回顧目次
この頃振り込みに控除がされるようになった。
1965〜5年間会計に属していた頃のことであります。
組織の改変があり審査関係、給与・職員互助会関係ともに2人づつで処理していました。
それが、審査は4人に増員されたのに対し給与・職員互助会関係は1人となりました。
当初は、毎月100時間以上時間外勤務をしなければ仕事が回っていかず時間外手当も一切出ません。

そもそも、広報課秘書係の「助役秘書」からの人事異動は、本市を中心とする東三河地域が昭和38年度の工特地域指定
閣議決定年度
で行われることになっていましたが、市長応接室で異動案を作成中に広報課広報係長が密かに私の異動
先を人事課長に聞き、私が議会事務局の職員と交代するということを聞き、それを広報課長補佐兼秘書係長(市長秘書)
にも言い「人事異動が漏れた」と人事課長」に言う。急遽異動先が「収入役室」変わる。
異動日当日、人事課長に聞いた課と違うと言うと、異動が漏れたと言う。
自課の広報係長がこういう卑怯な手を使うのかと知り、以後退職するまで一切言わないことにした。
そして人事課長も直ぐ異動する時がきた。(2013.4.5追加…再記載)

そこて、現状を新人事課長に…、
人事課長に「これでは「立つ瀬がない」と言うと、だったら座っておれ言われる始末。
そこで考えたのは、無駄がある省力化が必要だということです。
これが軌道に乗った後に、収入担当に変り県議会議員の娘さんとコンビを組む。
仕事は、日々の収入納付所の計算と各会計間及び余裕金の資金運用が主な業務である。
資金運用は、収入役の決裁などを受け歳計・歳計外現金の定期預金・外貨預金の預け入れや他会計への一時貸出、
歳計・歳計外現金の運用表作成決裁(主要な部分は収入役・収入役室長・係長の指示による)など。
県議の娘さんは、実に聡明で仕事が早く。コンビを組んでいた時は納期でも全員で残業することなく定時で帰った。
この納期の計算処理には時間外手当が付くので、年配の職員には恨まれたようである。
毎年、5月末の処理には夜12時頃までかかっていた。

収入担当以前の1人で処理していた主なものは、
@ 給与控除は、任命権者が異なっても市長部局以外の消防や教育委員会も行い納付書で支払う。
A 全職員(2市民病院・水道局など企業会計や退職職者を含む)生命保険台帳の加入・脱退管理、毎月の収納消し込み・
   配当金の受入れと配布、年末調整の管理。
B 購買資金立替事業など業者への支払金に手数料を納付所での控除、や職員への厚生資金貸付金への手数料の控除、
   退職時給付金にかかる最終月の共済掛け金・厚生資金貸付金返済残額・購買資金貸付残金・生命保険料最終月掛け金
   などの書類の簡素化。


改善事項
   人事課業務関連であるので、年度途中でも全面的に人事課予算使用。
@  スエーデン製の加算機導入。
A  ホールソートシステムを導入(2市民病院医師・看護婦等1200人を含め3500人分)。
   これは、人事課のコンピュータシステム処理に対し手動であるが、設計〜運用まで導入したことにより、業務処理時間は80%
   省力化できた。
   氏名(旧性)、所属区分、加入保険会社名、保険配当金、加入・退職月(保険料収納月の把握)、特記事項など。
B  職員互助会時に各種控除を備えた「口座振替」システムを考案
   日々行っていたのでは、時がかかって仕方ないので、東海銀行(三菱東京UFJ銀行)相談したところ、東海銀行では
   「東三河工業整備特別地域指定」時の例の青木助役の秘書をやっていた人の考えだ。こんな様式は初めてだ。全国銀行
   協会に持ちかけ承認を受ける。
   こんな口座振替様式は初めてのことだから全額東海銀行負担で作成する。
   これは、全国の銀行、全信用金庫・信用組合などの金融機関でも通用すると言われた。

   この業務改善と効率化を進めた結果、毎月100時間の時間外勤務から解放されたほか、毎月10日間程度の余裕が出て
   きた。
   もう、ルールさえ守れば誰でも1人でこなせる業務となり卒業。2人コンビの収入担当に職務替えになった。
   収入役室では、審査係は、審査4+係長、出納は、収入2・支払2・給与互助会1・物品出納1+係長1で構成されていた。


◇ 行政視察
   行政視察は、行ける部局と行けない部局があった。 私は最初からよく出張に出して頂いた。
   収入役室では、人事課の給与支給・時間外手当の把握と、職員互助会・職員健康保険組合など控除関係、団体生命保険
   加入者台帳の管理、保険会社への支払い(振り込み)、個人配当金の受け取りと個人への支払い、所得税の年末調整準備
   などで人事課と深い関わりがあり、給与・互助会担当の3年間「毎年1回」は人事課経費で先進都市視察に行った。
   私を指導してくださった波崎敏武さんの父親が市議会議員をされていた、「広島市」へ行った時、市役所受験資格は大卒のみ
   で高卒は一人も採用していないとのこと。 戦後20年にも満たない、10数年でそんな学歴社会の時代になるなんて「モタモタ」
   してはおれないと感じた。
   一方の、会計事務については職務の効率化などが主なもので、必ず収入役さんと意見交換する時間をとって頂いた。
   そして市である以上、その都市の運営と発展策をいつもうかがった。





 
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