十勝の持続可能な農業を探る

大樹町 有岡繁

はじめに

この十勝の大地には日高山脈、大雪連邦を源とする十勝川が蕩々と流れ、他の河川流域と合わせて、256.200fの耕地がある。そこに6.600戸の農家が小麦、馬鈴薯、甜菜、豆類を基幹とした畑作農業と、乳牛・肉牛約41万頭を飼育している。約半分の12万fに飼料作物(牧草・デントコーン)を栽培している。ともに農家人口の減少に伴い、その規模は大型化の傾向に進んでいる。生産額は昭和59年以降連続2.000億円台を維持している。
 大型化に伴い、畜産では家畜の糞尿が適正に処理されず、野積みにされ、河川への流出や、地下水への浸透により、クリプトスポリジウムや硝酸態窒素による水質汚染が各地で発生し、問題となっている。この問題を解決するために平成
1111月、「家畜排泄物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律」いわゆる家畜排泄物法が施行され、施設整備のために5年の猶予期間をおいて平成1611月から本格始動している。この法律によって防水処置を施さない野積みは一切禁止となった。
 一方、畑作においても機械化とともに多量の化学肥料と農薬を使うことにより、省力化が可能になり高品質、多収穫を維持し、今日の農業王国を築きあげてきた。しかし、農作物への残留農薬の危険や、土壌への蓄積、水質汚染の危険等、様々な問題を起こしてきた。
 今年5月末、食品の農薬残留は食品衛生法で残留基準が設定(ネガティブリスト)されているが、新たに残留基準の設定されていない農薬が残留する食品の流通を禁止する、「ポジティブリスト制」が導入された。この秋、道南地方で収穫された「カボチャ」がこの制度に抵触し、回収廃棄された。また、中国からの輸入野菜も極端に減少したとの報道もある。
 私たちは十勝の畜産・農業が将来にわたり環境に優しく、安定的に持続させるためにはどうしたらよいのか、二つの事例を訪問した。

バイオガスプラントを、スーパースターへ

 ひとつ目は、飼養している乳牛の糞尿を利用してバイオガスプラント発電をしている、士幌町のF牧場を訪ねた。Fさんは大阪出身で昭和47年、現在地の離農跡地に新規就農者として酪農を開始。平成2年、70頭の搾乳牛でフリーストール牛舎を建設。糞尿はラグーン(潟 素堀の穴)に貯留していた。11年の家畜排泄物法の施行により、士幌町の実証バイオガスプラント〔入札価格6000万円・リース使用料として年40万円・15年間〕として172月より稼働している。バイオガスプラント発電は、家畜の糞尿を嫌気性発酵して、メタンガスを発生させ、電気と熱を得るものである。設備はドイツ製である。
 現在、約250頭の糞尿、敷き料を11517トン全量を投入し,500立方メートルのガスを発生させ、400立方メートルを発電用、100立方メートルをガスボイラー用に利用し、残りのガスは余剰ガスとして燃焼装置で燃やしている。発電用エンジンは3000CC,1500回転で90%のバイオガスと10%の重油で運転され、毎時4キロワットを発電している。発電量の42%を自家消費し、残りは北電に1キロワット7円程度で売電している。発酵後の消化液は有機質肥料として、自家草地に4000トン、近隣の農家に1500トン〔有料 1トン250円〕を春秋の2回散布している。糞尿特有のにおいは、まったくしなく肥料効果も高いという。また、地形の起伏が激しいので、流亡をさけるためポンプタンカーにインジェクターを取り付けて土中に注入し、草地の更新年数を延ばしている。畜舎まわりの雨水、パーラー内の洗浄水もすべて、プラント原料として利用できるように設計されている。まさしく環境に負荷をかけないシステムである。
 このようにバイオガスプラントは酪農家の環境衛生面では優れた効果だけでなく、一石何鳥ものスーパースターのように見える。だが、家畜の糞尿対策のみでの導入には疑問がある。発電量の半分以上が一般家庭の電気料金の3分の1以下で引き取られる電気。発生ガスの10%以上が余剰ガスとして燃やされている。これらの余剰エネルギーの付加価値をつけなければ建設コストは賄えないだろう。Fさんも「設置価格が半額だったら、合うのではないか」という。
 
