ANY OLD TIME IN AMERICA


 ■ ANY OLD TIME IN AMERICA

  レコードコレクターズ 2001年12月号掲載


アメリカン・ミュージックのパイオニアたち

第9回 ハンク・ウィリアムズ

Ultimate Collection
Hank Williams
Ultimate Collection
( Universal 170268 )
The Complete
Hank Williams
The Complete Hank Williams
( Mercury 536077 )

Hank Williams Sr.   カントリーの巨人と言われるハンク・ウィリアムズは、ルーツ・オブ・ロックを語る上でも決して外せない一人だろう。一般に「ジャンバラヤ」「偽りのこころ」などのヒットで広く知られるが、ハンクが遺した膨大な作品は、黒人ブルースに触発されたヒルビリー・ブルースや、ロック(ロカビリー)の原型もあり、シンガー・ソングライターとしての資質を存分に発揮しているなど、実に奥深いものを内包していた。にも関わらず、わが国のロック・ジャーナリズムは長いこと、ハンクにまつわる本格的な記事を発表せずにきた。
まあ、愚痴はこれくらいにして偉大なハンク・ウィリアムズの足跡と、功績に触れていこう。
  ハンクは1923年9月13日生まれ。深酒が原因で1953年に亡くなっている。生誕地は黒人人口の多いことで知られるディープ・サウスの州、アラバマだった。こうした環境はハンク作品の重要な要素となっていった。ハンクのブルース・フィール満点の作品は‘ブルー・ハンクもの’と呼ばれ、熱心なファンに愛聴されている。早い話、彼はカントリーとブルースの融合を試みたミュージシャンだった。ジミー・ロジャーズフランク・ハッチソンドッグ・ボックスデルモア・ブラザーズといった、白人音楽に黒人ブルースを採りいれた先駆者たちと比べても遜色ない白人カントリー・ブルース作品を彼は遺している。 Hank's Poster
  では彼は何故こうした音楽に到達することができたのだろうか。ハンクの幼い頃のギターの先生が黒人のストリート・ミュージシャンだったのだ。ハンクは‘ティー・トット’・ペインというブルース歌手に憧れ、その人からギター、ヴォーカルを習い、将来は歌手になろうと思ったという。主なブルー・ハンク作品を挙げておこう。
「バケツの穴があいたら」「モーニン・ザ・ブルース」「ザ・ブルース・カム・アラウンド」「ウィアリー・ブルース・フロム・ウェイティング」「ホンキー・トンク・ブルース」「ブルー・ラヴ」などは、一度くらい聴いておいても損はない。妖しいブルー・ヨーデルが堪能できる「ラヴシック・ブルース」(通常はエメット・ミラーのオウケー録音のカヴァーとされているが、ハンクはデッカ録音のレックス・グリフィン・ヴァージョンを参考にしたという)、1950年代の大ヒット「ロング・ゴーン・ロンサム・ブルース」なども、ブルー・ハンク作品と捉えてよいだろう。見逃せないのが、歌詞に頻繁に登場する黒人ブルース用語だ。少年時代の早くからブルースの魔力にとりつかれていた彼だけに、‘ オウ、ベイビー’‘オウ、スウィート・ママ、プリーズ・カム・ホーム’‘サン・ゴウズ・ダウン’といったブルースの常套句を自身の詩に巧みに散りばめていた。「アイム・ソー・ロンサム・クライ」というブルー・ハンクの傑作などは、スローなブルース、気だるいスティール・ギターがまるでボトルネック・ギターのように聞こえてくる。
Singin' Hank
  ハンクの作品には、ロカビリーの誕生を予感させる曲も多いことでも有名だ。これぞロックの原型とも評価されている「ムーヴ・イット・オン・オーヴァ−」は、ほとんどロカビリーの体裁を整えている作品と言って良い。「ホンキー・トンキン」もしかり。この2曲で重要なのが、パワフルなエレキ・ギターの存在だ。弾き手はデルモア・ブラザーズのブギウギ・ロッキン・カントリーでもお馴染みのジーク・ターナーハンクとデルモアという両大物カントリー・ミュージシャンが遺した、ロカビリーの誕生を予感させる曲に、同じジークというギター弾きが絡んでいたことは誠に興味深い。
  ハンクの膨大な作品は、その殆どが彼自身が書いたものだ。こうした点ではハンクは、シンガー・ソングライターの先駆者とも評価できる。これを証明してくれたのが、英国のロッカー、ザ・ザ(マット・ジョンソン)によるトリビュート・アルバム‘Hanky Panky'のリリース(95年)だった。マットハンク・ウィリアムズを‘20世紀の偉大なシンガー・ソングライター’と明快に位置付けてくれた。
  さて、話しは戻るが、1947年、24歳になったハンクは、MGMからデビューしたわけだが、オードリー・シェパードとの結婚に挫折したり、早くからカントリーの檜舞台「グランド・オール・オープリー」でスターの座を獲得したことから周囲の妬みと苛めに遭ったりしたことで、精神状態が錯乱した。こうしてハンクは酒に溺れることになっていった。だが、こうした状態をバネとした創造力が生まれ、「うたづくり」に貢献することになった。ハンクの数ある傑作に特徴的なテーマが、人生の苦悩、孤独感、交錯する愛などだったことも、このことを裏付けている。いま話題のハンクへのトリビュート盤『タイムレス』も、こうしたハンクのソング・ライティングに注目したカヴァー作品集に他ならない。中でも、65年の映画『ドント・ルック・バック』でもハンクの曲を鼻歌で歌っていたことのあるボブ・ディラン「I Can’t Get YouOff Of My Mind」ケプ・モー「I’m So Lonesome I Could Cry」ルシンダ・ウィリアムズ「Cold, Cold Heart」などが、最高の聴きどころとなっている。
このハンクに捧げるアルバムに参加したミュージシャンは他に、シェリル・クロウマーク・ノップラーべックトム・ペティキース・リチャーズエミルー・ハリスライアン・アダムズジョニー・キャッシュ。余談だが、本家カントリー界でも、彼へのトリビュート盤は数多くリリースされており、レイ・プライスジョージ・ジョーンズジョニー・キャッシュなどのアルバムが傑作と言える。ところで、ハンクがもう一つの顔を持っていたことは、何故か余り語られていない。彼のドリフティング・カウボーイズというバンドを持っていたが、それにちなんだらしい‘ルーク・ザ・ドリフター’という名を使ってゴスペル録音を遺しているのだ。挫折、絶望、苦難にみちた人生からか、ハンクは宗教心が強かった。 Audrey, Hank and the Drifting Cowboys
そのためか‘道徳心’を押し出した語り調ゴスペル作品のレコーディングを積極的に行っていたのだ。

  


一覧に戻る トップに戻る