Not Friends
第4話 開かれぬ少女の瞳
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| 「いやー、それにしてもネイがスナイパーライフルも扱えるとは思いませんでしたよ。まさに百発百中でしたね」 ネイとの通信回線を開いて言うフェイル。それに対してネイは何も答えなかった。 二人は仕事を終えて帰路についていた。先の戦闘で屋敷に突っ込んでキライルを奪取したのがフェイル。 遠距離から攻撃していたのと、新手の2機を一分も経たずに仕留めたのはネイだったのだ。 そのあと、フェイルを追撃した2機にネイが追いつき、それも問題なく撃破した。 高出力で打ち出す狙撃用のプラズマガン、通称スナイパーライフルで4機を沈めたのもネイなので、8機ともネイが撃破したことになる。 前を走っているネイのモーリガンからの返答が無いので、フェイルは通信を切って操縦を自動にし、コクピットを開いた。 「お疲れ様。恐くありませんでしたか?」 コクピットから身を乗り出してクローで掴んでいる人物に声をかけた。 「ちょ、ちょっと恐かったです」 顔を引きつらせながら答えたその人物は、カンタールの息子のキライルではなかった。 「リンが乗っているのにかなりスピードを出してしまいましたからね。」 フェイルは申し訳なさそうに言った。 フェイルのモーリガンにつかまれている人物。それはキライルと同じ格好をして、帽子をかぶったリンだった。 ちなみに本物のキライルは今、ミルカと共にカンタール邸に向かっているところだ。 これが今回の仕事でのリンの役目。 キライルのダミー。 今回の作戦は、ミルカが屋敷に潜入しキライルを連れ出す。それと同時期にフェイルのモーリガンが屋敷にとりつき、あたかもキライルの受け渡しをしているかのように演じる。 演じている間に4機のSPの動きを止めるのが、スナイパーライフルを装備し、SPのレーダー範囲外から狙撃するネイのモーリガン。そしてフェイルのモーリガンがキライルをクローで掴んでいるのを、わざと残した一機に確認させるのも作戦のうち。 犯人グループの標的がフェイルのモーガン変わり、追っていったところで屋敷内に身を潜めていたミルカとキライルが脱出する。あとは残りの戦力を撃破。 こういう作戦だった。 リンが手伝うと申し出ない時点では、ダミーを使わずにそのままフェイルが逃げ切るという作戦だった。 しかしそれではキライルが危険にさらされて、依頼人の『息子に怪我をさせない』という要求がはたせるかどうか不安だという問題があったので、リンの申し出を素直に受けて作戦に参加させたのだ。 ダミーという地味な役であったが、フェイルと同じ場所で働けたという気持ちが、リンに達成感を与えている。 「リン、モーリガンのクローに捕まれたままだと落ち着かないでしょう? コクピットの後ろが空いてますからどうぞ」 リンを気遣っていうフェイル。その提案にリンは困った顔をした。 「あ、でも……ミルカがSPに乗っちゃいけないって……」 フェイルの誘いはリンにとって嬉しいものだった。フェイルが自分を気遣ってくれているのも嬉しいし、狭いコクピットの中で二人きりになれるのもリンにとっては幸せなことである。しかしリンに仲間の言い付けを破る勇気は無い。 「それは敵にキライル君がここにいると思わせるための作戦だからでしょう? 今は仕事も終わってるんだから問題ないですよ」 笑顔での一言で心が揺れるリン。 「……そう……ですよね……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」 リンは考えてからフェイルの申し出に応じる。 その言葉を聞いたフェイルは、リンを掴んでいるクローをコクピットに近付ける操作をした。 「さ……」 手を差し出すフェイル。リンは少し顔を赤くしてその手を取り、フェイルは差し出していない手でクローを開く操作をした。 低速とはいえ走行中なので、クローはできるだけゆっくりと開く。 そしてフェイルはクローがある程度ゆるまってからリンをコクピット内に引っ張りこんだ。 「きゃっ……」 引っ張った勢いが余ってフェイルに体を預ける形になってしまう。 「大丈夫ですか?」 フェイルはそんなリンをしっかりと受け止めた。 「……あ、は、はい……。 あれ? ……え!? 