勇者VS魔女

 知らない場所だった。
 転送陣の性質上転送先が知らない場所というのは考えられないはずなのに。
 なにもかもが胡散臭かった。誰かの思惑を感じ続けている。
 ……たぶんこの物語は本編とは一切関係ない次元にあるに違いない。それでも誰かさんの性格上、矛盾を取り払いたいらしく、転送してすぐ、転送先の転送陣の管理者に、この町では今持っている貨幣ではなにも買えないと言われた。やっぱりどうしようもなく胡散臭さを感じてしまったが、食事や宿泊ができないのは痛すぎるため、持ち金をキャタという貨幣に換金した。
 ……もう一度言っておかなければいけないような気がするので言っておこうと思う。
 この物語は本編とは一切関係ない物語なのだろう。
「ユリア、なに難しい顔してるの?」
 私の相棒兼ライバル兼LOVERのヒイロ・ブレイブが私の顔をのぞき込む。
「……いや、何でもないわ。深刻そうでいて実はちっとも深刻ではないことを考えていただけだから。」
「は?」
 ヒイロの頭にクエッションマークが浮かび上がる。当然だろう。私自身もなにを言っているのかわからないんだから、ヒイロにわかる訳がないわよね。
「とりあえず僕お腹空いたよ。」
 ヒイロは私が感じている”誰かの思惑”を一切感じ取っていないようだ。こういうところは鈍いのよねぇ〜。
「そうね。じゃ、とりあえず適当なレストランに入りましょ。」
 私は深く考えるのをやめ、ヒイロの脳天気さにつきあうことにした。どうせ逃れられない運命っぽいしね。
 なんと言っても……ヒロインにはファンサービスも必要だ。



勇者妻、魔女の飼い方特別編
勇者VS魔女

ユリア編


和臣編





カランカラン。

 レストランにありがちなベルの音が店内に響くと男女の二人組が入ってきた。男女といっても女の方は、女と表現するには若すぎる女の子。男女と言うよりは仲のよい兄妹かもしれない。
「何名様ですか?」
 ニコニコといかにもな笑顔でウェイトレスがその二人組の人数の確認をする。人数なんてわかってるんだろうけど、マニュアルにあるから仕方がない。
 男の方が二本だけ指を立てて人数を伝えると、ウェイトレスはいかにも申し訳なさそうに、
「すいません、今少々混んでおりまして。少しお待ちいただけないでしょうか?」
 と言って頭を深々と下げた。
 男はその言葉を受けると考えるために少しだけ時間を使ったが、すぐに口を開いた。
「ああ。」
 少しぶっきらぼうにうなずくだけだったが、いやな感じは受けない。
 二人組は、私たちが座っている隣の待ちイスに腰をかけた。
「ねーねー和臣ぃ。」
 うぉっ。女の子がいかにもな口調で男に声をかける。
 でも、これは演技じゃない。地でこういう口調なのだ。要はマジもんのお子さまってことね。時々こんな口調で話す女がいるが、その7割が『つくり』だ。私はそれを見破る能力が人より高いらしく、そういうのを見つけてしまいイライラすることがよくある。
「どうしたんだルナ?」

キュルルルル。

 和臣と呼ばれた男の言葉に応えたのは女の子のお腹だった。
 お、お、お約束だぁ!この子の体はいったいどうなってるの?口調といい、今のといい、どうして素で小さくてカワイイ女の子ができるの?しかも『ぐー』とかいう音じゃなくて『キュルルルル』なんて可愛らしい音なのもすごい!この子は間違いなく天性の何かを持っているに違いないわ。こういうのを一生懸命『つくって』いる女が欲してやまないモノをこの子は持っている。この子がそれ系のおじさんを『使う』ことを覚えたら一生遊んでくらせるだろう。
 ……まぁおじさんを使った時点で天性の何かは壊れちゃうだろうけどね。
「ルナお腹空いたぁ。」
 これまたお約束とは……やるわね!この子。
「もう少しだから待ってろよ。」
 女の子の頭を撫でながら笑顔でいう男。
 あらま。さっきの店員対しての対応とは大違いだった。まるで父親のように慈愛に満ちた印象を受ける。やっぱり兄妹なのかしら?でもそれだったら名前で呼び合うのは少し変ねぇ。
「お客様大変お待たせしました。」
 少しおかしな二人組の様子を見ているうちに席が空いたようだ。しかしいつの間に空いたんだろう?客が出た様子はなかったのに。
「ではそちらのお二人から……。」

 キュルルルルル。

 私は思わず耳を疑った。店員が私とヒイロを席に案内しようとしたのと同時だったからだ。
 店員が固まっていた。
 これは言葉以上の言葉……いや、この子の場合狙ってやったわけではないだろう。腹は口ほどにものを言う。今の『キュルルルルル。』は、誰の耳にも『お腹が空いてるから早く食べたい。』という意味にとることができるだろう。
「あ、あの今空いた席が4人席なので……。相席ということになってしまいますが、いかがでしょう?」
 店員さんが引きつった笑顔を浮かべながら言う。
 相席?
 反射的にとなりの二人組に視線を向けてしまった。そこで同じように視線を向けてきた二人組の男の方とバチっと視線がかち合う。
 真っ直ぐとした鋭い目をもった男だった。

