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「からしだね」に掲載された、踊先生からのお話です。



2008/01 「2008年は祈りの年」
使徒パウロはコロサイの信徒への手紙1:9〜12で次のように記しています。
こういうわけで、そのことを聞いたときから、わたしたちは、絶えずあなた
がたのために祈り、願っています。どうか、"霊"によるあらゆる知恵と理解
によって、神の御心を十分悟り、すべての点で主に喜ばれるように主に従っ
て歩み、あらゆる善い業を行って実を結び、神をますます深く知るように。
そして、神の栄光の力に従い、あらゆる力によって強められ、どんなことも
根気強く耐え忍ぶように。喜びをもって、光の中にある聖なる者たちの相続
分に、あなたがたがあずかれるようにしてくださった御父に感謝するように。
使徒パウロは異邦人世界に福音を宣教した〈活動的な人〉として私たちは知っています。しかし実はそれ以上に〈祈りの人〉だったのです。ダマスコ途上で復活のキリストと出会った時、彼は一時的に失明します。キリストはそのパウロのもとにアナニアを遣われるに当たり「今彼は祈っている」と告げます。この回心から殉教の死に至るまでパウロはまさに〈祈りの人〉でした。〈祈り、行動する〉、それがパウロの基本的な生き方だったのです。
オスカー・クルマンは『新約聖書の祈り』の中でこう言っています。
パウロの書簡では「・・・たびに」「いつも」という語を繰り返していること
が目立っている(ローマ1:9、Tテサロニケ1:2、Uテサロニケ1:11…)。コロサイ1:9では
「わたしたちは、あなたがたのために祈ることを止めない」と言われている。
この持続性を、パウロは読者たちに持つように勧めている。…パウロは怠慢や
忘却が、どんなに祈らないようにさせるかを知っている。
昨年一年間を振り返ってみると、お互いに一つのことに気づくのではないでしょうか。それは、〈働きがうまくいかなかった時は確かに祈っていなかった〉〈働きがスムーズだった時はよく祈っていた〉いうことです。これは心に留めるべき信仰の法則です。
マルコ9章には、主イエスが汚れた霊につかれた子を癒される物語が記されています。最初、その子の父親は弟子たちに癒しを求めたのですが、彼らにはできなかったのです。主がその子を癒された後、弟子たちはそっと尋ねます、「なぜわたしたちには…」。すると主は「この種のものは、祈りによらなければ決して追い出すことはできない」とお答えになりました。
話を悪霊追放だけに限定してはいけません。「この種のこと」とは、私たちの歩みを強い力で阻むもの、私たちの生活から生きる喜びや明日への希望を奪ってしまう一切のもののことです。それに勝利する秘訣は祈りなのです。それ以外にはないのです。

2008年は祈りを本当に重んじる年にしたいと思います。(踊)
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