回顧目次

  M9大震災
 原発真水確保策
  2009.4.22UP  公共料金収納率策向上策1987〜5年間 29年後に営業課に名称変更 
            民間企業・市連携による豊橋市民生活秩序保持例
水道事業民営化
2010別記2
@ 2007年夏にサブプライムローンに端を発した米国の金融危機が世界に波及した。
  これは、電気・ガス・上下水道・NTT・NHKなどの公共料金の滞納が、やがては住宅家賃や国・地方の税金滞納に波及すること
  に似ている。
  私は1987年〜5年間公営企業に席を置いていたことがある。
  その部署は、上下水道料金の調定・請求書作成、口座振替手続き、メーターの検針、量水メーター器管理・法令による8年ごとの
  全世帯(企業)の計画取り替え(家庭用は業者に全面委託)、漏水などの認定・上下水道料金の減免、滞納整理などが主な業務
  であり、正職員47人のほか・委託検針員約30人・委託集金員7人(殆どが口座振替)で運営していた。 
  特に心に残っていることは…、

A メーター取替時に2回ほど総合病院のメーター周辺の配管が破損し、料金・給水・工事・庶務担当部所職員が現地に集まり、消防
  署から新品の消火用ホースを借り病院の「手術・人工透析」などに影響を与えてないよう、と受水槽への臨時迂回給水網設置と周
  辺の給水工事を行い急場を凌いだこと。その他豊橋技術科学大学のメーター取替えの時も取り付け部の菅が破損した。
  技科大は学生寮にも送水していたので大学・学生に支障を来さないようにするため大変であった。
  電算システムは、豊橋市全体では進んでいた方だが委託の量水器検針を電算化したことや、料金収納・滞納整理の制度改革を伴
  う効率化である。

B 着任した時は、上下水料金の収納率がどん底に陥った時のその瞬間であった。
  特に料金収納を正常化する必要に迫られていた。私が現状をみて取り組んだのは着任したその日からで …、
  最初は、前年まで手付かずだった滞納料金の即時効中断措置だった。
  続いて大口滞納者の強制的な請求である。名古屋市であろうと豊橋市内だろうが財務担当取締役に電話し一部井戸水使用してお
  ろうが数千万円もの滞納は下水使用料も含まれていることから許されない。
  即停水処置する旨話し伝えたところ一度の支払いは経営上困難だから2回に分けてくれと言い常務取締役が小切手を持参し翌日
  納付に来訪納付頂いた。
  また、定年で退職した人からは、妻がパチンコで生活費をも使い込み上下水道料金をこれほど滞納していることは知らなかった。話
  を聞いて税金等を含め全てを滞納分を納めて来た。一生働いた退職金は30万円ほどしか残っていないと言われた。
    
  そこで、すぐさま年度別・各月別料金調定額個々の納率統計を10年ほど遡って作成し、更に時効中断実施後は不能欠損に至るま
  での経過を各年度・各月別に順次追加詳細に表にし膨大な資料の経過をつぶさに分析を進める。
  どの時点で収納率が低下したのか調べるためである。その原因は何か?
  すると、月別の調定額と収納率の推移を調べていく内に、ある人が責任者の時から急に落ち込んでいることが分かった。初年度の
  収納率が低い年度は、そのまま不能欠損整理時までの5年加えた計10年かけても収納率は上がらなかった。

  日にちは経ち…、
  その間、集金人は脅せばその家を避けていることも知り、集金にも来ず直接滞納催促とは何かと食ってかかってくる始末。
  所謂やくざの脅しで、俺たちは脅すのも仕事である。それにしても、あなたは10数人で怒鳴っても帰らなかったなどで、事務所に招
  き入れられ「お茶とオシボリ」が出された。あの手この手の納付の話しをした。
  よく脅しにのらず帰らなかったな。気にいった!よし払おう!まず滞納額の半額だ。残りは1週間後に支払う。
  移転前の上下水道局営業部門は1階の道路に面しており窓から怒鳴る人もおり、職員は委縮していることが容易に分かった。
  電話も苦情が多く話にならん責任者に替われと言わることが多発していた。
    
C そんな時、
  業務終了後の午後5時半から開かれる「5公共料金営業担当者」の会合で、民間企業の責任者から99.9%からなぜ落ちてい
  るのか分かるかと問われた…。
  問題点を、電気・ガス・NTT・水道のリーダーと警察官など20数人位が業務終了後集まっている会合で話したところ、民間企業
  の努力を今度の市リーダーは理解しているようだ。「よおし許してやろう!我々の企業も苦しんできたのだ。皆で握手しよう!」 
  これで、豊橋地域の庶民生活秩序が保たれるようになる。と歓迎されたものである。
  懇親会経費は、局一般職員の参加者負担金は管理職がいつも全額負担した。

