魔女の飼い方外伝
魔女の飼い主
俺の名前は黒崎和臣。シヴァ使いと言われる超一流の賞金稼ぎだ。 俺は魔女を……いや元魔女を飼っている。 ちょっと前までは魔法が使えたんだが、魔法を使える原因たるものを、この間アブソルート砲で撃ち抜いたので今は普通の女……女? 少女……うん……少女だろうな。 普通の少女だ。 名前はルナという。 まぁ何やかんやで一緒に旅をしている。多分これからも。 おそらく一生……。 い、いかん赤面してきた。 ん? 俺がいくつかって? 今年で24だ悪いか。 ルナがいくつかって? ……今年で17……。 ああそうさ! 俺はロリコンだよ!悪いかこんちきしょう! って取り乱してしまった。 イカンイカン。 まぁ最近はロリコンと言われるのも慣れてきてしまった……悲しいことに。 ……で、話はこれでもかというほど変わるが、俺は今、山を登っている。 どんな山かって? フ……、この黒崎和臣様がごく普通の山に登るわけが無いだろう? 登っているのは別名「死霊の墓石」と呼ばれ、恐れられているヴァルハラ山。地に足をつけて歩けないほどの急斜面と岩肌ばかりのその山は、遠くから見ると墓石のように見えるらしい。 それに登山に挑戦した者はほとんどが帰ってこないし、もし返ってきても精神がおかしくなっているという理由で、死霊の墓石と言う異名を持っているのだ。 実際登ってみてわかったが、いやはや名前だけのことはある。 急な斜面に滑りやすい岩肌というのはメチャクチャ登りにくい。まぁでもこの急斜面ももうじき終わる。半分くらい登ると斜面が緩くなるらしいのだ。 もうちょい……もうちょい……。 俺は様々な道具を巧みに使い、あまり無い技術を気力でカバーしながら登り続ける。 ここまで来るまでに何度も諦めようかと思ったが、俺は諦める訳にはいかなかった。約束しちまったからな……。 俺がこの死霊の墓石と呼ばれるこの山に登ろうと思ったのは、この約束が原因だった。 山に登るきっかけとなった約束をしたのは昨晩だ。 その夜、俺とルナはいつものように宿屋の食堂で夕食を採っていた。 「ねぇねぇ和臣」 ルナはシーフードピラフを頬張りながら言う。 ねぇねぇ和臣はお約束の台詞。俺は適当に「うん?」と相づちをうつ。 「この焼きビミダケの値段の下に貼ってあるシール、なんて書いてあるの?」 ルナは店内の上の方に貼ってあるメニューを指差して言う。まだ読めない字があるのか……まぁこれを教えるのも俺の役目だよな。 「限定品って書いてあるんだよ……ってビミダケだとぉ!?」 俺は思わず驚いてしまう。 ビミダケ。その名の通り美味。小さなお子さんからお年寄りまでが、口を揃えて美味しいという伝説のキノコ。 昔から量が少なかったが、美食家や資産家による乱獲や、戦争による自然破壊などで10年前くらいに絶滅したと思われていた。 なぜこんなところにビミダケが? ……偽モンじゃないのか? 俺は疑いの念を抱かずにはいられない。 「おい、店長このビミダケって……」 「ああ、すいません! あちらのお客様で終わりなんです」 この店の店長は、俺のセリフの途中で頭を下げながらそう言い、焼きビミダケの値段の所に売り切れのシールを貼る。 売り切れだぁ? 本当は最初からなかったんじゃないのかぁ? あ、でも確かあちらのお客様で最後って……。 俺は『あちら』の方に視線を送った。 金持ちのそうなおっさんがいるな。あ、なんか特徴的な形をしたキノコを恐る恐る口に運んでる。 ……キノコ……。 俺はおっさんが口に運ぶかどうか迷っているキノコを凝視しはじめた。 ……あの異常に厚い傘は……。 俺は自分の頭のデータベースで検索を始める。あの形に当てはまるキノコは……。 ビミダケ! 俺が抽出したキノコはたった一つ。そうビミダケ。あんな厚い傘を持つキノコなんてビミダケしかない! まさか本物? あ! 俺がそんなことを思っていた矢先、おっさんは意を決してビミダケを口に入れた。 もといチビリと噛んだ。そしてビミダケを慎重に口の中で噛み砕き始める。 