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弁護士報酬の敗訴者負担制度について
(べんごしほうしゅう) (はいそしゃふたんせいど) |
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『弁護士報酬の敗訴者負担についてのご意見募集結果について』
平成15年10月 司法制度改革推進本部事務局 発表
平成15年7月29日から同年9月1日までに、パブリックコメント(国民から意見を求める)を集めていました。その結果の意見が参照できます。
ご覧になるには、acrobatreader (アクロバットリーダー)が必用になります。
パブリックコメントとは行政機関が政策を考え立案するときに、まずそのたたき台になる案を公表して、国民から意見や情報を集めて、その上でそれらを考慮して最終的に内容を決定するためのものです。
各省庁のパブリックコメントの実施状況 こちらをご覧くださいね。
私達の考え、意思を伝える機会でもあります。いろいろな省庁から募集が行われていますのでどうぞ、自分達の生活を守るという意識を反映するためにも、チェックなさってみてくださいね。
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このホームページの下の部分にバナーが貼り付けてあるのを
ごらんになったと思います。
ほんとうは、赤なんですが、色をサイトにあわせました。f(^_^
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弁護士報酬の敗訴者負担制度に反対する全国連絡会のウェブサイトのバナーです。
裁判と言うとどうしても、身近なものと言う感じはされないと思いますが、私達にとってけして遠いものではありませんし、今私たちが当然のように考えていること、行っていること、受けているいろいろな制度が、当事者となった方の長い裁判をとおして勝ちとったものであるかもしれません。
それに、私達がいつ当事者として裁判に関わるかわかりません。
交通事故であったり病院の治療のミスであったり、隣とのごみの問題かもしれませんし、国の制度に対してかもしれません、危険なおもちゃを販売した企業相手かもしれない。
家族を失った原因を追究したい、企業の姿勢を問いたい、制度に納得できない、二度と犠牲者を出したくない、謝罪を受けたいといろいろな理由から訴訟人になるかもしれません。
そのとき、どうするのかを考えるとき、この問題が大変おおきな壁になると思います。
私自身も法律にはついては目の前真っ暗くらで、くわしくないなりに裁判に関わることがあったので今回のこの改革について、裁判をすることになるかもしれないとして、考えてみたいと思いました。
また、ボランティアで参加させていただいている関係で知り合った、無年金障害者の会の方達の裁判を傍聴(ぼうちょう:裁判所に行って、裁判を見ていること)する機会をもったことで、なおさら裁判について身近になりました。ハンセン病国家賠償訴訟(こっかばいしょうそしょう)などの裁判関連のニュースも見聞きしましたよね。ちょっと調べてみましょ。 |
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平成14年3月19日に閣議決定(かくぎけってい)された司法制度改革推進計画(しほうせいどかいかくすいしんけいかく)の中に、今回の弁護士報酬の敗訴者負担の取り扱いと言う項目があります。
司法制度改革推進本部の司法制度改革推進計画
関連部分を引用させていただきます。
7 裁判所へのアクセスの拡充
(1) 利用者の費用負担の軽減
イ 弁護士報酬の敗訴者負担の取扱い
弁護士報酬の敗訴者負担制度について、不当に訴えの提起を萎縮させないよう、敗訴者負担を導入しない訴訟の範囲及びその取扱いの在り方、敗訴者に負担させる場合に負担させるべき額の定め方等制度設計について検討した上で、一定の要件の下に弁護士報酬の一部を訴訟に必要な費用と認めて敗訴者に負担させることができる制度を導入することとし、所要の法案を提出する(遅くとも平成16年通常国会を予定)。(本部)
司法制度改革推進計画
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今は裁判の結果にかかわらず、弁護士費用はそれぞれが担当した弁護士に支払うと言うことになっています。
利用者の費用負担の軽減をうたっている今回のこの項目が、なぜ問題になるのかを少し考えてみたいと思います。
日本弁護士連合会の報酬等基準規定 に弁護士さんに裁判やいろいろなことをお願いした時の報酬関係について書いてあります。でもこれは大まかな規定で、基本は裁判をしようと言うときに弁護士とお会いしたときに、しっかり報酬や経費についてよ〜く話し合う必要があるようです。
裁判はテレビや映画で取り上げられるようにかっこいい弁護士が、探偵のように証拠を集めて、法廷で言葉巧みにみんなをなっとくさせて、誰もがなっとくする判決がおりて一件落着・・・・・とは行きません。d(>_・ )確かに、裁判所の様子はテレビのセット、あのとおりでしたよ。
でも、実際は法廷だけでなく、会議室のテーブルを囲んでそれぞれの弁護士と裁判官が話し合うことも多いようですし、時間も費用も私達が思う以上にかかります。
どれくらいの時間がかかるかは、いろいろな裁判の報道を目にして裁判を起こした方が時間の経過で亡くなってしまったりするのを見てもわかります。長い時間かかった公害や、薬害などの裁判で、参加する方が一人減り二人減りして、亡くなった方の遺影(いえい)が増えるというのはあまりに辛い現実です。
しかも、テレビや映画と違っているのは、証拠もあるしこれならとみんなが必ずもらえるだろうと思う判決が、必ずしも出ないですよね。どれだけ多くの人が応援していたとしても、実際の判決で絶対勝てると言うことが無いと言うことです。しかも、勝訴を勝ち取るまでにどれだけの時間と労力がいるかと言うことになります。
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薬害や医療ミスなどの場合でしたら、相手は国だったり、大きな企業だったり、大学であったりします。訴えるほうは個人の患者本人か家族、弱者だということになりますよね。
資金の面でも、太刀打ちできる相手ではないことが多いと思います。
それでも、やむにやまれず訴訟に踏み切っても、こうして負けてしまったときに
結論がでるのにかかった時間×弁護士費用×両方の分=の負担をしなければならないとなったら、あなたは訴訟を起こそうとおもいますか。
絶対勝てると結論が出ていないのですし、しかも、相手は資金も力たっぷりある。
訴訟を起こすかどうか考えるときから、もう力の差がはっきりしていると言うことは、断念する人が増えると言うことになるのではないでしょうか。
医療に関する裁判も、素人の患者が証拠を集めて、口が硬くなってしまう関係者からお話を集め、プロである医師や病院に挑戦するのですから、どれだけ立場が悪いかと言うことになります。
しかも、裁判の関係者も医学的な知識も少ないのですから、医師や教授と言う肩書きや社会的な名声などがついている相手がどれだけ有利かということになります。
訴訟を起こすと言うやむにやまれない気持ち、真実をはっきりしたいと言う気持ちがどれだけ大きくても、負けたときに相手側の弁護士費用まで持つことができるのかというところで、断念してしまうのではないでしょうか。 |
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だれもが勝手にいろんな小さなことで裁判を起こすことを抑える効果がある(濫訴らんそ)と言う声もあるようですが、それは、力を持つ側の言い分ではないでしょうか。
裁判をできるのは、国や企業、資金や力をたっぷりもっている一部の人達と言う恐れはないのでしょうか。
通り魔や事故で家族が奪われたり、薬害や医療ミスで家族を亡くしたり障碍が残ったり、現在ある制度の納得できないところをみんなに疑問を投げかけ制度を変えて行きたい、そんな時におずおずでも出した小さな声の前に立ちはだかる厚い壁、私にはこの制度がそう思えます。
気がつかないうちに、小さな声を奪ってしまうことが決められてしまうのではないでしょうか。
皆さんはどう考えられますか? |