 キュルルルルル。

 三回目のお腹の音。この音によって、この二人組と食事をとることが決定してしまった。
 カランカラン。

 その店に入るとともにいい匂いが鼻をくすぐってくる。うん。この凄腕の賞金稼ぎ、黒崎和臣様のカンに間違いはなかった。賞金稼ぎとうまい店を見つけるカンは無関係かもしれないが。
「何名様ですか?」
 完璧な営業スマイルをひっさげてウェイトレス聞いてくる。まるで俺たちが来るのがわかっていたかのような対応の早さだ。
 俺は二本指を立てることで二人であることを告げる。するとウェイトレスは申し訳なさそうに頭を下げた。
「すいません、今少々混んでおりまして。少しお待ちいただけないでしょうか?」
 俺は待つのはあまり好きじゃないが、混んでいると言っても待っている客は2人だけのようだ。それにがら空きより混んでいるくらいの方がうまいものを食わせる率が高い。
「ああ。」
 俺はそこまで短気ではない。
 うなずくと、待つ客のために用意されていたイスに座った。
「ねーねー和臣ぃ。」
 いつものようにコートの袖を引っ張っるルナ。
 しっかし、本当にいつもだよな。たまには違う声のかけ方をしてもらいたいもんだ。……でもこの仕草と声が可愛かったり……ああ……ゴホン。いや、ルナも18になるんだしそろそろちゃんとした喋り方を身につけさせないとな。
「どうしたんだルナ?」

キュルルルル。

 ……ルナがその言葉を口にする前に腹の方が鳴ってしたようだ。
 ルナが言おうとしていたのは間違いなく『ルナお腹空いたぁ。』だろう。『ねーねー和臣ぃ。』→『ルナお腹空いたぁ』はもうおなじみのコンボだ。初めのころはそれでズッコケていたが、今はもうすっかり免疫がついている。しかし……腹を鳴らすとはこしゃくな!ルナのやつ、いつの間に『ねーねー和臣ぃ。』→腹鳴らし→『ルナお腹空いたぁ』というスリーヒットコンボを修得したのだろうか?久しぶりにズッコケそうになってしまったじゃないか。
 ふぅ……俺も何を考えてるんだか。
「ルナお腹空いたぁ。」
 ビンゴ。ルナはこういうとき期待を裏切らない。
「もう少しだから待ってろよ。」
 俺はルナの頭を撫でてあやすように言う。
 ルナはくすぐったそうに首をすくめてから、ニッコリと笑って頷いた。ルナは頭を撫でてやると少し大人しくなる。なぁんか動物みたいだよなぁ。実は尻尾でもつけているんじゃないかと疑いたくなる。
「お客様大変お待たせしました。」
 どうやら席が空いたようだ。この店は珍しく入り口と出口が違う場所らしいので、客が出たタイミングがわからない。
「ではそちらのお二人から……。」

 キュルルルルル。

 絶妙のタイミングだった。ルナのお腹が鳴った。それだけは間違い無かった。……穴があったら入りたい。
 店員が凍り付く。
 ルナはお腹を押さえていた。そして誰に視線を向けているわけでも無かったが、その目は『お腹空いた。』と訴えていた。早く何か食べたい。今、ルナの頭の中はそれで一杯なのかもしれない。
「あ、あの今空いた席が4人席なので……。相席ということになってしまいますが、いかがでしょう?」
 店員さんが引きつった笑顔を浮かべながら言う。
 相席?
 反射的にとなりの二人組に視線を向けてしまった。そこで同じように視線を向けてきた二人組の女の方とバチっと視線がかち合う。
 強い意志の光を秘めた目を持った女だった。

 キュルルルルル。

 ……再びルナの腹が鳴る。そのせい……いやそのおかげで、俺とルナは少しだけ早く席に着くことができた。








 四人席は思ったより狭く体の大きさ上、私とヒイロが向かい合わせで座り、私の隣に男。ヒイロの隣に女の子という席に決まった。
 で、私たちと相席になった二人組だけど……。一言でいうと妙な二人組だった。
 男の方はヒイロよりも長めのボサボサ髪。額にしている真っ赤なバンダナが目に付く。顔立ちはかなり整っており、結構いい男だ。服装は赤いシャツの上にグリーンのコート。下はジーンズだ。ちょっとセンスがない。
 女の子の方は、これでもかというほどのカワイイ顔立ち。色気というものを微塵も感じさせないところがすごい。黒いローブという地味なものを身につけているにも関わらずその表情のおかげで全体的に明るいイメージを受ける。……童顔の割に出ているところはしっかり出てるわね。……バストは私より少し小さいくらいかしら?
 端から見れば兄妹だろう。だが、兄妹とは違う繋がりのようなものを感じる。……まさか恋人?としたら、この男はロリコンだ。
「あの……なんで見つめ合ってるんですか?」
 ヒイロがおずおずと聞いた。
 やばいやばい。どうも私は初めて会う人間を観察してしまう癖があるようだ。……この癖は宿命のような気もするが……気のせいだろう。
「あ、いや。何でもないのよヒイロ。」
 私はホホホと笑い、その場をごまかす。男の方は愛想笑いを浮かべている。
 それにしても……なんでこの男は私たちを見ていたんだろう?
 いやそれよりも気になるのはこの二人の関係だ。
「お二人はご兄妹ですか?」
 ナイスヒイロ!ヒイロは丁寧な口調で私の疑問を口にしてくれた。
 そういえばヒイロって他人と話すときって敬語よね。あ、いや。相手が年上だと思われる時かな。意外と礼儀正しかったりするのよね。
「違うよ。」
 ヒイロの問いに女の子の方が答える。違うとな?
 キラリン♪自分の目が輝くのがわかった。兄妹じゃなかったら、もしかしてホントに恋人とか?きゃ〜、いや〜ん♪
 私も一応……じゃなくてれっきとした女の子。やっぱりこの手の話は気になったりする。
「ロリコンなんですか?」

