンゾロ)



鼻を押しつけられた首筋がジンと熱をもつのを感じた。

唇が震え、吸い込んだ先は何時もと同じ目に見えないそれなのに、やけに重く感じる。
首筋に当たる、サンジから吐き出されるそれは酷く生暖かかった。

後から廻された腕は、何処か縋るような思いが込められているように感じる。
瞼を下ろせば、それを見計らったように、腕の力が強まった。ゾロはその力に、何処か安堵の息を吐き出す。

何か、酷く、柔らかく思った。

男の堅い身体すら、纏う空気すら、傍に有る何もかもが。

ほぅ、と再び小さく穏やかな息を吐く。
サンジの廻された腕に己の掌を被せ、撫でれば、サンジが小さく笑みを盛らす気配がし、ゾロもつられ笑った。

「何?」
それに気付いたサンジが、笑みを含んだ声で後から問う。
「お前だろ」
云えば、サンジは応えを返すことはなく、ただ再び小さく笑みを漏らした。
「何なんだよ」
同じく笑みの交じる声で云い、肩口に埋まっているブロンドを軽く引く。そうされた人物は、何でも、と酷く嬉しそうな声で、説得力無く応える。
「・・・何でもねぇよ」
同じ意を持つ言葉を繰り返し、サンジは鼻頭をゾロの肩口に擦り付けた。
「雪、止むかな」
「もう止んでんじゃねぇ?」
音もなく降るそれを思いながら、ゾロは返した。
窓に目を向けても、布で遮られたそこは、何も事実を伝えはしない。ただ、サッシが冷えた外の空気と、この場の温度差を表すように、雫を身に纏っていた。

今日、二人で遠出でもしよう、と云っていたのは、未だ雪が降るとは、天気予報でも云ってはいない時で、その事実を知らされ、互い何処かやるせなさを覚えたのは、ほんの数時間前だ。
サンジは、それでも、とゾロの手を引いたが、ゾロはそれを拒んだ。

こんな寒い中、外を歩く趣味は持ち合わせてはいない、と。

サンジの切なげに寄せられた眉間に苦笑いを零し、一度は拒んだ腕を引いた。

「寒い・・・?」
「つったら何してくれるって?」
「・・・もしかして、誘われてる?」
サンジの冗談混じりの言葉に緩く笑う。
「残念だな、全然寒くねぇ」
「あ、酷ぇ」
「ははっ」
廻された腕から繋がる手がすいと脇腹をなぞる。悪戯なその動きにすら、ゾロは柔らかい笑みを浮かべて見せた。
「お前は」
え、と、サンジが動きを止める。ゾロはサンジにもたれるように力を抜いていた背中を離し、軽く振り返り笑みを浮かべた。
「寒いだろ」
「・・・」
その表情を目に、サンジは暫し目を瞬かせ、それから詰めた息を吐き出すような笑い声を漏らした。
「なぁ?」

「あぁ、凍えそうだ」

暖めてくれんだろう、云った言葉にゾロはサンジと向き合うよう身体を動かし、鼻が触れ合うほどに顔を近付ける。サンジは期待に震える息を吐き、腕を膝で立つゾロの背を緩く撫でた。
ゾロはそれに、フ、と鼻で笑む。
「熱いコーヒーでも煎れてやろうか」
「・・・そりゃないだろぉ」
意地悪な言葉に、サンジは、情けない声で、表情すら正にそう表すのも等しいもので、それを目に、ゾロは言葉を遮るように動くそれに軽く口付け、冗談だ馬鹿、と笑った。



(2003/12/27)






















「届けば声になるよ」(サンゾロ)



サンジが振り返り、己に向けただろう言葉は、今も聞こえぬままだ。

ゾロの耳には。

目は、しっかりとその動きを捕らえたと云うのに。

「  」

聞こえない。
ゾロは、あれから良くその夢でうなされ目が覚める。
サンジの、申し無さそうに笑んだ表情や、本当に、届ける気は有るのか、と云うような口の動きや、何に付け、ゾロを悩ます種になった。

ゾロは、目を覚まし、何時も、その額に汗を、その目に涙を浮かべていることに気付いていた。
それが、その言葉を聞き取れなかった為だとか、その言葉の指す意が知れない為だとか。
探り出そうと思えば、多々溢れだすだろう。

不安定な高い場に立つ時のように、もしかして、や、例えば、を、もっと考えるべきだったのだろうか。

そうすれば、そうして居たら。
今更な言葉を考え、頭を振った。

馬鹿なのは、俺以外の何者でもない、と、今ならあっさり肯定できる。

「  」

聞こえない。

どんなに耳を懲らしても、どんなにお前の口の動きを頭の中で繰り返しても、真似ても、何も分からない。

何も。

聞こえないんだ。

サンジが、あれからあんな風に、瀬戸際を装い、ゾロに言葉を吐くことはない。
あの一度だけだ。
ゾロは何時も、あの時の言葉を問いたくなる。だけれど、その欲望は、口に出す寸でのところで、小さな危機感へと変貌を遂げることに、気付いてしまった。

サンジの口から出るだろう言葉は。
聞こえなかった言葉が聞こえてしまえば。

それはゾロにとって、プラスなのかマイナスなのか、サンジにとってどちらなのか、互いには。
二人と括り付ければ。

考えてしまうと、追求心は、泡となる。

己の心内は、この、問い詰めないと云う姿勢は、惨めなものだろうか。

お前は、どうして欲しいんだ。
それすら、それすら聞くこともならない。




────





満足した。
一人。

お前になすりつけて、最低だと思いながら、けれど、駄目だった。逃げられるわけもないから、せめて楽に、と云う思いは、避けることなど、今の己には、それ程の余裕も見つからなかった。

ゾロは、こちらを見、微か眉間を寄せ、首を傾けた。
聞こえないだろう、聞こえないよう、云ったんだ。聞かせるつもりは、ないまま、口を動かしたんだ。

「  」

お前は、その空白に、何と答えを見いだすのだろう。
サンジしか知らぬその応えを、はめることが、可能なのだろうか。

此処最近何度か、なぁ、と声をかけては、何でもない、と言葉を濁すことがある。
ゾロが、だ。
その先の言葉は粗方予想がつく。あの、音の無い言葉を投げ掛けてから、あるだろうやりとりだ、と思っていた。
けれど、ゾロのお陰で、頭内で考えた、戯れ合い、真実を避ける返答は未だ口に出来ないでいる。

一体何を迷っている。

お前が、尻込みすることは、微塵もないだろう。

そう声が出る度、震え、じんわりと湿り気を帯びる己の掌と、お前のそれとは、全くの別物だ。
それとも、何か察しがついてしまっただろうか。
何か、ばれてしまっただろうか。

願ったりだ。

なぁ、ゾロ。
早く、お前に向けた言葉の音を、響きを探り当ててくれ。
そして、つきつけてくれ。

そうすればやっと、俺もお前も自由になれる。

出発点に立てるんだ。




「お前が好きなんだ」




想いより、云った言葉より、こんな、惨めな、だらしのない真意を見せ付けてしまうだろうことが、恐いんだ。



(2003/12/29)






















「手も声も届かない遠くまで」(サンゾロ)


胎内のものが疼く。

先程出し切ったばかりのそれは、未だ完全ではなく、己の胎内に納まったままだ。サンジは血を身体に透かせ、顎の先から汗を垂らしながら、余裕なく此方に笑んで見せた。
きつ過ぎ、引かれる思いをしていた内部は、今、少しの開放感を漂う。そして、サンジが息を吐く度、吸い込む度に伝わる振動が、むず痒く思えてしかたなかった。
思わず身体を震えさせれば、掌いっぱいで緩く頬を撫でられる。
吸い付く感を受けるのは、この身も、それも、乾いてはいやしないからだ。
「・・・痒い」
「わぁお、何て大胆な誘い文句」
「あぁ?」
何を思って、云う目で見上げれば、サンジは、違わないね、絶対そうだ、と自信ありげに己の額に伝う汗を、その掌で持って拭った。
「掻いて欲しいんだろ?」
「・・・」
じんじんと痺れたような、熱いような、その部分を撫ぜられ、ゾロは小さく息を詰める。けれど、その解釈は絶対間違いだ、と云う顔をしたままに。
「それとも何?自分で掻くって?」
見られてたら感じる性質?、云われ、ゾロは眉間をきつく寄せてみせる。
「・・・てめぇ、いっぺん死んでこい」
「おお、死んでもまた会いにこい、ってか」
「・・・」
「勿論」
当たり前だ、とばかりに、大袈裟に動作を添えて、サンジは肯定した。ゾロはそれを見、呆れることしか出来なく、腐ってやがる、と溜め息と共に零す。
「腐らしたのは、おめぇだろ」
放っておくとどんどん腐るぞ、笑みまで添えて続けられ、ゾロは尚更眉間を寄せた。
「放っておかしもしねぇ癖に」
「ははっ」
「・・・っ、わ、笑うな、阿呆・・・・」
その振動と同時に収まりかけたむず痒さが顔を出す。それを嫌がり、ゾロは足を上げ、その裏をサンジの胸元に当て押しやった。
「動くんだったら抜け!」
「・・・」
サンジはその足首を手に、お前それじゃあ、と肩を竦める。
「抜くに抜けねぇじゃねぇか」
「抜く為だけに動け」
「・・・早くイって〜、って意味にも聞こえるな」
「阿呆・・・・」
「んなこと云うてめぇが悪い」
序に、動かなけりゃずっとこのままで良い訳か、先が見えねぇ持久戦だなあ、長々と云い返され、只でさえ頼りない己の今の状態が、酷く滑稽に思えてたまらない。ゾロは、如何しようもない、とばかりに瞼を下ろし、その中でぐるりと眼球を回した。
「・・・・るせぇ」
続けんだったらさっさとやれ、酷く小さな声で云われ、サンジは何処か申し訳なさを思いながらも、小さく笑みを零す。
「黙るから・・・」
云う唇が、ふ、とゾロの瞼の上に当たる。それに即されるように瞼を上げると、その唇が己のそれに宛がわれ、直ぐに離れた。屈めた身体のお陰で、内部のむず痒さが増す。見れば、未だ胸に宛がわれていた己の足をシーツの上に戻す序とばかりに、その足先に口付けるサンジのそれと、目が合う。

