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| 糸をつむぐ染める織りあげる |
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| 魔法の籠 |
学校に上がる前だと思います。お気に入りの服で走り回っているうちに穴をあけてしまった時、数日した朝には枕もとにその洋服がたたんで置かれていました。広げてためすすがめつ眺めても、あけてしまった穴は見つかりませんでした。
母親の裁縫用の道具籠のなかには、何か秘密があるのだと、何度も籠をひっくり返してみましたが、ルレットやチャコ、裁ちばさみに針山そんなものしか出てきません。魔法を使えるのは道具ではなくて母の手だと気がつくのは、もう少し先になります。
生まれてから一度もお勤めをしたことがなかった母は、苦しい生活をしていたそのころ、私たちや自分の洋服を仕立てたり、近所の洋服の仕立て直し(今で言うリフォームですね)を引き受けて家計の足しにしていました。お稽古事ではじめた洋裁だったようですが、あれやこれやとやっているうちに、紳士服のオーダーメードのお店の仕事を家で請け負ってするようになっていました。 |
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一枚の布を大きな裁ちばさみで断って、縫い上げると洋服ができることも不思議でしたが、かぎ裂きや穴をあけた洋服が元通りになるのは、魔法を見てしまったような気分でした。
ある日、直してもらった洋服を見つめていると、少し色が違っているのに気が付きました。かけはぎ(掛矧)をしてくれたのです。
洋服と同じはぎれを穴より一回り大きく四角く切って、周囲の繊維をほぐして、たて横に糸を出します。それを洋服の穴にあてて、その生地の織り方と同じように織り込んでいきます。細い繊維ですから、根気がいる仕事です。織り上げて糸の始末をするともう、どこに穴があるのかわかりません。 |
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植物や蚕(かいこ)の作った繊維が糸になり、一枚の布になること、いろいろな糸や織り方があることを知ると、どうしても自分でも織ってみたくなりました。
もらった毛糸の小さな糸だまを畳の上に広げます。お手本の洋裁の残り布の生地を少しほぐしては、みようみまねで縦糸を何本か置くと、横糸を通していきます。
まったく単純な平織りですが、それができたときのうれしさは今でも覚えています。洋服のはぎれをもらってそれを糸代わりにしたり、紙のこよりで織ってみたり、外を走り回れない雨の日は飽きもせずに遊んでいました。 |
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糸も布もとても身近なものですが、一昔前のように最後の小さな切れ端になるまで使い切ることはあまり無いと思います。水を何度もくぐって、親から子供たちへ、お兄ちゃんやお姉ちゃんから末っ子へ。形を変えて時をすごしてきた古い生地を手にすると、沢山の使い切られた形も残さなかった他の生地のことを考えます。
おしゃれでかわいいパッチワークや、裂き織り(さきおり:綿や麻のたて糸に傷んだ古い布を細くさいてよこ糸にして織り込みます。東北地方などの寒いところで作業着などにするのにおられました。)も生地を最後まで大切に使い切る知恵だったんですね。 |
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骨董市や蚤(のみ)の市、古布店で手にする布は、きれいに整えられたものが多くなりました。藍染めの木綿などはとても高価になって冷やかしてまわるだけになりました。けれど、布を見ているだけでどんな時代に、どんな人の手をわたってきたのかと思うと、樟脳(しょうのう)の鼻につく匂いの向こうに景色が広がっていきます。
田舎に帰ったときに、鬼ごっこで隠れていた納戸はひんやりした空気や、古い皿の間にしいてあった手触りの良い、色のあせた紅絹(もみ:もともと紅花でもむように染めた紅い絹で、着物の袖裏や胴裏に使われました)、何が入っているのか木の箱が積まれて、鬼が探しにやってくること以上にわくわくする場所でした。いつも隠れるのはここだから、一番に見つかるのも私でしたけれどね。
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| 染め織りのことや、昔から日本で使われる色のこと、そして折々考えたことを書いていきます。いつか、つづれ織りを織り上げるように言葉をつないでいけたらと思います。 |