回顧編目次
三河港造成の原点へ
都市空間の整備の方向 指定都市へ
2012.1.15

東三河県庁4月開設

 豊橋市始め東三河各市町村と愛知県の本意は何処にあるのであろうか?
 これって、大阪都を掲げて大阪市長に当選した橋本徹市長の言動のとおり二重行政そのものではないか。
 最終が県境を越えた「三遠南信地域」の合併にあろうことは理解に難くない。
 法が整備されてない時期に県境を越えた行動は辛いと思うが何となく情けない気がする。
 ライフラインのガスは、明治時代に豊橋瓦斯と浜松瓦斯が合併し中部ガスとなり、2008年に本社を豊橋駅前のココラフロント
 のサーラタワー内に置いている。供給エリア
 豊川用水(工業揚水)受益地は湖西市(新居地区) まで及んでいる。
 当方の思った経緯をたどるのかどうか当分見守りたい。

2012.1.28
 石原東京都知事、橋下大阪市長、大村愛知県知事、名古屋市長の他新潟市長などや国政議員も加わり大分内が見えてきた。
 東三河はどう進むか。
 
2012.4.2 東三河県庁発足(東三河総合庁舎:豊橋市内)
  108事務の権限継承。と言っても静岡県湖西市との関わりで身動きが取れない東三河地域に行革前に集団で職員を異動さ
  せてしまえと言う。行政のチャッカリ乗っ取りにしかみえないとは言い過ぎか?
  どうみても二重行政のミニ見本版であると思う。戦後の地方自治のムダが徐々に見えてくるはずである。

2012.4.10
 中京都構想!やはりである。 何のことはない。県の考えは全て生き残り策である。
 愛知県知事が「名古屋市長」を兼務するという。
 高速道路網にしても、名古屋中心に西三河と尾張地区中心に整備を進めてきた。桑原幹根時代とは全く違う。
 青木茂氏(元豊橋市長)が何がなんでも「航空宇宙産業」を三河に誘致したいと考えていたようだが、選挙で敗退
 したので未完の構想に終わってしまった。
 こうなれば、三遠南信地域構想の推進を押し進める以外この地域の生き残る道はない。
 県の役割は、ここまでである。市町村がもっと広域的に力を併せ頑張ろう。
 今の県組織は、新たな中部州の一部局としての組織化を図る準備を推進するべきである。
 市町村も、合併による重複事務の整理統合をするのは論をまたない。
 (東三河地域と静岡県西遠地域の広域合併論) … (「都市空間の整備の方向」の指定都市と同じリンク)

2012.4.15
 ここで、愛知県東三河の豊橋市と、静岡県浜松市の大きく変遷した時に触れてみたい。
 東三河の豊橋市は、昭和35年にフリーになっていた元参議院事務局警務部長 青木茂氏を豊橋市助役に迎え、豊橋市長
 河合陸郎氏、豊橋商工会議所会頭 神野太郎氏(東三河産業開発連合会長)組み、青木構想による「御津浜地先から田原
 地先まで水深5bラインを埋め立てて約4000万uの臨海工業地帯を造成する。
 同本構想には、三河港および臨海工業地帯造成のほか輸送センター(臨海鉄道を含む)工業用水(人造淡水湖、工業用水
 貯水兼調整池を含む)などが盛り込まれている。
 この構想が「東三河工業整備特別地域」に指定され、三河港の造成と重要港湾指定に繋がる。

 一方浜松市は、確か高桑さんと記憶しているが「愛知県出向時の都市計画課長で本省に戻り区画整理課長となり、浜松市
 助役に出向し当時別々であった浜松駅の東海道線を高架にし新幹線駅新浜松駅との一体化などにも活躍。
 今日の「指定都市 浜松市」の基礎づくりに貢献されたと感じている。
 (当時の建設省都市局区画整理課)

2013.05.20 設楽ダム 国交省建設は妥当 愛知県知事判断を保留

2013.11.01  東三河はひとつ(広域連合の設立に向けて) (広報とよはし

2013.12.18 愛知県知事半年留保していたが計画通り建設が妥当。2013.12.18)

2015.01.30 このところ、飯村土地区画整理事業(完了)地区内の愛知県農業試験場で再整備工事が進められている
           GoogleMaps
2015.03.18 それにしても、東三河地域で県関連の工事がすさましい。石巻山や道路関係、これを機に遅れを取り戻し
           て頂きたい。また、各市町村の頑張りようも尋常ではない。

2015.03.30 愛知トリエンナーレ名古屋・岡崎に豊橋を加える…私が初めて聞いたのは、東京・世田谷の司忠さん宅
           伺った時であります。

2015.04.03 梅田川堤防補強補修





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