NEW LOST RAMBLERS


 ■ NEW LOST RAMBLERS

  2009年7月29日(水)


Maria Muldaur『Maria Muldaur』

マリア・マルダー『オールド・タイム・レイディ』

Warner Brothers MS-2148


曲目
Maria Muldaur 01. Any Old Time
02. Midnight At The Oasis
03. My Tennessee Mountain Home
04. I Never Did Sing You A Love Song
05. The Work Song
06. Don't You Feel My Leg
07. Walkin' One & Only
08. Long Hard Climb
09. Three Dollar Bill
10. Vaudeville Man
11. Mad Mad Man

マリア・マルダーの記念すべきファースト・ソロ・アルバム。本作品は、1970年代前半のアメリカン・ロック・シーンに一石を投げかけた魅力的なアルバムだ。様々なルーツ・ミュージックを変幻自在に歌う官能的なヴォーカル、まさに「グッド・タイム・ミュージック」に相応しい名盤だ!もし無人島に持って行きたいアルバムを挙げるとしたら、何のためらいも無く、このアルバムにしたい。
 マリア・マルダーは、1943年生まれ。世代的に1960年代の前半に全米を席巻したアメリカン・フォーク・リヴァイヴァル(フォーク・ブーム)から大きな影響を受けている。リヴァイヴァルの発信地だったグリニッチ・ヴィレッジで育ったマリアは、少女時代はラジオから流れるポップス・ファンだったという。高校卒業時にリヴァイヴァルの気運が高まり、まずフィドル・ミュージックに憧れたようだ。早弾きギターで有名なドック・ワトソンの義理の父親、ガイザー・カールトンのフィドルが大好きだったようで、マリアはまずオールド・タイム・ストリング・バンドを勉強した。と同時にグリニッチ・ヴィレッジのフォーク・シーンを沸かせた「コーヒー・ハウス」にも出没して。様々なルーツ・ミュージックに触れて、アメリカン・ミュージックの奥深い魅力にはまって行った
 20歳を過ぎた頃、一人の黒人女性ブルース歌手と仲良くなった。ヴィクトリア・スパイヴィーだ。スパイヴィーは歌手にもかかわらず、インディーズ・レーベル「スパイヴィー」を所有していた。そこでマリアを中心とするジャグ・バンドを結成、このレーベルからデビューさせることを提案した。ところがこのアイデアをフォーク・レコードに発売に力を入れていたエレクトラ・レコードが察知、こうしてマリアジョン・セバスチャンスティーヴ・カッツステファン・グロスマンデヴィッド・グリスマンなどをメンバーとした「イーヴン・ダズン・ジャグ・バンド」が立ち上がり、エレクトラからレコードを発売された。
 だが、イーヴン・ダズン・ジャグ・バンドの人気は、期待してほど話題にならなかった。そのわけは、ヴァンガード・レコードから発売された「ジム・クウェスキン・ジャグ・バンド」の凄まじい人気だった。エレクトラは、2枚目のレコード作りを簡単にあきらめてしまった。途方にくれたマリア・マルダーに思わぬ幸運が舞い込んだ。ジム・クウェスキン・ジャグ・バンドのメンバーひとりが退団。新しい歌手を求めるというニュースだった。こうしてマリアは、晴れてジム・クウェスキン・ジャグ・バンドのメンバーとなる。
 新しい音楽職場でマリアは、恋に落ちた。お相手は、ブルース&ジャズに精通したジェフ・マルダーだった。直ぐ結婚。ヴァンガード、リプリーズなどの素晴らしいアルバムを残したジム・クウェスキン・ジャグ・バンドは、やがて到来したフォーク・リヴァイヴァルの終焉を感じ取り、6年余りの活動で幕を閉じてしまった。希望を失ったジェフ&マリア・マルダー夫妻に、大手リプリーズ・レコードから何とオファーが舞い込んだ。二人のデュオ・アルバムを作らないか?という嬉しい内容だった。ジェフは、意欲的にアイデアを練った。アメリカン・ルーツ・ミュージックを包括するグッド・タイム・ミュージック・アルバムを提案した。こうして実現したのが、1972年に発売されたふたりの作品『Pottery Pie』『Sweet Potatoes』だった。アルバムは、大好評。だが、音楽的な相違で二人は離婚してしまった。失意の底に沈んでしまったか?と周囲は心配したが、マリアは音楽人生を捨てることを拒んだ。こうした背景から実現したのが、このソロ・アルバム作りだった。
 プロデューサーは、バーバンクサウンド作りの第一人者、レニー・ワロンカーと、ルーツ・ロックのアルバム作りで名を馳せたジョー・ボイドが担当。サポート・ミュージシャンも豪華。主なバック人は、ギターにエイモス・ギャレットクラレンス・ホワイトライ・クーダー。ピアノはドクター・ジョンジム・ディッキンソン、アコーディオンはニック・デカロ、ドラムスはジム・ゴードン&ジム・ケルトナー、バンジョー&スティール・ギターはビル・キース、ベースはフリーボ、ヴァイオリンはリチャード・グリーン、その他。今では考えられない豪華ミュージシャンの勢ぞろいだった。本作の魅力は、ジャンルにとらわれることの無い楽曲の連発に尽きる。ジャズ、ジャグ・バンド、カントリー、R&B、ニューオリンズ音楽、ポップスなどを、縦横無尽に歌う妖しいヴォーカルが最大の聴きどころだ。単なるノスタルジック・ミュージックに溺れることなく、新しい「グッド・タイム・ミュージック」を本盤で確立した点が、いま聴いても感動的だ!

