Not Friends

第3話 偽善の花

(とうとう外泊しちゃった)
 ミルカはリーシャのベットの隣に置かれた、ソファーに寝転がり、物思いにふける。
 ミルカは今までどんなに遅くても外泊することはなかった。夜の十二時までにはトレーラーに戻っていた。
 しかし、現在時刻は深夜の1時。
(心配してるのかな)
 心配をかけているのならば心苦しいが、心配してくれているという事実は嬉しい。
 不謹慎かもしれないが、ミルカはその念が大きいことを望んだ。今は自分が大切に思われたいという気持ちが一番強いのだ。
(……今、どうしてるのかしら……)
 色々なことを考えてしまい中々寝付けないミルカは何回も寝返りをうつ。
「眠れないんですか?」
 ミルカは突然の声に驚いた。リーシャは完全に寝ていると思っていたので、意表をつかれたのである。
「……まぁね」
 リーシャの方に体を向けて答える。
「少し外に出ませんか?」
 ミルカはまたリーシャの言葉に驚かされた。深夜1時に外に出ようと誘われるとは思わなかったからだ。
「いいものをお見せしますよ」
 返事を躊躇していたミルカを見抜いたのか、リーシャが続けて言う。
「いいもの……か、行ってみようかな?」
 ミルカはまだ完全にしっくり来ないままだったが、その言葉におされて誘いにのることにした。


 サワサワサワサワ……。

 締め切られた小屋に外界との通り道が開いた時、ごくわずかな音がミルカの耳に入る。
 風が吹いているわけではない。
 ミルカはその音を不審に思いながら、外への一歩を踏み出す。
「うっ……!?」
 目の前が白くなる。
 小屋の屋根から光が差し込んだようだった。
 どうやら屋根に照明が仕込まれていたらしい。いきなりの光に少し目が眩んだが、ゆっくりと視界がひらけていく。
「……えっ!?」
 ミルカの回復した視力が最初にとらえたもの。それはまったく想像し得なかった光景だった。
「イネーションが動いてる?」
 ミルカが見たもの。それは一面に咲いている白いイネーションが、震えるように動いている様子であった。
「驚きました?」
 照明を操作していたためか、少し遅れて出てくるリーシャ。
「お、驚いたも何も……何でって……あ!」
 ミルカは言葉の途中で、イネーションの特性について思い出した。イネーションは昼間は光合成に全力を注ぎ、何もしないのだが、夜になると自分を守るためにある行為をする。
 それは虫がとまると体を微妙に震わせて追い払おうとする、というものだ。これはイネーションの天敵、夜行性の害虫から身を守るためについた能力である。
「そうか、イネーションは砂を害虫と勘違いして……」
「正解」
 ミルカの出した解答に頷くリーシャ。イネーションは本来乾燥しているところには生息しない。もちろんイネーションの生えているところは、リーシャの努力によって渇ききっていないのだが、他の場所まではそうもいかない。荒野と化している場所から風によって砂が運ばれて、イネーションについているのだ。それを害虫だと勘違いをし、イネーションはそれを追い払うために懸命に動き続けている。
「でもこれだけのイネーションが一斉に動くと、微弱な動きも壮大なものに見えてくるわ……まるで動物みたい」
「だって……このイネーションたちには命が宿ってるんですもの」
 ミルカの言葉を聞き、呟くように言うリーシャ。下を向いていてその時の表情はわからなかったが、その口調は何かとてつもなく重いものがあった。
 ゾクリとしたものが背筋に走ったミルカは、少し考えてから口を開く。
「……白いイネーションの花言葉」
 ビクリと反応するリーシャ。
「それは、転生……」
 ミルカはそこまでいうと視線をイネーションに向けた。
 暫らくの沈黙。

 サワサワサワ…………。

 イネーションの動く音だけが響く夜の花畑。神秘的でもあるが、それは不気味な光景とも言える。
 不意に冷たい風が2人に吹き付けた。
「綺麗ね……でもずっとここにいたら風邪ひいちゃうわ。戻りましょ?」
 風によって少し乱れた髪を手ぐしで整えながら言うミルカ。
 リーシャはコクリと頷くと、小屋に戻っていった。
「……やっぱり……償いなのかしら……」
 ミルカは小屋に戻る前に、もう一度イネーションの方に振り返り呟いた。