ガンッ。

 私と男が、同時にテーブルに突っ伏した。ヒ、ヒイロ……いきなりかいあんたは。他人でもお構いなしの毒舌っぷりのせいで、私は痛いと感じるほど勢いよくテーブルに突っ伏してしまった。おでこ痛い。
「ロリコンってなぁにぃ?」
 続けて女の子とのとぼけた質問が飛び出す。おいおいおい……この様子だと本当に知らんな、この子。ははは、子供の『どうやったら子供が出来るのぉ?』という質問しているのと似ているな、この状況。
「ロリコンっていうのはねぇ……。」
 ブッゥゥゥ。思わず吹き出す。
「教えるなぁあああ!」
 私は大声でそれを制止した。ま、まったく……コイツは……。ヒイロは何でも素直にモノを言ってしまうという困った癖がある。
 心のない人たちは彼のことを毒舌家と呼ぶ。
「お、お待たせしましたぁ〜。」
 そんなやりとりをしている中、ビクビクしながらウェイトレスが私たちに声をかけてくる。ウェイトレスは完全に私たちを警戒しているようだ。料理を持つ手が震えている。う〜ん。私のツッコミにビビったらしい。肝っ玉が小さい女ねぇ。
「わぁ〜、美味しそう♪」
 テーブルに料理が並べられ、なんともいい匂いがしてくる。2人組の女の子の方は目をキラキラと輝かせオムライスに見入っていた。
 ちなみに私は鴨肉のソテー。ヒイロがトンカツ定食。男はラーメンと餃子を頼んでいる。色んなメニューがあって結構迷ったわ。
「いただきまーす♪」
「いただきます。」
 女の子が元気よく、ヒイロが丁寧に言って食事を始める。さて、私もいただきましょうかね。
 私は小さく「いただきます」と言い、鴨肉を一切れフォークで刺し、口に運ぶ。
 これはっ……。美味しい!
 火の通し方が完璧だ!肉全体が暖まっているのにも関わらず、噛むと肉汁があふれ出す。さらに上にかかっているソースもたまらない。鴨のうまみが凝縮されている。おそらく、鴨の血と砕いた骨を使っているのだろう。野生味溢れたその味は、思わず言葉を失ってしまうほど鴨肉の味を引き立たせていた。
 ああ、し・あ・わ・せ♪
「ねぇねぇ、そのトンカツ美味しそうだね。」
「ん?食べてみる?」
「え?いいのぉ?」
 感動の余韻にひっていると、ヒイロと女の子が何やら会話をしているのが耳に入ってくる。
「はい、あ〜ん。」
「あ〜ん。」

 んなっ!?

 開いた口がふさがらなくなった。
 ヒイロが女の子に、自分のカツを一切れ食べさせたのだ……。
 ただ食べさせていたのではない、ヒイロが自分の箸で女の子の口にカツを運んだのだ。
「何やってんのよっ!」
 男と私の声がかぶる。
「へっ?」
 しかし、ヒイロと女の子はキョトンとするだけだった。
 ぐっ、罪悪感のかけらもない。どうやら悪いことをしているという意識は微塵も無いようだ。……まぁ、女の子にカツを食べさせること自体悪いことじゃないのかもしれないが。
 いいや、悪いことだ!自分の女の前でそんなことをするのは罪だ!そーだ!浮気だ浮気!ヒイロあんたを信じてたのにぃ!!
「どうしたのぉ和臣ぃ?」
女の子がカツをモグモグと咀嚼しながら男に声をかけている。
「ユリアもだよ。何怒ってるの?」
 な、何怒ってるのだとぉ!?
「あ、ユリアも食べたかったんだ。」
 は?ヒイロの言葉を完全に理解できないままに、トンカツが私の口に放り込まれる。反射的に食いついてしまう私。
 こ、これも美味いわっ!油が充分切られている衣は、歯を入れるとサクサクと小気味よい音を上げて脆く断ち切ることができる。そして衣に包まれている豚肉の味と言ったら……。
 はっ!あまりのうまさに怒りの感情を忘れてしまった。
 でもよく考えてみればヒイロにやましい気持ちは無いはずだ。ただ、食べてみたいという子供の要求に応えたあげただけだ。なんせ優しいからね〜ヒイロは。
 そうだ。私にも同じことをしたじゃないか。うん。気にすることはない。
「お兄ちゃん。ルナのオムライスも美味しいよ。」
「本当かい?」
「うん。食べてみればわかるよ。はい、あ〜ん。」
「あ〜ん。」

