NEW LOST RAMBLERS


 ■ NEW LOST RAMBLERS

  2004年1月20日(火)


Doc Watson / Doc Watson キング・ヴァンガード(KICP-3004)

DOC WATSON 曲目
01. Nashville Blues
02. Sitting On Top Of The World
03. Intoxicated Rat
04. Counry Blues
05. Talk About Sufferin
06. Six Thousand Year Ago
07. Black Mountain Rag
08. Omie Wise
09. Georgie Buck
10. Doc's Guitar
11. Deep River Blues
12. St.James Hospital
13. Tom Dooley

 60年代、アメリカン・ミュージック・シーンで大きな話題となったフォーク・ムーブ(リヴァイヴァルとも呼ばれた)は、あっという間に世界中の音楽ファンの心まで捉えてしまった。大きな役割を果たしたのが、ポップ風味のフォーク・サウンドを伴ったモダン・フォーク・コーラスだった。ブラザース・フォア「グリーンフィールド」キングストン・トリオ「トム・ドゥーリー」ピーター・ポール&マリー「パフ」「500マイル」などが、アメリカ、英国、フランス、日本などで大ヒットを記録したものだった。だが、もうひとつフォーク・ブームで忘れられないのは、アコースティック・ギター・ブームだった。アメリカ音楽伝統やカントリーのうたは、古くからギターで弾き語りで歌われてきた。つまりアコースティック・ギターの魅力は、数多くのアメリカン・ルーツ・ミュージックの中に存在していた。こうしたギター芸をフォーク・ブームで際立たせた男こそが、ドック・ワトソンだった。
 アパラチアン山岳地帯に伝わるフィドル・ミュージック「ブラック・マウンテン・ラグ」を見事な速弾きギターで録音したのが、ドック・ワトソンだった。彼はこの曲を「コーヒー・ハウス」と呼ばれたライブ・ハウス、野外でのフォーク・フェスティバル会場で演奏して観客に新しいアコーステッィク・ギターの魅力を植え付けてくれた。ドッグのお陰でアメリカやわが国ではこんな会話がギター・ファンの間でかわされたという。「ブラック・マウンテン・ラグは弾けるかい?」。このことは、60年代前半、いかにドッグの速弾き演奏が多くのフォーク・ファンの心を捉えたのかを如実に示すものだ。
 ドッグ・ワトソンの本名は、アーセル・ワトソン。出身は北カロライナ州、ディープ・ギャップ。1923年生まれだという。幼くして盲目の人となった。だがドックはこうしたハンディをものともせず、ハーモニカ、バンジョー、ギターといった楽器のレッスンにはげんだというのだ。ご存知のように北カロライナは、アメリカン・トラッドの宝庫だった。英国やアイルランドのルーツを持つトラディショナル・ソングを幼少時から親しみ、弾き語りの上達が楽しみのひとつだったという。またドッグはトラッドとは別に当時南部一帯の人気者だったヒルビリー・スターのも興味を示したものだった。ラジオから流れるジミー・ロジャースカーター・ファミリーモンロー・ブラザーズデルモア・ブラザーズディクソン・ブラザーズなのどヒット曲を熱心に聴き、コピーを試みたともいわれている。皮肉にもプロ歌手として生計を立てるようになったのは、フォーク専門の歌手としてではなくローカル・カントリーだった。バンド名は、「カントリー・ジェントルマン」ドックは、何とギブソンのレス・ポール・ギターを持たせられたという。ここでカントリーのエレクトリック・ギターの巨人マール・トラヴィスチェット・アトキンスジョン・メイフィスジミー・ブライアントなどの火を吹く速弾きギター芸を学んだというのだ。
 その一方、兄弟や家族、そしてクレランス・アシュレィなどと、トラデショナル・フォークの演奏も楽しみにしたというのだ。フォーク・シーンでのデビューは、アシュレーのバンド・メンバーとしてツアー参加したことから始まった。西海岸のコーヒー・ハウスの名門「アッシュ・グローブ」出演を1962年に行い、一気に人気者となった。フォーク・レコードの老舗フォーク・ウェイズには、アシュレーとの共演盤『Old Time at Clarence Ashley's』が残っている。彼の素晴らしいギター・テクニックに注目したのがラルフ・リンズラーという人物だった。彼は都会生まれのブルーグラス・バンド“グリーンブライア・ボーイズ”のマンドリン奏者で、その後ブルーグラス&オールド・タイム・ミュージックに興味を示し、ついにビル・モンロー&ブルーグラス・ボーイズのマネージャー役を務めるようになった。70年代にはスミソニアン博物館のディレクターとなり、90年代には存続が危ぶまれたフォークウェイズ・レコードを建て直すことに努力を注ぎ、ついにスミソニアン/フォークウェイズというレーベルを確立したことでも広く知られている。1988年度のグラミー賞の企画部門で最優秀作品を取ったハリー・スミス『アンソロジー・オブ・アメリカン・フォーク・ミュージック(初版は1952年発売)』のCD化は、このラルフ・リンズラーの仕事だった。が、惜しくもこのCDが1997年に発売される数年前にはラルフはこの世を去ってしまった。彼の手腕がいかんなく発揮されたのが、ドックの記念すべきデビュー盤に当たる本盤作りだった。リリースは1963年。録音はニューヨークで行われ、当然プロデューサーは、このラルフ・リンズラーが務めた。
 アルバム作りは、ドックが63年にニューポート・フォーク・フェスティバル会場へぶらりとクレランス・アシュレイを観るために訪れたことから始まったという。ドックは何とこのフェスで驚異の速弾きギターも披露したのだ。先にも触れたとおりリンズラーは、クレランス共演や63年ニューポートのライブを観てドックの魅力にはまり、ソロ・ミュージシャンとしてのアルバム作りをヴァンガードに持ちかけたとという。こうして実現したのが、衝撃のギター・プレイ「ブラック・マウンテン・ラグ」を収めた本作品だった。ゲストにリンズラーの盟友ジョン・ヘラルド(ギター)を迎え、録音は1963年11月25、26日に行われた。ちなみにこのヘラルドは、ラルフが在籍したシティ・ブルーグラス・バンド“グリーンブライア・ボーイズ”のメンバーとして有名な人物だ。ではここら辺りで曲目に触れてみよう。