 翌朝七時。
 ミルカはシーツを乱暴にめくり、急いで態勢を起こし立ち上がる。低血圧気味のミルカは軽い立ちくらみを起こしたが、そんなことは気にしていられない。
「……どうしたんですか?」
 その物音で目を覚ましたリーシャが、横になったままミルカの方に視線を移す。しかし、その時ミルカはすでに外に出ていた。
 ミルカを眠りから覚まして外へと促したもの。それはある音であった。独特のエンジン音。
 ローラーの高速回転によって起こる耳に響くような音。こんな音を出すのはSPだけだ。
 もっとも普通の人間は気付かない。その音の発信源であるSPは、まだ小屋から5キロも離れている。ミルカも普段なら気付かなかったのかもしれないが、今は特別だった。
 SPが近づいてくるということから、今のミルカはあることを連想する。
 すなわちネイが迎えに来た。ネイが来ることを望んでいたからこそ、眠っている間も神経が研ぎ澄まされ、この音をとらえられたのかもしれない。
 しかしミルカが外に出て目を懲らして見た方向には、期待していたSPの姿は無かった。
「……ヤマヤC型か……」
 ミルカはフゥと一息ついてから小屋に戻ろうとしたのだが、またミルカを大きく反応させる音が耳に響く。
「プラズマガン!?」
 ミルカが慌ててSPの方に視線を戻す。
 その動作の途中でプラズマが花畑のすぐ近くに被弾する。青白い閃光は、いくつかの花を焼き払いながら爆発を起こした。
「何なのよ!」
 ミルカは舌打ちしながら言うと、岩にカモフラージュしたモーリガンのもとへと急いだ。
「イ、イヤァァァ!」
 モーリガンに向かう途中でリーシャの絶叫がミルカの耳に入る。
 ミルカは走る足を止めず、首を後ろに回すことでリーシャの様子を確認した。
 リーシャは頭を抱えて泣き叫んでいる。どうやら被弾してえぐれた花畑の一部を見てパニックをおこしたようだ。
 そんなリーシャをミルカは一瞬だけ見ただけで、再び全速力でモーリガンのもとに走りだす。
 リーシャの様子を見て放っておくのは冷たいと思うかもしれないが、リーシャのそばに言って落ち着かせたとしても事態はあまり変わらない。
 ミルカはこの事態を一刻も早く収拾できるであろう選択をしているのだ。
 やっとモーリガンのもとに辿り着いたミルカは、コクピットに急ぐ。
 寝かしてシーツを被せていたので、コクピット部に着くまでにあまり時間を要さなかった。ミルカはコクピット部分に被せたシーツを取り去ると、急いで乗り込み、座席に置いてあったマニュをつけてモーリガンを起動させた。
 機械音と共に各モニターが一斉に開き、ミルカのマニュにはオールグリーンの文字が表示されていた。
 それを確認したミルカはモーリガンを起こし、さっき肉眼で確認したヤマヤC型を探した。
「え? A型?」
 しかし前方モニターがとららえているのはヤマヤC型ではなくヤマヤA型だった。
 ヤマヤシリーズのA型とC型には決定的な違いがある。前者は汎用型であるため、装備は標準。後者は格闘型なので、右腕にドリルがついている。
 ミルカが肉眼で見たのは、確かにドリルがついたC型だった。戦闘慣れしているミルカが見間違える可能性は低い。ミルカ自身もそう思ったので発想を切り替えた。
 もう一機いるのだと。
「……いた!」
 ミルカはすぐにさっき見たC型が右側面モニターに映っているのを見つける。
「……戦ってるの?」
 突然襲来したA型とC型はプラズマで牽制しあっているので戦闘しているように見える。
 その間にも破壊されていくイネーションの花畑。リーシャは耳を両手で塞ぎ地面に伏せている。今の状況を視覚的にも聴覚的にも感じたくなかったのだろう。
 突如戦闘をする二機を引き離すようなプラズマが放たれる。もちろん放ったのはミルカだ。
 二機はそれを避けるために間合いを離す。
「邪魔するな! これは俺の獲物の賞金首だ! 横取りする気か!」
 間合いを離したC型がスピーカを使ってミルカに呼び掛ける。ミルカはその声に聞き覚えがあるように感じた。
「……賞金稼ぎ?」
 ミルカは今の言葉と、聞き覚えがあるということからそう予測する。同業者ならなんらかで接触したことがある可能性は低くない。
 その間もA型からプラズマが放たれる続けている。しかしそれはC型からことごとく外れ、イネーションの花畑に命中していた。
 いくつものイネーションが砕け散っていく。リーシャは目と耳を塞いでいるので気が付かないのだが、もし今の光景を見たなら正気ではいられないだろう。
「ヘタクソ? ……いや……。」
 ミルカは外れたプラズマによってあることを推測する。それと共に重装型のガトリングガンを構えた。
「な!? 邪魔をするなっていっただろうが!」
 またC型のスピーカから拡大された声が発せられる。それを聞いたミルカはスピーカのスイッチをオンにした。
「賞金稼ぎは相手の獲物を横取りしてナンボなのよ!」
 その言葉と共に多数のプラズマを帯びた弾丸がC型を襲った。ミルカの言葉から、弾丸は賞金首であるA型に向かうものだと思っていたC型のパイロットは、反応できずに弾丸が被弾する衝撃を味わってしまう。
 頭部が吹き飛ばされ力なく倒れるC型。間髪いれずにガトリングガンをA型に向けるミルカ。
