Not Friends

第5話 戦乱の足音

 ジェイルに従うか抗うか。
 支配される側の人間は、二者択一に迫られた。もちろんこのNotFriendsと書かれたトレーラーにいる五人も例外ではない。
 演説の全容の放送が終わり、それについてコメントをする手筈だった人間の、真っ青な顔のアップに画面が切り替わった時、再びフェイルが立ち上がった。
 帝王として相応しくないとされた第一王位継承者その人が。
「どうするつもり?
 王子様……って、もうこう呼ぶのはおかしいかもね」
 ネイは衝撃的な放送を見た直後にも関わらず、落ち着いた口調で言った。
「どうするも何も……」
 フェイルはそこで言葉に詰まる。
 どうすると言うのだ。
 逃げてきた自分に何が出来るというのだ。
 そんな考えがフェイルの言葉を途中で止めた。しかし、とにかく何かしなければいけないという、どうしようもなく漠然とした使命感に駆られているので、ジッとしていることができない。
「……とにかくジェイルと会って……」
「賛成できないわね」
 フェイルの言葉を即座に否定するネイ。そしてフェイルが何か言おうとする前に言葉を続ける。
「今すぐにジェイルの所に行ったら確実に殺されるわ。
 相手の力は圧倒的だし、明らかにジェイルはあんたを敵視しているんだもの」
「じゃあどうすればいいんですか!」
 どうにもならない気持ちを、強く握り締めた拳で壁を殴り付けることで、抑えつけようとする。しかし当然のごとく拳に痛みが走るだけで何も変わらない。
 それがまた新たな苛立ちを生み、何度も壁を殴り付けるという悪循環に他ならない行動を続けてしまう。
「フェイルさん、やめてください!」
 リンは血の滲んできているフェイルの拳を心配して、その行動をやめさせようと必死に押さえ付けた。
 フェイルは、か弱いながらも力強い彼女のおかげで我に変えり、悪循環を続けていた拳を緩める。
「……行動を起こすにしても敵の本拠地である帝国から離れてからの方がいいわ」
 落ち着いたのを見計らってネイがポツリと呟く。
「ちょっとネイ本気!?
 まだこいつと関わるつもりなの?」
 黙っていたミルカが大声で言う。ミルカは問題がここまで大きくなったのだから、ネイがフェイルを見捨てると思っていたのだ。
 普通で考えればそうだ。ジェイルがフェイルに対し、敵対心があることを示す言葉を、全世界を前にして言っているのだから、フェイルは完全に帝国の敵。そんな彼と関わり続けるというのは、帝国を敵に回すと同じこと。
 それが得策だとは到底思えない。
「……まぁね。じゃあ、あんたは帝国に従うつもり?
 そうしたら多分今みたいな生活ができなくなるのよ?」
 今みたいな生活ができなくなる。その言葉がミルカの心を揺り動かす。
 ミルカは今の生活が気に入っている。……強大な力を敵に回しても失いたくない。
 この場所をかけがえのない大切なものと思っているから。
「……………………」
 ミルカは何も言えなかった。ネイがこんなことを言ったということは、ネイも自分と同じような想いを少なからず持っているからだ。ミルカはそれが純粋に嬉しかった。
 他の人間もネイの言葉の意味を理解したのか、部屋に流れていた乱れ気味の感情が一気に固まる。
「じゃあ取り敢えず体制が厳しくなる前に急いで帝国から離れる。今後の私たちの行動はそれでいい?」
 四人の気持ちを確認するためのネイの問い掛けに、誰も首を横に振らなかった。


