豊橋の名の由来

吉田城は、はじめ今橋城と称し永正二年(1505)牧野古白によって構築された。当時「今橋」は戦略的な面から激しい戦がたびたび繰り広げられたようです。名の由来は、今川時代の豊川に架かる橋「(今橋)」と、明治政府の豊川に架かる橋「(豊橋)」なんでしょうかね?
吉田城(国)は、日本に5城(国)以上あったようです

明治新政府は当時の三河国吉田藩の藩名が伊予国吉田藩(宇和島藩の支藩)(旧愛媛県北宇和郡吉田町、現愛媛県宇和島市)に似て紛らわしいとのことで藩名変更の命を下した。その命を受け藩主は「豊橋、関屋、今橋」の三つの名を選んだ。新政府はその一番目の「豊橋」を採用して、正式に「豊橋藩」と言う藩名とすることを命じた。その後廃藩置県の後も豊橋の名が使われる。

※ 1974年「豊橋市・長岡市」に国立技術科学大学設置が決まったとき、これで明治政府も終わったとよく言われたものだが、
   これもそれを物語るものであるのか?   実は新時代「産業界の要請」により出来た大学

 三州吉田藩内の天領(PDF)































 公共駐車
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 JR二川駅
  北出入り口
   南出入り口
 豊橋市はこんなまちです

 愛知辞典…「豊橋」

 豊橋のイラストマップ

 
豊橋みどりのスポット・イラストマップ

 三河港(写真)

 吉田城本丸 二の丸 三の丸絵図

 あいちふぁいるず

 東三河のダイダラボッチ
   デイタラボッチって何のこと

 古墳のまち豊橋(写真)
 豊橋市都心部の写真(デジカメへリンク)

 JR二川駅南地区整備 (写真)

 愛知県(豊橋市他)の地図

 東三河地域(ウィキペディア

 あっちこっち愛知

 清流「とよがわ
 
 愛知県名の由来 豊橋市名の由来(下記も同じこと)

 三河松平(徳川)家臣団城館跡

 豊橋のあゆみ・校区のあゆみ

私は、いま愛知県豊橋市の東部地区「二川」に居住しています。
付近には、@JR二川駅(橋上駅) A国道一号線 B動植物公園と二川駅間に都市計画道路(エレベーター付き歩道橋・河川橋梁他)建設 C豊橋総合動植物公園(40h) D自然史博物館(恐竜博物館) 
E地下資源館 F二川宿本陣資料館 G視聴覚教育センター H旧東海道(旧国一) I岩屋緑地(展望塔・アスレチック・遊具施設・駐車場等整備) Jグリーンスポーツセンター Kバス停 L自然歩道などがあります。東海道新幹線も東海道本線と並行走行しています。
また病院や医院、郵便局、金融機関、幼稚園、保育園、小・中学校、スーパーも数店近くにあり便利な所です。NTT基地局は約1kmの所にありインターネット接続も快適です。
Mまた、新たに国道23号豊橋バイパスや豊橋東バイパスが整備され、多くのインターチェンジが出来た。


岩屋緑地展望台  …   岩屋観音に隣接する大蔵山一帯は緑地としての整備が進んでいる。ここは赤石山脈の
           最南端を形成する弓張山系西端に位置しています。参考チャンチャカ山古墳遺跡
           展望台からは、豊橋市街地はもとより三河湾、渥美半島、知多半島の
           先端部、伊勢湾対岸の鈴鹿山系や静岡県の浜名湖周辺まで展望できま
           す。グリーンスポーツセンターと隣接
  展望台夜景マーキー画像展望台夜景リンク)

自然史博物館    豊橋総合動植物公園と同一敷地内にあり平成15年度に古生代展示
 
(見学録)       室を増築し16年度から順次各展示室を改装する計画。
           
展示構成と資料は全国的にも定評があり、また特別企画展や野外恐竜、
            ランド、ダイナビジョンシアターも人気があります



観光教育施設と宿泊施設 上記のとおり二川地区は観光教育施設が揃っているのにホテルや旅館等宿泊施設が不足



                                   私が住んでいる町の周辺