 A型も面を食らっていたので反応が遅れる。そんな相手に弾丸を外すミルカではない。
 A型も頭部を粉々に砕かれ、花畑に崩れるように倒れこんだ。
「イヤァァ!」
 またリーシャの絶叫がイネーションの花畑にこだまする。
 モーリガンの放った銃声の後に、少しの沈黙が訪れたので彼女は少し目を開いていた。
 そこで見たのが、イネーションがA型の下敷きになる様子だったのだ。
 しかしコクピットの中のミルカはそんなことには気付かない。ミルカの意識は敵SPに向かっているからだ。
 ミルカはガトリングガンをC型のコクピットに突き付ける。
「この賞金首は殺しても報酬が入るのかしらね?」
 スピーカを使ってパイロットに問い掛ける。ちなみにこれは本気で聞いているわけではない。ミルカはこの2機が偽物の賞金首と賞金稼ぎだと気付いているからだ。
「……それとも? 花畑を破壊すれば報酬が入るのかしらねぇ?」
 この2機はこの場所で戦闘をして花畑を破壊するのが目的だと推測していた。
「立退き要求の説得係と賞金稼ぎどっちが本職?」
 ミルカが決定的な言葉を言う。
 ミルカはプラズマが妙に花畑に着弾していたことから、この2機が偽物ではないかと推測をした。だからその推測の正否を確認するためにC型のパイロットを喋らせたのだ。
 結果、予測は当たっていた。
 昨日来た中年男の一人の声だったのだ。
「リーシャがここにこだわるのは花畑があるから。それをなくせば土地も明け渡すだろうとでも思ったのかしら?
 でも正面切ってやるわけにもいかないから、事故に装おうとし賞金首をでっちあげる。
 そしてそれを狙う賞金首とをここで戦わせて花畑を破壊する。三流の悪党が考えそうなことねぇ」
 喋り続けるミルカに対して中年男は黙ったままである。
「それがわかったからってどうしようもないとでも思ってる?
 実はさっきの声、録音してるのよねぇ。声紋照合をすればバレちゃうわよん?」
「な、何だと?」
 初めて反応を見せる中年男。
「ま、そういうことだから。犯罪者になりたくなかったら大人しく帰りなさい。脱出装置は生きてるはずでしょう?
 それと、もう二度とこんな実力的行使に走らないことね。そんなことしたら、即この録音データを証拠として出すとこに出すわ。それとも録音データが入ってるこの機体を破壊する?
 でもね、そんなことしようとしたら今度は殺しちゃうわよん」
 中年男たちは軽い口調で言うミルカに対して何も出来なかった。先の戦闘で、ミルカのSP操縦の腕前は充分わかっているし、自分たちのSPも能力を失っている。
 2機のSPから脱出用ポットが発射するのにそれほど時間はかからなかった。
「やーれやれ……」
 ミルカは一仕事終えたという感じで呟くと、マニュを外す。そしてそれによって乱れた髪を整えてからコクピットを開いた。
 この辺の細かい身だしなみを気にする動作がミルカらしさを感じさせた。
「リーシャ! 追っ払ったわよ!」
 ミルカはモーリガンから降りながらリーシャに大声で呼び掛ける。
 うずくまるように小さくなっていたリーシャはその声に反応し、ゆっくりと立ち上がった。
「……大分やられちゃったわね……」
 リーシャに歩み寄りながら言うミルカ。リーシャは三割以上が破壊された花畑を茫然と見ている。
「どうしてこんな……こんなこと……」
 小さく震えながらブツブツと言うリーシャ。
「リーシャ……」
 そんなリーシャの肩にそっと手を置くミルカ。
 しかしリーシャはその手を振り払う。
 叩くように振り払われたのでミルカの手に軽い痛みが走った。
「リーシャ?」
「イネーションが……あなたが攻撃したSPの下敷きになって……」
 リーシャはミルカを睨みながら言う。
「あ、あれは……」
 ミルカは途中で言葉を飲み込んだ。
 仕方がなかった。
 その言葉が言いたくなかったからだ。もっと花畑に注意を払ってさえいれば、避けれたかもしれなかった事態だ。
「人殺し!」
「えっ……!?」
 リーシャの言葉に戸惑うミルカ。罵声を浴びせられることはわかっていたが、人殺しと言う言葉がでてくるとは思わなかったのだ。
「な、何を……!?」
「この花畑には命が宿っているのよ……研究所のみんなの命が……」
 リーシャの目は焦点があっていない。それに加えて訳のわからない言動。何も知らなければ彼女が気を違えてしまったと思うかもしれない。
 しかし、ミルカは研究所という言葉を訊いて、リーシャの言葉の真意を理解した。
 実は町へ買い出しに出たとき、リーシャのことを少し調べたからだ。
「……ここは4年前はロッシャルの研究所があった……」
 ミルカの言葉にハッとするリーシャ。
「次世代SPの開発をしていた研究所だったが、ある日敵軍の襲撃に遭う」
 淡々と語り口調で話し始めるミルカ。リーシャは顔を引きつらせているだけで何も言わない。
「襲撃に遭った研究所は、武装が貧弱だったために敵の手に堕ちるのは目に見えていた。
 しかし、敵の手には堕ちなかった。かといって敵を撃退したわけじゃない。
 研究所は突如大爆発を起こし、襲撃してきた敵機を巻き込み消えていった。
 その爆発は……人為的に起こされたもの。次世代SPのデータを奪われないため。
 敵機をここで食い止めるため。
 しかし研究所には多くの研究員が残されていた。