 あの日から、世界が変わった。
 少し緩んでいた空気が、新帝王の言葉によって凍り付いた。これからの数年を生き抜く人間は、空気が緩んでいた時代であった今までを、平和だったと言い切ることができるだろう。
 しかしながら、すぐに激動の時代に突入するわけではない。新帝王は一週間の準備期間を『帝国の民』たちに与えた。自分に従うかそれとも逆らうか、選ぶ時間を与えると同時に、改革の準備をする時間を得るためだ。
 1週間。
 168時間。
 10080分。
 604800秒。
 単位をいくら変えて桁を大きくしても、ネイたちには短く感じる。
 このトレーラーを休み無しで走らせたとしても、帝国から出られるかどうかさえ解らない。本格的に帝国が動き出す前に、ネイは何としても帝国を出たかった。
 国からでるためには国境という名の壁を破らなければならない。帝国が完全に動きだしてしまったら壁が厚くなるのは目に見えている。そんな厚い壁を破るのは並大抵なことではないし、破れたとしても派手な音がたってしまう。
 勝ち目のない今は、表立って敵対するのは絶対に避けなければならない。
 だからこのトレーラーは姿を変えることを余儀なくされた。トレーラーのままではスピードが足りない。住居ブロックを切り離して純粋なシップとなる必要があるのだ。
 人が生活する場所から、戦場に赴く兵士たちを乗せる場所へ変わらなければいけない。
 1週間のうちの2日間は、トレーラーを走らせながら引っ越し作業をすることになった。引っ越し作業といっても、作業らしい作業をしなければいけないのはミルカとリンだけである。
 住居ブロックにあるのは5人それぞれの部屋とキッチンやバスルームなどで、その中でバスルームはミルカが戦闘ブロックにすでに造ってあり、キッチンについては戦闘ブロックにある簡易キッチンを使えばいい。
 つまりいわゆる引っ越し作業は、キッチンの器具の移動。そして各部屋の荷物の移動に限られる。
 キッチンの器具は、その方面に知識があるミルカとリンが二人でやるのが適切であるし、各部屋の荷物の移動は、その部屋を使っていた人間がやることになるのだが、ネイとシリアの部屋にはほとんどものがなく、彼女たちに必要なものはもともと戦闘ブロックにあるので、作業というほどのことをしなくても良かった。
 フェイルに至っては、荷物自体がほとんどなかったので、数分で片付いてしまった。
 ミルカとリンの部屋だけが、文化的な生活を送るための設備が整っていたために、引っ越し作業をしなければいけないわけだ。
 二人が引っ越し作業をしている間、ネイとシリア、フェイルの三人が何もしていない訳ではない。シップだけで生活していけるように戦闘ブロックを改造するという作業をしているのだ。
 その作業中、フェイルがふとこんな言葉を漏らした。
「初めて機材を触らせてもらえましたね?」
 フェイルは『他人に機材を触らせたくない』と言われたことを覚えていた。だから今の言葉は『他人という立場では無くなったんですよね』という意味で訊いたのだ。
 その意味を察することのできないネイたちではない。だがネイたちは否定も肯定もしなかった。
 ネイたちにとって他人という言葉は、あまりにもあやふやなものだったからだ。
 とくにシリアは、そのあやふやさがネイよりも激しい。シリアにとってフェイルは嫌いな人間ではなかったが、他人と言う言葉に当てはまる人間でもあった。
 自分とはまったく違った人間。フェイルはそういう存在だった。だからシリアは彼が苦手だった。
 ちなみに否定も肯定もされなかったフェイルは、もちろん肯定と判断した。前向きな彼らしい判断だが、それがシリアとの心の距離を縮められない原因なのだ。
 フェイルはそれに気付くはずもなく、笑顔で作業をしていた。


 トレーラーが、完全に戦闘用シップとして姿を変えたのは、あの日から4日目のことだった。
 その日、ネイたちのシップに来客があった。彼はネイたちのシップの2倍以上はある大型シップからSPで発進し、単独で接触をしてきた。先に通信をネイが受けていたので、SPはシップの誘導により招き入れられる。
「よう! 久しぶりだな。」
 5番格納庫にSPが搭載されると共にコクピットが開き、中のパイロットが格納庫で待っていた人物に話し掛けた。
 そのパイロットは50代ぐらいの男。汚らしく蓄えた髭と、何の手入れもしていない白髪の多く交じった金髪が、いかにも男臭い印象を与える。
 そして右の目は、何らかの理由で失ったのか義眼であった。
 そんなことよりも驚くべきは、彼が声をかけた人物だろう。ネイとシリアの二人。しかも久しぶりと声をかけたのだから、彼は二人と面識のある人間だということだ。
 人との接触を極限まで嫌っている二人の知り合い。その意味の大きさは並々ならぬものではない。
「あんたが私たちに接触してくるとは思わなかったわ、ロディ」
「ま、こんなご時勢だからな」
 ネイにロディと呼ばれた男は、乳白色の歯を覗かてニカリと笑うと、SPから降りる。
「で? 何の用?」
 今度はシリアが声をかける。
「相変わらず……いや、前よりもひねたガキになっちまってるみたいだな。
 ま、ネイみたいなヤツと一緒にいればこうもなるか」
「世間話をしにきた訳じゃないんでしょう?」
 気さくに話し掛けるロディに対しても冷静な態度で返すネイ。ロディはそんな態度の二人に「つれないねぇ」と小声で言ってから、真剣な顔になる。
 そして、「ちっと長い話になる。座れる場所に案内してくれや」と続けた。