電気は環境に優しい新エネルギーとしての社会的存在をアピールする必要がある。バイオガスもガソリンの代替え燃料としての試験もされている。一日も早く、一般化されることを願いたい。消化液も有機物、腐食質に富んでおり、土壌改良効果が高く、様々な用途に利用できる。商品化を模索しても良いのではないだろうか。バイオガスプラントから得られるものすべてを、地域エネルギーとして活用すべきである。
 説明のあと、Fさんの一言が印象的だった。「ほんとうはこんな多頭飼育ではなく、放牧酪農がやりたくて酪農を始めたのに……」 乳牛の使命としては、パイプの檻の中と広々とした緑の草地の中、どちらが幸せなんだろうと考えながら
F牧場を後にした。(放牧酪農とは穀物飼料に頼らず、牧草を中心とした循環型酪農で、ニュージーランドで盛ん。最近道内でも実践する酪農家が増えている。)

捨てられるものに命を与えて

 続いて訪ねたのは大樹町のE農場。完全無農薬・無肥料栽培をしている数少ない有機栽培JAS認定農家である。30fの耕地に、人参7f・カボチャ10f・小麦(春まき・秋まき半々)馬鈴薯2f他にヤーコン・ダッタンそば・エゴマ・牧草を栽培、他に黒毛和牛を80頭飼育。有機栽培を始めたのは23年前からで,当初は変人扱いされ、農協からの圧力もあったという。人参・カボチャの90%は大手のイオンに出荷している。
 有機栽培の元となる有機物は肉牛の堆肥(4)に対し流通過程ででる、フスマ・トウモロコシ・大豆・米糠・ウニ殻・雑魚(6)を完全発酵させて使用している。できあがった堆肥は黒く、ほのかの甘く、土の香りがした。
 10アールあたり3トンを目安に散布している。収量は幾分落ちるが、契約栽培をしているので採算はとれるという。「堆肥にする材料は、そのまま捨てれば産廃となるものばかり、私にところに来れば宝物になる」とEさん。捨てられるものに命を与え、あたらしい命を生み出していくEさんの顔は輝いていた。

環境負荷を減らしての農業は可能
 
 二つの事例を訪ねて共通していることは、環境負荷が非常に少ないことである。F牧場はバイオガスプラントの設置により、糞尿は畜舎内で地下タンクに入るため、悪臭が発生しにくく、また畜舎まわりの雨水は雨水ますにより、バイオガスプラントに入るように設計されており、汚水となっての流出を防いでいる。消化液の散布も、インジェクターの使用により、草地での流出を防いでいる。
 E農場では、農薬の使用はなく、残留農薬の心配はない。化学肥料も使用していないので、硝酸態窒素などの流出もないと考えられる。安心安全な農産物であると言えよう。ただ、残念なことは地元での流通が少ないことである。消化液を使った、有機栽培もおもしろいのではないだろうか。
 F牧場バイオガスプラントはまれな事例である、酪農の場合、糞尿の処理が課題であるが、バイオガスプラントの他にも様々な処理方法が模索実践されている。
 肥料の三要素は窒素・リン酸・カリである。その中のリン酸の原料である燐鉱石が世界的に、石油以上に逼迫した状態にあるという。十勝の土壌の特殊性から、リン酸は必要不可欠な要素である。41万頭もいる、乳牛・肉牛の糞尿適正に処理されれば、有望なリン酸の供給源になる可能性がある。
 「厄介者」が「宝の山」になったとき、十勝の農業、自然が持続可能な地域になるのではなかろうか。


消化液のプール・F牧場(写真左)と、完熟した堆肥・E農場(写真右)