パクッ。

 時間が一瞬凍り付いた。余計なことを考える癖がこの事態を招いてしまった。
 今度は……女の子がヒイロにオムライスを食べさせたのだ。
「おまえらぁああああ!」
 また男と同じタイミングで怒鳴ってしまった。今度は一字一句同じだ。
「????」
 怒鳴られた2人は同じような表情でクエッションマークを浮かべている。
「二人とも何で怒ってるんだろうね?」
「ユリアは怒りん坊だから、いつものことなんだよ。」
「あははは。そーなんだぁ〜。」
 『そーなんだぁ〜』じゃねぇえええええ!
「あ、もしかしたらユリアもオムライスが食べかったのかも。食い意地が張ってるから。」
「そっかぁ。じゃあ、和臣もトンカツが食べたかったのかも!」
「ちがぁああ……。」
 また男と同じタイミングで怒鳴り始めた矢先、オムライスののったスプーンが口に入りこんできた。
 ………………。
 な、なんだこのオムライスはっ!
 玉子はとろとろの半熟。口の中でとろりと溶けてしまう。そしてとろけるような玉子に包まれているこのチキンライス!なんて……なんて優しくて懐かしい味なのっ!?上にかけられたケチャップも泣かせる。酸味と甘みバランスが申し分ない。
「ほらね〜、ニコニコしてるでしょ?」
「本当だぁ〜。お兄ちゃんよくわかったねぇ。」
 ハッ……!
 そのとぼけた会話によって現実に戻される私。
「美味しいでしょユリア。」
 くっ。
 子供のように無邪気に微笑むヒイロ。
 ……私はその笑顔によって、今までの醜い嫉妬が照らし出されてしまいそうな気がして、口をつぐんでしまった。
 そうよねぇ……ヒイロはこういうやつなのよね。
 ちょっと反省。
 私が怒りを収めたせいか何だか場が和やかになる。
「……餃子。みんなで食おうか?」
 なんだか妙に和やかな雰囲気になってしまったせいなのか、男が今でのイメージと合わないことを言い出した。
 ほぅ……。みんなで食べるとな?

キラリン。

 ヒイロと私の目が光る。お、女の子の目も光ったようだ。

シュバッ!

 三本の箸が一つの皿に向かって突き進む。そして三つの音が奏でられた。
 カッ。皿に箸がぶつかる音。
 ガシッ。餃子を掴む音。
 パクッ。口に餃子が放り込まれる音。
 ……うおっ!これはっ!うまいっ!
 シコシコパリパリの皮をかみ砕くと、肉汁のジュースがほとばしるっ!

シュバッ!

 再び箸が一つの皿に向かって突き進む。例のごとく三本の箸だ。カッ、ガシッ、パクッ!二度目の三連奏は初めよりも鮮やかだった。
 やっぱりうまぃぃ!
 一個目は感動のあまり高速で食べてしまったが、今度は噛みしめるようにして食べる。非の打ち所がない。この餃子は究極の餃子だ!
「あ……。」
 私はその味を充分堪能したあとで、見ず知らずの男の餃子の皿が空っぽになっていることに気が付いた。
「あら、ごめんなさい。餃子。こっちでもう一皿注文するわね。」
 仕方がないだろう。相手がフリーの男で、こっちも男を連れてなかったら奢らせることもできるが、そうもいかない。
「あのぉ、ちょっと提案があるんですけど。」
 ヒイロが突然手を挙げて言う。な、なにを言うつもりだ!?ヒイロはヤバ気な発言をすることが多いので少し警戒してしまう。
「ここの勘定、ワリカンにしませんか?そっちの料理も色々いただいてしまいましたから。精算の時もめるのもイヤですし。」
 おおっ!まともな意見だ。
 ワリカンか……。
 悪くないわね。こっちは大の大人二人。あっちは小さな女の子と男。どっちが量を食べるかなんて火を見るより明らかね。私も小食の方じゃなく大食いの方だし。ヒイロも、いつもは勘定を気にしてあまり食べないけど、食べるときはたくさん食べる、と言っていたので小食じゃないだろう。私のカレーを三杯食べたこともあるし。
 イイ話じゃな〜い。
「ああ、それで構わないぜ。」
 おっ、のってきたよ。
「じゃあ、そうしましょうか?」
 私はニッコリと笑って頷く。
 ……さぁ、食いだめよっ!
「それじゃ、決まりですねっ。そうだ。これも何かの縁ですし自己紹介でもしません?せっかくみんなで食事をするんですから。」
 楽しそうに言うヒイロ。ヒイロは私のような邪な理由で楽しそうにしているのではなく、純粋に大勢で食事をすることが楽しいなんだろう。
「ルナは、ルナ・キャヒルムって言うんだよ〜。ちゃん付けはきらいだからルナって呼んでね。」
 ヒイロが言うやいなや喜んで自己紹介をする女の子。というか、さっきから自分のことをルナって言ってたから今更自己紹介なんてしなくてもいいような気がする。
「ボクはヒイロ・ブレイブ。ボクもヒイロでいいですからねっ。」
 うわっ……ヒイロ……ルナとノリが同じだよ……。
「私はユリア・シュピア。私も呼びつけていいですよ。」
 私は無難に挨拶をした。ルナやヒイロのような真似は出来ない。
「俺は黒崎和臣。和臣でいい。」
 黒崎和臣……?変わった名前ね……。
「じゃ、自己紹介も済んだことだし改めて食べましょうか?あ、そうだ追加注文しません?ここの店美味しいですし、色んなもの食べたいですから。」
 よしっ!さりげないぞヒイロ!これでたくさん食べるという雰囲気を作ることができた。
 和臣さんが頷くとヒイロがウェイトレスを呼んだ。
「ルナ、何食べたい?」
 足早にウェイトレスがやってくると、和臣さんはルナに笑顔で聞いた。……なぁんか邪のものが含まれているように感じたが……気のせいか?
「えっとねぇ〜ハンバーグでしょお。エビフライ。あと蟹クリームコロッケにぃ。ピーマンの肉詰め!あとキノコの炊き込みご飯にぃ……」
 ちょ、ちょ、ちょっと待て。
「ね、ねぇルナ。そんなに食べられないでしょ?」
「えー?食べれるよぉ?」
 私が慌てて止めると、ルナはいともあっさり答えた……これだから子供は……。
「みんなで食べるんだからきっと食べられるよ。ねっ?」
「ね〜っ♪」
 そこにヒイロが割って入ってくる。ったく……子供に甘い!まぁヒイロの意見ももっともだ。4人でなら食べれるだろう。
「じゃあとりあえずそれで。」
 言っても聞かないと判断した私は注文を切り上げることにした。ルナもこのぐらい食べたら、お腹一杯になることでしょうしね。