何コレ」 本来ならば嬉しいはずのアクシデントだが、不意に起こった言葉に表せない感覚に襲われたために、それどころではなくなる。 フェイルに抱かれているからではない。稼働中のSPのコクピット内に渦巻くさまざまなものが、リンにこの言い表わせない感覚を生ませているのだ。 エンジン音。 振動。 多方向を映している様々なモニターの光。 そして独特の空気。 それらが過剰なほど大きなものに感じていたリンは、フェイルに体を預けたままピクリとも動かなくなる。 「どうしたんですか?」 そんなリンを心配するように声をかけるフェイル。 その次の瞬間。 フェイルの体が何か強い力に引っ張られた。 「……んなっ!?」 驚愕の声が口から漏れる。なぜならその力が、今までに経験したことの無い異常な力で、しかもその力は、今まで抱きとめていた少女の、自分の半分ほどの細さしかない腕から生まれた力だったからだ。 「……リ、リン!?」 彼女の名前を呼んだとき、すでにフェイルの体はモーリガンの外に放り出されていた。 異常な力で放り出されたため、しばらく空に浮かんだ状態になるフェイル。そんな彼の視界に、操縦席に座るリンの姿が入った。 「……リン?」 再び彼女の名を呼ぶ。しかし今度はイントネーションが違っていた。 今回の言い方は、本当にリンなのか? というニュアンスだった。 彼の視界に入ったリンの顔が、まるで別人だったためにフェイルはそういう言い方をしたのだ。 フェイルの見たリンの表情は、普段のリンからは絶対に想像できないものだった。 まるで血に飢えた獣のようなそんな顔をしていた。 ドン! 状況が理解できないまま重力によって地面に叩きつけられる。高さは三メートル程度だったが、時速四十キロの速度が出ていたために、かなりの衝撃がフェイルの左肩を襲った。 対衝撃性能のあるスーツのおかげで致命的なケガは負わなかったが、すぐに行動できるような軽いケガでは済まなかった。 それとほぼ同じくして、フェイルの乗っていたモーリガンの動きが止まった。フェイルは苦痛に顔を歪ませながらも、強打した左肩を押さえて状況を把握しようとする。 そんな中で通信が入り、フェイルはマニュを操作して通信を受けた。 「こちらネイ。何で急に止まったのよ?」 「ネ、ネイ……。リンが……」 通信してきた相手がネイだとわかったフェイルは、急いで今の状況を説明しようとするが、痛みのせいでうまく喋れない。 「何? リンがどうかしたの?」 明らかに普通でないフェイルの声に、ネイも何かが起こったことを悟って強く呼び掛ける。 「リンが……SPに……」 「なっ……!? まさかコクピットに入れたの!?」 フェイルのその言葉にネイは顔色を変え、機体を後方に向ける。 しかしそこにはモーリガンの姿はなかった。急いでモニターでモーリガンの姿を探す。 「上!?」 上方モニターに映ったモーリガンを見つけるネイ。 しかしその時はすでに遅い。モーリガンからプラズマが雨のように放たれていた。 慌てて避けるようと努める。 しかし避け切れずに4発ほど直撃を受けてしまう。バリアの出力を一時的にあげていたために機体に損傷はないが、激しい衝撃がネイを襲った。 「くっ!」 普通の人間なら操縦桿を離してしまうような衝撃だが、ネイはその衝撃の中でも操作をしつづけてモーリガンとの間合いを離した。 リンの乗っているモーリガンは、跳躍していたため追撃はできない。そのおかげで間合いは完全に離れた。 「どういうことなんですか? リンが操縦してるんですか!?」 フェイルはこの異常な事態に、痛みさえ忘れてネイに聞く。 「細かく説明している暇はないわ。でもリンが操縦してるってのは当たりよ」 「そんなバカな! リンがあんな操縦をできるわけが……」 「通信しながら戦える相手じゃないの! あんたはミルカとシリアにこのことを伝えて! 以上!」 ネイはそこまでいうと一方的に通信を切る。その間ネイはプラズマで牽制をしながら間合いを離そうとしていたが、リンが操縦しているというモーリガンは、牽制のプラズマを無駄のない動きで避けながら尋常でないスピードで間合いを詰めている。 「本当にリンが操縦してるのか……?」 フェイルは、遠退いていく2機のモーリガンの戦いを目の当たりにして言葉を無くす。 彼はネイの操縦能力がずば抜けて高いことを知っていた。