「俺のでかくすんのに協力してな?」

いい子だから、云いながら、空いた手で持ってサンジの身体を挟み開いたままの太腿をあやすように緩く撫でる。その動作を目で追いながらも、何も応えはしないゾロに、サンジは、一つ息を吐く。
「お前の力が必要なんだ!」
少し間を置き、作り物の必死な形相で云ったサンジに、思わず笑みを零せば、安堵したようにサンジも目を細めた。
「・・・・ばあか」
「手ぇ組んでくれる?」
「可哀想に、他に宛てがなさそうだからな」
「そう、お前だけの可哀想な男だからさ」



(2003/01/24)






















「グッモーニン!」(サンゾロ)



「をい、クソコック、便所までこい」
「馬鹿云うな、クソマリモ」
唐突なゾロの言葉に、サンジは間髪入れず応えた。ゾロは眉間を寄せ顎を反らす。
「今が一番忙しい時間だつって知ってんだろ」
「まぁな」
「偶に早く起きたからって、何時でも構ってやれるわけじゃねぇ」
「そうだろうな」
「・・・」
ただただ肯定するばかりのゾロに、サンジは諦めたように息を吐き出し、コンロの火力を弱める。そして、初めてゾロに視線を投げた。
「さっさと云え」
「便所までこい」
「それじゃねぇ」
「それしかねぇ」
「・・・用件だよ!その先!」
「便所で云う」
「ああ?今も俺らしか居ねぇんだ、此処で云え」
「・・・」
ゾロはちらとキッチンの中に視線を巡らし、サンジへと戻ってきた視線と同じに、駄目だ、ときっぱり云い放つ。サンジは眉間を寄せ、何でだよ、と唸った。
「後のことを考えろ」
「それはてめぇだろ、朝食が食えねぇとこの船の存続危機にもなる問題だぞ」
「それで?」
「・・・ああ?」
「だから、それで」
「・・・・・だから!俺は此処から動く訳にはいかねぇの!一分一秒も無駄には出来ねぇの!」
分かったかよ、呟き視線をコンロに戻せば、ゾロが小さく息を吐く気配がした。サンジは気付き、訝しげにそちらを見やる。
「・・・此処じゃ、駄目だ」
その視線に即されるよう、深刻な顔をしてそうゾロは呟いた。
「何で・・・ああもうっ!」
そんな表情を目にしてしまい、サンジはぐしゃぐしゃと髪を掻きまわし、コンロの火を消した。そして、少しばかり口を尖らせ、ゾロの元へ歩を進め、その腕を取った。
「ったく、一人で便所もできねぇガキかよ、おめぇは」
「・・・」
幼児退化か、馬鹿、続けて云ってもゾロからは何の言葉も帰ってきやしない。それを不思議がり、歩を進め、ぐい、と腕を引いた。
「おら、行くんだろ」
「・・・良いのかよ」
その言葉に大袈裟なまで溜め息を吐き、良くねぇよ、と呟く。
「ぜんっぜん!良くねぇよ!」
「・・・」
「でも、てめぇの頼みだから聞いてやる」
「・・・何だそれ」
「聞いて、やる、よ」
「・・・・・気に食わねぇ」
「何があんのか知らねぇけど、早くしろよ、勿体ねぇ」
「・・・」
「をい、ゾ・・・っ!」
掴んでいた手の上からゾロの掌が被さり、引き剥がされる。そして、然も当たり前だと云うように、その手をゾロの足の間へと導かれた。ぐい、と押し当てられる感触にサンジはただただ目を開き、疑問を頭に乗せるばかりだ。
「・・・わ、かいな」
さすが十九歳、思わず頭に湧いたことを口走れば、ゾロが小さく鼻で笑う気配がした。
「まさか、てめぇで扱くのも面倒臭ぇ、とか云うんじゃね・・・」
「サンジ」
「・・・だ・・・・ろうな」
被さるように名を呼ばれ、けれども、消え入るような声で続ければ、至近距離でゾロが目を細め口を歪めた。
「好きだ」
「・・・・き、気に食わねぇ・・・!」
サンジの言葉に、ゾロは悪戯に声を漏らし笑んだ。サンジは益々馬鹿にされているように思い、眉間の皺を深くし、歯をぎりと噛み締めた。
「十九歳を舐めんなよ!」
「こっちの台詞だ」
「・・・もっと可愛く誘え、寝腐れ野郎が」
「・・・」
ゾロは、暫し考えるように瞳を右端に留め、それからぐいと力強く腕をサンジの首に回した。そして、すすす、と唇で持って、シャツから除いている首を辿る。むず痒い感覚に、サンジは知らずぶると震えた。
「サンジ・・・」
掠れるほどの声で呼ばれる。
「挿れ・・・・・」
それに続くだろう声の音を思い、サンジはごくりと喉仏を上下させた。
「させろ」
が、出たものは思いも寄らぬ、ましてや、己が思っていたものとは全く正反対のそれで、サンジは驚きに目を、これ以上ないとばかりに開く。肩口に埋まったゾロのものでしかない唇から振動が伝わる。

笑われている。

気付いたのは、暫く呆けてからだった。

「サーンジ挿れさせ」

「俺で遊ぶな!!!」

ゾロの身体を引き剥がしながら叫んだ言葉に、ゾロはくつくつと絶えるように零していた笑い声を、大袈裟なまでに大きくした。鳴り響いたその音に、サンジもつられるでなく、何処かガキ臭い目で持って、ゾロを睨みつける。
目尻に涙まで溜めたゾロは、息荒く、そして急激な笑いに頬から血を透かせ、腹に手を宛て少し屈んだ姿勢からサンジを上目に見た。

「・・・しょうがねぇな、挿れて良いぞ」

「・・・しょうがねぇ、って、をい」

「一人で気持ち善くなってると、誰かさんの眉毛が益々巻くだろ?」

「それは愛の告白か?それとも何だ・・・・やっぱり可愛くねぇ!」



(2003/01/28)






















「風に色がついたとしても」(サンゾロ)



ガキの癖に、煙草の匂いを纏わりつかせたそいつは、何か知らないが、男が好きだと云う。
それも、不特定多数のその性別ではなく、唯一、俺と云う男がそうだ、と、そう、馬鹿みたいに言葉にする。
最初こそ躊躇したものの、俺は、何故か、思う以上にあっさりと、芽生えてきたそいつへの想いが、向けられるそれと同じなのではないか、と気付いた。

身を任せば、次に待つものは決まった。


「二度と云うな」
睨みつけて云えば、サンジは情けなく眉尻を下げたまま、酷く安堵したように笑んだ。ゾロはそれに、頭を抱えたくなる。何度も何度も繰り返し自分に云って居る。絆されすぎだ、と。
けれども、一度口から出た言葉を否定する気はゾロには毛頭湧いてこず、最後の足掻きだとばかりに視線を反らした。
「云いやがったら百ぺん殺してやる」
唸るように、視線を下げたまま云って見せる。顔すら見ていない今だが、粗方想像がつく。
が、何も云い返さず、行動にも移らないサンジを不思議がり、ゾロは、ちら、とそちらに視線を向けた。
そこには、何故か驚いたように目を開き、けれど、笑みの形をとろうとする唇が震えて居、ゾロは、率直に、何だよ、と疑問を言葉に乗せた。
「・・・じゃぁ、俺は」
そう出された言葉に、何か条件でも有るのか、と視線をきつくすれば、そんなことは無意味だとばかりに、今度こそはっきりと、サンジは笑んだ。
「死んでも、百ぺんゾロに会える訳だ」
思いがけず続いた言葉に、ゾロは一瞬意識を飛ばしそうになった。
頭の中に木霊す、先ほど聞いた言葉と、その声と、その男の表情が、ぐるぐると、ただ頭の中を駆け巡る、そんな自身を感じた。
「凄ぇ、愛の告白?」
「・・・」
返す言葉が見つからずに、ゾロは、先ほどのサンジと表情は違えど、唇を振るわせる。サンジはそんなゾロに気付いているのか、へへ、と照れたように笑った。
「・・・勘違い甚だしい」
「俺にはそう云う意味にしか聞こえねぇ」
「・・・とんだ耳だな」
「嫉むなよ」
「誰が」
ゾロはやっと戻ってきた何時もの調子に、一つ息を吐く。そして、ハタと気付いた。思わず口の端を持ち上げれば、サンジは、何、と臆病に問うてくる。ゾロはサンジの目を見、緩く笑んで見せた。
「そりゃ、お前、云う気満々ってことだな?」
「・・・」
「そう云うことだよなぁ」
「・・・」
「俺の耳はそう受け取ったぜ?」
先ほどのサンジの言葉を真似るように云えば、サンジは酷く悔しそうな顔をして、とんだ耳をお持ちで、と呟く。ゾロは、それに益々笑みを深くした。
「卑怯だ・・・」
サンジが云う。
「感謝しろよ、多い方が良いやら思ってそうだから、気付かせてやったんだ」
「・・・如何云う意味だ」
「これ以上分かり易く云えって?」
「・・・」
「んなこと云ってる内は、未だ未だガキだ」
「っ年齢のことを出すな!」
「そう云うのも、だ」
「・・・う」
言葉に詰まり、サンジはぎりと唇を噛み締めた。
「ガキ」
悪戯にゾロが云う。けれど、余裕のなくなった今のサンジに、それは酷くきつい言葉に突き刺さった。
「ガキで悪ぃかよ!」
怒りの中に何か違う感情が混じったような表情で、サンジが叫ぶ。ゾロは少なからず驚きに身を振るわせた。
「そのこと一番分かってんのは俺なんだ!でもっ!如何しようもねぇじゃねぇか!如何やったって!どんなに頑張ったってっ、お、追いつけねぇじゃねぇか・・・」
段々と弱くなる語尾に、サンジ自身気付き、まるで本当にガキその物だ、と項垂れる。
「俺は・・・・」
続けようとした言葉が出てこず、サンジは益々項垂れるを得ない。ゾロはそれに何処かずきりと痛むものが有るのを感じた。
「ガキな上に馬鹿だ」
救いようがねぇ、続ければ、サンジは益々情けなく眉尻を下げる。ゾロは、どんな時でも乱暴な言葉でしか伝えられない己の唇を、今だけ少しばかり憎む。顔を見られまい、と視線を下げたサンジのブロンドを掬い、ゾロは小さくその名を呼んで見せた。びくりと震えた、未だ成長段階に有るだろうサンジの肩を横目に、すい、と手を動かす。
「クソッ、卑怯だ・・・!」
顔を上げる事無く、乱暴な声でサンジが吐き出した。ゾロは心中で同意しながらも、己の手を退けようとしないサンジに同じく心中で感謝した。
「馬鹿・・・俺の愛の告白は、それじゃねぇよ」
小さい声で、けれど、サンジには聞き取れるように云えば、再び肩を震わせ、思い切り顔を上げる。それに少しばかり驚きを見せ、けれども、内心必死に、ゾロはその顔に笑みを乗せた。
「百ぺん会うのも良いが、俺は」
今の侭が良い、続けられた言葉に、サンジは益々ガキ臭い表情を返した。
「今の侭?」
その表情の侭、サンジが問う。ゾロは頷き、そうだ、と言葉を返す。
「ガキ臭ぇ俺の侭?」
「心配しなくてもオヤジ臭くなる」
「俺がオヤジ臭くなっても傍に居てくれるんだ」
「・・・見てみてぇからな」
「俺も、ゾロのジジイ姿、見てみてぇ」
「・・・」
「そうなりゃ、年齢差なんて誰にも分からねぇよな・・・」
未だそのことを云うサンジに、ゾロは小さく息を吐いた。
「気にするからガキだつってんだ」
「そうさせたのは誰だよ」
「勝手にそうしたのは誰だ」
「・・・か、勝手に、かよ」
「違うか?」
「・・・」
不満だ、と云いたげに、サンジは唇を尖らせる。ガキそのものだ、とゾロは口内で笑いを噛み殺した。