 敵に自爆を悟られないためと考えれば、研究員を逃がさなかったのは正しい選択なのかもしれないわね……」
 リーシャはその話を下を向いたまま黙って聞いていた。
「その研究所の責任者は天才的な能力の持ち主で、二十一才の若さで一つの研究所を任されることになった女性だった。彼女の名前はリーシャ・ラビルキュア。
 ここにいる女性と名前が同じなのは単なる偶然かしらね?」
 ミルカがそこまでいうとリーシャは顔を上げる。その表情は、今までの穏やかな表情とはまったく逆の形相だった。
「その研究所を爆破した人物は責任者のリーシャ・ラビルキュアだった。
 その後リーシャ・ラビルキュア。
 つまり私のとった行動は、正しい判断だと評され罪には問われなかった。もともと緊急時には研究所は自爆させよ、という指令が行き渡っていたからだ。
 いくらかの報奨金が送られ次の勤務場所が与えられた。
 しかし私は軍を辞めてこの土地を買った。研究所がなくなり荒野となったこの場所は、軍事的にも意味がない場所だったので、受け取った報奨金だけで手に入った」
 リーシャはミルカと同じような口調で喋りだす。
「……そしてこの土地にイネーションを植えた。研究所にいた研究員の命を奪った償いのために……」
 ミルカの言葉を最後に2人の間に沈黙が訪れる。しかしそこには様々な感情が激しく蠢いていただろう。
「白いイネーションの花言葉は転生」
 リーシャが口を開く。その口調は感情がこもっていない。
 目は虚空をとらえている。心ここにあらずと言った様子だった。
「このイネーションはみんなが転生した姿なの……そうよ……。
 深夜に動くイネーションを見たとき確信したわ。……みんな生まれ変わったの……このイネーションに……」
 ミルカは明らかにおかしいリーシャの言動を大人しく聞いている。リーシャはそんなミルカに向かって笑顔を見せた。
 その笑顔は決して相手の心を和ませるような笑顔ではない。ニヤリという擬音が似合う不気味な笑顔だった。
「だから……私は悪くないの……私はみんなを殺してない。みんなを殺したのはあなたとさっきの2人よ!
 ……そうよ私は誰も殺してないの。フフフッ……アハハハ……アハハハッ」
 ミルカは思わずリーシャから視線をそらした。正気を失い狂気に支配された人間。
 今のリーシャはまさにそれである。ミルカはそんなリーシャと自分を、少しでも重ねあわせたことに嫌悪感を抱いた。
 そしてその嫌悪感がミルカをSPへと走らせる。
「……逃げる? 逃げるの?
 逃げられるわけないじゃないの! どんなに逃げてもあなたが多くの命を奪った事実は消えることはないのよ!」
 リーシャが後ろ姿を見せるミルカに罵声を浴びせる。しかしそれはあの事件の直後、リーシャ自身が自分に投げ掛けた言葉と同じだった。
 それがわかっているミルカは足を止めない。
 狂気に満ちた声を受けながら再びコクピットに乗り込む。そして、モーリガンを起動させた。
「何をするつもり? 何をしたって無駄なの。
 ムダなの!
 ムダ! ムダムダ!
 ムダなのよ!」
 絶叫に近い声を発し続けるリーシャにミルカのモーリガンが歩み寄る。
 狂気に支配されているリーシャにも、自分の三倍ほどある鋼鉄の人形が近づいてくれば恐怖の念は生まれるようだった。
 ましてや今まで散々負の感情をぶつけているのだ。ミルカが逆上したというのも考えられる。
「な、何よ!? 私を殺す気?
 私を殺して多くの人間の命を奪った証拠を消そうってワケ!?」
 リーシャの口振りは変わらなかったが、近づいてくるモーリガンに対して震えながら後退っている。
 完全に理性が失われるほど狂気に支配されているなら、この事態にも動じない。
 そう。
 人はそう簡単に狂うことができない。完全に狂ってしまえる人間は少ない。
 リーシャもその一人だった。
 罪悪感と、恐怖から目をそらすため、自分を壊してしまおうとしたが、壊しきれなかった。
 いや、だからこそ自分の過去のことを今も引きずって苦しみ、こういうことになってしまったのかもしれない。
「……よく喋るわね」
 スピーカーを使って喋るミルカ。そしてその言葉と共にモーリガンのレフトアームがリーシャを襲った。
「なっ?イ、イヤァァァァ!」
 モーリガンのクローにつかまれ悲鳴をあげてもがく。
 クローはリーシャが潰れない程度に制御されていたが、人間の力で抜け出せるほどゆるくはない。
 リーシャをつかんだモーリガンは、そのまま花畑から離れるように移動を始めた。
「な、何よ!何をするつもりよぉ!」
 リーシャはわめきながら必死でもがいたが、モーリガンはリーシャを解放する気配は見せないまま、ローラーフットを使わずゆっくりと歩き続けている。
 そして花畑から400メートルほど離れたところでモーリガンは足を止めた。
 続いてレフトクローを地面に近付け、リーシャをクローの締め付けから解放する。
 突如クローから解放されたリーシャは、重力によって地面に落ちる。もっとも大した高さではなかったので、少し腰を打った程度でリーシャに怪我はなかった。
「な、何よぉ! 何なのよぉ!」
 リーシャは足が震えて立てなかったが、必死で叫び続けた。
「よく見てなさい!」
 そのリーシャの声をかき消すようにモーリガンのスピーカーからミルカの声が響く。

