■初クルヴァ

お腹を満たした後、一旦ホテルへと戻り服を着替えた。そう、5月とは言え、オランダの夜はまだ寒い。平年であれば夜間の気温は5〜10℃くらいらしい。この日も10℃は切っていたように思う。道行く人もみんなコート着用。スタジアムには暖房設備があるらしいのだが…。念のためホッカイロも装備し、観戦グッズを鞄に詰めて、7時をだいぶ回ったところでいざ出陣。スタジアムは来る時に電車から見えていて、相当近いと分かっていたので、ゆっくり出ることにしたのだった。

ホテルから徒歩15分ほどでスタジアムが見えてきた。途中の路上でミランvsPSVの記念マフラー(パチだけど)を購入。5ユーロなり。とりあえずPSV側を上にして巻いて歩く。私たちのゲートは「MM」ゲート。MM、MM…と探して歩くと、それは一番奥のゲートであった。しかし開いてない。よくよく見たら「MMはコチラ」と張り紙が。矢印の示す方へ進むと…いたいた、イタリア人軍団!何やら周囲は柵で囲まれており、その先には階段と、専用通路が見えた。ここでマフラーをミランロゴが上に来るよう巻き直し、列に並んだ。

▼これが噂のVIP専用(!?)通路。オランダまで来てまた収監気分。

▼電車から見るとこんな感じ。

ほぼ100パーセントイタリア人という列の中で、明らかに激しく浮いている私たち。どうやらというか、やっぱりというか、韓国人だと思われたらしく、前の方に並んでいたイタリア人達にトウガラシのハリボテを掲げられ、何事かを囃し立てられた…ものの、それ以上には特に絡まれるような事は無かった。まぁ平日の夜にここまで来れているイタリア人というのは、一見ガラは悪くとも、それなりに金と時間に余裕のある人たちであり本当にタチの悪い人間は少ないんだろう。ただし狭い空間に詰め込まれている中なので、方々からの遠慮のない視線は非常〜に痛いものがあったが。

階段を上りきるとそこでは機動隊による念入りなボディチェックが行われていた。全身を服の上からくまなくチェックされ、荷物も危険物が無いかどうか調べられる。(女性にはちゃんと女性の機動隊員が付いてくれる。)そこで色々な持ち込み禁止物が没収がされていく。…さっき見たトウガラシも見事にボッシュートされ、床に転がされていたのが涙を誘った。私達もイタリア人同様に、かつてないほど入念なチェックを受けた。これまで色々なところで試合を観戦してきたが、カバンの中のミニポケットまで全部確認されたのは初めてだ。厳しいと言われた日韓ワールドカップでもそこまではされなかった記憶がある。

チェックを終え通路を抜けるとスタジアム内の階段へと直結していた。そう、この通路はホームサポーターとは一切出会わぬよう、スタジアム内のアウェイサポーター席に直結しているのだ。何と合理的!
なお 、この階段の途中でも余りにも周りのイタリア人の視線が痛かったので、持っていたミランのフラッグを背負って歩く事にした。1m×1.5mくらいあるデカイ旗である。2年前に帰国する際、マルペンサ空港で買ったものだ(ちなみに普段、家では壁に貼ってあったりする)。これをマント状にして背負って歩いた。若干見た目に痛いが、誤解の視線が痛いよりはマシだ。…と、周りの空気が一変する。さっきまでは懐疑的な視線を投げていたイタリア人たちと目が合うと、にっこり笑ってくれる。フラッグ効果絶大なり!!!

階段を抜けてようやくスタジアム内の客席へ。クルヴァでは当たり前だが、席番などは全く意味をなさない。よって、とりあえず端の方の空いてるスペースに居座ることにした。そしてそこからピッチを見てみると…

み 、 見 に く い ! ! ! ! ! ! ! !

