195X年1月、神奈川県横須賀市にある衣笠病院にて誕生。 男 山羊座 A型+
196X年4月、○蔵省関税局○京税関に入関。柔道部と音楽隊に所属。柔道は黒帯。
1969年9月、音楽隊でTsを担当していたが、狂い始めていたバリトン熱にうなされ、H. Selmer Mark6 LowA バリトンサックスを、当時の年収以上を払って購入。周囲のひんしゅくを買う。この時からそれまでの「先輩の教え・自己流」に訣別すべく、恵比寿駅前にあったYAMAHA音楽振興会の門をたたく。早野武夫氏に師事。 なぜ恵比寿だったのか? 通勤の山手線で毎日通り、そこに教室があることを知っていただけ。貞夫さんに会えるなど、思ってもいなかった。
1970年1月、やっぱり、退職。
2月、渋谷のJazz喫茶 オスカーでアルバイト。
10月、谷岡英紀氏からお声がかかり、谷岡英紀とニューディメンション・オーケストラに参加。立川駅前の「クラブ・エモン」にハコで入り、スポットで米軍基地内・将校クラブや各地の歌謡ショーなどを楽しむ。
1971年4月、渡辺貞夫氏のジャズ理論 初級講座を受講。初級講座の講師は北川祐氏。
1972年4月、ジャズ理論 上級講座を受講。上級講座の講師は渡辺貞夫氏。
ジュニア・リハーサルオーケストラに参加。フルバンド・アンサンブルを勉強。
1973年3月、ジャズ理論講座 修了。ジュニア・リハーサルオーケストラ、早野武夫氏のレッスンもこの時点で修了。
1974年9月、田畑貞一とポイントアフターに加入。ホテル・ニュージャパン内のクラブ、ニュー・ラテンクォーターにハコで入り、スポットでTBSテレビやかなり有名な歌手(尾崎紀世彦・キャンディーズ・太田裕美 等)のショーを楽しむ。
12月、胃がヤケに痛み、狛江外科胃腸科で診察を受ける。慢性盲腸をすぐに切るべしとのこと。田畑氏に事情を話すがトラが決まったのは3日後。その間はもちろん仕事。トラは芸大の学生で、楽器付きでお願いした。退院は12月31日。
1975年1月、3日から仕事。この日は朝から千葉だった。3日間働いた後、6日の検診で、衝撃のドクターストップ。このまま腹圧をかけ続けると保証できない。3ヶ月のドクターストップを言い渡される。
2月、約1ヶ月、目の前にある楽器を恨めしく思いながら過ごした。ネガティブな思いを、いつもお世話になっていた成城学園 ミキレコード店の福原忠樹社長に愚痴る。何もすることのない辛さと同時に、将来の自分を考えるいい時間なった。その福原社長から「うちで働かないか」と天の声をいただく。
1976〜7年、(株)ナガオカの営業、佐藤彰氏がTpで参加している府中市・市民ビッグバンドから誘われ、月に1回くらいだが、コーチ兼バリトンで参加。練習だけでなく、ダンスパーティなどの「お仕事」にもおつき合いさせて頂く。
1983年10月、レンタルレコードの台頭やCDの出現など、レコード業界の状況を含め、また将来の自分を考えると転職時期かなと思い、未知の世界、印刷業界に。福原社長の暖かさに甘え、8年半も居座った店長の座。福原社長、本当にありがとうございました。
11月、写植版下〜 現在の MAC DTP オペレーターに至る。
★早野武夫氏…渡辺貞夫氏が指揮するリハーサルオーケストラが当時の恵比寿のヤマハにはあった。そこでバリトンを担当していたのが早野氏。本職はアルト。
★谷岡英紀氏…リハーサルオーケストラで 1st Tb を吹いていた。ニューディメンション・オーケストラはOctetで、Tp,
Tb, As, Ts, Bs, P, B, D の編成。Octet用のアレンジは、谷岡氏、Asの村松 昇氏(早野武夫氏のクラスから一緒にニューディメンション・オーケストラに参加し、ジャズ理論講座も一緒に終了した)と私で、すべてオリジナルアレンジ。
★村松 昇氏…元 宮間利之&ニューハード・オーケストラのリードアルト。現在はJUGGERNAUT BigBandのリードアルト及びフリー。