そのためネイが1機のSPに、しかもあのおとなしい少女、リンと互角、いや押され気味の戦闘をしているなど、信じられないことだった。 「……! ぼっとしる場合じゃない! 早くミルカとシルカに知らせなきゃ!」 フェイルはネイに言われていたことを思い出し、マニュを操作して通信回線を開いた。 「チィッ……」 ネイは舌打ちをしながら逃げ続ける。しかし最初に開いた500メートル程の間合いが、今は300メートルまで縮められていた。今は何とか互角に渡り合っているが、近距離戦に持ち込まれたら圧倒的に不利になる。 ネイはそれがわかっていたために、極力リンを近付けないように努めた。 激しいプラズマの撃ち合いが続く。 プラズマの撃ち合いならば、ネイのモーリガンの方が有利のはずだった。魔石の配分が違うからだ。 ネイのモーリガンはセイリュウ四、スザク四、ビャッコ二、ゲンブ二。それに対してリンはすべて三つずつ。 プラズマの回復量はネイの方に利があるので、プラズマを撃っている回数はネイの方が多い。それにもかかわらず、最初に述べたように何とか互角に渡り合っているのが現状である。 接近戦に持ち込まれれば基本性能がモノを言うため、ビャッコの数が多いほうが有利なのだ。性能で優位に立っているのにもかかわらず、互角の戦いしか出来ない。つまり接近戦になったらやられる。 そう確信しているネイは何としても間合いを近付けるわけにはいかなかった。 「くっ!?」 そんな激闘のさなか、小さく声を漏らすネイ。激しい戦闘のために大量に発汗し、その汗が左目に入ってしまったのだ。ほんの一瞬だが距離感が鈍ってしまう。 その一瞬を見逃さないリンのモーリガンが一気に間合いを詰めてくる。 「チィッ!」 大きな舌打ちをしてプラズマを乱射するネイだか、相手がバリアの出力を高めていたためことごとく中和される。 そして近距離戦の間合いまで距離が詰まった瞬間、リンのモーリガンが右のクローを繰り出す。右に機体を動かし何とかやり過ごすネイ。 しかし攻撃がそれで終わるはずもなくすぐに左のクローが迫ってくる。それも後方に動くことで避ける。 それから何度もリンのモーリガンから攻撃が繰り出され続けた。 近距離戦。 それは操縦能力がものをいう戦いである。近付きすぎるとプラズマはほとんど役に立たない。近距離でプラズマを撃ったとしても、よほど出力が高くないかぎりバリアで中和される。そしてその撃っている間に、クローを繰り出すなどの格闘攻撃にやられてしまうのだ。バリアを突き破ろうと出力を高めて撃てば、撃った側もただでは済まない。 しかし格闘攻撃というのは避けるのも当てるのも難しい。その原因はSPの操縦方法にあった。 SPの操縦というのはあらかじめ設定された動きを組合せるというのが普通だ。細かい姿勢制御や危険回避はコンピュータがやってくれる。 操縦者がやることといえば、例えば歩いて前進、ロックオンした敵を撃つ。バーニアを噴かすなどの単純な指示。そして近距離戦での、ロックオンした相手にライトアームとレフトアームを交互に突き出し、格闘技で言うワンツーというコンビネーションを繰り出すなどの複雑な動きをさせるにも、一つの操作で動かせるようあらかじめ設定されている。 遠距離戦ならば、攻撃はロックオンした敵をプラズマで撃つという操作だけでも充分戦える。避ける動作も左右に動かす程度でもいい。つまり撃つ、右に避ける、左に避けるという操作だけでも戦えるわけだ。しかし近距離戦となるとそうもいかなくなる。 ロックした相手にクローを繰り出す。という操作だけでは話にならない。あらかじめ設定してあるコンビネーションを使う操作をしてから、また違うコンビネーションを繰り出す操作に移るなどの操作が必要になってくるのだ。 ある程度はコンピュータが補佐してくれるが、避けるほうも攻撃に合わせて左右に避けるのはもちろん、のけぞる、ブロックするなどの操作をしなければならない。遠距離戦よりもはるかに細かい操作が必要となる訳だ。 激しく息を切らしているネイ。 ネイは先程から守りに徹していた。そうしなければ、リンのほとんどエンドレスのコンビネーションをやり過ごせないのだ。 リンのコンビネーションは予測がつかない。それはおそらく設定してあるコンビネーションを使わずに、基本動作を組合せて攻撃してきているからであろう。 普通の人間ならば、おそらくこんな操作はできない。