8月3日(土)今日は、遠出の日。当初はなんとなくやはりベルギー一番の観光地ということでブルージュへとも考えていたのだが、子供に楽しい場所ではあるまい。お子様も楽しめる場所として白羽の矢がたったのが、鍾乳洞である。なんでもアン・シュール・レッスというところにものすごい大きな洞窟があるということで、ガイドブックにも載っている。わざわざ日本から来て、そんなところに行く人はあまりいないのだろうけれど、話のネタにはなるだろう。いざ出陣である。アンへいくにはジャメルというところまで列車でいって、そこらかバスにのるということだが、バスの本数がどうやら少ないようだ。昨日ブリュッセルの観光案内所でパンフをもらってきたのだが、1日4、5往復しかなさそうだ。しかし、列車との乗り継ぎはよさそうなのでなんとかなるであろう。
ユースから地下鉄で中央駅まで。そこから9時25分発のルクセンブルグ行きの電車に乗り込む。我々は一等車に乗れる身分であるが、またしても乗車位置を間違え、一等車両はホームの遥か彼方に止ってしまった。しょうがないので、その辺から乗り込んで、車内を通っていこうとしたが、今日が土曜日だからであろうか、列車はボーイスカウトやらガールスカウトみたいなガキどもで超満員。通路もうまっておりとても進めないし、車内にはいっていけもしない。こうなれば次の駅(北駅)までデッキで我慢して、北駅についたら一等車のところまでいくしかあるまい。北駅まではものの5分くらいである。北駅到着。ホームにまたしてもガキどもの団体。人込みをかきわけ、バッグをひきずりながら一等車両まで走っていく。一等車はすいている。なんなく座席を確保した。列車はガキどもの乗車に手間取っているのだろう、なかなか発車しない。バスへの乗り継ぎはほぼ10分くらいしかない。はやく出発してくれぃ。
列車は北駅をでると進行方向を180度かえ、南の方へと向かっていく。アンはブリュッセルの南側にあるのに、列車が南駅ー中央駅ー北駅と北の方へむかっていたので、大丈夫かとは思っていたがこういうことだったのだ。つまり渋谷駅始発の電車が大阪方面へ向かうのに、新宿、池袋をとおっていくという感じである。ヨーロッパの街は鉄道以前に既に成熟しきっていたであろうから、新参者の鉄道はいろいろ苦労しているのだろう。
今日も天気がいい。朝はどんより雲っており、ヨーロッパの空とはこういう空かと思っていたとおりであったが、ブリュッセルを離れるにつれだんだん晴れてきた。結局1日も雨に降られることなく旅行を終れそうである。水不足は大丈夫なのかしら、と変な心配をしたくなる。列車はだんだん山の中へはいっていく。ベルギーは上半分と下半分でわかれているそうだが、確かにこの地形は飛行機からながめることのできた地形とは異なっている。起伏に富み、山が木々におおわれ川が谷をきざんでいる。おそらくそんなに高い山ではないのだろうが、ひらべったい土地に慣れてきたせいだろう、山々の連なりが新鮮だ。1時間半ほどの乗車でジャメルに到着。列車が超満員になった時は、こいつらが全員アンに向かうのだったらどうしようと思ったが、当然そんなこともなく、パラパラと降りただけであった。
駅自体はかなり立派であるが、回りにはみごとになんにもない。駅前には小さな駐車場とバス停があるばかりなりである。しかしバスはちゃんと時間とおりにやってきた。我々以外に乗り込んだのは、5、6人くらい。時間的には観光地に向かうにしてはいい時間帯といっていいはずなのに、今度は反対に、実はあまり訪れる人もいないしょうもないところではないかという不安がおそってきた。しかし、バスはそんな心配をよそにベルギーの田舎道をスイスイと走っていく。田舎にくると地形こそ異なるものの、イギリスの田舎(ソーズルベリー)と同じような匂いがする。とおりすぎる静かな町のたたずまい、車もまばらな道、人間の手の跡がみえない草原、牧草地にはなたれのんびり草を食べている牛や馬。こんなところのソバにどんなすごい鍾乳洞があるというのだ。私は日本では、岩手の竜泉洞も山口の秋吉洞も(ついでに飛騨高山の大鍾乳洞も)きわめた人である。どちらも険しい山を越えていったものだった。こんなのほほんとした風景の中にそんなにすごい鍾乳洞なんてあるのだろうか、と思ってしまうのだ。