全方向に張られた網とそれを支える柱とアクリル板がとにかく邪魔。しかも場所が2階席最上段のコーナー。…一番ピッチに遠くて見にくい場所である。これは正直、アウェイサポイジメ。こんなことするから必要以上に嫌われんじゃないのか?という気もする。ちなみにアムステルダムアレナ(アヤックスのホーム)でもクラシケルの際、アウェイサポは網と機動隊に囲まれる事になるが、位置的にはもう少し優遇された場所である。サンシーロの場合はだいたいCLでも普通にゴール裏1階席がアウェイサポ席だ。この辺、イタリア人よりオランダ人の方がシビアなのかも知れない。

▼クルヴァからの視界。この網と柱は何とかならないのか。

+ゲームフラッグ。

 

■メイクドラマ

試合の前に、第二次世界大戦から60年、ということで戦没者への黙祷が捧げられた。この時ばかりはホームもアウェイも一般席もクルヴァも関係なく、スタジアム内は完全な静寂に包まれる。日本人にとって終戦というと、無条件降伏し、ポツダム宣言を受諾した8月のイメージだが、ヨーロッパの場合はナチス・ドイツがヒトラーの自殺により無条件降伏した5月が終戦の月として認識されているようだ。これまでにも海外スタジアムでの黙祷の経験があるが、流石にいつもよりも長い黙祷だった。

肝心の試合は…ここを見に来ている皆さんなら既にご存じの通り、ミラン側から見れば…端的に言うならば「今季最低」の内容であった。普段のスピーディな連携は影を潜め、細かいミスを連発。終始動きの良いPSVに押され続ける。そして前半早々に当たり前のように1点を取られ、スタジアムは沸いた。また、ミランはチームの精神的支柱であるマルディーニも負傷交代。後半に入っても流れは依然PSVにあるのが明白だった。そしてPSVが2点目を取り、アグリゲートスコアを2−2に持ち込んだ。割れんばかりのPSVサポの歓声にスタジアムが揺れる。ミランクルヴァは一瞬、沈黙に包まれ、皆、頭を抱える。しかし、それでもクルヴァは諦めない。試合開始前からずっと立ちっぱなしで歌い、声援を送り続けるのだ。

正直ここに来るまでは、自分たちがこの場に居てもいいものだろうか?という思いが多少あった。試合が始まるとそれも吹っ切れ…自分もファンだからね。このチーム大好きだからね。歌いましたよ。そりゃもう大声で歌いましたとも。2年前にも散々このチームに張り付いて、各地のスタジアムを渡り歩いたおかげで、応援歌の大半のリズムとメロディー、多少の歌詞とジェスチャーなんかは勝手に頭に刻まれていたらしい。驚くほど自然に歌える自分に驚いた。イタリア語の長いものになると勿論、一部よく分からないものの(シェヴァやカカのは難しい)、基本的に歌は簡単な物ばかり。もう何をやってもダメダメなチームに対して、頼むから何とか頑張ってくれよ、ここで負けるのなんか見たくないぞと、祈るような気持ちで、後半はもう泣きそうな気持ちで歌い続けること90分。そして、ロスタイム突入。もうこれは延長だ…下手するとPK戦か…?と誰もが思い始めていたその時、相手ゴールネットが揺れた。渇望していた1点。90分以上も待たされたが、試合を決定付ける1点である。その瞬間、クルヴァが爆発する。

皆その辺の人達と奇声を上げて抱き合い、手を叩き合い、最上の喜びを共有する。そして力強いイスタンブール・コールが湧き上がった。本当に長い、長い90分だった。あまりの感動に視界も霞む。スタジアムのPSVサポは一瞬落胆の沈黙に包まれたが、1分もたたないうちにコクーが執念とプライドの3点目を決めると、再び沸いた。しかし、あと1点が必要なPSVの反撃ももはやここまで。ほどなくしてミランにとっては待望の、PSVにとっては無情な試合終了の笛が鳴った。その瞬間、PSVの選手達は糸が切れたようにがっくりと崩れ落ちる。ピッチに降り注ぐ雨の強さが増していた。スタジアム内の大スクリーンには人目を憚ることなく涙を流すコクーの姿が映されている。そんな彼らに向けて、観客席からは温かい拍手が沸きこっていた。皆スタンディングオベーションだ。ミランクルヴァからも、大きな拍手が沸いていた。それは決してミランの勝利だけのための物では無かったように思う。ミランが低調だったこともあるが、それ以上にこの日のPSVの闘いぶりは称賛に値する物だった。