年齢差が七つ有る。
俺は二十三歳。そいつは、十六歳。

けれど、性別以上に壁になるものなぞ、俺には何一つ見つけられはしていなかった。

そいつには違ったらしいが。

セックスは一度もない。
口付けすら、未だ片手で足るほどだ。
性に興味を持つ年頃のそいつが、そわそわと落ち着かない時、何を考えているのか、手にとるように分かる。何も云わないが、不快には思わない。けれど、手を差し伸べてやる気はない。

サンジが童貞ではない、と云うことは知っている。
聞けば、初めて同士だったらしい女の子を相手に、酷く躊躇ったそうだ。苦痛に歪める顔を目に、何度も、止めようか、と問いかけたが、彼女は何を置いても、サンジが入り込むことを許したらしい。
別れた後日噂に聞けば、只、経験してみたかっただけ、だったそうだ。つまり、使い捨てられた、と云うこと。
それを聞き、俺は思わず笑みを零し、けれども直ぐ様謝った。けれども、サンジは、もう吹っ切れたらしく、同じく笑みを零し、可哀想だ俺、と云った。

今の処、予定は無しだ。


問題は誰でもない。何でもない。


如いて云うならば、あまりに想いが強すぎる。


今の侭が良い、と云うのは、大人になった俺と違い、これからそうなるサンジが、俺の傍に居る保証が何もないからだ。欲に任せた感情を、勘違いだった、と認める日が、何時か訪れそうで、酷く恐ろしい。その頃には、俺はもう、この想いが身体中を占めているだろう。
もしそうなった時、思い出して欲しくはない。
頭を抱えたくなるような性行為なぞ、忘れてしまいたい、と思うそれなぞ。


だから、何もない。出来ない。


愛の言葉を紡ぐことなぞ、お前とは違い似合わないこの俺には、そうすることしか思いつかないんだ。



(2004/01/12)






















眠ると云う行為は、酷く不思議だ。
食べると云うそれは、排出物として、過去形で表されるようになる。きちんとした証拠がある。けれど、如何だ。

眠ったと云う証拠は、何処に潜んでいる。





コレクション





瞼を下ろしたゾロの顔を目に、サンジは何処かぼんやりと彼が今居る場を思い描いていた。
今彼が居る場、それは、夢の中だ。
ゾロは良く夢を見ているようだ。誰と比べたと云うことではないが、ましてや比べたこともないのだが、己の中の基本を思い、そう考える。良く眠る男だ、と云うことも踏まえ。サンジはあまり夢と云うものを覚えては居ない。ゾロだって、覚えていたとしても、それがどのようなものだったのか、口には出さないだろう。
否、出しても伝えられない、と云う方が正解か。

ゾロの寝顔を見ることが多いこの日々。その、下ろされた瞼の下で、眼球がくっくっと動く様が、今夢の中で彼が何を目で追っているのかを、想像させて止まない。


俺との間に壁がある今でも、お前は俺を見ているだろうか。


馬鹿らしい、まるで制欲心丸出しだ。
けれど、思うことは止められない。
手を伸ばし、頬を撫ぜる。ゾロがぴくりと身体を揺らせ、サンジもつられる。そして、当たる頬の温かさに、己の掌の冷たさを思い知った。じんわりと伝わる熱が、絆すよう侵略してくる。
ゾロは無意識に、掌を退けようとしているのか、それとも見たままの意を持つのか、頬を掌に擦り付けるよう顔を動かした。
ゾロの首の下に挟まる己の腕は、目覚めさせられた感覚の侭、否、増した時間の分酷くなっている。その腕に触れているゾロの手が、唐突に振動した。
小さな子供のようなそれに、思わず顔に笑みを乗せる。
頬に添えていた手でその手を握り込み、唇へと近づける。鼻頭を摺り寄せ、指先に口付ける。短く切り揃えられた爪は、酷くゾロらしく、綺麗な形を、そして色を持っている。栄養が行き届いていることを思い、満足した。


あぁ、お前は、何から何まで俺の想像とは違う。


綺麗に塗り伸ばされた女の爪を思う。
ゾロのそれは、全くの別物だ。
朝起きて、自分の横に、そんな爪を持つ人間が居ることが有って良いものか。それは、自分の中の標準を大いに反れている。
一番に目に映す他人の顔が、こんなにも愛しいと、早く目を覚まして、笑ってはくれないかと、思うことが有っただろうか。有った内、それがこの男相手に向けたものは何割を占めるのだろう。



お前は、俺にそんな感情を向けることが、一度でも有るのだろうか。


有ったのだろうか。



もし、俺が夢を覚えていたとすれば、それはきっと今のような夢だ。
何度も何度も、意味もなくお前に触れる夢だ。
その時、俺の指先は温かいだろう。今のように冷たくはないだろう。違うことはそれだけだ。



じんじんと、ゾロの頭の重さに腕が悲鳴をあげる。けれど、起こすのは忍びない。昨夜、無理矢理にこの体制をとったのは己の欲望の為だ。少しのプライドと云うものが有る。てめぇで志願したくせに、と鼻で笑われるのはごめんだ。

あんまり居心地良くて、起きれなかったか

できることなら、そう、云い放ってやりたい。
ゾロの険しい顔が目に浮かぶようだ。今、こんなにも穏やかな、幼いこの顔が、何処に隠れていたんだ、と云うほど綺麗に現れる眉間の皺を見せることを、楽しみに思う。
あまりに彼らしい。
女相手に、そう思うことが有っただろうか。
一番に、笑顔を見せるような言葉を吐くのが己だった筈だ。
如何してゾロ相手にそうできないのか。
それは、彼が何と云えば、その表情を顔に貼り付けるのか、未だに考えつかないからだ。
偶に、目覚め柔らかく此方に笑みを向けることもあるが、その時の己の台詞を掻き集めてみても、一体何がそうさせたのか、考えが纏まることはない。
只の挨拶であったり、はたまた何時ものような只の邪な言葉であったり、股別れしすぎている。
その表情を見る時は、きっと、その数刻前まで見ていた夢が理由を握っているのではないか、と思った。
つまり、己では如何もできないことだ。
せめて、悪い夢を、ゾロにとって悪い夢を、見ないよう願うだけだ。


口元に有るままのゾロの手にもう一度唇を触れさせれば、微かにそれが己の手を握ってきたかのように伝わってきた。
目覚めが近いのだろうか、それとも、未だ遠いのか。
少しばかりの意識の中、そうやって見せたのでは、と前者を願う思いが強い。掴めれば何でも良い訳ではない、隣に居るのが己だと知り、そうしたのであればいい。
思っていれば、先程のような微かな力でなく、強く握り返された。
あぁ、と小さく息を吐く。

期待を持たせるのが巧い男だ。否、俺が単純なだけか。

指先まで温かい。心地良い。

思わずと云った風に名を口にすれば、言葉にならぬ音を出し、ゾロが身じろぐ。ゆるりと瞬きし、その顔へと視線を向ければ、睫毛が揺れ、ゆっくりと瞼が持ち上がる様が見て取れた。
こうしている時のゾロの目覚めは、本当にゆっくりとしたものだ。何か危険を感じ、勢い良く目を開く時のことを忘れさせるほどに、穏やかなものだ。
数度、本当にゆるりと瞬き、やっと焦点が合う。
合ったと思えば、未だ視界が曇っているのか、腕を持ち上げ人差し指の横の腹で、目を擦ろうとする。それを、やめろ、と押しやれば、文句が出る前にめいっぱい口を開き欠伸を返す。
そして、ようやっと、首の間に挟まる己の腕に気付いた。
その顔に疑問を浮かばせ、今度はサンジの口元に持っていかれている自分の手に気付く。
それに見たままを疑問に乗せ、殆ど音にならない声で、何やってんだ、と起きて初めて声を出す。その言葉を感じ取ったサンジは、もう一度、先程より強く唇を押し付けながら、お前の指に朝の挨拶を、と冗談めかしく返した。
ゾロは益々意味が分からない、と云う顔を隠そうともせず、首の下に収まるサンジの腕を退ける。そして、首が痛ぇ、と可愛くないことを云った。
だったら、さっさと目ぇ覚ませば良いもんを、云えば、だな、と短い言葉で返される。そんな風に認められてしまえば、何とも返せないではないか、サンジは二の腕から続く痺れを退かせようと掌をぐっと握りこむ。ゾロはまた一つ欠伸を吐き出し、気付いたように、おはよう、と呟いた。
サンジも同じ言葉を返す。起きてから眠るまで、眠ってからもそうだ。何処までもマイペースな男。それを表すように、挨拶を済ましたことに満足したのか、再び瞼が下りた。
口元にある手は未だそのままだ。