基本的にSPは脚が短いのでキックはあまり役に立たず、そのためクローやドリル、それにプラズマの帯びたプラズマメイスなどで戦うのだが、その基本動作は多く、例えばクローならば、ボクシングの攻撃方法と同じくらい種類がある。ストレート、アッパー、フック、ジャブ。そしてそれら4つのフェイントが左右に設定してあり、これを組合せているのがコンビネーションなのだが、基本動作を使い、即興でコンビネーションを組むというのは非常に難しい。しかしつなげるタイミングや、パターンを状況に応じて自由に変えられるので、有効なのは確かなのだが。 そこまで細かい操作をするには、高い反射神経、判断能力、集中力が求められる。常人ではすぐ息があがってしまうだろう。しかしリンの機体は動きが鈍ることなどなく、激しい攻撃を続けている。 そんな攻撃を防ぎ続けるのも、攻撃側と同じかそれ以上の疲労が襲う。疲れを知らないかのような動きを続けるリンと近距離戦を続けるのはもう限界であった。 「……っ!?」 そんな戦闘のさなかリンの機体が消えた。 いや、翔んだのだ。一瞬混乱を覚えてしまったネイにさらに意外な攻撃が繰り出される。 鈍い音と共に激しい衝撃がネイを襲う。ネイはその攻撃が完全に読めなかったために、まともにくらってしまった。 ジャンプしたリンのモーリガンが繰り出した攻撃。それは屈伸されていた右脚部を、ネイのモーリガン目掛けて一気に伸ばすという動作だった。 飛びゲリ。 人間がするそれなのだが、SPでこんな動きをするというのは考えられない。先程のコンビネーションといい、このモーリガンはSPの動きではなく、人間の動きをしているように見える。まるでSP自体に魂が宿っているかのように動いているのだ。 ケリの衝撃で倒れこむネイのモーリガン。そこにジャンプをしていたモーリガンが、クローを突き出して落下してくる。 ……やられる。 ネイの脳裏にそんな言葉が走り、全身に嫌な汗が吹き出したその瞬間。 リンのモーリガンの動きが突如停止し、重力に引かれ落ちていった。 それと同時にネイのマニュに通信が入る。 ネイは状況が理解できないまま、まだ震えの止まらない手で通信を受けた。 「こちらシリア。トレーラーから緊急停止信号を送ったからもう動けないはずよ」 シリアの声を聞いたネイは「ふぅ……」と安堵の息を漏らす。 そして「できれば迎えにきてくれる? ちょっと疲れたから……」と続けた。 「OK」 シリアがそう応えて通信を切ると、ネイはマニュを外してグッタリと背もたれに寄り掛かった。 「リンは!?」 ミルカがそう叫んで休憩室に入ってくる。 「自室に寝かせてある。シリアがついてるから大丈夫よ」 ネイがそれに答える。ミルカはその言葉を聞くとほっと一息ついてから、左肩に包帯を巻いているフェイルをキッと睨み付け「何でコクピットに乗せたのよ!」と怒鳴った。 「……すみません」 怒鳴られたフェイルは下を向いて謝る。 「フェイルにコクピットに乗せるな、と伝えなかった私たちにも責任はあるわ。 あんたもリンにコクピットには乗るなって言っただけでしょ?」 それに対してネイが言う。ミルカはそれを聞くと視線をそらし黙ってしまう。 しばらく3人は言葉を無くし、休憩室に静寂が訪れた。 「……リンは……どうしてしまったんですか?」 聞くことをためらっていたが、フェイルは意を決して聞く。 あのリンが、ネイをも追い詰めるSPの操縦をし、自分をコクピットから引きずり出す。それだけでも信じられないし、何よりあの時見たリンの顔が脳裏に焼き付いて離れない。 「リンはSPに乗るとああなるのよ……」 フェイルの問いに答えるネイ。 「何で……二重人格……ですか?」 「まぁ……そんなところかしらね。 ……でも少し違うわ」 フェイルが言った言葉に対して、ネイはあいまいな言葉を返す。 「少し……違う?」 「……そう、リンはSPに乗ると違う人格が出るように造られた……兵器なのよ」 その言葉を聞いたフェイルは、ネイの言葉をにわかに信じられなかった。 バーサーカー。 リンはそう呼ばれる存在だった。 バーサーカーは最強の戦士を造り上げるというのをコンセプトのもとに作られた。生み出したのはロッシャル帝国。 占領した土地の人間を『実験体』として扱えるからこそ造り上げることのできた戦士である。 