回顧編目次

             半世紀前(1953〜4年頃)の不思議な夢体験

                     2004年から約半世紀前の夢体験


 うぅー シュッポォンは、今回の「健康リフレッシュツアー」のことですが、時間が経っていないので記載は
 控えようと思
います。
 そこで、うぅー ポッのことについて書いてみたいと思います。
 今から50年(半世紀)前の私が中学1年〜2年の頃のことです。
 
 寝ていると、突然ものすごい勢いで突き上げられ「うぅー」とうめきともがきが暫く続きます。
 どの位経ったでしょうか、すると「ポッ」と突き上げが止まり静寂になり「ふわッと」球が浮いてます。
 すると、透明なカプセルのようなもの中に、両手を両足の膝に組んだ私がいるのです。
 宇宙は、漆黒の闇の中。
 重力は無いようですが狭くて浮揚しなかったです。呼吸は出来ました。
 実際はどうでしょうか?
 そして毎回向かって左手上方に「月」。
 遥か右手下方に月より少し小さな「青と白のモヤモヤ」の球体が見えます。
 私が近視で無かったらもっとシッカリ見えただろうにと思い残念で仕方ありませんでした。
 「地球ではないか!」と叫ぼうとすると、布団の中で眼が覚める。
 現在の距離感からいうと地球から35万kmくらい上空まで打ち上げられたと思われます。
 距離感(2011.8.8)のGoogle画像。
 だって、地球が丸く全体像が見えたのですからです。
 そして、夢には近視も遠視もないことが分かったような気がします。
 現在の映像でも雲が多く見られるのですから! 私が近視だからと思い夢の画像を良く
 確かめなかったことに他ならないと感じるようになりました。
 一生の宝のような貴重な夢と60年後の今(72才)では思っています。
 現在の知識なら こう見えたでしょう。
 この夢は何回となく見ました。マンガは読んでいませんでした。
 
 そして、何回となく…、
 私 … 母さん、また宇宙へ飛んだ夢みた。と言うと、
 母 … フフフ、よかったね。の一言で終わり。

 それから数年後、私は高校生になっていました。まだ我が家にはテレビは有りませんでした。
 確か朝日新聞だったと思います。新聞配達の途中でチラリチラリと、
 旧ソ連の「スプートニク」打ち上げのカラー写真が載っていたのを見ました。
 アッ!!
 あのカプセルの前面が透明であれば、あの夢体験と同じではないかと、…!

 若き日の不思議な夢体験でした。 
 皆様方も、この年頃にはいろいろな夢を見たことと思います。
 これは、旧ソ連が世界で初めて人工衛星を打上げる4年前のこと。
 ガガーリンが地球は青かったと言った有人衛星ボストーク打上げ8年前のことであります。

 やはり、これにはその前篇がありました。
 それは地下連絡鉄道で、プラットホームの幅が20m×200mと言う大きなものです。
 とても明るく綺麗な駅です。
 でも、人は乗ってきません。
 電車が来て乗ると、どこまでもどこまでも走り続けるのです。
 途中にプラットホームは有りましたが、ノンストップで止まることはありませんでした。
 ホームは、2〜3駅通過しました。
 何処を通っているのだろうか?分かりません。海底トンネルだろうか?なおも走り続けます。
 地下鉄道は複線で、煙は出ませんでしたから今の地下鉄のような気がします。
 線路は複線でしたが幅20メートルの片方から乗ったこともあり、反対側の電車とすれ違うことはあり
 ませんでした。
 そして、長い長い時が通り過ぎてゆきますが、…
 夢っておかしなものですね。
 電車を降りることも無く突然「うぅー」が始まるのです。
 でも、これって疲れるのですよ!(2011.6.18追加)

 


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