言葉を紡いだ時吐き出した息がかかったろう。

なのに、取り返そうとはしないのか。

枕のなくなったゾロは、首を内側に曲げるように頭を動かす。短い髪がサンジの胸元を擽った。それが、まるで猫が甘えるかのように見え、サンジは小さく笑みを零し、痺れが残る腕を動かし、その髪を緩く撫でた。
う、と小さい声が聞こえ、空いた手で払うような動作で応えられる。
大人しく掌に収まっているもう一方のそれと、同じ身体に繋がっているとは到底思えない。

何ならいいんだ、何なら駄目なんだ。

その境界線は何処に有る。

動くだろうその境い目に、一々構ってやるほど、俺は穏やかでも、優しくもない。その心中を察してやる力も、持ち得てなぞ居ない。

お前は、それを俺に教えてくれるほど、気付く男ではないだろう。

繋がったままの互いの手が、何処か別物のように思えた。本当に、今、この手にあるものは、ゾロのものだろうか。でなければ、誰のものだ、そこまで行き着かず、ただただそれを疑問に思う。



お前の手を握るのは、俺なのか?



瞼の下りた中の映像で、俺以外の誰かがお前の手を握って、お前はそれを握り返して、穏やかな足取りで、はたまた駆け出すように、歩を進めているんじゃないのか?




お前の手だと、俺の手だと、現実を見ているのが、俺一人だとすれば。




まるで俺自身が、独り善がりの馬鹿な産物だ。




視線の端で、ゾロが身じろぐ。
サンジは今考えていたことがあまりに沈んだものだったと気付き、その切欠となり得ただろう、握り込んだゾロの手を開放した。ゾロは、唐突に消えた手の感触を不思議がり、サンジの胸元から、何時の間にか隠すのをやめた瞳で持って、此方に目線をくれる。
サンジは小さく笑い、けれども、何処かそれは失敗し、情けなく終わった。
ゾロは益々不思議がったように眉間を寄せ、自由になった手をも使い、身体を起こし、サンジの顔を上から覗き込んで見せた。
サンジは、その行動に、気にすることじゃない、寝てろ、とばかりにゾロの頭を撫ぜる。けれどもゾロはそれを許さず、頭を振ることでその手を制し、きつい視線を此方にくれた。サンジは思わず苦笑いを零し、大人しくその手を引っ込める。
ゾロは、己で制したことながらその潔さを不愉快に思った。

分からない、と云う顔をして、見透かされているようだ。

ゾロの視線には、何時もそう思わされる。
口に出せば、きっと、女々しい、と鼻で笑われるだろう。

暫し、サンジの顔を見つめてばかりだったゾロの視線に居心地の悪さを感じ、サンジは引き寄せるようにゾロの首に腕を回し、肩口に額を押し付けた。ゾロはそれに抵抗するでなく、ただただ無言の侭、終いには、支えについていた片腕で、先程己がゾロにしてみせたように、サンジの髪を緩く撫で上げてきた。
ゾロが重なった部分は、女のように柔らかい肉が覆っている訳でなく、ましてや己よりも体格がいいだけに、圧迫されているようだ。
その重みが、心臓だけに届き、きゅうきゅうと締め付けられているようだ。

悲鳴をあげる。


あぁ、俺は本当に馬鹿な男だ


長く息を吐き出せば、それが吹きかかった部分がくすぐったいのか、ゾロが小さく身じろいだ。そして、身体を離す。サンジの顔は益々情けなくなり、けれども、ゾロはそれを本人に知らせることはせずに、本当に軽くサンジの唇へ己のそれを宛がった。
そして、先程と同じように、今度は自ら、サンジの肩口に頭を埋める。
サンジは、珍しいゾロからのほんの微かな、子供騙しのようなそれを信じきれず、確かめるよう、触れた部分を己の指先で辿った。

あのゾロが、だ。

掻き立てるような、そんな口付けばかりしか、乱暴なものしか寄越さないゾロが、だ。
此方から仕掛ければ、大した顔をせずに上唇と下唇の間に隙間を作り、食い縛っている歯の力を抜くような男が、だ。
終いには自ら舌を捻じ込んでくるような、そんな奴が。

サンジがそんなものを寄越せば、ガキくせぇ、と悪戯な言葉を吐き出す、その唇が。





俺は起きてる、夢じゃねぇ、見えてるだろう



俺を見てねぇのは、てめぇじゃねぇのか





そして、再び、起きてる、と、掠れた声で、けれども確りゾロのそれだと分かるもので吐き出される。その言葉に、サンジは瞼を下ろし、再び回した腕に力を込めた。





俺の瞼の裏にはお前が貼り付いていて、それはもう、そこら中埋め尽くさんばかりに、お前が居て、でも、手を延ばしても掴めなくて、俺の手すら見えてこなくて、俺にはきっと身体がなくて、レンズだけの、そんな存在で。

でも、きっと、そんな俺を拾って、抱き寄せて、笑うんだ。



お前は、笑うんだ。





俺はその顔をまた、重ならないよう貼り付ける。



(2004/02/02)






















「腫れものを抱く」(サンゾロパラレル)



手を繋ごう、と、言葉にも動作にも出され、ゾロは素直に右手を差し出し応えた。

それだけだ。




「な、何で?」
サンジの言葉は、ゾロにとって分かり易いとは到底云えぬもので、冗談だったのか、と、ただ首を傾ける。
「否、全然、ぜんっぜん!真面目に云ったんだ…けど、ね」
「だったら」
ほら、と、ゾロは尚更、己の右手をサンジの垂れ下がった左手へ寄せる。サンジは何処か未だ惚けた顔を隠しきれずに、怯えたように震え、湿り気を帯びたそれでもって、ゾロの右手を握りこんだ。
「うん…」
触れ合うそれらに目を落とし、確かめるように握り直し、呟く。そんなサンジの様子を小さく笑い、何だよ、とゾロは呟いた。顔を上げたサンジは、はにかむ様に、しっくりくるなってさ、と云い笑う。
「まぁ、大きさも何も似たようなもんだからな」
勢いを付け触れ合っているそれらを突き出せば、違ぇ、そうじゃなくて、とサンジが苦笑い混じりに否定する。ゾロは首を傾け、サンジを見やる。
「そう云う意味じゃねぇよ、でかさとか、広さとか、見た目じゃなくて」
云い終わり、再び指先に力を込めた。
「気持ち…?」
何処か確信のない響きで、ゾロは思わず笑い声を漏らす。気付いたサンジは、うっすら頬を染め、唇を尖らせた。
「自信なさそうだな」
「…うるせぇよ」
ゾロは楽しそうに目を細めている。
暗い夜道とは云え、ゾロが手を繋ぐことをあっさりと承諾してから、今宵は何か違っているように思う。ゾロならば、きっと、何を馬鹿なことを、と、恐ぇのかよ、と、邪険に扱われるとばかり思っていたサンジは、その穏やかな表情に暫しまた惚けた。

俺の好きになった男だ、と、切に感じた。

ぴったりとあわさったそれらは、酷く不恰好で、けれども同じくらい健気だ。
身を寄せ合い、確かめ合い、それでも足りないと傷つけるほどに力を込める。
サンジは握られるだけだったゾロのそれに籠もった力に目眩を覚えた。

「いいな、うん、いい」
「何が」
「こう云うの」
繋いだ場を指差し応えても、ゾロには伝わらない。
「何か楽しくねぇ?」
ゾロは視線を下げ、暫し間を置きサンジに向け柔らかく笑んでみせた。
「馬鹿なことやってんな」
俺ら、と続けるゾロの顔には、言葉に似合いの失望はなく、サンジも釣られ笑みを向けた。
「馬鹿になるもんだからな」
「…」
「お前は俺に、俺はお前に」
馬鹿になんだよ、サンジの言葉に、ゾロは慎重に、あぁ、と呟いた。

時折擦れるお前の剥き出しの腕を掴み、駆け出したいと、そんな何処かの作られた映像のようなことを思うのは、無駄なことだろうか。
行動に移すことなく終わるような、夢物語だろうか。

