NEW LOST RAMBLERS


 ■ NEW LOST RAMBLERS

  2014年9月12日(金)


David Grisman 『Hot Dawg』



A&M Horizon SP-731


曲目
Hot Dawg Side A
01. Dawg's Bull
02. Devlin
03. Minor Swing
04. Dawgology

Side B
01. Neon Tetra
02. Janice
03. Dawg-Ola
04. 16/16

 1960年代の初めに一枚のアルバムに感動したことがあった。米デッカ原盤のテイチク・レコード発売の『懐かしのメロディ/デイヴ・アポロン』だった。そこにはカントリー=ブルーグラスの伝統楽器だと思っていたフラット・マンドリンによる華麗なインスト・ジャズが収録されていた。ぼくはマンドリン楽団でのマンドリンは、クラシックでも使用される後ろは丸みを帯びたいわゆるラウンド型マンドリンが使われていると思っていたが、ここでは"ブルーグラスの父"として広く知られていたビル・モンローが愛用した名器、ギブソン社製F-5がカラー写真でジャケッット・デザインに見ることができた。まずこれにはびっくりした、聴こえてきたのは、マンドリン・オーケストラによるクラシック楽曲ではなく、ご機嫌なホット・ジャズだった。これにはまたびっくり。デイヴの故郷は、ロシアだったという。革命に巻き込まれて中国、フィリピン、日本を経てアメリカに辿り着いたという。アメリカでは1940年代から50年代にかけて、マンドリン楽団を多数誕生したというのだ、その主役を努めたのが、デイヴ・アポロン楽団。つまりデイヴは、ジャズ・マンドリンの先駆者といわれている。彼の影響を受けたのが、ジェスロ・バーンズ。この二人を尊敬したのが、本盤の主役、デヴィッド・グリスマンだった。
  このアルバムは、デヴィッドが新しく創造したブルーグラスにヒントを得たニュー・アコースティック・サウンドが繰り広げられている。ご存知のようにフラット・マンドリンは、ビル・モンローフラット&スクラッグススタンリー・ブラザースに代表されるブルーグラスの名物楽器。本作品は、フラット・マンドリンを前面に押し出したアコースティック・ジャズ作品。ジャズ・シーンでお馴染みのフュージョンを彷彿させるお洒落な演奏が特徴だ。デヴィッド・グリスマンは、ニューヨーク出身のマンドリン奏者。デビューは、自身がリーダーを務めたローカル・ブルーグラス・バンド「ニューヨーク・ランブラーズ」。その後デヴィッドは、レッド・アレンのブルーグラス・アルバムのプロデューサーを務める。その後、拠点を西海岸に移し。ジェリー・ガルシアと交流、カントリー・ロック・バンド「アース・オペラ」を1967年にピーター・ローワンと結成して活躍した。再びブルーグラス・シーン戻り、ジェリー・ガルシア(バンジョー)、ピーター・ローワン(ヴォーカル&ギター)、ヴァッサー・クレメンツ(フィドル)、ジェリー・ガルシア(バンジョー)などとライヴをしばしば決行、ライヴ盤『Old and in the Way』(1973)を発表して新しいブルーグラス・ファンを獲得した。またTVギグが縁で、クラレンス・ホワイト(ギター&ヴォーカル)、ビル・キース(バンジョー)、リチャード・グリーン(フィドル)、ピーター・ローワン(ヴォーカル)などと、歴史に残るブルーグラス名盤『Muleskinner』(1974)を発表した。
 1977年、デヴィッドは革新的なバンド結成を思い立つ。マンドリンによるジャズ風味のサウンドを醸しだすものだった。自ら“ドーグ・ミュージック”と命名、デヴィッド・グリスマン・クインテットを立ち上げた。オリジナル・メンバーは、デヴィッド(マンドリン)の他に、トニー・ライス(ギター)、トッド・フィリップス(マンドリン)、ダロール・アンガー(フィドル&マンドリン)、ビル・アマトニーク(ベース)。記念すべきデビュー盤は、カレイドスコープからリリースされた『The David Grisman Quintet』。先に触れたデイヴ・アポロンジェスロ・バーンズなどのジャジーなマンドリンに触発されたご機嫌なサウンドが全開。そればかりでなく、ジャンゴ・ラインハルト&ステファン・グラッペリでお馴染みの"ジプシー・ジャズ"も視野に入れていた。その影響はA面に収録されていた「Swing 51」で鮮やかに繰り広げられていた。素晴らしいマンドリンによるジャズ・アンサンブルに魅了されたファンが激増した。噂を聞きつけた大手レコード会社A&Mがオファーをデヴィッドに出し、78年にセカンド・アルバム『Hot Dawg』が発表される、これは本盤だ。ジャズやフュージョン専門の雑誌『ダウン・ビート』でも大きく特集され、ついにフュージョン部門で全米ナンバーワンに売上に輝いてしまう。快挙だった!
 さてこのアルバムには大きな話題が秘めている。何とジャズ・ヴァイオリンの大御所ステファン・グラッペリの特別参加だ。デヴィッドはこれまでドーグに辿り着くまでに、オールド・タイム・ストリング・バンド、ブルーグラス、カントリー・ロックなどを実践してきた。この体験の中からの最終章が、ドーグ・ミュージックというわけだ。70年代前半、サンフランスシスコのライヴ会場でマンドリンによるジャズ風味のバンドを模索、そのバンド名は「グレイト・アメリカン・ミュージック・バンド」として広く知られていた。ジャズ・マンドリンの先人から学んだ奏法を、ここでは遺憾なく発揮している。アルバムの成功は、ジャズ畑のベース達人(エディ・ゴメスビューエル・ナイドリンガー)たちに支えられたと言ってもよいだろう。
 78年に発売された本盤だが、日本のデヴィッド・ファンは、76年5月にドーグを体験していた。それはデヴィッドの突然の来日だった。デヴィッド・グリスマンのブルーグラス・バンドは、ビル・キース(バンジョー)、トニー・ライス(ギター)、リチャード・グリーン(ヴァイオリン)とお馴染みの名前が揃っていたが、聞きなれない人物も含まれていた。ダロール・アンガー(ヴァイオリン)、トッド・フィリップス(マンドリン)、ジョセフ・キャロル(ベース)5月7日・8日に行われたライヴ・イン・ジャパンは、すべて2部構成だった。第1部は、ブルーグラスの名手たちを交えてのブルーグラス・コンサート。第2部は、ドーグ・コンサートだった。聞きなれない新鮮サウンドに、会場は一瞬どよめきが沸き起こった。魅惑のマンドリン・ジャズ、ドーグのライヴは、日本のブルーグラス・ファンにカルチャー・ショックを与えた。その後、面白いことにわが国の音楽シーンに、アコースティック・スウィング・ブームが生まれた。言うまでもなくデヴィッド・グリスマンジャンゴ&グラッペリに触発されたルーツ・ミュージシャンに話題が集まった。