 住居ブロックにあった応接間はもう無いので、司令室にロディを招き入れた。そこには他のメンバーの三人もいる。
 十畳以上もの広さがある司令室だが、六人もの人間が集まると少し狭く感じた。
 ロディは四つのイスが備え付けられているモニターつきデスクのイスの一つにドカッと座る。ネイとシリアはロディと向かい合うように座り、他のメンバーは適当な所に座ったり壁にもたれ掛かったりしていた。
 ロディはあからさまに敵意の視線を向けるミルカや、キョトンとした顔のフェイル。そして居心地が悪そうなリンをジロジロと見回し「こんなにメンバーが増えたとはな」と意外そうに言った。
「あんたいったい何者よ?
 こっちは忙しいんだけど」
 ミルカはネイとシリアに面識がある不可思議な存在に、敵対心剥出しの言葉をかける。
「気を使って並走してやってるんだぜ? 別に足を止めてる訳でもないし、そんなにカリカリすんなよネェちゃん」
 ロディのからかうような口調にさらに目の鋭さを上げるミルカ。それにロディは怯むことなく、『こわいこわい』というジェスチャーをして目をそらす。
 ミルカはそれに対してまた何か言おうとしたが、ネイに制止された。
「じゃ、手っ取りばやく話してくれない?
 後ろのが言うように忙しいの」
 ネイが親指で壁にもたれかかっているミルカを指して言うと、ロディはわかったわかったと言うように頭をボリボリと掻いた。
「俺の乗ってきたSP。あれはノウブルって言ってな、サガ同盟の主戦力になるSPだ」
 本人以外が解らない単語を使って遠回しに話を切り出す。しかし、カンのいい人間にはそれで充分だった。
「それが反帝国勢力の名前ってわけ?
 それのSPに乗ってるってことはあんたはそっちに入るのね」
「相変わらず話がはえーな」
 ロディはネイの言葉にウンウンと頷き、言葉を続ける。
「さて、早速本題に入っちまうが、おまえらもこっちに来ないか?
 帝国に従うような人間じゃないだろう?」
「ちょ、ちょっといいでしょうか? 話が見えないんですが」
 すでに核心に迫っていた話が、フェイルによって折られる。
 フェイルとリンは話の内容を理解していなかった。他の4人だけで話を進められるのは困るので、話の腰を折るのを承知で割り込んだのだ。
「ハハハハ、もう、話は済んじまってるよ。
 しばらくすりゃあ詳しいことはわかる。その気になったらここに連絡してくれや。忙しいみたいだから今日はこれで帰るぜ。
 んじゃな」
 フェイルの質問には答えず、席を立ちながらデータディスクをネイに投げ渡す。
「……そう、それじゃ」
「相変わらず素っ気ねぇな。シリアは挨拶も無しだしよ。
 ……まぁいいか。
 んじゃ、おまえが敵にならないことを祈るよ」
 ロディはネイの言葉に見送られて、司令室を後にする。そんなロディのあとを追ってシリアも司令室を後にした。
 見送るという行為なのだが、それを行う人物がシリアであるために違和感があった。
 二人が司令室から姿を消すとともにミルカがネイに詰め寄る。
「ねぇねぇあいつ何なのよぉ!」
「知り合い」
「知り合いだってのは訊かなくてもわかるわよ!
 それにシリアが見送るなんて普通じゃないわ! そこんとこはどうなのよ!」
 ネイが冷めているのはいつものことなので、めげずに訊くミルカ。それに対してネイは「このシップを譲ってくれたのがロディなのよ」と答える。
「えぇ!?」
 さらに騒ぎ立てるミルカ。今度はフェイルもリンも参加してくる。
「じゃあ、もしかして昔のメンバーとかですか?」
「……………………」
「き、きちんと挨拶しておいた方が良かったのかな?」
「……………………」
「実は血縁関係があるなんてことはないわよねぇ!?」
「……………………」
 三人の質問攻めに対して、ネイは何も答えることなく「昔のことよ」と一方的に締め括り部屋を出ていった。