俺は、お前より、早く走れるだろうか。

引っ張るように、助けるように気に掛けながら、そうすることができるだろうか。


「サンジ」


呼ばれた声に顔を向ければ、ゾロは空を指差した。つられ、目線を上げる。次第に互いの足は止まった。
「すげぇ丸い」
月だ。云うように満ちすぎ、ぱんぱんに腫れていると云えるほどに丸い。
明るいとは思っていたが、これのお陰だったらしい、と気付いた。
月を指差すゾロの顔は、無邪気な子供のように楽しげだ。今の自分たちが本当にそう云い表すことのできる体格なら、繋いだこれも何もおかしいことはないのに、と、ちっぽけな考えが頭を過った。
「後は欠けるだけ、だな…」
「…」
サンジの呟いた言葉にゾロは無言に月から顔をそちらに向け、まるで睨むように目を細めた。気付いたサンジは、苦笑いを零し、謝罪の言葉を吐き出す。ゾロは益々眉間を寄せ、何も云わぬまま視線だけを反らした。
「…可愛くねぇ」
そうして呟いた言葉に、サンジは思わず、え、と疑問で返した。
「別に」
言葉と共に繋がれていた右手が解放される。そうそう冷たくはない夜風に酷く身体を震わせた。
「ゾロ…」
「…」
さっさと歩を進める後ろ姿に呼び掛ければ、ちらと伺うほどにそれは振り返った。
サンジの顔は、まるで迷子の子供のようで、気に入りの風船を自分の過失で空高く放ってしまったような、そんな情景を思い浮かばせた。ゾロは口内で舌打ち、俺は風船じゃねぇ、と心中呟いた。
「…情けねぇ顔」
「…」
「可哀相な奴」
「…ほっとけ」
「ガキ」
「……うるせぇ」
「俺もだ」
ゾロの言葉に弾かれるように顔を上げたサンジは、その先の男の表情に思わず頬を緩めた。
「好きだからな」
「…お、俺も!」
「知ってる」
「てめぇが知ってる以上に、だよ」
「あぁ、俺もだ」



(2004/02/17)






















「この手いっぱい」



「…何だっけ」

横たわった身体と、今までの意識の置場を不思議がり、サンジは一人呟いた。擦れる声と頭の髄から訪れる鈍い痛み。
目に映る、木目の天井。身体の下の柔らかい布、重なるそれ。



「……何だ、ぁ…?」



「風邪だ、阿呆」
天井しか映らぬ視界を遮った男の顔を、サンジは額に掌を被せたまま、目を細め見返した。
「はっ、まさか」
「まさかじゃねぇ、ボケ」
「…冗談」
「嘘でもねぇ、馬鹿」
「…」
「ハゲ」
「…おめぇはさっきから」
人を散々貶しやがって、と続けるところ、それより早くゾロの掌がサンジの唇を覆った。
「黙れ」
続け、厳しい表情でそう吐き出される。サンジはその乱暴な感触と言葉に酷く優しさを覚えた。
被さったままの掌をゆるりと退かせる。ゾロが抵抗を見せることはなく、サンジはそれに思わず笑んだ。触れたもの同士は、どちらがどちらの温度なのかはっきりしない。
「覚えてるか?」
何を、問う前にゾロの唇が応えを紡ぐ。
「風呂場で倒れてたんだ、馬鹿眉毛」
「…ぁー」
「頭、痛ぇだろ」
風邪の所為だけじゃねぇぜ、タイルにしこたまぶつけただろ、てめぇ、続けながら遠くに目線をやり笑う横顔を目に、サンジは記憶を探る。
「そう云えば、何か、鈍い音…聞いたような」
「そりゃ聞いたんじゃねぇ、響いたんだ、身体に」
「…」
「顔から倒れねぇで良かったな」
「…そりゃ慰めのつもりかよ」
「優しくしてやってんだ」
「そ…りゃ、分かり難いってもんだぜ、馬鹿」
腕を引けば、ゾロの身体は抵抗無く上に被さる。その重圧に少なからず息を詰めながら、それでもサンジは笑い声を漏らした。
「優しく、ね」
「うつる、菌持ち」
「うわ、優しくねぇ!」
「…元気じゃねぇか」
「お前の目は節穴か、偉い弱ってんぞ、俺は。ネガティブ一直線」
「普段とどう違うってんだ」
ゾロの問いに暫し間を置き、さぁ、とサンジは曖昧に返す。重なるゾロの身体が、何だよそれ、と呟き震える。それが指し示す表情に、サンジは安堵したように小さく息を吐き出した。

鈍い痛みは納まらず、身体を侵食してゆくようだ。

重なる温もりも。

「無理すんな、つっても無理だろ」
腕の力で身体を起こしサンジの顔を覗き込みながらゾロが問う。サンジは小さく笑って見せた。
「てめぇもそうだろ」
ゾロは、あぁ、と頷く。そして、サンジのブロンドの髪に指を通した。
「だから、云わねぇ」
「云ってるも同然だけどな」
「夢だ」
「…じゃぁ、俺の思う通りになるんだ?」
「…」
「ゾロ」
「…それもてめぇが決めることだ」
ゾロの出した応えにサンジは酷く嬉しそうに笑みを零し、再びゾロの身体を引き寄せた。

「うつらねぇ」
俺が決めた、と勝手なことがサンジの唇から吐き出される。
「もう…治った」
「それは、俺ができることじゃ、ねぇよ」
「…」
「馬鹿が」

ゾロの言葉と、己の髪を撫でる掌、重なる温もりに、サンジは夢ではない、ときつく目を閉じた。


この、鈍い痛みと引き替えにするには、あまりに贅沢だ、と切に感じた。



(2004/02/17)






















「もっと奥まで」(サンゾロパラレル)



己のけつの穴に、指を入れるなぞ、来ることはない遠い事実だと思っていた。
ましてや、医師以外の他人のものがそうすることも。

便器にまたがり、準備と名の付くその行為をする度、頭を抱えたくなる。それと同じほど、頭が冷めてゆく。

身体は反対に。

何も口にしなければ、こんな行為を飛び越して流るるままに身体を開けるのに。けれども想いを寄せる男は、コックと云う職を持ち、例え排出される運命だろうと、食べると云う行為に何より喜びを見いだす。

何度、何度、管を通る液体だけで意識を保てるものなら、と思ったか。

それが現実になる日は来ないだろう。



俺は、何時の間に、こんなに。





ノックと共に聞こえた己の名を呼ぶ声に、ゾロはゆるりと顔を上げた。
「直ぐ出る」
返せば、静かな遠退く足取りが聞いて取れた。

手を洗い、身体をシャワーで流す。隅々まで洗い、おざなりに身体を拭いたバスタオルを腰に巻き付けた。
湯気で曇った鏡を掌で擦り、己の顔を映す。熱気を帯び、ほんのり色付いたその肌、けれども、表情は何処か情けないものに思えた。



扉を開き身体を出せば、同じような表情をした男がソファに小さく腰掛けている姿が目に映った。
ゾロを見るなり、サンジはテーブルの上の灰皿に煙草を押しつける。それを目に止め、ゾロはゆるりとそちらに歩を向けた。
「…終わった?」
静かな声色にただ頷き応える。サンジは、そっか、と頷き返した。同じソファの端に、サンジの方に身体を向け腰掛ける。サンジがこちらに視線をくれることはなく、けれども、ゾロはその横顔をただ見つめた。

暫し無言が続き、居たたまれなくなったように、ようやっとサンジの目がゾロを映した。
「こっち、おいで」
云われるがまま、ゾロは身体を動かす。手の届く距離まで擦り寄れば、サンジの腕が伸び、項を押さえて引き寄せられる。ゾロはただ流れに身を任せ、肩口へと顔を埋めた。
サンジの掌が、すい、とむき出しの背中を撫でる。ゾロは目を閉じその感触を追い、己の腕をサンジの身体に絡めた。
「…ごめんな」
耳元で、吐息混じりに吐き出された言葉に、ゾロは小さく首を傾け、何が、と問う。サンジは暫し間を置き、もう一度、同じ言葉を紡いだ。
「…何がだよ」
ゆるりと身体を放し顔を覗き込み、問う。サンジはゾロの頬を撫で、情けなく笑った。
「あんなことさせて、ごめんな」
ゾロは云うサンジの目を見つめたまま、数度瞬く。そして、ぎゅっと肩に置いた手でサンジのシャツを握り込んだ。
「お前が、お前がっ…それを云うのかよ!」
「…俺以外に、誰が」
「違ぇ!そうじゃ、そうじゃねぇだろ…」
ゾロは当てがわれたままのサンジの掌に、頬を擦り寄せるように動かし、シャツを握り込んでいた手を放し、その手に被せた。
「俺は、好きでやってんだ」
一つ息を吐き、真っすぐにサンジを見つめる。
「けつに指つっこむ趣味なんてねぇし、やりたいわけじゃねぇ、けど、好きでやってんだ」
「…ゾロ」
「お前が好きだから!…やってんだ、馬鹿」
「うん…」
「謝ってんなよ、俺をそこいらの変態趣味な奴ら扱いしてると同じだと思え」
俺は違ぇ、続けるゾロに緩く笑んでみせ、サンジはもう片方の手をまだ乾いてはいないゾロの髪に置き撫で上げる。ゾロは目を閉じてそれを感じ、分かったか、と付け足した。
「知ってるよ」
「…あぁ」
「もう、云わねぇ」
「端から云うな、って云いたいがな」
ゾロの言葉にサンジは小さく笑い声を漏らした。
「俺も謝らねぇからな」
「何でお前が…」
「俺はどっか吹っ切れてるけど、てめぇは俺以上に何か責任とか感じてやがんだろ」
サンジの無言を肯定ととり、ゾロは静かに口の端を持ち上げた。
「謝らねぇ」
「…いらねぇよ」
「哀れんでやる」
「酷ぇ男だな、てめぇ」
「誉め言葉だよな」
「…序でに可愛くねぇ男だ」
「願ったりだな」
悪戯に笑む顔に、サンジは心内で早々に先程の言葉を取り消した。
「それとも何だ、可愛いだけの男を求めてんのか?」
俺は願い下げだ、続けるゾロの言葉に、サンジは笑いながら同意した。
当たり前だ、可愛いものは小動物や女だけで十分だ。
好きになれば、どんなに小憎たらしい奴だろうとそう見えるものだ。
「女に出来ることが俺に出来ねぇ訳がねぇ」
「…何?」
「逆もだ。まぁ、ガキだけは孕めねぇけどな」
「はは、腹膨らませてるてめぇなんか、おかしいだけだぜ」
ゾロは何処か切なげに目を細め、だろう、と呟いた。
「締まりが悪くならねぇだけ得ってもんだろ?」
「得って、てめぇ、何バーゲンだよ、それ」
ふ、と笑み、ゾロは再びサンジに身を寄せる。
「…好きだ、サンジ」
「俺も…すげぇ大事だ…」
「うん、じゃ、やるか」
「…お前なぁ」
呆れたように肩を落とすサンジに首を傾け、準備したんだぞ、と、何の邪もない顔でゾロは紡ぐ。
「そりゃ嬉しいがな、すげぇ有り難いけどな、でも、お前…」
ハァ、と大袈裟にサンジは溜め息を吐く。ゾロはむっつりと唇を尖らせ、何だよ、と何も分かっていない顔をして呟いた。
「そう云うあからさまな言葉をいきなり使わねぇの」
「…む」
「誘うならもっとこう、柔らかくな、遠回しに、こう…」
「うだうだうだうだうるせぇな、何だよ、やんねぇのかよ」
「否、やるけどね」
ゾロは小さく息を吐き出した。
「やります、やります、ただの我儘です」
「ふうん」
「まぁ元々、てめぇと俺の愛し方は違ぇんだ、それがてめぇの愛し方なんだよな」
「…なぁに云ってんだ?」
「なぁに云ってんでしょうねぇ」
「馬鹿にしてんのか」
身体を放し覗き込んできた、ゾロの顔の幼さに笑い、してねぇよ、と返す。
「何が云いたいんだ」
「怒るようなことじゃねぇよ」
「…」
「俺を感じさせて、天国見せてやりたい、ってのの乱暴な云い回しってとこだろう?」
ゾロはただ困惑した顔で首を傾ける。サンジはこつんと額を合わせた。
「単純馬鹿だから、男はいれるのが一番気持ち良いとでも思っちゃってんだろ?」
「誰が単純馬鹿だ、性欲馬鹿」
ゾロの言葉に、サンジは胸を押さえ、アイタタ、と演技混じり呟いた。
「俺は、今も十分気持ち良い」
「…」
お前は、笑いながらサンジが問う。ゾロは数度瞬き、笑って同じ言葉を紡いだ。
 