Side A
01. Dawg's Bull
 クラシカルなヴァイオリンに続いて、ギターとマンドリンが・・・。デヴィッドの織り成すアコースティック・スウィング、ドーグが始まる。小気味いいスウィング・ビートにのって、デヴィッドが作曲した素晴らしい楽曲。トニー・ライスのギターも素晴らしい。マンドリン・ジャズの名作が誕生だ。
02. Devlin
 ギター名手のトニー・ライスが作曲した小粋なドーグ・ミュージック。ここでもデヴィッドの優雅なマンドリンと、トニーの流麗なギターが心を癒してくれる。
03. Minor Swing
 ジプシー・ジャズという革新を興したホット・クラブ・フランスの代表作。つまりジャンゴ&グラッペリの大傑作の登場だ。ステファン・グラッペリグリスマン・クインテットの夢の共演。ベースはジャズの巨人、エディ・ゴメス。優雅なステファンのヴァイオリンとデヴィッドのマンドリン、トニーのギターの絡みは贅沢そのものだ。
04. Dawgology
7分余りのドーグ大作。デヴィッド&リチャード・グリーンの共作。ここでもエディ・ゴメスのジャズ・ベースが要役を演じている。メロディは多分にジプシー・ジャズを意識している。マイク・マーシャルのリズム・マンドリンもまさに適役。

Side B
01. Neon Tetra
 ギター名手のトニー・ライスの書き下ろし。エキゾティックなドーグ。トニーはその後バンドを離脱して、「スペース・グラス」と命名したトニー流ドーグ・ミュージックを考案して数枚のアルバムを発表した話題を集めた。
02. Janice
 軽快なドーグだ。デヴィッドの作品。デヴィッドの多彩なマンドリン技が味わえる。ステファン・グラッペリと遜色のないダロール・アンガーのヴァイオリンにも脱帽。
03. Dawg-Ola
 ラスト2トラックは、ドーグ・ミュージックのハイライトだろ。デヴィッドが書き下ろしたこの作品は、哀愁が漂うアコースティック・ジャズ。マンドリンとヴァイオリンが歌っている。トニーの優雅なギターもそれに準じている。
04. 16/16
これは力作。デヴィッドの書き下ろし。歴史の残るドーグの名作誕生だ。デヴィッド・グリスマンのドーグ・ミュージックにあらためて敬意を評したい。ジャンゴ&ステファンの名作「マイナー・スウィング」に負けない素晴らしい作品だ。むせび泣くヴァイオリンをまずトニー・ライスの華麗なギターがフォロー、次いでデヴィッド&マイクのマンドリンが再びナイス・フォロー。
(1987年 / 2014年9月加筆)



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