「お待たせしましたぁ〜。」
 私たちが最初に注文したモノを食べ終わったタイミングを見計らっていたかのようにウェイトレスが料理を運んでくる。
 ズラリと並ぶ料理。……スゴイ量ね。4人でもちょっときついかもしれない。
「いっただきまぁ〜す。」
 その量に気圧される様子もなくルナが料理に手をつけ始める。
「ルナ……今日はお行儀よく食べなくてもいいぞ……。」
 そんなルナに対して和臣さんがそんなことを言った。
 どういうことなんだろう?お行儀よく食べなくてもいい?少なくても初対面の私たちの前でそんなことを言うのはおかしい。
「ほんとぉ?わぁ〜い。」
 はしゃぐようにして、先ほどとは明らかに違う食べ方をするルナ。
「なっ……なっ……なっ……。」
 あっという間に無くなっていく料理達。
 こ、これは……はめられたっ!
 あのとき和臣さんから感じた『邪なもの』はこれだったのだ!希に、尋常じゃない量を平気で食べることが出来る特異な人間がいる。ラーメンを25杯食べてみたり……カレーを20杯食べてみたり……。多分このルナは……そういう存在なのだ。
「よく食べるねぇ〜ルナ。」
「うん。」
 の、のんきに話してるんじゃないわよぉ!
「じゃあ、ボクもたくさん食べようかな?」
 そうだ!こうなったら少しでも損をしないようにたくさん食べなければ!
「そうね!今日は私もたくさん食べようっと!」
 私は勢いよくエビフライにかじりついた。
「ははは、じゃあ今日は大食い大会ってことで♪」
 ぐぅっ余裕の表情……。しかし、こうなってしまった以上……やるしかないわっ!

 その時の私は、この選択が悲劇を呼び起こすことを知るはずもなかった。
 席は俺とルナが向かい合わせ。俺の隣に女が、ルナの隣に男という席に決まった。席の幅が思ったより狭かったため、俺の隣に男が座ると窮屈なためだ。
 俺達と相席になった二人組は、ごく普通の男女のカップルといった感じだった。
 女の方はサラサラのセミロングで、顔はすごくカワイイというわけでも美人というわけではない。平均より少し上といったところか?服装はオレンジのジャケットに白いロングスカート。全体的にバランスのとれた『いい女』と言えるかもしれない。
 男の方は、ボサボサの赤毛に幼い顔立ちとあまり特徴がない。屈託がなく、のほほんとした表情が印象的だ。チェーンメイルを身につけているがかなり軽量化されており、スピードを売りにした闘いを得意としているのが伺われる。服の上からなのでしっかりとはわからないが、足腰はしっかりと鍛えられているようだ。
 おそろく女の方が年上だろうな。年上の女に尻に敷かれている夫婦予備軍と言った感じか?
「あの……なんで見つめ合ってるんですか?」
 男の声にハッと我に返る。
 おっとっと、一人称の主人公の性がでてしまったようだ。初登場キャラの外見を解説せずにはいられない。
「あ、いや。何でもないのよヒイロ。」
 女はホホホと笑って男に弁解をしていた。俺もそれに便乗し愛想笑いを浮かべた。
 それにしても……なんでこの女は俺たちを観察していたんだ?
 まぁ気にすることもないか。
「お二人はご兄妹ですか?」
 突然男の方が口を開く。
 いやぁ〜な質問だった。実はこの手の質問をされることは結構ある。特におばちゃん連中にこれを聞かれると厄介だ。その手のネタが大好きだからな。
「違うよ。」
 いつものパターンだ。俺が口を開く前にルナが答えてしまう。
 はぁ〜。兄妹ってことにしておけば切り抜けられるモノを、ルナはそういうことがわからない。ほぉら、もう二人組の目は好奇心満々だ。
「ロリコンなんですか?」

