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  舞 の S M 観


SMにはいろいろな形や精神論があり、パートナーの数だけ世界がある。

人の欲望は多彩でありすべてを満たすことは、永遠の課題かもしれない。

しかし、いつの時代も人と人との信頼により、支えられていることは変わらない。


  私のSMへの考え
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 私は初め、SMとは自分の快楽のためであり、自分の快楽の追求の為だと勘違いしていました。
同じ嗜好を持つ人がパートナーとなりプレーをしていくのだと思っておりました。
私自身、自分自身の性的な満足感を得るためこの世界に入ったわけです。
初めて調教を受けたころは、ただどんなご命令でも受け入れる事が奴隷の美徳だと思い、
その結果自分のセックスに関わる欲望を満足させてもらえればと思っていたのです。
 被虐感・羞恥感を伴う性的な快楽は本当に今まで感じた事がないほど凄いものだったんです。
そのころは自分はMかも知れないなと思っていたぐらいでした。

 何回かメールの調教を受けた後、少しづつ自分の中で何かが変わってきました。
ご主人さまのご命令を素直に聞くことによって、ご主人さまに満足していただくことが喜びに変わってきたのです。
自分が楽しみたいというよりご主人さまのご命令を実行することによって、
ご主人さまに喜んで頂ければ自分も満足するようになってきたのです。
肉体的な欲望より精神的な欲望の満足が重要になってきたのです。
 MdSさまのお言葉を借りれば、「表面的に酷い辛い事をさせられても、心の奥にそれを望み従う
自分の姿に酔い喜びを感じる部分があるから、精神的に満たされる。」ということだと思います。
こういう自分は何であるかを考えると、やはりMなのかなと思ってきました。

 でも少しづつ疑問が出てきたのです。なぜか満足できず喜びも無くなって来てしまったのです。
そのころMdSさまを含め何人かの方とメールを交わしているうちに、被虐感・羞恥感だけしかない調教を続けていくことは、
破滅願望でしか無く、単なる性欲処理の道具に堕ちていくしか無い事に気がつきました。
何人かの方とのお話を通じて自分なりに「ご主人さまに喜んでいただき、その結果自分も喜べること」がもっとも重要であり、
そのためにはたとえ精神的な満足感・充足感といったものを満たしていただけるご主人さまで無くてはならないということに
気がついたのです。


 ご主人様への信頼感があるからこそ、精液やオシッコを口に受けたり飲んだり、嫌いな事も、全て受け入れ喜びを感じるのでしょう。
100%信頼出来るから、全て身を委ね縛られたりする事も出来ます。そうでなければ、何をされるかわからず、不安だけ残ります。
私を素晴らしい世界に導いてくださるのがご主人さまで、私は奴隷としてご主人さまに服従してご奉仕するのです。

 ご主人さまは私をリードして導いて頂ける導師であり、私はそのために全てをご主人さまに委ね、服従しご奉仕し喜んで頂く。
Mはおそらく男性、女性を問わず支配されたいのでしょう。でもそれは肉体的なものではないと思います。
精神的に支配されたいと思っているのでしょう。しかしそこに到達するのは簡単には出来ません。
精神的に支配し、支配されるにはお互いの信頼関係が重要です。
その信頼関係を形作って行くために調教が存在するのだと思います。それに気づかずプレイをしている方たちが大勢いると思います。

 またその中で悩んでいる人も大勢いると思います。SMはパートナーの方との美しい精神的な世界です。
決してセックスのための道具ではありません。もちろん快楽はあります。でも快楽以上に私はご主人さまに喜んで頂きたいのです。
その結果私も精神的な快楽を得たいのです。そういった精神的な世界に到達するための手段がいろいろな調教であると思います。
羞恥、浣腸、縛り、スカトロであれ、なんであれ、ひたすらご主人さまを信頼するからこそ出来ることです。
ご主人さまをご信頼することが出来るからこそ、全て身を委ねて、どんな嫌なことでも受け入れることが出来るのだと思います。
そうしてご主人さまに喜んで頂ければ頂くほど私も喜びを得る事が出来ます。


