パンドラ

失愛

君が溢れている。


それは歩き慣れた道。

花を咲かせたサクラの木々を見つめながら歩く。
その美しさに心は温まり、この感動を君と共有したくなる。
携帯カメラで写真を撮り、キレイだよってメールを送りたくなる。


それは同僚の結婚式。

愛し合う二人の強い決意。
電話で今日の感動を興奮気味に話して、
引き出物としてもらった、
書いてあるものの中から欲しいものを自由に選べる冊子を、
次に会ったときに一緒に眺めて、
あれが欲しい、これが欲しいと話し合いたくなる。


それはコンビニの陳列棚。

気がつくと君の好きそうなお菓子を探している。
見つけた時は嬉しくて、何も考えずにレジへと運んでいる。
二人で同じ味を噛みしめて、
美味しいときは顔をほころばせて、
美味しくないときは顔を歪ませて。
そんな時間が欲しくなる。


日常生活のすべてが君に繋がっていた。
君がとめどなく溢れていた。

この幸せの中で時を重ねていきたかった。
どんどんしわが刻まれていく手をずっと握り続け、
年老いた顔を向かい合わせて微笑み合いたかった。



だけど……。




君は俺の側からいなくなった。



心変わりなんてものは誰にでも起こりうること。
君は大きな傷を作る前にケジメをつけた。
そんな君を責めることはできなくて。

だから、悲しさと虚しさだけが心を支配する。



辛いとき。

「大丈夫だよ」が欲しくなる。


嬉しいとき。

「良かったね」が欲しくなる。


楽しいとき。

「今度一緒にしようね」が欲しくなる。



感情が動くたびに、君を思い出す。

これ以上ないほど心地よくて、
だからこそすごく甘えていたんだ。

君と離れてそれに気づく。
「君がいるから頑張れる」とは違っていた。



「君がいるから他に何もいらない」



完成してしまっていると思いこんでいた。
時間が止まってしまっていた。

俺は、「愛」を完成させてしまっていたんだ。


だけど君は前へと進んでいて。
俺は足かせにしかなりえなくなっていた。


洗練されていない未成熟な「愛」は壊れてしまった。
創り上げた一つの「愛」を失ってしまった。



もし……もう一度君が俺を愛してくれるなら。

今度は、君と一緒に進んでいけると思う。




だけど……

失った愛は、きっと戻ることはないんだろう。





……でも。

それでも……。

俺は君を待ち続けてしまうのかもしれない。


だけどもう前に進むことはやめない。
君と過ごした時間、君を失った悲しみ。
きっとこれは一生涯の大事な宝物だから。

俺は君と過ごした時間を忘れない。


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