★北川 祐氏…早大ハイソ出身。渡辺貞夫氏のジャズ理論講座の優等生で、貞夫さん自ら抜擢した理論の弟子。本職はベース。
★田畑貞一氏…宮間利之とニューハード・オーケストラ黄金時代のドラマー。ポイントアフターはナインピース(Nonete)で、Tp,
Tp, Tb, As, Ts, Bs, P, B, D の編成。こちらのアレンジは、前田憲男氏、小川俊彦氏等一流どころ。とても勉強になった。
★渡辺貞夫氏が指揮するリハーサルオーケストラ…当時のビッグネームが名を連ねていた。Saxには、菊地秀行・峰厚介・宮田英夫・内堀誠・早野武夫
氏等。Tpには、大野俊三・宮沢・藤岡 氏等、Tbには、福村博・谷岡英紀・今井尚・内堀勝・内田 氏等、Pは、藤井貞泰・坂本 氏等、Bは、古野光昭
氏等、Dは、倉田在秀 氏等、Gには渡辺香津美・幾見雅博 氏等が参加しており、勉強のために集まってくるメンバーは、仕事の関係で欠席の場合もままある。Saxが足りない場合は、貞夫さんが吹きながらコンダクトしたこともあった。ジャズ理論講座の中で完成したアレンジは、このリハーサルオーケストラで実際に音を出していただける。私の卒業アレンジのサックスセクションは、渡辺・菊地・峰・宮田・早野というものすごいメンバーが吹いてくださった。ここに出てくるメンバーはあくまでも記憶に頼っています。記憶ちがいがありましたら、ごめんなさい。
★ジュニア・リハーサルオーケストラ…若いレッスン生が集まったフルバンド。慶応LMOのOBが指導。
★福原忠樹氏…成城学園駅前「レコードの店 ミキ」社長。釣りが大好きなラガーマン。お父様は高名な弁護士だった 福原忠男氏。自民党
福田赳夫内閣誕生の時、最初に法相のお声がかかった民間人。ちょうど私がミキレコードに入った年、胃の大手術をされた。そんな健康上の理由で辞退。忠男氏・忠樹氏共に面倒見の良い暖かい方。
★木村 功氏…本名 江村 功。宮城県遠田郡田尻町大沢字百々 生まれ。
モダンテナーサックス奏者松本英彦に師事し、渡辺貞男、 C ・パーカー、F・ウッズ、 S ・ステット、 S ・ロリンズ等に大いに影響を受ける。
日本を代表する数々のビッグバンドに参加し、プロの演奏活動に入る。 度々ニューヨークに出掛け研修を積んだが、 85 年から一年ほどニューヨークに滞在し、D
・バーガーを初めとする気鋭の若手ミュージシャンと交流を深め、彼等のオリジナルスコアを多数入手し、帰国後「 D ・バーガー・ジャズオーケストラ」を結成。
その後 93 年に実力派ジャズミュージシャンを擁する≪東京ジャズギルドオーケストラ≫を新しく結成。自らバンドリーダーでバリトンプレーヤー。本職はアルト。ニューヨークジャズの鼓動と香りを余すところなく発揮するコンテンポラリー・ビッグバンドを目指し、そのダイナミックで繊細、エネルギッシュでパワー溢れるジャズ・アンサンブルと第一級のソリストのパフォーマンスは多くのビッグバンドファンの支持を得ている。
マリア・シュナイダー、エド・ニューメイスター等を初めとするコンテンポラリー・ビッグバンドスタイルのスコアを中心に演奏し、特にニューヨークで抜群の人気を誇る
M ・シュナイダージャズオーケストラのスコアに早くから関心をもち、ニューヨークで直接彼女から譲り受け、日本で唯一 M ・シュナイダーのスコアを演奏するビッグバンドとして注目され、各方面から高い評価を得ている。
また早くから後進の育成にも情熱を傾け、 88 年から松本英彦氏のジャズスクールで主任講師を務め、現在初心者のためのジャズスクール・トリガーを主宰。特に併設したアマチュアビッグバンド「ジャズファクトリーオーケストラ」は
70 名以上という規模にも関らず、サウンドクオリティの高さに注目されている。川崎を中心に活躍する「多摩ジャズワークショップオーケストラ」も
80 名以上のメンバーを擁し、色々なイベントに参加し、積極的な活動が出来るまでに育て上げた。
IAJE (国際ジャズ教育者協会)米国正規会員。