「……あれから一年も経つのか……」
 ロディとシリアは格納庫までの道を並んで歩いていた。
 話し掛けるロディに対し、シリアは沈黙をもって答えている。
「……今の生活、気に入ってるみたいだな」
 優しく問いかけるロディ。
 その表情は父親が子供に向けるそれに似ている。シリアは何も答えないが、ロディはその雰囲気から返事がYesだと察したので、満足気な表情を浮かべている。
 笑顔を作るときにできる皺ははっきりと歳を感じさせた。
「あの色っぽいネェちゃんも、三つ編みの嬢ちゃんも何だかおまえらと同じような匂いがするもんなぁ」
 ロディの声と、金属の床を歩く、カンカンという音だけが響く。
「あの髪型がイカれてる割には真面目そうなニィちゃんはそんなことはなかったが、ま、悪いヤツには見えねぇしな」
「……どうして帝国に反するの?」
 シリアが口にした言葉は、今までの話とまったく関係のないものだった。
 しかしロディはそれを気にする事無く、頭をボリボリと掻いて天井の方に視線を向ける。
「どうしても帝国の思想が気に入らねぇんだよ。
 ……いい機会だと思ってな。
 それに昔のエースパイロットだったっていう事実がいい待遇に導いてくれたし」
 天井に視線を向けたまま言うロディに対し、シリアは無言のまま顔を向ける。
「……サガ同盟なぁ、テッペンのヤツがいけすかねぇ野郎なんだが……ま、戦争始めるようなヤツだ。
 いけすかねぇのは仕方ねぇ……」
 そのシリアの無言の圧力に気圧され、ロディは本音をポツポツと漏らす。
「とにかく、戦争が始まるのはもう避けられねぇ。だったら自分が住みやすい世界に導いてくれそうなほうに加担しねぇと……成り行きに身を任せるのは性に合わないからな」
 そんな話をしているうちに、ロディのSP、ノウブルの置かれている第五格納庫まで辿り着く。
「……とにかく、おまえたちとは戦いたくないってことだ」
「……本当に……また始まるのね」
 独白のようなシリアの一言にロディは答えず、ノウブルに乗り込んだ。
「……まだ残ってるのか?
 あいつは……」
 コクピットのハッチを閉める前に、4番格納庫に視線を向けて言う。
「……………………」
 沈黙をもって答えるシリア。
 また雰囲気で答えがYesだと察したロディは、一瞬悲しげな表情を浮かべてからコクピットを閉める。
 シリアは例のごとく、何事もなかったかのように発進口を開き、誘導灯をつけた。
「じゃ、お互い生き残れることを祈ろうぜ」
 スピーカをつかったロディの別れの言葉が格納庫に響くとともに、ノウブルのローラーフットが稼働した。
「……生き残る……また、生き残っちゃうのかな……」
 シリアはその姿を見送ったあと、誰に向けるという訳でもなくそう呟くと、サングラスを外した。
 突如眩しい世界が彼女の視界に広がる。しかしそれは一瞬のことで、その眩しさを感じると共に再びサングラスをかけなおした。
 自分にとってこの世界は直視するのは耐えられない。
 まぶしく……明るく……そして……怖い。
 黒く濁らせて世界を見つめる少女は、サングラスをかけずにはいられなかった。


 少女は、一緒に生きていくと決めた人間と同じ部屋で寝ていた。
 住居ブロックが無くなったためだ。
 このチームの中で表面上がもっとも明るい女性と、もうひとつの自分の存在に怯える少女は別の部屋で生活を共にすることなった。明るい未来を見ることの出来る青年はまた別の部屋で生活している。
 現在深夜二時半。
 十三歳の少女だけでなく、ほとんどの大人たちも寝ているべき時間だ。
 現に他のメンバーは眠りについているはずである。
 しかし少女は未だに寝付けずにいる。その耳に足音が聞こえていたからだ。
 ローラーフットを使わずにゆっくりと歩くSPの足音。その時コクピットに伝わる微妙な振動。ローラーダッシュに入るときの体が持っていかれる感覚。それらが近くにくるのが感じた。
 どうすればいいの?
 恐怖が少女の全身を駆けめぐる。しかし少女は表情を変えない。変えるべき表情がわからない。

 笑えばいい?