01. Nashville Blues
  ドックのアイドル、デルモア・ブラザーズのブルーバード録音(1936年)のカヴァー。セカンド・ギターは、ラルフ・リンズラーが務めている。軽快なギター・ピッキングだが随所に黒人ブルース・フィーリングを漂わせている。デルモア兄弟は4弦ギターと6弦のデュオ・スタイルだったわけで、ドックはレコードから流れる2本のギター音を1本のギターで再現を試みたという。
02. Sitting On Top Of The World
  ビル・モンローのデッカ録音の代表作カヴァー。名盤『Kneep Deep In Bluegrass』と題されたものに収録されている。この曲は元々黒人ブルース・バンド(ミシシピ・シークス)が録音、他に戦前大活躍のタンバ・レッド録音が広く知られている。戦後はメンフィス・ブルースマン、ハウリン・ウルフ録音も有名だ。
03. Intoxicated Rat
  オリジナルは、ノヴェルティー・ブルースとも捉えることのできる白人ブルースマン、ディクソン・ブラザーズというグループの録音カヴァー。ここでの録音は、題名「酔っ払いネズミ」に添ったワトソンのコミカルなヴォーカルがちょっとした聴き所だ。
04. Counry Blues
  戦前ブランズウィック録音で高い評価を受けた白人バンジョー弾き語りのブルースマン、ドッグ・ボッグスの当り曲カヴァーだ。ドックの素晴らしいオールド・タイム・バンジョーが堪能できる。ボッグスは炭坑夫出身で、職場の黒人たちが歌うブルースにのめり込んでしまったという異色のヒルビリー歌手。
05. Talk About Sufferin
  アメリカン・トラッド・エリア出身のドックを際立たせたのが、この無伴奏で歌うトラックだろう。恐らくドックは、このスタイルを祖母から学んだに違いない。アメリカン・フォークのルーツといえる英国、アイルランドへの想いを高ぶらせてくれる名唱だろう。
06. Six Thousand Year Ago
  ハーモニカ&ギターでの弾き語りだ。このスタイルは、若かりし頃のボブ・ディランも得意とした。素朴なヒルビリー(1920年代から50年代のカントリーは、こう呼ばれていた)をイメージさせてくれるトラック。心温まるヴォーカルがドックのもうひとつの特徴だろう。
07. Black Mountain Rag
  60年代フォーク・ブームでアコースティック・ギターの素晴らしさ、速弾きフラット・ピッキング・ギターの凄さをアピールしたのが本作品。オールド・タイム・ミュージック・シーンでのフィドル曲として有名なもので、ドックは大胆にもギター・アレンジで録音した。セカンド・ギターは、ジョン・ヘラルドが務めている。
08. Omie Wise
  英国やアメリカのアパラチアン山麓地帯に伝わるトラディショナル・フォークは、しばしばマイナー・キーで歌われることが多い。本トラックもその良き例で、心の琴線にふれるものだ。英国にルーツを持つマーダー・バラッド(殺人物語ソング)だといわれている。
09. Georgie Buck
  “ミンストレル・オブ・アパラチアン”と異名を取ったフィドル&バンジョー名人バスコム・ラマー・ランスフォードが得意としたトラディショナル・ソング。ドックのヴァージョンは、殆どパスコム録音に近い。またリヴァーサイド録音のジョージ・ペグラム(バンジョー)&ウォルター・パーハム(ハーモニカ)のヴァージョンも広く知られている。ドックのオールド・タイム・スタイルのバンジョーが聴き所だろう。
10. Doc's Guitar
  スリー・フィンガー・ギターによるインストゥルメンタル。マール・トラヴィスチェット・アトキンスの影響が見られる作品だ。ちなみにトラヴィスは、黒人ブルースマン、ブラインド・ボーイ・フラーのギターにかなり影響されたといわれている。
11. Deep River Blues
  再びデルモア・ブラザーズお得意のヒリビリー・ブルース作品のカヴァー(ブルーバード録音)。こころが癒される優しいギターは、黒人ブルースマン、ミシシッピ・ジョン・ハートに学んだともいわれている。
12. St.James Hospital
  戦前から黒人ブルース歌手やジャズ歌手などに歌われ、アメリカではスタンダードとなっている有名曲。そのルーツは、英国系のバラッドだという指摘もある。ドックのヴァージョンは、まさにトラッドそのものを感じさせる。
13. Tom Dooley
  わが国ではザ・キングストン・トリオの大ヒットでお馴染みの曲だ。アメリカン・フォークでよくうたわれたマーダー・バラッドとして有名だ。ドックのヴァージョンは、彼の故郷のノース・カロライナに古くから伝承されているものから学んだという。
(1998年)



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