約15分ほどでバスはにぎやかな町並みの中で停車、ここがアンの停留所である。道にはカフェやホテルが並び、子供連れを中心とした観光客で賑わっている。バスの中での心配は杞憂であった。みんな車でくるということだ。しかしこれはだんじて鍾乳洞の入口とはいえない。富士山の風穴の入口だってもう少し神秘的な雰囲気をただよわせていた。これでは、まるで動物園の入口である(事実、ここにはサファリパークもあるのだけれど)しかし、そんなこと言っててもしょうがない。とにかくチケットを買って、鍾乳洞に向かうしかない。チケット売り場から中に向かうとそこには、小さな機関車に連結された遊園地にでもあるかのような列車が止っている。向こうのほうにはバスも何台か止っている。なんでも列車は洞窟へ行く客用で、バスはサファリパーク用らしい。列車は30分おきで少し時間があるので軽く食事。さて、列車に乗り込みましょう。
パンフによるとこのアンの洞窟は列車、徒歩、船と3つの手段で走破するというところが「ウリ」のようであったが、この遊園地列車でどこまでいくことやら、と思っていたところ走るわ、走るわ、結構スピードをだしてどんどん山の中に入っていく。これは別にムードを盛り上げるために列車を使っているわけではなさそうだ。ほんとに輸送手段として使っているのだ。やはりあんなノホホンとした町の近くに洞窟の入口があるわけはなかったのである。かなり走り、かなり登ったところで列車はようやく停車した。山がすぐそこまでせまっっており、茂った木々が太陽の光をさえぎっている。そう、それらしい雰囲気になってきているのである。列車を降りた乗客はここで係の人に整列させられる。よくみると札がかかっており一方はオランダ語、もう一方はフランス語と書いている。つまりガイドがつくのである。とうぜん我々にとってはどっちも同じ。せめてとばかりフランス語を選ぶ。はじめにオランダ語グループが出発、少しおいてフランス語グループも出発。いよいよ洞窟の中にはいる。
洞窟に関しては、まあそんなもんだろうと言う程度か。鍾乳洞としても美しさでは日本の方が上であろう。ただ、とにかくでかい。奥深いだけでなく巨大な空間がいくつも出現する。いくつもの鍾乳洞が洞窟でつながっているという感じで、水がしたたり落ち、石柱がつらなる場所とじっとりしめった岩が暗闇にころがっていて、火山の山腹に飛び込んだという感じのするところが交互に出現する。ときどきガイドが広めの空間で立ち止り、洞窟や石柱についての解説を始める。当然なにを言っているのかはわからないが、日本の洞窟と違い「千畳敷」だの「龍のはらわた」だのといった名前がついているなんことはない。そのかわりといってはなんだが、途中にいくつかのイベントが用意されていた。一つはライトショーとでもいえばよいのか、やはり巨大な空間にいくつかのライトが仕込まれており、音楽にあわせて石柱をめがけてスポットをあてる、といったたぐいのやつである。アレンジ自体は可のなく不可もなくといったところではあるが、そうはいうもののやっぱりきれいではある。もう一つは岩が高く積み上がったところで、暗闇の中たいまつを持ったおにいちゃんがてっぺんから客のいるところまで一気に駆けおりてくるといったものである。暗闇の中にたいまつの光がポッと見える。かなり高いところである。にいちゃんは本当に凄いスピードで駆け降りてきて、結構スリルがあった。なんとなくサーカスっぽくていい。