「だから、もっと気持ち良くなろうぜ」

「…性欲馬鹿はどっちだか」

「馬鹿に種類は要らねぇよ、早くしねぇと勝手に一人で気持ち良くなるぞ、ハゲ」

「はいはい、馬鹿可愛いから黙ろうな」



(2004/02/18)






















「窺い知れぬ男」(サンゾロパラレル)



男は、己の何処が好きだ、と、酷く真面目な顔をして問う。
何度目となるそれに、もう一人の男は眼球をぐるりと回し、さぁ、と自分でも分からない、と云いたげな顔をして応えた。





「ヘソ曲げても良いですか」
もう既にそうしているような表情でサンジはテーブルを指で小突く。ゾロは唇の端を持ち上げ、良い特技だな、と嫌味の籠もった表情で返した。
「宴会で披露したら如何だ、みたいに云ってんなよ」
「へぇ、そう聞こえたか」
「…クソ野郎」
「その口癖、いっつも聞いてると大して気にならねぇもんだな」
あくまでふん反り返らんばかりのゾロの態度に唇を噛み締め、悔しさを隠せないサンジの表情を笑い、ゾロは先程のサンジを真似、テーブルを指で小突いた。
「何だっけ?」
質問、続ければきつい目線が突きささる。それでも、それだからか、面白そうに笑うゾロの顔に、サンジは聞こえるよう舌打った。
「…もっかいだけ聞くぞ」
「おぉ」
「ちゃんと応えろよ」
二文字以上だ、付け加えれば、ゾロは、随分低いハードルだな、とまた笑って見せた。
「それを避けて通ったのは何処のどいつだ」
「お前だろ?」
如何云う経緯でその応えを吐いたのか知れず、サンジは顔をしかめた。そんなサンジを余所に、ゾロは手であしらうよう、さっさと話を進めろ、と即す。サンジは、誰の所為だ、と思いながらも唇を動かした。
「俺の何処が好き?」
「…」
「目ぇ見て応えろよ」
「…なぁ」
「…何」
視線をテーブルに落しているゾロの声色に身構えながらも、サンジは続きを即す。ゾロは顔を上げ、その前に、と言葉を紡いだ。
「前…?」
「あぁ、その前に」


「俺はお前を好きなのか?」


その言葉に、サンジは暫し惚けるを得なくなった。
ゾロは至って真面目だ。その顔に、冗談や悪戯は見受けられない。サンジは唸るような声を出し、眉間を押さえた。
「おま、お前…」
云うが、続きが湧いて出てこない。ゾロはサンジの様子に首を傾け、なぁ、と到底簡単とは云えぬ問いに対する応えを求める。

大事な脳と胸の奥底が、ズキズキと痛みを上げ始めた気がした。

「何つう質問だ、そりゃ」
「ああ?」
「あのな、否、何だ…俺が勘違いしてたのか?」
「何をだ」
「…てっきり…だな、あぁ、何だ…」
「お前が何だ」
サンジは唸だれていた首を起こし、情けない顔をしてゾロを見た。
「…云ってなかったっけ?」
問いに、ゾロはしかめっ面で、話が見えねぇ、と返す。サンジは益々情けなく眉尻を下げ、云ってなかったっけ、と一人愚痴た。

けれど、そんなわけはない、と頭内で否定する。
口付けだってセックスだって、少し乱暴ではあったかもしれないが、甘い時間だって、言葉だって吐いた。
ゾロの言葉はその全てを否定するもので、サンジはその記憶が、偽りや夢物語以外の何物でもないのかもしれない、と思わせられる。

それとも、ゾロなりの遠回しな別れの言葉なのだろうか。


恋人、と云う、例え同性だろうと、その場に居ることの出来る者が、自分であるとばかり思っていた。
実際、そう出来ていた、と、心底自惚れていた。

そんな思いが、ガラガラと音を出して崩れてゆく。
終まいには、きめ細かくなり跡形も残らず散らばるのだろう。

「をい?」
ゾロの声に、真っ白になっていた視界が拓ける。サンジは、長く細い息を吐き、ごめん、と思わず呟いた。
その感情を互い持っていたからこそ、至った性行為だと思っていたそれに対して、やら、言葉の向かう場は多々有る。
ゾロは益々、分からない、と云う表情で、何なんだ、と呟いた。

それは俺が聞きてぇよ

サンジは心内でそう返す。まるで独り善がりで舞い上がっていたとしか思えない。情けない、馬鹿め、己を罵る言葉ばかりが湧いて出る。
「…忘れてくれ」
一からやり直しだ、と、前以上に難しいだろう、と、サンジはテーブルに突っ伏した。その様子を不思議がりながらも、ゾロは、なぁ如何なんだ、とサンジには辛い問いを思い起こさせる。サンジは、止めてくれ、と心内請うた。
けれども、それがゾロに届くわけがない。
「…ゾロ、あのな」
意を決したように顔を上げれば、問いに対する応えが返ってくるのだ、とばかりに期待した顔が映る。情けなくも視線を反らしたいのを我慢し、サンジは、きつく拳を作った。
「好き、です…」
「…あ?」
「だから!俺は、てめぇが、好きなんだよ!」
「…」
「そりゃもう、背中に名前彫ってもいいくらい…そんで全裸で公道つっ走ってもいいくら…い…?」
「…止めてくれ」
「自分でもさすがに云い過ぎたと思った」
ゾロは溜め息にも似た息を吐く。サンジは唾を飲み込んだ。
「でも、そんくらい、すげぇ好きなんだ…」
「…おぅ、どうも」
「どういたしまして…って違ぇだろ!」
「…」
「お前は!…そう思ってなかったんだ?」
その問いに返ってくる言葉はなく、サンジはその無言を肯定だと、勝手に解釈した。
「お前分かってる?俺ら、キスもセックスも済ましちまって、後はウェディングとベィビー待つだけだなー、なんて状況つくっちまってんだぜ?」
まぁ、普通のカップルならの話だけど、小さくなる声の中、サンジは続ける。
「一線も何も越えちまった…」
「…分かって」
「否!絶対ぇ!ぜっんぜん!分かってねぇだろ…実際…」
言葉に被さるよう云ったサンジの声に、ゾロは不機嫌に眉間を寄せた。
「お前、何なんだよ、誰にでも股開くって性質かよ…」
「あぁ?」
「お陰で俺は、すっかり自惚れて…可哀相ったらねぇよ…情けねぇし、馬鹿以外の何者でもねぇじゃねぇか…」
「…」
「あぁ、もう…」
知らず、ブロンドの髪を掻き回す。何も云わないゾロに視線を向ければ、呆気にとられたように目を瞬かせていた。

優しい言葉の一つも、冗談だ、馬鹿、と、本気にしてんな、と云う悪戯な顔が見たいわけではないけれど。否、ないわけでなく、期待していないけれど。
それでも、ただ繰り返し、あぁ好きだ、などと、思う。そんな自分が惨めに思いこそするが、愛しくも感じる。

「俺って、何だ…何だったんだ、お前の…」
友達?、云ってみてサンジは一人乾いた笑みを吐き出した。到底似付かわしくないことをしていた、と云う事実があるからだ。
「抜く道具とか、そう云う系か?」
云ってみて、目の奥がじんじんと悲鳴を上げた。
「うわぁ…可哀相、俺」
「…」
「…未だ話が見えねぇとか云うなよな」
「…」
「何か云えよ」
余計惨めだろうが、続ければ、ゾロは真っすぐ視線を合わせてきた。
「…分かった」
呟きに今度はサンジが首を傾ける。

「俺はお前のそんな独り善がりなとこ、結構好きだ」

「…」
改めて、犬と会話する以上に難しい問題に直面している己に気付いた。



(2004/02/20)






















「僕らだけの」(サンゾロパラレル)



初めて訪れた部屋から見る景色は、酷く新鮮で、けれども何処か、そんな思いと向きあえない程、緊張と期待に胸を高鳴らせる己が居た。





サンジが、ゾロを部屋に招いたのは初めてのことだ。

互いの居場所と固まりつつあったゾロのアパートの一室を抜け出し、サンジは何を思ったか、酷く柔らかい口調でゾロを誘った。
それは、決して強引ではなくて、けれど、へり下り、しょうがないと思わせるようなものでもなく、本当に、全ての選択をゾロに任せたようなものだった。

