NEW LOST RAMBLERS


 ■ NEW LOST RAMBLERS

  2008年6月3日(火)


Hirth Martinez 『Hirth From Earth』

ハース・マルティネス『ハース・フロム・アース』

nalyD ワーナー / NACD-3234


 
曲目
Hirth From Earth 01. Altogether Alone
02. Winter Again
03. Djinji
04. Be Everything
05. Comin' Round The Moon
06. It
07. That's The Way It's Gotta Go
08. Silent Movies
09. Pity On The Fool
10. I Don't Know Why The Hell
11. Saturday Night
12. Cold Dark Mornin'
13. You Are A Star

 ♪1970年代は、いうまでもなくシンガー・ソングライター・ブームが到来した時期。こうした背景を受け、ロック・ファンから圧倒的な支持を得たアルバムが存在した。それは、ハース・マルティネスという当時無名に近かったミュージシャンの記念すべき1975年発売のデビュー盤。それが本盤だ!大人のロック・バンドと騒がれたザ・バンド関係者が制作に絡んでいたので、そのアルバムはウッドストック・ロック系の傑作盤としても広く知られるようになってなって行った。
 マルティネスは、温もりのジャズ系シンガー・ソングライターとして1970年代中盤以降、スポットを浴びる。親友のジャズ歌手、ボブ・ドロウに触発されたクールなジャズっぽいサウンドが話題を呼ぶ。ボッサノヴァ、オールド・ジャズ、ニューオーリンズ、ブルース、カントリーなどの米ルーツ・ミュージックを下敷きにした洒脱なアレンジから醸し出される心地よいサウンド、心が癒される優しいスモーキー・ヴォーカルなどが、多くのファンの琴線に触れた。プロデューサーは、ザ・バンドのギタリストでお馴染みのロビー・ロバートソン。マルティネスのデビュー作を盛り上げた主なミュージシャンは、ザ・バンド人脈のロビー・ロバートソン(ギター)、ガース・ハドソン(ピアノ)、ジャズ・シーンでお馴染みチャック・レイニー(ベース)、ニール・ヤングのバンドでお馴染みベン・キース(ペダル・スティール・ギター)、その他。
 ハース・マルティネスの生年月日は、定かでない。推定すると、1940年代後半生まれかも。東ロスアンジェルス出身。この地は、古くから「チカノ」と呼ばれたメキシコ系アメリカ人が多く住んでいた。ご多分に漏れずマルティネスも、その血を引いている。父親はメキシコ系、母親はスペイン系だった。幼少の頃から音楽をたしなみ、サルサ・バンドなどにかなり影響を受けたとか…。ジャズも大好きだったようで、アート・ペッパージョー・パスなどのレコードを聴き、レイ・チャールスのヴォーカルに憧れを抱いたこともあった。音学歴は古く、十代のころからプロ・ミュージシャンとして生計を立てていた。
 ピアノを習い、トランペットを学んだが、やがてギタリストとしの道を歩み始めた。西海岸のスタジオ・ミュージシャンとしても仕事をこなし、ジェイムズ・バートン、ジャズ・ギターの大御所バーニー・ケッセルなどとも仲が良かった。シンガー・ソングライターを意識し始めたのは、1960年代中盤だった。うた作りが面白くなったという。 
 ヴィンテージ・ギターを探していたとき、ノーマンという楽器商と知り合った。彼は、ボブ・ディランが親友という間柄で、うた作りに芽生えたマルティネスに興味を持っていたノーマンは、ディラを紹介してやる、といってくれた。マルティネスは、自主制作したデモ・テープをノーマンに渡していた。内容が素晴らしかったため、ノーマンは勝手にディランに聴かせたいと思っていた。マルティネスは、歌手としてデビューしたい気持ちが日に日に増していた。両者の想いが一致して、マルティネスディランと会うことになる。ディランはテープを聴いてくれ、その上に作品を褒めてくれた。
 気を良くしたノーマンは、ザ・バンドでお馴染みのロビー・ロバートソンを紹介してくれた。1974年のことだった。ロバートソンは、ザ・バンドの音作りで当時悩んでいた。そこにマルティネスがデモ・テープを持ち込んできた。音を聴いて、創作意欲が湧き始めたというのだ。自らプロデューサー役を買って出て、ワーナー・レコードからデビューという段取りを作ってくれた。遅咲きのデビュー盤は、あっという間に決まった。発売は、1975年に決定。業界誌「ローリング・ストーン」に絶賛され、セピア色のファンキーなサウンドは、新しいシンガー・ソングライターのスター誕生に繋がった。