ガンッ。

 俺は思わずテーブルに突っ伏した。よく見ると前の隣の女も俺と同じように勢いよくテーブルに突っ伏し、おでこをぶつけている。どちらがガンッといういい音を出したかはわからないが、俺はそれなりに痛い。
「ロリコンってなぁにぃ?」
 ぐはぁ!かなり痛い展開になってきた。世間にロリコンだと見られるのは慣れたが(悲しいことに……)、ルナにその意味を知られるのはっ!でもこの問いに答えるバカはいないだろうし。
「ロリコンっていうのはねぇ……。」
 いたよぉおおおおお!!
「教えるなぁあああ!」
 か、間一髪。男は屈託なくにこやかにロリコンの意味をルナに教えようしたが、女にどやされ口をつぐむ。
 こ、こいつら漫才コンビか!?
「お、お待たせしましたぁ〜。」
 その漫才が一段落ついたところで、引きつった笑顔を浮かべたウェイトレスが、料理を運んできた。そりゃ距離を置きたくなるわな。俺だってそうだ。だが最近は距離を置かれたい『モノ』の中心にいることが多い……。……泣いてもいいかな……。
「わぁ〜美味しそう♪」
 ルナは満面の笑みを浮かべて自分の注文したオムライスを見つめている。ほんっと幸せそうだよなぁ〜。
 ちなみに俺はラーメンと餃子を頼んだ。女は鴨肉のソテー。男は豚カツ定食を頼んでいるみたいだ。
「いただきまーす♪」
「いただきます。」
 いつものように大きな声で元気よくルナが言うと、男の方もトンカツに手をつけ始めた。さて、俺も食うかな。
 麺にフゥフゥと息をかけ、少し冷ましてからズルズルとすする。
 うおぅっ!美味い!
 細くて縮れたその麺は、シコシコと弾力のある歯ごたえがある。しかし喉ごしは滑らかだ。そしてスープもかなり美味い!鶏ガラベースの醤油味なのだが、様々な味が凝縮されておりその複雑な旨味は味蕾すべてを開かせる。そのスープが縮れ麺に絡みつき、麺とスープが一体となったラーメンという芸術を完成させている。
 この店を選んだのは大正解だ。
「ねぇねぇ、そのトンカツ美味しそうだね。」
「うん?食べてみる?」
「え?いいのぉ?」
 しばらく味に感動していたが、ルナと男の会話が耳に入ったので、意識をそちらに移した。
「はい、あ〜ん。」
「あ〜ん。」

 んがっ!?

 俺は絶句した。
 男が……ルナにカツを食べさせていたのだ……。
 しかも……男の箸によってルナの口に運ばれていた。
「何やってんだよっ!」
 俺と女の怒鳴り声がハモッた。
「ほえっ?」
 俺達が怒鳴ったにも関わらず、とぼけた返事を返す二人。
 く、くのやろぉ〜。男は何か悪いことをしましたか?という視線をこちらに向けている。そのすっとぼけた視線が俺をさらに苛立たせた。
 ぐぬぬぬ……。ルナにご飯を食べさせる。俺はやったことがありそうでないんだぞぉ?それを……それを……見ず知らずの男にやられるなんてぇえええ!この野郎どうしてくれようか……。
「どうしたのぉ和臣ぃ?」
 口の回りにケチャップとソースがついた口からいつものような言葉が出てくる。
「ユリアもだよ。何怒ってるの?」
 俺の中でいい知れない怒りが込み上げてきた。
「あ、ユリアも食べたかったんだ。」
 俺のイライラの原因である男が奇怪な言葉とともに、奇怪な行動をとる。ルナにしたのと同じように女の口にトンカツを運んだのだ。
 理解不能だった。この男……何を考えているんだろう。いや、今は連れの女も理解不能だ。あれだけ怒っていたのにも関わらず、カツを一噛みした途端にキラキラと目を輝かせている……。
 ま、まさか……怒りを忘れるほどうまいのか!?ちくしょうっ!俺もカツにすれば良かった!
 ぬおっ……思考がずれてしまったぜ。いや、そのおかげで冷静になれたようだ。
 そんなにイライラすることはない。ただカツを一切れ食べさせただけじゃないか。落ち着けって和臣。
「お兄ちゃん。ルナのオムライスも美味しいよ。」
「本当かい?」
「うん。食べてみればわかるよ。はい、あ〜ん。」
「あ〜ん。」