D 時は同じ頃
  そこで理論武装の必要性に迫られる。水道事業管理者”水道局長”に日帰り出張の許可を得て…、
  法的なことは、東京都の法規部門に聞くことが一番だと私より年上の係長を伴い東京都庁の門を叩いた。
  東京駅には「幕張メッセ」のPRポスターが張られ、都庁も新宿に移る前の頃である。
  自分たちは、大学教授か弁護士への道以外の誘いは、すべて断りこの職場にいる、ときっぱりと言った。
  法的措置というより債務意識が薄れないうち2期4か月分で勝負するべきだ。そんな事態になったら古い料金をいつまで収納
  しても滞納問題は解決しない。など10数項目について教えて頂いた。

  当時、課内では水道は「憲法で保障された生活の最低保障」の見地から停水はできないはずと市民は言っている
  と職員から聞く。
  待てよと思い、福祉事務所に問い合わせたところ生活保護費からも上下水道料金は支払われていることを聞き、債
  務認識が有るうちに収納することが肝要と考える。


E 時の到来…。新規料金2期分を滞納すると停水するとの方針を決めた。新たな滞納を断ち切る時の到来だ!
  一般の金融機関・郵便局などへの口座振替や、郵便振替による納付やコンビニなどへの納付書による納付や裁判所による支払い
  命令など、これら東京都で教示頂いた10数項目の改正をしようとし…
  上下水道局関係各課へ改革の決裁を回したところ、関係各課や下水道管理者下水道局長は了解したものの
当の水事業管理者は
  決裁を承知しなかった。
      
  … 
区画整理課時代に事務費(補助事業費では出せず市単費となるから)一律15%は無理と言ったのを根に持っているのか、
  
或いはあ奴に今度は未収金回収の功績まで取られてなるもんか!」と言う類いのことであろう。
  中堅病院の滞納金整理では漏水問題の関わりから局長も出る幕があり、オシ(お前)の名刺はホッチキスで止めてあったぞと闘志
  むきだしで攻撃してきた。
  これでは
収納率向上なんてどうでもよいと言わんばかりであった。
  ※ 退職後のOB会総会後の懇親会では「戦いすんで日が暮れて」の情景であった。(懇談後まもなくして故人になられた)
  (この部分約27年後に追加…2016.1.14)
      

  そこで水道事業管理者の退職を待っていろいろ準備をしてきたことを、「新事業管理者が就任したその日に説明し」最後に残ってい
  た決裁を得た。その後に来た管理職からはドサクサにまぎれた決裁だと言う者もいた。(その管理職も退職して間もなく逝去した))
  かくして一斉に改革が始動しはじめた…。


F 滞納整理に成果を上げる人は着実に件数を減らすが、滞納整理に怖じける人の分をプールしてしまうので成果を上げる人から堪
  らないと言う声が出た。そこで今持っている区域の件数は変えない。成果次第で件数は徐々に減っていくことになると決めた。
  全体職員数が減っている中で、滞納関係職員増は今望めないが電算処理化した時に局全体の中で考えてもらう。
  もう暫く頑張って頂きたいと言った。

G 漏水したがその分は綺麗な水を流している。水道料金は理解するが下水道使用料が高過ぎる。には…、
  漏水した時は、下水道料金も減免措置をしている。下水道料金は、閉鎖性の三河湾水域で環境問題を解決するには「漏水した
  水量の何倍もの経費を要している」のが実態。子孫のため綺麗な三河湾を守るためその点を理解して欲しい。
  支払わない人は、時効中断や裁判所の支払い命令措置も説明し、支払いは夜間でもコンビニなども取り扱っている。
  新規料金2期分を滞納しない限り停水しない。滞った料金は少しづつでもよいので忘れないで支払ってください。

H 幼い子や小学校の生徒がいる家庭は停水予告をした後、当日今から停水する。子供さんが帰る前には解除するので今のうちに
  水を溜めておいてください。
  生活困窮者へも同じような措置をとった。
  数回繰り返している内にだんだん納付するようになった。
  プール営業など悪質滞納者は料金を納めるまで停水解除しなかった。
  倒産事業者は、弁護士を通じ裁判所の許可を得て支払ってください。そうすれば水洗トイレも使用できる。

  まず停水だと言う旗振り状態の人が出てきて人目を集めたが…、
  市民は私を指して、あの人が来て停水されるのは仕方無いと評判がたった。
  出来る限り現場を大事するよう努めた結果だ。職員にも昼間事務所に帰らず現地で食事することや、朝直接現場へ行くこと
  も了承した。
  滞納者へは、夜間の電話や夜間や休日収納も料金の公平負担の観点から、水道局係長職全員と営業部門全員で行った。
  警察からは、ヤクザを逮捕したときは公共料金を支払っているかと聞いていると言う。公共料金の滞納は警察が黙っていない。
  刑務所まで民間4事業所を含め合同で料金請求するまでになっていた。