最強の戦士には戦い以外の能力は必要ない。 あせり、不安、恐怖などの、戦闘においてマイナスになる感情も必要のないものだった。 そういう人間を造り上げることを目標に、実験体に教育、いや調教に近いことをし続けていた。しかしストレスによって精神が狂ってしまうのがほとんどで、使いものになる最強の戦士は造れなかった。 そんな中でロッシャルの精神学者はある提案を出す。その時、解明されてきた多重人格の活用である。 具体的にはストレスを緩和させる普通の人格と、教育を施され、感情ももたない人格を造り上げるというものだ。 そしてそれに使う実験体に選ばれたのは、植民地となっていたチェイ国の、六歳前後の子供たちだった。彼らが選ばれた理由は、人格形成のされていない子供の方が他の人格を造りやすいためである。 催眠、暗示、様々な精神操作を繰り返し生み出された“最強の戦士”の人格は、戦闘に関する、いやSP戦だけの能力を植え付けられ、常人ではどんなに訓練しても手に入らない、集中力、判断能力、そして空腹の野獣にもまさる好戦的な性格を持つ戦士となった。 もちろんすべての実験体がうまく二つの人格をもてるわけではなく、精神異常をきたしてしまうことが多い。そのために訓練中に暴走し、射殺された者が九割以上だった。しかしその頃のロッシャルは、実験体十体で最強の戦士が一人手に入る。という考え方をする国であったために、チェイ人の子供たちはほとんど実験体として扱われた。 この人格は、精神操作で引き出すか、起動中のSPのコクピット内に入る以外で表に出ることはないので、子供たちは自分たちが実験体とされている事実を知らずに、普通の子供として当たり前に育てられた。最強の戦士の人格でないいわゆる本当の人格が、ストレスを感じずに暮らせる偽りの平和の村で。 精神操作や訓練などは夜に行なわれる。その時の少年少女たちは別人格であるので、朝になれば何事も無かったように普通に平和な生活を続ける。 もちろん友人が突如いなくなるという事態はあったが、その時は家族全員を処理し、他の場所へ移住したということで納得させていた。 そして二つの人格の形成がほぼ仕上がった時点で実戦に投与される。催眠状態のまま空輸され、その時最強とされたSPのコクピット内に入れた後、催眠を解き敵部隊の中心に投下するのだ。 もちろん降下途中にやられないため、空輸してきた飛行シップが全弾を撃ち尽くすまで援護射撃を行なう。そのSPが地に着くまで落とされなければいいという確証があるからできる行動だ。 着地した後のバーサーカーに気を使うことはない。いや、バーサーカーにとって自分以外の動くものすべては敵であり、近付けば味方機でも落とされてしまう。だから飛行シップは戦闘区域から離脱しなければならない。 後は数時間待つだけ。それで破壊されたSPの山が出来上がる。 しかしこのバーサーカー製造は戦況が優勢になるにつれ、暴走の危険性が指摘されたことと、新しい兵器が生み出されたことにより中止された。 そして戦争が終わると、精神操作という非人道的行為が明るみにさらされるのを防ぐために、すべてのバーサーカーは闇に葬られた。 だが、生き残ったバーサーカーがいた。 そう、それがリンである。 「リン……リン……」 まだ眠っているリンの耳に届く、自分の名を呼ぶ優しい声。父親のようでもあり、兄のようでもある自分を包み込んでくれるそんな呼び掛けに、ゆっくりと目を開けるリン。 その瞳に、恋心を抱いている青年の笑顔が映った。 「……フェイル……さん? ……!」 その名を呼んだ後にリンはハッとして、再び堅く目を閉じる。 思いもよらぬ声に、思わず目を開いてしまったが、自分を眠りから目覚ざめさせたのは目覚まし時計のアラームではない。 つまり、異常だということになる。 それを認識した瞬間。リンの意識は恐怖で支配された。 「どうしたんですかリン?」 そのフェイルの問い掛けに対し、耳を押さえるという行動で返答するリン。これは明らかに何も聞きたくないという意思表示である。 すでに混乱状態に陥っているリンは、耳から入る情報は自分に起こった不幸を知らせるモノ、視界に入るものは自分が不幸の渦中にいることを認識させるモノとしか考えられない。 「リン? 落ち着いて?」 「いやぁぁぁぁ!」 どんなに強く耳を押さえても、聴覚を完全になくすことは出来ない。