パクッ。

 俺が無意味なモノローグをしているうちにそれは行われてしまった。
 ルナが……男にオムライスを食べさせたのだ……。
「おまえらぁああああ!」
 俺のその怒鳴り声は、女の怒鳴り声と同時に店内に響き渡った。
「????」
 しかしそのツッコミの効果はなかったようだ。2人ともキョトンとしている。
「二人とも何で怒ってるんだろうね?」
「ユリアは怒りん坊だから、いつものことなんだよ。」
「あははは。そーなんだぁ〜。」
 なな、なんでそんな朗らかに会話してんだよぉおおおお!
「あ、もしかしたらユリアもオムライスが食べかったのかも。食い意地が張ってるから。」
「そっかぁ。じゃあ、和臣もトンカツが食べたかったのかも!」
「ちがぁああ……。」
 俺が女と同時に大口を開けて怒鳴った瞬間、トンカツが俺の口に放り込まれていた。
 ………………。
 こ、これはっ!
 放り込まれた瞬間、その熱さに驚き、反射的に歯を立ててしまったが、今度はそのサクサクとした衣の感触驚く。そしてすぐにまた驚きを感じてしまう。しかし、それは決して不快な驚きではないっ!ほとばしる肉汁。嬉しい不意打ちとはこのことだっ!!
「ほらね〜、ニコニコしてるでしょ?」
「本当だぁ〜。お兄ちゃんよくわかったねぇ。」
 ハッ……!
 思わずこの味に我を忘れてしまったぜ……。
「美味しかったでしょ?和臣ぃ。」
 ぐっ。
 いつものように満面の笑顔を向けてくるルナ。
 ……俺はその笑顔につられ、思わず「ああ、うん。美味いな。」と小さな声で答えてしまった。
 ふぅ……やっぱりルナにはかなわねーな。
 俺は小さく笑った。
 その笑顔のおかげが何だか知らないが、イライラが吹っ飛んでしまったな。
「……餃子。みんなで食おうか?」
 俺は自分の食べ物だけ誰にも食べさせていないことを思いだし、そう切り出した。
 俺はその言葉を口にしたことを後悔することになるとは思ってもみなかった。

キラリン。

 目が輝いた。前の二人組。そしてルナの目が。

シュバッ!

 一瞬の出来事だった。それはまるで、三匹の竜が俺の餃子の皿に突っ込んでいるかのようだった。竜は皿にたどり着くと、獲物に食いつきあっという間に去っていった。
 まるで何もなかったかのように餃子の皿は平穏を取り戻した。しかし、その皿は竜が襲来する前とは明らかに違っていた。六つあった餃子が、三つにその数を減らしているのだ。
 は、速い。
 俺は何も出来なかった。3人が笑顔で餃子を食べるのを呆然と見守るしかなかった。

シュバッ!

 俺が呆然としている最中、再び竜が皿を襲った。二度目の襲来も一瞬だった。もしかするとビャッコのツメよりも鋭く素早いかもしれない。
 ……チーン。
 そんな音が聞こえた。木魚のあとのあの音だ。皿が空っぽになっていた。俺の頼んだ餃子が、俺の口に入らないままに空っぽになっていた。
「あ……。」
 女が素っ頓狂な声を出す。どうやら自分たちのしでかしたことに気が付いたらしい。さぁ、どう落とし前をつけてくれるんだぁ?
「あら、ごめんなさい。餃子。こっちでもう一皿注文するわね。」
 女はホホホと笑いながら言う。当然といえば当然だろう。ルナが2つ食べているとは言え、食べた数は女側の方が多い。
「あのぉ、ちょっと提案があるんですけど。」
 自分から何か喋ることが少ないかと思われた男が突然挙手して発言する。……ここは学級会か?
「ここの勘定、ワリカンにしませんか?そっちの料理も色々いただいてしまいましたから。精算の時もめるのもイヤですし。」
 今までとぼけた発言し続けていたとは思えないほどしっかりした意見だった。
 ワリカンか……。
 ワリカンということはこちらがどんなに食べても勘定が半分ってことだよな。と、いうことは……ということはだ!ルナが10回おかわりして2人組が1人前だけ食べたとしても勘定は半分!かなりお得ではないかぁ!クククク。こいつら、ルナがどのくらい食べるか知らないからこんなことを言ったんだろう。
 これは間違いなく……イイ話だ!
「ああ、それで構わないぜ。」
 俺は笑みがこぼれないように言った。
「じゃあ、そうしましょうか?」
 女は笑顔で承諾した。
 フッ……ふんだくってやるぜ!
「それじゃ、決まりですねっ。そうだ。これも何かの縁ですし自己紹介でもしません?せっかくみんなで食事をするんですから。」
 やたらニコニコ顔でまた『提案』をする男。何がそんなに楽しいのかと聞きたくなるほどニコニコとしていた。
「ルナは、ルナ・キャヒルムって言うんだよ〜。チャン付けはきらいだからルナって呼んでね。」
 まだ自己紹介をするというのが決まっていないうちにルナが答える。まぁ自己紹介くらいならやってもいいんだが。
「ボクはヒイロ・ブレイブ。ボクもヒイロでいいですからねっ。」
 続いて男が名乗る。ヒイロ・ブレイブ……スゲー名前だな。
「私はユリア・シュピア。私も呼びつけていいですよ。」
 落ち着いた口調での自己紹介。名字が違うってことは夫婦ってわけじゃないんだな。
「俺は黒崎和臣。和臣でいい。」
 俺は無難かつクールに自己紹介を済ませる。
「自己紹介も済んだことだし改めて食べましょうか?あ、そうだ追加注文しません?ここの店美味しいですし、色んなもの食べたいですから。」
 きたっ!追加注文をどう切りだそうか悩んでいたがこうも早くチャンスが訪れようとは……。
 俺が頷くと、ヒイロは「すいませーん」とウェイトレスに声をかけた。
「ルナ、何食べたい?」
 ウェイトレスが来るとともに、俺がにこやかに聞く。さぁルナよ!おまえのパワーを見せてやれ!
「えっとねぇ〜ハンバーグでしょお。エビフライ。あと蟹クリームコロッケにぃ。ピーマンの肉詰め!あとキノコの炊き込みご飯にぃ……」
 くっくっくっ、快調な滑り出しではないか。
「ね、ねぇルナ。そんなに食べられないでしょ?」
「えー?食べれるよぉ?」
 ふふふ。焦ってる焦ってる。ちょっと優越感だな。
「みんなで食べるんだからきっと食べられるよ。ねっ?」
「ね〜っ♪」
 むっ……。ヒイロとルナが息をぴったり合わせてユリアをまるめこむ。……何か気にくわんな……。『ね〜っ♪』って……。
「じゃあとりあえずそれで。」
 まだルナが何か言おうとしているところでユリアが慌てて割り込む。まぁ……ルナの食欲を示すには適量かもしれんな。

