ANY OLD TIME IN AMERICA


 ■ ANY OLD TIME IN AMERICA

  レコードコレクターズ 2002年4月号掲載


アメリカン・ミュージックのパイオニアたち

第13回 バディ・エモンズ&スティール・ギター

Steel Guitar Jazz
バディ・エモンズ
『スティール・ギター・ジャズ』
ユニバーサル PHCE-6009
Black Album
Buddy Emmons
『BUDDY EMMONS (Black Album)』

  昨年11月、「エリアコード615、トリビュート・コンサート」と題されたコンサートに赴き、はからずも涙してしまった。というのは、カントリー・ロック・ファンだったら誰もが納得した伝説のバンド、エリアコード615のリーダー格ウェイン・モス(ギター)、チャーリー・マッコイ(ハーモニカ)、ベアフット・ジェリーのラス・ヒックス(ペダル・スティール・ギター)などに混ざって、わが国を代表するミュージシャン、徳武弘文(ギター)、有田純弘(バンジョー)、尾崎孝(ペダル・スティール・ギター)その他がコラボレーションするといった豪華な企画ライブで、「エリアコード615のライブを日本で観たい」という積年の想いがいま目の前で現実となり、感動してしまったからだ。この素敵な夜を演出した徳武氏も恐らく同じ想いだったに違いない。サウンドの素晴らしさは言うまでもないが、特にラスのスティール・ギターに圧倒されてしまった。
エリアコード615 高齢にもかかわらず彼の演奏は確実に進化していた。これには驚いた。「ビック・E」と異名をとるバディ・エモンズと双璧のミュージシャンと言ってもよい。ところで会場で奇妙なことに気がついた。かつて声高にかつて声高にエリアコードを褒め称えたロック系音楽ライターたちの姿が、どこにも見えなかったのだ。これはちょっと残念だった。
 本来ならばラス・ヒックスを取り上げたいところだが、スティール・ギターということならやはり巨人バディ・エモンズを採り上げないわけにはいかない。その前にスティール・ギターについて少し説明しておこう。これは黒人ブルースのスライド・ギターのように弦をバーでスライドしながら弾くものだが、決定的な違いはギターを横にして膝の上に乗せて弾いたり、椅子に腰掛けて弾いたりすることが多い、ということ。前者はラップ・スティールを得意とする奏者に見られ、後者はペダル・スティール・ギター奏者の定番スタイルと言える。この「ペダル」という名が付くスティール・ギターがくせものだ。スティール・ギターに取り付けられたペダル(3本から8本、これ以上のものもあるという)を踏み、あっという間に特定の弦の音程を変えてしまう。チューニングも個人によって違うという。ちなみにバディ・エモンズは、自身が開発したE9thとC6thを使うという。ともあれペダル・スティール・ギターは、魔法をかけたようなファンタスティック・サウンドを醸し出す楽器なのだ。
 バディはインディアナ州出身。幼少時にハワイアンでお馴染みのラップ・スティールを聴き、興味を持ったという。そしてどうしてもこの楽器がマスターしたくなり、近所のハワイ音楽を教える学校に通ったらしい。そして16歳でプロになることを決心、シカゴでデビューを果たす。その後めきめきと腕をあげ、カントリー・スター、リトル・ジミー・ディケンズのバンド・メンバーに誘われた。バンド名はカントリー・ボーイズリトル・ジミーはその名のとおり小柄なミュージシャン。だが、体つきから想像できないほどパワフルなヴォーカルが身上で、40年代後半から50年代前半にかけて多くのヒット曲を連発した。得意技は「ヒルビリー・バップ」。これはロカビリー誕生の前兆となったロッキン・カントリー・スタイルだ。ジミーはラジオの人気カントリー番組「グランド・オール・オープリー」にも出演して、ますます存在感を放ったという。 Young Emmons
 その後バディは、1956年にはコロンビア・レコードから個人名義のシングル盤「Cold Rolled Steel」を発表、翌年には「Buddy’s Boogie」をリリースして一躍有望なスティール・ギター奏者として名をあげた。
Midnight Jamboree 50年代の終盤に入ると、テキサス・ホンキー・トンク・ミュージックの大御所アーネスト・タブから「ぜひうちのバンド・メンバーになって欲しい」と要請され、晴れてタブのテキサス・トルバドールズの一員となった。アーネストとの共演盤として誉れ高いのは、デッカから発売された『Midnight Jamboree』だろう。
その後、カントリー界で出色のヴォーカリスト、レイ・プライスのバンド、チェロキー・カウボーイズに参加しツアーで活躍、60年代に入るとドブロ奏者ショット・ジャクソンと意気投合してコラボレーション・アルバム『Steel Guitar & Dobro Sound』を発表して話題を集めた。こうした縁で二人はスティール・ギター製造販売会社「Sho-Bud」を設立した。
70年代はスタジオ・ミュージシャンとして多くの仕事をこなし、カントリー・ロック系のアルバムにも顔を出すようになる。エミルー・ハリスの初期リプリーズでのセッションやその他のバンドとの共演は、新しいファン層獲得に繋がったと言われている。
Buddy@convention1998  バディはスティール・ギターをカントリー音楽だけの楽器だ、という認識から解放した功労者とも言われている。70年代のポップス歌手やジャズ・ヴォーカリストとの共演がそれを物語っている。なかでも有名なのが、カーペンターズのヒット・アルバム『ナウ&ゼン』のバッキングだ。彼はこの仕事でペダル・スティール・ギターの可能性を示してくれたに他ならない。
 70年代後半はスウィングに目覚め、新たな相棒レイ・ペニントンとジャック・スタンダードを柱としたアルバム作りに励みはじめた。60年代後半から70年代前半にかけて自身のレーベル、エモンズから発表した数枚のアルバムや、63年にマーキュリーからリリースされた超名盤の『Steel Guitar Jazz』にそのルーツを辿ることができる。個人的に好きなのが、エモンズからの『Buddy Emmons』と題されたアナログ盤だ。通称「ブラック・エモンズ」と呼ばれているアルバムだ。
 エモンズ以外で私のお気に入りのスティール・ギター奏者は、言うまでもなくラス・ヒックスだ。カントリー・ロックのベアフット・ジェリー盤をじっくり味わえば分かってもらえると思う。彼は黒人ブルースのクラレンス・ゲイトマウス・ブラウンをサポートしたこともあった。ジミー・クロフォードとの共演盤『Chicken Pickin’ Good!』には、ドリーミーなインスト「Lovin' You」ミニー・リパートンの大ヒット)が収録されており、こころが癒される。 Russ Hicks & Jimmie Crawford



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