 そしてその次の瞬間、もの凄い轟音がリーシャの鼓膜を直撃する。

 両肩の四連装大型ミサイルポット。ライトアームのガトリングガン。腰の両脇についている多弾頭ミサイル。そしてレフトアームのプラズマキャノン。これが一斉に発射されたのだ。
 これらの装備はモーリガン重装型が装備している全ての武器。
 全弾発射。
 モーリガンの動きを言葉にするとそうなるだろう。
 この全単発射は、ミルカのモーリガンにはあらかじめ用意されている攻撃パターン。目標をセットするだけで、文字どうり弾薬とエネルギーが尽きるまで打ち続ける。もっともこの全弾発射は今まで一度も実用されておらず、使用したのは今回が初めてだった。
 そしてミルカがこの最終兵器とも言える全段発射の最初の目標に選んだのは、敵SPでも巨大要塞でもない、白いイネーションの花畑だった。
 真っ白なその大地がミルカの放った無数の弾丸によって轟音を上げ破壊されていく。
 リーシャはその光景を目の当たりにし絶叫していたが、爆音によって完全にかき消されていた。
 耳を壊すような轟音が続く。
 そしてその音が止んだとき、白いイネーションの花畑が存在していた場所は、まわりの荒野よりも荒れている無残な場所と化していた。