 泣けばいい?

 怒ればいい?

 驚けばいい?

 どれが正しいの?
 自分が感じたままでいい?
 ……それが本当に正しいの?

 誰に聞くでもなく、ましてや自分に問いかけているわけでもない。誰を信じていいかさえわからない。自分さえ信じられない。
 そんな自分が誰に質問できるというのだろう?
 確かなものなど存在しない。正しいモノなどわからない。
 だから彼女の表情は変わらない。変えるべき表情がわからないからだ。
 少女をここまで悩ませているのは悔恨の念。幼すぎた自分の笑顔への憎悪。
 一度起こした過ちは自分への信頼を無くす。強く信じていたモノの裏切りは、自分以外のものへの信頼を無くす。
 信じることへの恐怖がいつも彼女を苦しめている。しかしこの世界は絶対的なものがなく、脆弱で彼女に救いの手を差し伸べることはない。
 足音が近付いてくる。
 戦争は愚かしい行為だ。人間の犯した大罪だ。終わるたびにそんなことを言っているではないか?
 ひどく後悔し、二度と起こさないと誓うではないか?
 それなのになぜこの足音が自分の耳に届いてしまうのだ?
 なぜもう一度過ちを犯そうとするのだ?
 それが人間の性ならば……。
 人間である自分を否定する。
 そしてすべてのものを黒く濁らせ、直視しないようにする。
 だから彼女の表情は変わらない。何があっても。どんなときも。その表情さえ過ちかもしれぬのだから。
 表情が変わらないからといって何も感じていないわけではないのだ。思春期の少女の心が揺れ動かない訳がないのだ。
 表面に出さないからといって、何も感じない、何も考えていない人間だと思うのはあまりにも軽率ではないだろうか。
 ……いや、表面に出さなければわからないのも事実だ。
 表情、言葉、行動。
 そんなもので表現しなければ、他の人間にはわからない。
 少女はそれがわかっているにもかかわらず、自分を表現することをしない。
 他の人間に自分を知られたくないから。
 正しくないかもしれない自分を認識されるのが怖いから。
 他の人間に自分が認識された時点で責任というものが生じ、責める存在が生まれてくる。
 自分の中で抑えこんでしまえば……。
 自分以外に知られなければ……。
 行動にさえ移らなければ。
 何者にも責められない。もし責める人間がいるとしたら……それは自分だけ。
 考えるのは怖いことだ。自分の過ちに気が付いてしまうかもしれない。いくら自分を否定し続けても、生きている以上過ちをおかしている可能がある。
 しかし心とは裏腹に頭はぐるぐると無意味に回転する。
 少女には安らぎがなかった。希望がなかった。
 しかし、どんなに辛くとも、少女が自分を死においやることはない。
 すべてを否定しようとしている少女にも一つだけ、信じることができる気持ちがあるからだ。
 それが彼女の命を繋ぎ止めている。
 死ぬのは嫌だと言う気持ち。今一番そばにいる人間と、一緒に生きていけなくなるのは嫌だというその気持ち。
 それだけを胸に、少女はこれからも生き続ける。


 帝国暦一年。5月25日。新帝国誕生から6日間の時が流れたその日。
 サガ同盟代表と名乗る男、ゼダ・シャウェイが全世界放送を乗っ取って反帝国の意志を表明し、その数日後、帝国に対して宣戦布告をした。
 新帝国の政策に反対する国は多く、このサガ同盟に加盟する国もまた多かった。正式な勢力図はまだわからないが、おそらく戦力は世界を二分すると思われる。それはつまり、世界大戦と呼ばれる戦争が始まるということだ。
 サングラスをかけている少女は、その事実が映し出されているモニターを、黒く濁らせたまま見つめていた。




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