ミランの選手達もまだショックから立ち上がれないでいるPSVの選手達を慰め、抱え起こしていた。一通り関係者同士で健闘を讃え合った後には、クルヴァの前まで挨拶に来てくれた。クルヴァはそれを盛大な歓声と拍手で迎え、再び大きなイスタンブール・コールが沸き起こった。

ちなみに、現場では上の写真の通り、対角線上のゴールは大変に見づらく…私の席からはボールがゴールに入る所しか見えなかったのだった。そんな状況だったため、試合終了後に「ところであれは誰のゴールだったんだ?」という会話があちこちから聞こえており、だいたい「多分シェヴァじゃね?」という結論に至っていた。…私たちもあの決勝点がアンブロジーニのゴールだったのを知ったのは、ホテルに戻って、夜のスポーツニュースを見てからであった。
…ごめんよマッシモ。

 

■行きは良い良い…?

そんなわけで、試合後。
アウェイサポなので当然のように拘束される。拘束、と言ってもスタジアムに閉じこめられるだけの話で、過去にベルギーでも体験済みである。あの時の教訓(拘束されているうちに、帰りの交通手段が無くなり、深夜に街の中を1時間以上徘徊するはめに。)を胸に、今回のホテルは徒歩圏内に取ったし、これで安泰のはずだ。クルヴァのイタリア人達に別れを告げ、スタジアムを出る。あとは持ってきたトートバッグにマフラーやフラッグなどの応援グッズを放り込み、一般観光客のフリをしてホテルに戻ればいい。楽勝楽勝…と思いつつスタジアム沿いの通りを歩いていたところ、突然オランダ人に捕獲された。

雨だったので、傘を差して歩いていたのだが、「俺も入れてくれよ〜」とか何とか言いつつ、図体のデカい兄ちゃん3人組の1人が傘に入って来たのだった。兄ちゃんの左手は私の左肩に、右手は傘を持つ手の上に回っている。…まさに「捕獲」。いや、これが普通の状況でのナンパなら「何すんじゃコラ」な勢いで払いのける所。だがしかし。今まさに私の左腕には危険物入りのトートバッグが掛かっている。中を見られたら人生終わるかもしれないため、左手は使えない。右手はしっかり傘と一緒に握られている。この体制なら、背負い投げか?…出来るわけない。タ、タスケテー…と思い、横を歩いていたN氏の方を見やると、さり気なーく間隔を開けて歩いていらっしゃる。ぉーぃ。まぁ、明らかにあまりガラの良さそうな相手ではなく、明らかに喧嘩したら負けそうな相手だったしね…。硬直しつつ、肩越しに「英語できる?」「んー、分かんない」「試合見たー?」「んー、まぁね…」「どうだったー?」「んんんーー?」と、とにかくエイゴヨクワカリマセーンな対応をしつつ歩くこと少々。先を歩いていた連れの2人との距離がだいぶ空いたことで、やっと離れてくれたのだった。
気を付けよう 暗い夜道に オランダ人。

若干嫌な汗をかいたものの、無事ホテルに辿り着くといつものようにコーラで祝杯をあげる。声を張り上げすぎて枯れた喉にコーラが染みる。最高に美味い。スポーツニュースを確認してマッシモゴールに驚いた後、風呂に入って狭いベッドで就寝。

明日も1日、ハードな移動が待っている。

 


▼以下写真

チケット。フィリップススタジアムのアウェイサポ用のゲートは「MM」。

ミランクルヴァの様子。上段の方はこうなってた。サンシーロと違い、横断幕をかけるスペースが無いので全部一番上に…。

終始立ちっぱなしが基本。(年配の方は端の方で座ってるけどね。)

クルヴァのゲームフラッグを裏から見るのは結構貴重な体験かも。