STRANGE, EXOTICA ROOTS


 ■ STRANGE, EXOTICA ROOTS

  2009年1月29日(木) 番外編
     Rounder 0001
     「George Pegram」
     ジョージ・ペグラム



 一般に“アメリカ最後の良心的インディーズ”と広く知られるのは、「フォークウェイズ」(今日その名を改め“スミソニアン・フォークウェイズ”となっている)だろう。最近ではハリー・スミス編纂の『アンソロジー・オブ・アメリカン・フォーク・ミュージック』を発表、ロック・ファンに妖しいルーツ・ミュージックの存在を教えてくれた。モー・アッシュという男が興したフォークウェイズの精神は、先人たちが遺した音楽遺産を今に伝えるという趣旨と、商業的な音楽とは対極の位置にある幅広い民衆の伝承音楽(ワールド・ミュージックと捉えても良い)の普及だった。こうしたモーのインディーズ活動精神に惚れた無名の3人の若者によって興されたのが、「ラウンダー」というレーベルだった。
 ラウンダーは古き良き時代の酒場写真がレーベル・デザインを飾り、この趣旨はそれなりの意味を持っていた。モノクロ写真には、カウンター・バーで立ち飲みする男たちが写っていた。アメリカでは古来から酒場巡りの酔っ払い(わが国でいう「はしご酒」にあたるもの)を「ラウンダー」と呼んだらしい。それをストレートにレーベル・デザインに使ったというのだ。
 1960年代後半、フォーク・リヴァイヴァルがアメリカン・ポップスを席捲していた頃に、ボストン・フォーク・シーンに深く携わった3人の若者ケン・アーウィンマリアン・レイトンビル・ノーリンは、町の片隅でフォーク、ブルーグラスのコンサートを企画する小さな会社「ラウンダー・コレクティヴ」を発足させた。
George Pegram これだけに飽き足らず3人は、フォーク&カントリー・レコードの通販業務も開始した。ところが資金難に陥り、政府筋の外郭資金団体から補助金を仰ぎ、1971年正式に「ラウンダー・レコード」として活動を再開した。本社をマサチューセッツ州サマービルに設置、フォークウェイズを見習いながらともかくオリジナル盤を出そうと試行錯誤した。記念すべきラウンダー第1回新譜は、バンジョー弾き語りのトラッド歌手ジョージ・ペグラムに落ち着いた。このジョージは、ボブ・ディランピート・シーガーなどにも絶賛されたトラッド歌手、バウコム・ラマー・ランスフォードの良き友人で、オールド・タイム・バンジョー奏法(トゥ・フィンガー・スタイル)を駆使して、ブルージーなバンジョー弾き語りが得意だった。
 発足当初の1000番代は、白人系のルーツが多くを占めていた。その後2000番代が生まれて黒人音楽のルーツにも触手を動かした。3000番代はリアル・タイムのフォーク、ブルーグラス、ロックが主流を占めていた。4000番代、5000番代はアカデミックな音楽の追求、ワールド・ミュージックの発掘の重きを置いていた。その後カタログは増え続け今日のラウンダーは、ファイロ、フライング・フィッシュ、その他のインディーズをも吸収合併して押しも推されぬインディーズとして成長した。CD全盛の時代を迎えて70年代の作品は殆どがCD化されている。だが、幅広い音楽を提供する姿勢と、良心的なインディーズとしての誇りはどうやら失っていないようだ。はや設立以来40年余りを経ったラウンダーは、スミソニアン・フォークウェイズと共に変わらぬインディーズ・スピリットを持ち続けている。
 





 
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