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 デジカメスキゃナ
  

三河港開発の原点
  青木構想を市民に説明
 
これは郊外の確か賀茂小学校講堂ではなかったかと記憶している。
途中、夜道を畑の真ん中の小道を歩いている人を見つけ車を止め
会場まで乗せていった配慮もみせた。
当日は、講堂いっぱいの校区民の前で熱弁をふるった。懐かしい遠い思い出であります。
説明会は昭和37〜38年(1962・1963年)が中心で新産業都市指定目指していた頃
であります。

連隊旗(手作り大型開発構想図)で東三河の開発構想を説明する当時の青木助役(昭和37〜38年)
生涯学習の一環として講演
 手前右端が私。

        都市空間の整備の方向へ