それを自分が叫ぶことで解消しようとするリン。 「…………」 「いやぁぁぁぁ!」 フェイルがもう何も言っていないにも関わらず、ベットの上で暴れながら叫び続ける。 「リン、落ち着いて!」 こんなに取り乱しているリンを初めて見るフェイルは少し戸惑ったが、リンが今苦しんでいるのは自分の責任であると感じているため、必死で落ち着かせようと呼び掛け続けた。 しばらくして呼び掛けの効果はないと判断したフェイルは、リンを強く抱き締めた。左肩を負傷していたために、右腕だけで少女を抱き締めることになったが、人並み以上にトレーニングをつんでいる彼は、暴れ続ける少女を腕の中で押さえ付けることができる。リンが暴れる度に左肩の傷は痛んだが、これは彼女の痛みが伝わってきているのだと考え、耐え続けた。 リンはしばらく暴れ続けたが、彼の逞しくも優しい腕の感触と、生きている証の心臓の鼓動に抱かれ続けることで、言葉だけでは絶対に得られない本能的な安心感に包まれ、少しずつ落ち着いていく。 フェイルはそんなリンの頭をなでながら彼女の耳元で「恐い夢でも見たんですか?」と、慈愛に満ちた声でささやいた。 リンはその声で、すべての恐怖から解放されたようなそんな感覚を覚える。それと共に零れてくる涙。リンはその涙をすべて搾り出すかのように、彼の胸で泣きじゃくった。 フェイルは笑顔であの状況をこう説明する。 「疲れてたんですよ……、コクピットの後ろに座った途端眠ってしまったんです」 フェイルは今の自分の言葉が嘘ではないと思っている。 本来のリンは今ここにいるリンであって、SPに乗っていたリンは別の人格。本当のリンは眠っていたようなものなのだ。 「そう……ですか」 腑に落ちない点は多々あったが、リンはその言葉を素直に受けとめた。 「そうですよ。さぁ、そろそろミルカが夕食を作り終える時間です。 いきましょう、今日はご馳走みたいですから」 そういって再び微笑むフェイル。 その笑顔を見たリンはもう何も考えられなくなり、無理に作った笑顔でそれに頷いた。 その日の深夜二時。 トレーラーの格納庫に一人の少女がたたずんでいた。 その暗く、冷たい雰囲気にどうやっても溶け込まないその少女は、ゆっくりと動かぬ鋼鉄の人形に歩み寄る。 (あの時も……) 少女は心の中でそう呟いて冷たいSPの脚部に触れた。 (……今日もこれに乗ってから記憶がない……) 少女は機体に触れたまま下を向いて考え込む。 三つ編みをほどいていたために、ウェーブのかかった長い髪が頬を撫でるように重力に牽かれていた。 (……フェイルさんが怪我をしていたのも……もしかしたら) 左肩に包帯で巻いている痛々しい姿のフェイルが脳裏をよぎったとき、少女は再び顔をあげた。全身震えながらもSPのコクピットに手をかける少女。 (本当に……私が原因だったら……) コクピットに触れた手を慌てて離し、飛ぶようにSPから離れる。 今までの不幸は、自分が原因だったという考えが浮かんだ時点で、少女は真実を求める勇気を無くしてしまっていた。 そして、言い知れぬ恐怖から逃げたいという衝動に素直に従った少女は、全力でその場から離れていく。 平穏な匂いがいっぱいに詰まった部屋。自室に戻った少女はベッドに入り体を小さく縮める。 暗やみに包まれる少女。 外界との繋がりが遮断されたその空間にいるにも関わらず、少女は怯え続ける。 自分のはっきりしない記憶とすべての不幸の原因は、SPと密接に繋がりを持っていることに少女は感付いていた。しかし少女にそれを確かめる勇気はない。アラームが鳴らなければ安心して目覚められないほど、臆病で小さな心の少女なのだから。 ピピピピピ……。 目覚ましのアラームがリンの鼓膜を刺激する。それは一睡も出来ずにベッドの中で縮こまっていた少女の心に、安らぎをもたらすものだった。 午前六時にアラームが鳴るのは、その日が通常である証拠。 (……大丈夫……何も変わってない) アラームを止めたリンはゆっくりと身体を起こす。はっきりしない記憶も、過去の不幸も気にしなければいい。そうすればまた平穏な日々が送れる。 リンはスクッと立ち上がり、いつものように着替え、髪を三つ編みにし、そして朝食を作り始めた。 アラームによってだけ開かれる少女の瞳。 真実を見つめられる勇気という瞳は、まだかたく閉じられたままだ。
………………………………シリアよ。 |