「お待たせしましたぁ〜。」
 料理が運ばれてきたのは全員が最初に注文したモノを食べ終わった頃だった。手で持ちきれなかったらしく、荷台を使って持ってきた。
 テーブルにやっと並べられるぐらいの、大量の料理が目の前に置かれる。
「いっただきまぁ〜す。」
 ルナが元気よく言ってキノコの炊き込みご飯を食べ始める。
「ルナ……今日はお行儀よく食べなくてもいいぞ……。」
 俺は呟いた。
 最近俺はルナにがっついて食べるなといってある。だから最初のオムライスではルナの秘めたる底力を感づかれなかったのだ。
「ほんとぉ?わぁ〜い。」
 喜ぶルナ。うんうん。これでいい。
「なっ……なっ……なっ……。」
 ユリアが目を丸くしてルナを見ている。
 ふふ……してやったり♪
 ユリアはすっかり顔色を失っていた。そりゃあそうだろうなぁ〜。俺も最初に見たときは血の気が引いたしな……。ゲンブ料理を無銭で54万リクン食ったのも忘れられない……。
「よく食べるねぇ〜ルナ。」
「うん。」
 ヒイロの方は全く動揺していないようだ……。こいつ……大物?
「じゃあ、ボクもたくさん食べようかな?」
 ははは、ここまで呑気だと微笑ましいのぉ。
「そうね!今日は私もたくさん食べようっと!」
 ユリアはどうやら損をしなようにルナよりも多く食べるつもりらしい。無理な話だがな。
「ははは、じゃあ今日は大食い大会ってことで♪」
 勝利を確信したモノは、心に余裕があるものだ。

 このときの俺は完全に調子にのっていたのかもしれない……。








「ふぅ〜ルナお腹いっぱいだよぉ。」
 そりゃあお腹いっぱいだろう。ルナの食べた量は50人前以上なんだから……。
 私はこれだけ食べる人間を初めて見た。あの小さな体のどこに詰め込まれているのだろうか?料理の質量はルナ一人よりも多かったように思える。
 しかし……。
「あ、僕もう一つハンバーグカツカレーよろしくお願いします。」
 ハンバーグカツカレー。ヒイロの大好物、トンカツ、ハンバーグ、カレーがごちゃ混ぜになっている料理だ。そりゃあたくさん食べたくもなるだろう。
 でもさぁ……普通42皿も食べないでしょぉおおおおお!?
 食べる早さは大したことはなかった。しかし……ペースがまるで落ちないのだ。最初の一皿目からまるで機械のように同じペースで食べている。
「ハンバーグカツカレーもう一皿。」
 夢なら醒めて欲しかった。
 まるで呪文のように繰り返される注文は、永遠に続くかと思われた。

 74皿……。しかも材料が無くなったために仕方なくお代わりがうち切られたのだ……。もしそれが無かったらと思うと震えが止まらない。どのくらい……食べ続けるのだろうか?……想像もしたくない。
 でも……もう終わった……終わったのよ。
「お会計の方よろしいですかっ?」
 ……お会計?
 私はウェイトレスの言葉をすぐに理解することはできなかった。
 渡されたレシートを見た私は、これが夢であってほしいと本気で祈った。
「ふぅ〜ルナお腹いっぱいだよぉ。」
 ルナは満足そうに言った。いつもの三倍は食べている。満足もするだろう。
 ルナは今までで一番食った。いつも思っていたがルナの胃袋はどういう構造になっているのか、本気で気になってしまう。
 しかし……。
「あ、僕もう一つハンバーグカツカレーよろしくお願いします。」
 ハンバーグカツカレー。文字通りハンバーグとトンカツ入りのカレーライスだ。ボリュームはかなりもので、一皿だけでも結構キツい。
 それをこいつは……42皿食べている……。
 それもニコニコと笑いながら一定のリズムで腹におさめている。結構辛いカレーなのにも関わらず、汗一つかいていないところがさらに俺を恐怖させた。
「ハンバーグカツカレーもう一皿。」
 もう何も言えなかった。止めることもできなかった。
 俺はただただ皿が重ねられるのを見るしかなかった。

 ヒイロの食事は、ハンバーグカツカレーの材料が無くなるという形で幕を閉じた。結局ヒイロは74皿平らげた。しかもヤツが食べたのはハンバーグカツカレーだけではない。他の料理も一通り胃袋におさめているのだ。
 ともかく……悪夢は終わった……。
「お会計の方よろしいですかっ?」
 ……お会計?
 俺はウェイトレスの言葉をすぐに理解することはできなかった。
 ……どうやら悪夢はまだ続くらしかった……。








この物語は勇者妻および魔女の飼い方の本編とは一切関係がありません。