I 算化システム導入に伴い全体職員が減る中で営業部門(滞納整理)は強化されたことも付け加えたい。
  熟慮に熟慮を重ね、いざとなれば総動員だ!と言っていた青木助役(後の市長)の口ぐせ。
  河合市長の「天の時・地の利・人の和」とは言葉は異なるが、言っていたことは同じと思う。
  その気構えは何処へ行っても変わらず職務に励んだ。
  また当時、水道局長を除く管理職全員が当番でポケベルを持ち、漏水・停水苦情・料金納付による停水解除など365日24時間
  対応にあたったことも特質だ!
  時間外は警備員からの連絡であるが、時には警察にも連絡し応援を頂いた。あくまで警察が見張っていてくれる。
  この時をもって、集金員による料金収納は廃止した。

  かくして、5年を経過し他部署へ異動したその翌年には収納率は飛躍的に向上し、今日では以前のように収納率99.9%までの
  収納を達成してしいるようだ。    
  ただ、NHKの電波は見えないことから抜本的なことを考えなければ解決しないと他民間企業も言っていた。
  負担公平を期するためには視聴料の値下げは避けて通れない。
  後のTV報道を見たとき、更に全職員の襟も正さなければ問題にならない思った。
  当時、NHKは警察との公共料金の会議にも出席していなかったと思う。
  その後、NHKもTVのデジタル化にあわせ把握が可能となる(2011.7.24)からである。
  2011.10.23 「NHK受信料120円値下げへ…執行部最終案」 … (当時話題になってから23年後) 
  サブプライムローンの日本政府の対策は哲学がない。
  これでは金余り現象がまた起こり「富めるものは更に富み」物価高騰か貧富の差が増すばかりだ。

I-2 上下水道局営業課誕生(2016.4.1)…料金課を給排水課に統合名称を営業課に変更する。
   これは、1987年から5年間料金課に席を置いていた時から、業務の実態をみて正しく営業課的考えで業務の推進を図ってきた
   ものである。それは将来の民営化でも対処できる組織と考えてのこと。
   それから29年後に当時の考えと行動が実現した。

J あのNHKが支払命令請求…覚醒の感じ

 それから、24年後の2011年に豊橋市は市民病院、市営住宅使用料、上下水道料金の未納対策として債権
   管理室の設置した模様で、法科大学院出身者の配置。未収金の回収に対処しているようだ。
   債権放棄の欠損金は市民病院が大半であるようだが、生活保護者は救済方法があるので要は一般市民が
   対象と感じるので法律に頼る以前に未収防止対策があるはずと思われる。
   病院入院費や診察費等には、保険の高額療養費などで見てもらえるものもあると思う。
   そこで、法科大学院出身者を採用し債権管理室の設置だけでは不十分である。保険担当課や市民課、福祉事
   務所などとも協議し小まめに診療費回収に努めるべきことが肝要である。
   家庭の状況等をよく把握し大病を患った人には医療扶助制度もあるのだからダントツで未収金が多いのは、よ
   くよく研さんを重ね高額療養費を除けば考えられないことである。
   医療費一時立て替え制度(管理人を置く必要有り)なとを採り入れることも考えるべきである。


 原発に常時真水確保策を!(2011.3.16追加)   

◇ 債権管理室の創設法科大学院出身者を配置。 (東日新聞を見て2012.3.3追加) 

 NHK平成24年(2012年)10月より受信料値下げ平成24年(2012年)10月より受信料値下げ

◇ NHK、受信料徴収の全世帯義務化を検討!テレビがなくても徴収対象に ...(2013.12.4)
   毎日新聞の誤報

 受信料契約>「承諾必要」…東京高裁、NHKの主張退ける(2013.12.19)

 狙われている日本のインフラ…水道局おとりサーバーにサイバー攻撃(2014.5.21)


 2014.12.1 「広報とよはし」より インドネシア共和国北スマトラ州メダン市及び、西スマトラ州ソロク市水道
   事業の技術支職員と技術交流研修を行っている。更に技科大と市上下水道事業職員を派遣し支援したい。

   ※時代は変わった!モチ踏んでいた1987年当時を思えば隔世の時の変遷を感じる。
  豊橋技術科学大学の参画により更に現地責任者に対するマネジメントを重点的行い、自分たちの力で「安全な水道水」
  を供給していくという意識改革を行う予定とのこと。

  そこには、供給水道水の有収率などの確認が出来るシステムの提案なども含まれる。

 熊本震被災地に復旧応援隊派遣(2016.4.28)








 
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