 ブシュウゥゥ……。

 モーリガンの冷却装置がフル稼働する。その冷却装置が止まったとき、同時に時も止まってしまったかのように荒野は静まり返った。
 リーシャは放心状態に陥っており、ただただ白いイネーションの花畑があった場所を見つめている。
 しかしその状況でもどうやら時は動いていたようで、モーリガンのコクピット内のデジタル時計は3分以上進んでいた。
「これで研究所にいた人間は全員私が殺したことになるわね」
 スピーカからミルカの声が響く。リーシャは何の反応も示さないので、その声が聞こえているかどうかは定かではない。
「白いイネーションに研究員の命が宿ったって言うなら、あなたは一人も殺していないんでしょう?」
 ミルカが続けて言うが相変わらずリーシャに反応はない。
「でもね、私は多くの人間の命を奪ったって苦しむことはないわ……。
 ……だって私が消し去ったのは、あんたが罪から解き放たれたいがために育てた、憐れな花たちだもの」
 初めてリーシャがビクリと反応する。
「……もし自分が過去にやったことが間違っていると思ったら……。
 偽善の花なんて咲かせないで……、もっと苦しんで生きていきなさい!」
 ミルカはそう言い放つと、モーリガンを走らせリーシャから離れていく。
 償いのために花を育てる。
 それならまだリーシャを見離さなかっただろう。現に見守ろうとさえしていた。
 しかしリーシャは自分の犯した罪から目をそらし、挙げ句の果てには罪を人になすりつけようとした。
 それも普通の人間では理解できない理論で。
 だからミルカはそれを打ち砕いた。少し大袈裟すぎるかもしれない方法で、リーシャのすがっていたものを原型も留めないほどに破壊したのだ。
 モーリガンの後方モニターには、リーシャの泣き崩れる姿が映し出されている。心の拠り所を失ったリーシャがどうなるか、それはもうミルカは知り得ないだろう。
 ミルカは自分自身の問題に向かい、弾薬を撃ち尽くし、身が軽くなったモーリガンで走りだしたのだから。


 午前8時。NotFriendsと書かれたトレーラーに、全ての装備を使い果した重装型SPが接近してくる。
 ある程度まで距離が詰まると、トレーラーのSP用出入口が開かれた。
 重装型SPは慣れた動きでトレーラーに入り、第二格納庫にその身を置いた。
 そのパイロット、ミルカがマニュを外してコクピットを開く。もちろんその前に髪を整えるのを忘れていない。
「遅かったわね」
 ミルカの耳に一番聞きたかった声が入ってくる。
「朝帰りしちゃった……ゴメンね、お母さん」
 ミルカは少し照れていたのもあって冗談で言葉を返した。
「何度も言うけどあんたの方が年上でしょうが……」
 声の主、ネイがミルカに歩み寄りながら言った。
 ミルカはコクピットから降りて地に足をつける。カンという乾いた金属音のする、硬い人間の手で造られた地面。ミルカはその感触が、自然の作り上げた土の地面よりも心地よいものに感じた。
 ミルカはカンカンと小気味よい音をさせてネイの前に回り込む。
「心配した?」
 いたずらっぽい笑みを浮かべて言うミルカ。
「……ご想像にお任せするわ」
 ネイは少しため息混じりの声で言う。そんなネイの口調も、今のミルカにはたまらなく懐かしいものに思える。
「んもう! 照れちゃってぇ!」
 そう言ってガバッと抱きつくミルカ。その行動を読んでいたかのように銃をサッと構えるネイ。
「あははは……」
 乾いた笑いをしながら離れるミルカ。ネイはそんなミルカに振り向きもせず居住区に向かって歩きだす。ミルカもそれに続いた。
「……朝食、食べてないんなら残ってるわよ」
 ミルカの方を見ずに言ったネイのそっけない一言。いつものネイの言葉、わかりくい彼女の言葉。
「……いただくわ」
 ミルカは眩しいまでの笑顔を浮かべ、小走りでネイを追い、横に並んだ。


第3話 偽善の花 完


次回予告 

 あ、こ、こんにちは。リンです。
 ……ミルカが戻ってきて本当によかった。
 でも、どうしてミルカはフェイルさんと仲良くできないのかなぁ……。私、ミルカも好きだし、フェイルさんも好きなのに……。
 あ!今の好きっていうのはその……。えーと……その……。やっぱり私こういうのダメだよぅ……。え?次回の題名?あ、は、はい。だ、題名だけでもちゃんと言いますね。
次回Not Friends。『開かれぬ少女の瞳』次回の主役、本当に私でいいのかなぁ。


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