ANY OLD TIME IN AMERICA


 ■ ANY OLD TIME IN AMERICA


昭和洋楽アンソロジー

♯06 〜 パティ・ペイジの「テネシー・ワルツ」 〜

パティ・ペイジ
 ラジオから流れるヒット・パレード番組は、まだ娯楽が少なかった若者のこころを掌握していた。アメリカ音楽に憧れる音楽ファンは、ジャンルにおかまいなくヒット曲の虜となっていった。昭和の洋楽シーンは、ラジオなしでは語られない。民放ラジオ局は、こぞってヒット・パレード番組作りに奔走した。主な視聴者は社会人、大学生だったが、やがてティーン層にも広がり、高校生、中学生もむさぼるようにラジオのポップス番組を聴き始めた。視聴率は今では信じられないほど高く、30パーセントを優にこえる人気番組も存在した。NHKラジオの契約台数は、1,000万を突破したと新聞に大きく報じた。まさに“ラジオの時代”の到来だった。
 昭和23年(1948年)、アメリカのカントリー・シーンから地名を冠したワルツが話題を集め始めた。先陣を切ったのは、ブルーグラスの王者として広く知られるビル・モンローの「ケンタッキー・ワルツ」だった。このレコードのヒットに刺激されて、ビクター専属のどちらかといえばウェスタン・スウィングが得意だったバンド、ピー・ウィー・キングとゴールデン・ウェスト・カウボーイズが「テネシー・ワルツ」をレコーディングした。ところがこのレコードは、本場のカントリー・ヒット・パレードでは人気がいまいちだった。この切ない失恋ワルツに飛びついたジャズ歌手が存在した。パティ・ペイジというポップス・テイストをもつ女性歌手が早速カヴァーを試み、マーキュリー・レコードからレコードを発売した。これがポップス・チャートのトップ10上位を走り始めた(600万枚以上の大ベスト・セラーを記録した)。わが国のラジオからもペイジの「テネシー・ワルツ」が流れ、昭和27年の洋楽シーンで忘れられない大ヒット曲となった。
 ここで少し昭和27年の世相に触れておこう。日米安保条約が発効された年だった。それに伴っての「血のメーデー事件」も勃発、十勝沖大地震も忘れられない。「テネシー・ワルツ」はわが国で意外な広がりを見せた。パティ・ペイジのマーキュリー盤もよりも、日本人によるカヴァー・レコードが圧倒的な売れ行きを示すこととなる。主役は、江利チエミだった。彼女が唄う日本語のよるカヴァー・ソングが、昭和27年キング・レコードからSP盤として発売され、ファンはレコード店に殺到した。日米の「テネシー・ワルツ」販売合戦は、完全に江利チエミの勝利に輝いた。ラジオのヒット・パレード番組も、パティ・ペイジのレコードだけでは対処できず、チエミの「テネシー・ワルツ」を流すこともしばしばだった。チエミのカヴァーは前半を英詩で唄い、後半が日本語で訳されたものだった。昭和の風物詩ともいえそうな町の銭湯でも異変が起こった。湯船の中で気持ちよさそうに鼻歌で“I was dancin' with my darlin' to the Tennessee Waltz”と唄う若者が後を絶たなかった。
 ラジオの洋楽ヒット・パレード番組を賑わせた曲は、「テネシー・ワルツ」だけではなかった。フランキー・レインが唄った映画『真昼の決闘』の挿入曲「ハイ・ヌーン」、キュートなジャズ歌手、ドリス・デイの「二人でお茶を」、アーサー・キットの「セ・シ・ボン」、映画『第3の男』の挿入曲、アントン・カラスの「第3の男」なども洋楽ファンを魅了した。ワルツといえば、歌謡曲シーンでもチエミのヒット曲に触発されたのか、神楽坂はん子の「ゲイシャ・ワルツ」も大ヒットした。この時代の洋楽では、ペレス・プラードのマンボも大流行をした。主なヒットは、「エル・マンボ」「セレソ・ローサ」「マンボNo.5」。それに刺激され、大御所の美空ひばりもオリジナル・マンボ歌謡に挑戦。ひばりの初期代表作のひとつ「お祭りマンボ」の誕生だった。余談だが、ひばりも「テネシー・ワルツ」を録音している。
 カヴァーといえば、1970年代の人気シンガー・ギタリスト、デヴィッド・ブロンバーグの「テネシー・ワルツ」も絶品だった。米コロンビアから発売されたアルバム『Demon in Disguise』に収録されている。珍しいところでは、ミッキー・マウスが大好きなブルーグラス・ミュージシャン、ジミー・マーティンのデッカ・レコーディングも琴線にふれるカヴァーだった。最近では新しいブルーノート・レコードの看板歌手、ノラ・ジョーンズのカヴァーも大評判を呼んでいる。もういちどわが国のカヴァーに触れておこう。日本カントリー・バンドの先駆者、黒田美治とチャック・ワゴン・ボーイズ、小坂一也の録音も存在する。女性歌手では、チエミに負けずと伊東ゆかり、園まりなどのカヴァーを試みている。 柳ジョージ&レイニーウッド録音も高い評価を受けている。シンガー・ソングライターのはしり、加藤登紀子の新しい訳詩による「テネシー・ワルツ」も高い評価を受けたことがあった。



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