01. Any Old Time
 妖艶なヴォーカルがたまらないマリア・マルダー。本作はカントリー&ポップスの元祖として語られているジミー・ロジャーズのヒット・カヴァー。ジミーのオリジナルは、1929年にヴィクターからは発売された。ここでの聴き聴きどころは、いうまでもなく官能的なマリアのヴォーカルだが、それを支えたライ・クーダーのフィンガー・ギター、デヴィッド・リンドレーのラップ・スティールなども魅力的。ドクター・ジョンがアレンジしたホーンも、この録音の引き立て役をこなしている。
02. Midnight At The Oasis
 邦題は「真夜中のオアシス」デヴィッド・ニクターンの書き下ろし。この一発でマリアは1970年代初頭、アメリカン・ポップス・シーンのスターの座を射止めた。間奏のエイモス・ギャレットのレイジーなギターが印象的。エイモスもこの録音でロック・ファンの間で有名となった。盟友ニック・デカロのストリングス・アレンジも大貢献だ。
03. My Tennessee Mountain Home
 古き良き時代のカントリー・サウンドを再現とは嬉しい。RCAカントリーの女王、ドリー・パートンのヒット・カヴァーだ。バック陣が大物だらけ。アコースティック・ギーターは、ザ・バーズでもお馴染みのクラレンス・ホワイト、マンドリンは、ウェストコースト・ブルーグラスの重鎮で知られているデヴィッド・グリスマン、フィドル(ヴァイオリン)はカントリー・ロック、シー・トレインで大活躍したリチャード・グリーン
04. I Never Did Sing You A Love Song
 シンガー・ソングライター、デヴィド・ニクターンの作品。邦題は「ラヴ・ソングは歌わない」ニクターン自らがギター、ビル・キースがスティール・ギター、ピアノはスプナー・オールダム、アコーディオンとストリング・アレンジは、ニック・デカロ
05. The Work Song
 カナダのシンガー・ソングライター、フォーク・デュオで知られるケイト&アンナ・マクガリグルケイト作品カヴァー。アメリカ南部、ニューオリンズ・サウンドをちょっぴり感じさせてくれる。バンジョーはビル・キース。ここでもドクター・ジョンのホーン・アレンジが絶妙な効果を発揮している。
06. Don't You Feel My Leg
 アナログ盤ではここからがB面。ニューオリンズで活躍した女性R&B歌手、ブルー・ルー・バーカーの録音カヴァー。1960年代のフォーク・リヴァイヴァルから、こうした歌手が生まれたのは、奇跡というしかないだろう。ピアノとエレキ・ギターはドクター・ジョンことマック・レベナック
07. Walkin' One & Only
 「真夜中のオアシス」と並んで、本作の絶品トラックだろう。ジャズ・ベースの名手、レイ・ブラウンとのデュオから始まる素晴らしいアコースティック・スウィングの傑作。ステファン・グラッペリばりのリチャード・グリーンのフィドルも最高だ!ご存知ダン・ヒックスの作品カヴァー。
08. Long Hard Climb
 女性ジャズ・ヴォーカリスト、へレン・レディのパワフルな録音でもお馴染み。マリアは、スローなアレンジで優しさあふれるヴォーカルで録音。曲調は何故か「真夜中のオアシス」をイメージさせる。ニック・デカロのストリング・アレンジも素晴らしいが、一歩下がったビル・キースのペダル・スティール・ギターの効果も侮れない。
09. Three Dollar Bill
 よこゆれのニューオリンズ・ピアノの名手、ドクター・ジョンの作品カヴァー。ということでピアノは、ドクター・ジョン。ニューオリンズ・サウンドに欠かせないホーン・アレンジもジョンが担当。バック・コーラスにアトランティック・レコードに傑作を残す「グレイト・レディ・ソウル」で名を馳せたベティ・ラベットが参加。
10. Vaudeville Man
 アメリカン・ポピュラー・ミュージックのルーツとして有名なヴォードヴィル・ミュージックを再現。マリアと同時代に活躍したシンガー・ソングライター、ウェンディ・ウォルドマンの作品カヴァー。彼女の録音は、『Love Has Got Me』に収録されている。気持ちいいグッド・タイム・ミュージック。ジャグ・バンド風の作品といってもよい。
11. Mad Mad Man
 アルバム・ラストには、再びウェンディ・ウォルドマンの作品を取り上げている。よほどお気に入りに違いない。ミュージカル映画の主題歌を聴いているような錯覚に陥る。「おかしな女と思っているのでしょう。でもあなたを愛しているわ」と、悲しみに満ちた女心を切々と歌っている。

(2009年7月書き下ろし)



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