この洞窟は下に下にと降りていっているようだ。どれくらい歩いただろうというところで、ようやく眼下に川がみえてきた。ボートが止っている。フィナーレのボートでの脱出である。ボートに乗っている時間は思ったより短く、しずしずと進んだのであまりスリルは感じなかったが、ひっそり静まり返った地底湖といった雰囲気がなかなかそそられる。前方が白くなってきた。出口が近づいてきたようだ。と、ガイドが「Attention,s'il vous plait」と大声で叫ぶ。えーとアテンシオンだから注意してくださいという意味かと考えるひまもなく大砲が凄い音で一発鳴り響く。あんちゃん、そりゃないで。これが一応終わりの合図のようである。船を洞窟を出たところで降りると、洞窟から流れてきた川の向こうにはのっぱらが拡がっている。結局あの列車で登った分だけ降りてきたということになる。広場にはジャングルジムのようなものがあり子供達が遊んでいる。涼梓を放し飼いにしてぼんやりベンチにすわっている。白い雲、青い大空、光る大地、どっかできいたことがあるフレーズではあるが、まさにこの場所にふさわしい。このすっきりとした空気の中でこそ近代ヨーロッパの個人主義は確立したのではあるまいか。他人は他人、自分は自分という意識に到達するにはこれくらいのさわやかさが必要である。じっとりと蒸し暑い、うだるような空気のなかにいると人間ひがみ根性がでてしまいそうである。
さて、もうここではなにもすることはない。帰ることといたしましょう。バス停時刻表では2時台のバスがあるみたいなので、待っているが来る気配がない。案内所で聞いてみると3時台までないとのこと。いったいあの時刻表はなんなんじゃ。時間をつぶすため、カフェで一休み。土曜日というせいもあるが、どこも結構にぎわっていて華やいだ雰囲気、なんで鍾乳洞のくせにこんなになってしまうのか、ストーンヘンジがかわいそうである。まあ、あそこまで殺風景でもまた困るけれど。小さな教会や土産屋なんかをブラブラしていると、ようやくバスの時間である。あるバス停で一人のねえちゃんが乗り込んできたが、乗ったと思ったら運転手といきなりキスしている。なるほどヨーロッパではある。そのうち手を振って降りていったが、あのねえちゃん料金はらったかいな?まあ、いいけどね。
来たルートと同じでブリュッセルに向かう。ブリュッセルで列車がまた大回りするのを見越して、途中で下車。地下鉄で中心街へ向かう。今日は最後の晩餐である、といっても、これまで晩餐といえるような立派な食事を我々はしているのだろうか。まがりなりにもレストランといえるものはまだ中華しかいっていない。別に食事に重きをおいていない、というかほとんど重きをおいていない(ついでにいうと、いわゆるショッピングにも重きはおかれていない。ガイドブックからその2つをとるとページ数は半分くらいになってしまうというのに)けれど、やっぱり一回くらいは中華以外のレストランに行ってもいいのではないか。というわけで、なんとなくブラブラめぼしきところを探したが、結局そんなに店構えの立派ではない(一応)イタリア料理のレストランにはいった。そこでスパゲッティとラザニア、それからムール貝で夕食。スパゲッティはうどんのようでハズレ、ムール貝は、あのバケツ一杯ででてくるだけで食欲をなくしそうであったが、思ったよりいけるではないか。ビールにもよくあう。まあ日本でもマグロ握り一人前というものもあるし、この単調さもまた一興である、とひたすら貝をむさぼり食った。値段も安くて昨日の中華の半分ちょっと。まあよしとしなければなるまい。
ヨーロッパ最後の夜である、といってもなぜかあまり感慨はない、二週間もすると今の状況が自分にとっての非日常であるという感覚がなくなってくるのだろうか。ただ、明日は帰る日なんだ、と思うだけである。二週間前、一気に非日常に飛び込んだ時とは異なり、日常への回帰は静かにやってくるのである。ケーキを買ってユースへ。荷物整理をしてから寝る。明日は帰る日だ。