パンドラ


親父

腹が立った。
無性に腹が立った。

いつも親父は勝手だ。
いつも親父は傲慢だ。


俺は親父が嫌いだ。
いつか復讐してやろうといつも思っている。

でも親父は強い。
力仕事をしているだけあって腕っ節が強い。
ひょろひょろもやしのような俺じゃかないっこない。

だから親父が死んでも線香を上げてやる気はない。
死に目に立ち会って「俺は親父が嫌いだ。」と耳元で囁いてやる。
きっとその方が親父は辛いはずだ。
人の親ならきっとそのはずだ。
これが子供にできる最高の報復。

なのにその時はなぜか我慢できなかった。
殴りかかっていた。
かないっこないのに、
でもその時は殴りかかっていた。
あごに一発入れて……、
そしたら倒れたから馬乗りになって、
何度も何度もぼこぼこと殴った。

親父は反撃してこなかった。
とこどころ腫れ上がっている親父の顔には深い皺が刻まれていた。
随分と白髪が多くなり、幾分か髪が薄くなっている。
親父が「ううっ。」と呻いた。

……反撃できなかったんだ。
俺は大きく成長していた。
親父はどんどん老けていっていた。

もう……俺が勝って当たり前になっていたんだ。



気がつくとベッドの上にいた。

……夢だった。

後味の悪い夢だった。

朝、リビングに向かうと親父が朝飯を食っていた。
親父の顔をまじまじと見てみると、
夢の中ほどではなかったが、
皺も白髪も増えていたし、髪も薄くなっていた。

「なんだよ。何でジロジロ見てるんだ?」
親父が不機嫌そうに言った。
「老けたね。」
「うるせぇ。まだ俺はそんなことをしみじみ言われるほど歳を食ってねぇよ。」
親父はさらに不機嫌になった。
……なるほど。確かにそうだな。
見た目だけでの判断だけど、
まだ俺が簡単に殴り倒せるほど老けていない。

「親父。」
「なんだよ。」
「……なんでもね。」
「…………。」

高慢な、俺には高慢に感じるその態度。

……俺はなぜだか安心した。


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