正直、迷った。

彼の止まることを知れなかった女性関係のことがあったからだ。
同性で、けれども求め合い、互いの思いを確認しあってから、一ヵ月程は経とうとも、まだ、彼の周りは綺麗に片付いているとは到底云えぬものだ。
サンジが真剣にゾロ一人に絞ろうと云う気があれど、女たちが、外見も、何も、普通より勝れている彼を、易々と手放すわけがない。
ゾロとの会話に詰まる度、サンジはその事に対して、小さく謝罪の言葉を述べた。

ゾロが、止めろ、と制止するのも聞かずに。
居たたまれない顔を見せることに気付きながらも。


何時だったか、またその言葉を吐きそうな雰囲気になった時、ゾロの考えを覆し、サンジはゾロを己のマンションへと誘う言葉を吐き出した。
ゾロは暫し惚け、聞こえていた筈が、戸惑いが口を突き、何つった、と聞き返してしまった。
サンジはそれに小さく笑い、それ以上深く言葉を吐くことはせずに、全てをゾロに委ねた。
ゾロはついてゆけない頭と気持ちの中、ずるい、と心底思った。


そして数日。
ゾロは自らの意志でもって、サンジに告げた。行く、と。
サンジは一瞬驚いた顔を見せたが、直ぐにそれを綻ばせた。


それから、今日だ。
住所を告げても到底分かるわけもない、と、サンジは慣れた足で、態々ゾロをアパートまで迎えにきた。
ゾロは大した荷物もなく、サンジの後を追い、見たことのない街の景色をくるくると見渡した。

辿り付いた先は、大して珍しくもないマンションで、ゾロは幾分安堵する。けれども、何人がこうしてきたのか、と思えば、何処か切なくも感じた。




「大して珍しいもんもねぇだろう」
背後からの声に、ゾロは振り返っただけで、返事を返すことはなかった。サンジはソファに腰掛けながら笑みを向ける。
「…落ち着かねぇか」
そんな顔してる、続けるサンジにゾロは身体をゆるりとそちらに向け、居場所がねぇ、と呟いた。
自宅なら未だしも、何処も何も始めて見るものばかりに囲まれ、その男の匂いに囲まれ、何処にも逃げ場など見付けられない。
逃げ場、と云えば聞こえは悪いが。
「まぁ…そうだよな」
サンジは苦笑いに似た息を吐き出し、隣へとゾロを手招く。ゾロは大人しくそれに従い、サンジの隣へと腰を下ろした。
この部屋の中では、彼に絶対服従してしまうような気がする、何処か小さく、そんな恐ろしいことに気付いた。

何故

続く言葉は今は一つだけだ。

何故、今更、俺を部屋へ招いた。

「何か飲む?」
サンジの問いにゾロは小さく首を振って応えた。喉は渇き、口内の水分は多いとは到底云えないけれども、そう応えた。サンジはそんなゾロに気付いているのか、視線を反らしたままのゾロの横顔を長らく視線に映し、ふぅん、とだけ返した。
「泊まってくんだろ?」
然も当たり前だと云う声色で問われ、ゾロは思わず縦に振りそうになった首を寸でで止めた。
「…帰り道が分からねぇから」
似合わず云い訳のように零せば、サンジは小さく笑い声を吐いた。
「明日、送ってくから、覚えろよ」
「…」
「今度は一人でこられるように、な」
「…あぁ」
何ともないことを装い出した応えだったが、それでも声は震えた。眼は動揺を隠せず揺れる。サンジがそれの動きを見ることはなかったが、何処が気付かれているようだ。

酷く、むず痒いことを云われた。

今日は切っ掛け、次からは当たり前のことだと。

そうなることを、知れ、と、そう、遠回しに教えられた。

「お前んちより壁は厚いし、角部屋だし」
「どんなに暴れても文句は云われねぇって?」
「今日は、たっぷり鳴けよ」
「…今日は」
やりたくねぇ、続けようとして寸でで止めた。その真意に気付いているのか、サンジは小さく笑い、ソファの上、ゾロに擦り寄った。
「可愛いこと云うなよ」
「勘違いしてんな」
「否、違わねぇな」
「…違う」
「やることは何時もと同じだって」
「うるせぇ」
「そんな、処女みてぇな顔しねぇの」
「…どんなだよ」
「すげぇ可愛い」

何時もと違う匂いと、ベッド。緊張していないわけがない。

サンジは然も愛しそうに笑い、もう一度、可愛い、と呟いた。
以前、此処で、こんな声と顔と言葉を向けられただろう女を思えば、ゾロの中に幾分嫉妬が産まれる。

自分だけのものではない、自惚れてはいけない。後が面倒なだけだ。

「…黙れ」
云っても、サンジは尚更身体をゾロに寄せ、掌を頬に当て、視線をあわせるよう仕向けた。ゾロは幾分みじろぐが、それは何の抵抗にもなりはしない。
「すげぇ興奮する…」
続けられたサンジの言葉に、ゾロはぞくぞくと背筋を這うものを感じた。サンジは綺麗に笑って見せる。
「今日はやけに汐らしいのな」
「…何処がっ」
「特に顔」
あまりにあっさり返され、ゾロはぐっと言葉に詰まる。サンジは尚更笑い、ゾロは、だったら、と顔を必死に背けた。
何もかも、感じていること、思っていること、知られているようで、頬は幾分朱に染まる。サンジはそれを覗き見た。
「このソファ、如何よ、気に入った?」
「…」
「なぁ」
「…高ぇのか?」
ゾロの言葉に、ばあか、と云いサンジは笑う。ゾロは唇を尖らせ、気に入らねぇ、と呟いた。
「新しいんだよ」
「…」
まじまじと視線をそれに注げば、なるほど、確かに、まだ新しいスプリングと色だ。
「…金持ち」
「お陰さまですっからかんだ」
「無理したな」
「否、必要な出費だぜ?」
「…?」
「ベッドもついでにカーペットも、タオルなんかも、変えた」
「…な、何…」
「俺らの為、な」
ゾロは思わずびくりと肩を動かす。
「いい加減限界。お前のそんな顔見るのも、させるのも」
「…」
「だから…その場凌ぎで気に入らねぇ?」
「…信じきれねぇよ」
サンジは、ふ、と笑い、信じてよ、と請う。ゾロは熱くなる目の奥を気にしながら、証明してみせろ、と、身を寄せた。




俺らだけのもんだ、と云う声が直ぐ耳元で聞こえた。



(2004/02/27)






















「どうぞ、ご自由に!」(サンゾロパラレル)



眼を開いて、耳をそばだてて、口を閉じて。


動かすものは、なくて良い。






「…止め」

「うん」

「…」

「うん」

「…嘘つき野郎」

頷いてみせるくせに、背後に陣取った男により、先程から胸元で這い回る掌や、首筋を添い、時折吸い付く唇は、その頷きとは反対に、動くことを止めない。ゾロは、閉じた瞼のまま、眉間をきつく寄せた。
「とまんないねぇ」
まるで他人事のように云われ、ゾロは小さくため息を吐いた。
「…口淋しいんならあれくわえてろ」
「あれ…フェラ希望?」
「死んでこい」
「あぁ、てめぇはほんとに俺を傷つける…」
「お互い様だ」
良いから止めろ、云いながら身体を放すよう捻れば、あっさりと阻止され、尚更背中に温もりが貼りついた。
「良いなら良いじゃねぇか」
「違ぇだろ、ハゲ」
「良い匂い…」
「あー」
眠りに誘われるがままに瞼を下ろしたのだけれども、サンジのおかげでそれに身を任せられずにいる。
「すべすべ〜」
「…」
「可愛いー」
「何がしてぇんだ…」
「触りてぇんだよ」
「…あぁ、そう」
「そう」
「…」
「んー」
くぐもった声を出し、項に鼻を埋められ、それにより降り掛かる息づかいに、ゾロはぴくりと肩を上げる。それを感じ取ったサンジは、音を出しその場に口付けた。
「…眠ぃ」
「おぅ、おやすみ」
「…」
「朝だけどな」
「…目が覚めた時が朝なんだよ」
「ご立派」
「茶化すな、馬鹿」
「はいはい、おやすみ」
サンジの掌が額を通り髪を撫でる。その感触が心地よく、言葉を返すのも忘れたまま、ゾロは胸元にとどまっついるもう一方の掌に己のそれを被せ、ぐいと引く。
乗り上げる形になったサンジは、唐突のそれに小さく声を上げた。
同時にその下、仰向けに動き、瞼を上げれば、思った通りに、少なからず驚きと期待を浮かべたサンジの顔がある。ゾロは小さく笑い、腕を伸ばした。
首筋にそれを当て引き寄せる。
容易に近付いてきた顔に、予測されていた、と唇を避ければ、不満顔が残った。
「違った?」
「順番がな」
「…任せます」
汐らしい顔をして距離を取ったサンジに笑い、ゾロはその頬に掌を当てがった。緩く撫で上げれば、擦り寄るように顔を動かす。
「懐くな」
「どっちが」
行動に不釣り合いな言葉を吐けば、掌を剥がされ、内側に口付けられる。
「本当に口淋しいだけじゃないだろうな」
「…かもね」
「ふぅん?」
「まさか」
「どっちだよ」
「口淋しいだけで触りたいんだとしても、それはてめぇだからってことです」
「そうかい」
「…俺は知ってるぞ、内心ときめいちゃっただろ?」
息を吹き出すように笑えば、同じようにサンジも笑う。ゾロは悪戯に肯定の言葉を吐いた。
「ほら、一回目」
「…?」
首を傾けるサンジに伝わるよう、再び首に当てた手で引き寄せれば、思惑通り、気付いたらしく、唇が触れ合う。軽く当たり離れれば、額同士をくっつけ、互い小さく息を吐く。
「それから?」
「あー…」
「もっかい?」
「そうだな」
直ぐ傍に有るままの唇同士を触れ合わせ、一度離れ、口を開く。
「…舌」
「任せろ」
「精々頑張れ」
「…ます」
「ん」
開いたままのそれに食らい付くように口付ければ、ゾロば鼻で笑う。それを戒めるよう、舌を差し込めば、くるりと巻き込まれる。あぁ、仄かに胸の奥底がふんわりとしたことに喜びを覚えれば、首に置かれたままのゾロの腕が力を増した。