01. Altogether Alone
 このアルバムのキラー・チューン。聴きどころは、夢心地満点のサウンドと、小洒落たヴォーカル。サルサ風味でボッサ・アレンジが小粋な魔法のトラック。甘く切ないヴォーカルと、後半のスキャットがとても素敵!友人ボブ・ドロウが才能を認めたデイヴ・フリッシュバーグ(「I'm Hip」を共作)の作品に触発されたに違いない。
02. Winter Again
 若き日のトム・ウェイツのヴォーカルを彷彿させる。12弦ギターっぽいサウンドが、アシッド・フォークの香りを漂わせている。やはりヴォーカルが良い。フォーキーなサウンドは、そのままマルティネスが「フォーク世代」だったことを窺わせる。
03. Djinji
 ファンキーなサウンドと独特のスモーキー・ヴォーカルで展開するご機嫌なマルティネス流R&Bといってよいだろう。ちらり聴こえるブラスは、ニューオーリンズの熱い風を吹き込んでいる。ラスト近くには、微笑ましい口笛が聴こえてくる。
04. Be Everything
 華麗なストリングスを配した夢心地のソフト・ロック仕立ての作品。ワルツ・テンポが良く似合う。オーヴァーダブ手法を上手く取り入れた爽快な一人二重唱が、心を癒してくれる。ザ・ビーチ・ボーイズの後期作品の影がちらりと…。
05. Comin' Round The Moon
 ニューオーリンズのニュー・ヒーロー、ドクター・ジョンを彷彿させるダミ声が印象的だ!渋いロビー・ロバートソンのギター芸も捨て難い。マルティネスの純然たるロック作品といってよい。
06. It
 ヨーロッパ・ジャズの香りがする作品。ここでお洒落な一人二重唱が聴こえる。先にも触れたデイヴ・フリッシュバーグの影響が色濃い。ジャズ・ロックの傑作かも…。
07. That's The Way It's Gotta Go
 アコースティック・ギターから始まるファンキー・ブルース。例によってダミ声が冴え渡る。ブラスと微妙に絡むストリングス、パーカッションがラテン風味などから、プロデューサー、ロビー・ロバートソンのアレンジ才能が垣間見られる。
08. Silent Movies
 一転してボブ・ディランのポップなカントリー秀作盤『ナッシュヴィル・スカイライン』の収録曲を思わせるようなトラック。ロバートソンマルティネスが描いたカントリー・ロックは、一味もふた味も違っていて何故か清涼感にあふれている。
09. Pity On The Fool
 ザ・バンドをイメージさせる大人のロックの傑作だ。ロビー・ロバートソンガース・ハドソンなどが参加しているから仕方ない。
10. I Don't Know Why The Hell
 マルティネスのポップス感覚を窺わせる作品。「ア、ハ・ハ、ア、ハ・ハ」と唄うスキャットは、ドクター・ジョンをどうやら意識しているようだ。個人的にはかなり気に入っている作品。ポップとジャズ、そしてジャイヴ感覚が上手く交じり合った作品。
11. Saturday Night
 もろトム・ウェイツといったら失礼かな。そのむかしニューオーリンズで栄えたジャズは「ニューオリンズ・ジャズ」と呼ばれていた。代表格は、トランペット名手のルイ・アームストロング(サッチモ)。そんなグッド・タイム・ジャズの香りを匂わす素晴らしいトラック。
12. Cold Dark Mornin'
 ファンキーなサウンドを配しての魅力的なダミ声が全開だ!ボー・ディドリーとは違ったラテン風味のブルースといってもいいだろう。この曲の録音編集作業のとき、ボブ・ディランが顔を出したといわれている。
13. You Are A Star
 オールド・ジャズの佇まいを醸し出すトラック。洒脱なヴァイオリン、アコーディオンなどがその演出に役立っている。ヴォーカルもポップ・テイスト満点。そのためか心地よく酔える。

(2006年 / 2008年5月加筆)



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