 さらに気がついたことがあります。それはインターネットでは顔も声もわからず、匿名であるがゆえに
気軽にメールやチャットでの調教でも何でも簡単に出来ます。
私もそうしてきたように別れる事も簡単に出来ます。ご主人さまを探す事も簡単にできます。
しかしそれゆえの限界が同時にあると言う事です。精神的な充足感を得るのが難しいのです。
SMはご主人さまと奴隷の人間同士の関係であり、間にネットワークが介在していては疑似的な体験にしかならず、
本当の精神的な満足感は得にくいのだと思います。
 人間同士の心の交流が出来ずに、Mの女性の立場としてなにか弄ばされているような感じを持ち、不満が出てくるのだと思います。

 オンライン調教では、微妙な感情はわかりませんし、ご主人さまは何も実際には出来ず、Mの人が一人で命令を実行します。
そこには大切なふれあいや心がありません。その結果満足できなくなるのです。
とくにMの女性の場合には、本当にご主人さまが喜んで頂けているのかわからないので不安感が増し、
またただ単にご主人さまの性的欲望の解消のための道具ではないかと疑ってしまうのです。
インターネット上のSMは従ってゲームになってしまい、それだからこそMの女性を単なる快楽の道具として
見ているような人がはびこるのだと思います。

 一方的に酷い事をすれば、Mの女性は嬉しいものだと思って居る方が多いのだと思います。
インターネット上では相手を生身の人間として見ずに、TVゲームとしてのすでにプログラムされたような
SMゲームをしている人が多いのだと思います。
 ご命令の内容を見ても、調教としての流れもなく唐突にいろいろなご命令を出される方が多いのではないでしょうか。
それでは満足は出来ないと思います。SMはセックスの延長ではございません。


 でもその匿名性が重要なインターネット上でのSMのメリットでもあります。
匿名であるが故にいろいろな悩みを持つ私の様な女性達が自由に行動でき、新たな世界に入り、
いままで出来ない事が出来る強い女性になるのではないのでしょうか。
どうしてMの女性が強くなるのかはお分かりにならないかも知れませんが、SMの経験を通して、ご主人さまの
支えにより、いろいろ不可能だと思うようなことも実行できる女性になれるのですから。

 そのためにはインターネット上でのプレイの限界をまず認識することが必要です。
メールでの調教は導入教育でしかなりません。
メールでの限界は、リアルタイムでは無いので、ご主人さまとの心の交流が無い事です。
メールでの調教はご主人さまを選んでいく段階ならいいでしょう。
あるいはもうチャットでパートナーを理解しているような場合にはいいでしょう。
しかしやはり本当の満足感を得るのは難しいと思います。
私はチャットでかなり長い期間に渡って定期的にチャットをし、相手を理解し、そしてチャットでのプレイをして、
本当にお互いに信頼できる関係にならないといけないと思います。
メールだけでは本当の満足感は得られません。

 チャットでのプレイの場合、リアルタイム性は高まります。しかしこの問題点はやはりどう心の交流を行うかです。
私はリアルタイム性を高めかつ行動しやすいように、チャットでのプレイの時は、B5サイズのノートPCを使っています。
体の上に乗せる事も出来、移動もある程度簡単です。
 また感情をこめるためになるべくメッセージは修正せずにそのままにして送ってしまいます。
ただ欠点はキーボードが汚れる事です。でも私にとって、私のノートPCは一番重要なチャットでの道具なのです。

 もちろん最終的には直接お会いしてのプレーが理想的だと思います。でも私にはそれだけの勇気もありません。
しかし逆にインターネット上でのプレイこそ、永遠にご主人さまとの関係を続けていく道なのではないかと思っています。
永遠に若いままで、顔も声も知らず、しかしお互いに信頼し、何年たってもご主人さまと愛奴の関係でいられるのは
素晴らしい事のようにも思えるのです。
 またいろいろな事情のあって実際にプレイの出来ない女性たちにとってもっとも良い解決策のような気がいたします。
私はなんとかしてインターネット上でのプレイの到達点を高いものに出来ないものか考えております。

 私個人は、SMの世界の中での最終的な到達点は、なんの肉体的な関係も無く、ひたすらご主人さまをご信頼し、
服従し、ご奉仕する奴隷と、奴隷をリードしその結果喜びを与えるご主人さまとの精神的な関係だけの世界だと思います。
それが私の理想です。 


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