「……ん」
「…ふっ…」
「はぁ…や、っべぇなぁ…」
「何時もだろ」
「うん」
「寝る」
「うん?」
近くで疑問を浮かべられ、けれども顔色を変えずにゾロは同じ言葉を吐き出す。
「終わり?」
「続く」
「ん?」
「一緒に寝る…」
「あぁ…」
「あ」
「あ?」
「今日中には起きる」
「信用ならねぇが、そうでなきゃ人か如何か疑うな」
「ケーキ作って待ってろ」
「…」
「上等のワインも…」
「…ロロノアさんのワイン漬けにケーキを添えて?」
「てめぇにやる」
「…」
「おやすみ」
「……わあお」
既に下がりきった瞼を目にそう一人呟く。
何処かむず痒く、それを蹴散らそうと頬らに口付けを振らせば、今度こそ限界なのか、腕で持って押し返された。
「…すんっごい、いれたい」
「…」
「寝てねぇくせに」
「…」
「ゾロー」
「…いれたまんま寝そうだから厭だ」
「…」
「あれ、びびるから厭だ」

「よし、それ頂き」

「あぁ?」

「びびって貰おうじゃないの!」



(2004/03/02)






















「勝敗は君の手に」(サンゾロパラレル)



幼馴染みと云う関係をだらだらと続けてゆくことに、不安が一切ないと云えば嘘になるけれども、それ以下になり得ない為なら、我無裟羅に必死に、馬鹿みたいに縋り付いてやるさ。

だって、俺は自分が大事だから。

伊達に!

自己中心的で何処か保守的なティーンエイジャーやってるわけじゃねぇよ!





サンジの幼馴染みは、身長も体格も、頭の出来も似たような男で、出会いは互い覚えてはいない。二人より、その母親の方が詳しいだろう。そんな関係だ。
当たり前のように傍に居た、居る、そんな何処かままごとの延長のような、関係。

目に映るものを頭で理解できるようになった頃には、目に映っていた人間、それが互いだ。

サンジは何時からかそんな男に人並みならぬ愛しさを思っていた。

気付いたのは、中学に上がる手前程で、唐突にその感情は顔を出した。否、花開いた、と云う方がしっくりとするだろうか。
サンジは、高鳴る胸を服の上から抑えては、見つからぬよう一人しゃがみ込んだり、と、深い少年期を歩いた。
ちらちらと目で追っては、未だ見付けられる新しい仕草に、癖に、顔を緩め、覚えておこうと、授業の内容を記憶する為にあったのかもしれない脳の一部を、必死に使った。


時は経ち、二人は先日、高校生と云う肩書きを卒業した。
互い、良く残らなかったものだ、と笑い、新しい進路先に小さく切なげに眉間を寄せた。

初めて、別々の道を選んだ。

元々、夢が同じだったわけではないし、趣味だって違っていたのだ、何も予期できなかったことではない。
けれど、隣り合った互いの家も、学校も、今までのように揺るぎないものではなくなる。
何か変な感じだ、呟いた幼馴染みに、サンジは笑みで応え、ただ心内で、不安だ、と呟いた。
これから己が向かう先も、彼が向かう先も。

彼が関わりを持つだろう人間のことも。

自分が心を奪われただけのことは有り、彼は何か、人に強い印象を植え付ける男だ。
魅力が有る。
それが、異性だけに感じるところではないところが厄介だ。

欲目だろうか。

同性である者を好いたのだ、そうでなければならない、と云う思いは少なからず有る。
失望をすることがあってはならない。
そんな馬鹿らしい思いだが、彼はそう思わされると同時に塗り替えてしまうことが常だ。

一生傍に居ても、離れたくなぞならないだろう。

傍に、居たい。

思いが成就すれば、それはきっと簡単なことなのだろうけれど、そんな期待は、持つ方が到底無理だ。
だから、しなくていい、幼馴染みでも、友達でも、今のまま、こうやって。

何時までも。

罵り合って。




「何時行くの」
「あー…再来週くらいじゃねぇ?」
曖昧な言葉に苦笑いを零す。
「良いのかよ、お前、そんなんで」
自分のことだろう、続ければゾロは他人事のように、だなぁ、と返した。

ゾロは、前々から誘いが来ていた有名大学へと、進路を決めた。剣道だけには長けていたゾロを認めたその大学はさすがだと思う。彼は、欲目を抜きにしても、秀でていた。
大学は遠いとも云えぬかもしれないが、決して近い距離にはない。
必然的に、ゾロは家を出る。

サンジは、元々実家がレストランとあり、そこに就職を決めた。
夜間、料理学校に通いながらの忙しい日々がやってくる。

深夜、家に帰る度、明かりのついていないゾロの部屋の窓を目に映すようになる。

恐い。
その事実も、それでも見上げてしまうだろうこの頭も、時が経つにつれ、慣れてしまうかもしれない自分も。

「お前は」
「仕事?」
ゾロが頷くと同時に小さく身震いした。
「薄着すぎだ、馬鹿」
「るせぇ…」
云いながら、ベッドの上、布団を手繰りよせ、身体に巻き付けるゾロを目に、サンジは小さく笑う。
二人の家は一メートルの間もなく隣り合い、二人の部屋の窓は、ちょうど互いのそれと重なり合う。
家に帰り、そこから互いの部屋に上がり込むことも度々だ。
今は、窓を開き、身体を少し乗り出し会話をしている。
初春と呼ばれるのだろう今の季節だが、未だ夜風は冷たい。
ゾロは窓の下に置かれているベッドに乗り上げ、サンジは机の椅子を運び腰掛けている。

何時もの様子だ。

「…で?何時?」
「店は暫らく何時もみてぇに手伝い続けて…学校は如何だったろうな…未だ未だじゃねぇ?」
お前と違って近ぇし、笑い云ったが、何処か切なげに胸に響いた。
ゾロが小さく鼻を啜る。
「…寒ぃ」
「風邪、ひくなよ」
「てめぇだろ」
「…うん」
「情けねぇ面してんな」
「するだろ、俺ぁ友達少ねぇんだよ」
男は、云えば、自分で云ってんな、と笑う。その表情に何度目となく、壁に隠し、胸を抑え、服に皺を作った。
「頑張れ…」
「月並みだな」
「特上の気持ちが籠もってんだよ、黙って頷け」
ゾロはその言葉に、片眉を上げ、それから口元を緩めた。
「応援してる、新聞記事の名前、全部切り取ってやる」
「はっ」
「自慢できるような成績収めろよ」
「俺を誰だと思ってやがる」
「頷けよ」
「…」
ゾロは暫し困惑したようにサンジを見つめたが、酷く真面目なその顔に、当たり前だ、と頷きもつけ応えた。
「約束」
右手を突き出す。ひんやりとした風が掌を縮こませたが、サンジは怯む事無く、ゾロを待った。
「…お前も」
右手を差出しながら、ゾロが呟く。
「有名になるにゃ、時間がかかるんだよ、こっちは」
苦々しく返せば、ゾロは悪戯に笑う。
「友達つくれよ」
言葉と同時に右手が触れ合う。

酷く熱い。

ゾロが悪戯に握り締める力を強めた。
「…いらん世話だ」
「まぁできなくても、問題はねぇよな」
「どうせできねぇだろうな、って聞こえるぞ」
「違ぇ」
何処がだよ、問おうとしたが、ゾロの口から出た次の台詞に固まるを得なくなった。

「俺が居るもんな」

唇がただ震える。
深い意味なぞ、考える必要はきっとないのだろうが、考えてしまう。
しまうだろう。
戒めていた期待すら、顔を出してしまうだろう。

「夜中、淋しくて俺の名を呼ぶなよ」
「ばっ、だ、誰が!自惚れんな!」
ゾロは得意の片唇だけ持ち上げる笑いをしてみせる。
「あぁ…」
何処がほんのり頬を朱に染め、醜態だとそれを隠すように、未だ繋がれていた右手を離すよう軽く振る。容易なはずの解放は、難しかった。
「今更か?」
云われた言葉に、ばっと顔を上げる。
「…な、何」
「今更だよな」
「何のことだよ…」
「隣の家から、深夜、たまに、俺を呼ぶ声が聞こえてくんだ」
どっかで聞いたこと有る奴の声、続けるゾロの言葉にサンジはぶるりと身震いした。背筋が凍る。
「序でに良く知ってる声だ」
「…っ」
「誰だと思う?」
「う…あ、な…あ、あのな…あの…」
「俺は」
何か続けるのだろうゾロの声に、サンジは俯き、ぎゅっ、と目を閉じた。

罵る言葉か、気持ち悪いと軽蔑する言葉か。

離そうとした右手は未だ繋がれたまま、今度は縋るよう、サンジが力を込めた。

「俺は…ほだされちまった」
「…え」
思いがけぬ言葉に、顔を上げれば、柔らかく笑む顔がある。
「寒ぃな…」
未だ困惑したままのサンジにゾロは早々と話題を変える。視線の先の互いの右手に、サンジは小さく声を上げ、再び離そうと揺らす。けれど、ゾロはしっかりとサンジのそれを掴んだ。
「…寒ぃな」
「む、矛盾してんだよ、てめぇ」
「俺の部屋、暖房器具がねぇんだよ」
「…くるか?こっち…」
「厭だ」
サンジはぐっと息を詰める。胸の上を抑える力が強まる。

「ストーブしょってこい」

悪戯に笑い、ゾロが云い放った言葉に、サンジは、惚れたもの負けだ、とはにかんだ笑みを浮かべた。


何を云っても可愛く見えるのだから、手におえない。



(2004/03/04)