お? 様子が変だぞ? 目が潤んでる? へ、変なんてもんじゃない! い、異常だ! 何だか目がトローンとなって何かに酔ってるみたいになってる! あぁ!今 度は目をカッと見開いたぁ! そして残りのビミダケを全部口の中に入れたぞぉ!? 今度は夢中で口を動かし始めてる。 早い! おっさんの動きとは思えん! おろらく100回以上モグモグとやっていただろうか? その後に思い切りゴクリと飲み込んだ……。 「う、うまい……」 おっさんはそう呟いてから椅子に深くもたれ掛かった。おそらく軽い脱力感のようなものを感じているんだろうな。 ……ハッ、しまった! 知らないおっさんがキノコを食べる動作を、一部始終見つめてしまった。 まぁこのおかげでわかったことがある。あのおっさんの食べていたものは、おそらくかなりの、いや恐ろしくうまいものだったのだろう。 一口目のあの目の潤み、そして何かに酔ったような動作と我を忘れて夢中で食べる姿。そしてそして食べた後のあの心から染みでたような「うまい」の一言。最後に余韻を楽しんでいるかのように椅子にもたれ掛かったのも、すべてがあのキノコがうまいことをあらわしている。 それだけうまいってことは本物のビミダケ? うわっ? 俺はふと見たルナに軽い驚きを覚える。 よだれ垂らしながら羨ましそうに見ていたのだ。まさか……。 「和臣ぃ、あのおじさんすっごい美味しそうに食べてたねぇ……」 イヤな予感がする……。 「あれ何? なんていう食べ物なのぉ?」 お? ラッキー! そうだった! ルナはビミダケがどんなものかなんて知らない。適当なキノコの名前を言っとけば……。 「いやぁビミダケがこんなにうまいとは思わなかったぁ」 ……店内に例のおっさんの声が響く。俺は思わずシヴァ砲を抜きそうになった。 「……ビミダケ? あーあのげんていなんとかっていう焼きビミダケのこと? ルナも食べてみたぁい!」 ルナが少し興奮気味に言う。ど、どうしよう……。ビミダケは売り切れてるんだろぉ? 「ルナ、残念だが売り切れなんだよ」 俺は諭すように言う。でも売り切れてて良かったかもしれない。値段が1万キャタ……。 それに多分たった1本でそれだけするんだと思う。絶滅しているはずのものにしてはかなり安いが、やはり1万キャタはちともったいない。 「売り切れ……もうないのぉ?」 「ああ……」 「そっかぁ……ルナ食べてみたかったなぁ……」 ルナは物凄く残念そうにうつむいた。 そ、そんな顔するなよぉ……頼むから。何だか食べさせたくなっちまうじゃねぇかよ。 「……なぁ店長」 俺は少し考えてから店長を呼ぶ。 「はい、何でしょう?」 「例のビミダケだけどな、いったいどこで手に入れたんだ?」 これはさっきから気になっていたこと。金に糸目をつけない超高級料理店でも入手不可能なのに、どうやって絶滅してるはずのビミタケを手に入れたんだろうか? 「え? ああ、2日前にいらしたお客様に頂いたんですよ。宿代替りだって。10個ほど……」 お客様に頂いた? つうことは原価は0キャタ? だから1万キャタなんて安い値段で売られてたのか……? おうおう店長さん。いい人そうな顔してボロい商売してんじゃねぇかよ……って俺だったら50万ぐらいの値段をつけると思うからかなりのいい人なのだろう。 「へぇ……そのお客ってどこでそんなもの手に入れたんだろうな」 「何でも……あの死霊の墓石の頂上付近らしいですよ?」 死霊の墓石。 その名は俺も知っている。このステハの町の観光名所だ。観光名所と言っても登る訳ではない。 あれは見て楽しむモノなのだ。俺だってあんな曰くつきの山に挑戦する気はない。もし俺が登山家だったら挑戦するかもしれないが。 ん? 頂上付近だと? 「ってことはそいつは頂上まで行ったってことか?」 「それってすごいの?」 今までおとなしく話を聞いていたルナが会話に入ってくる。 「そりゃあすごいですよ! その人はなんと1日で登って降りて来たんですから!」 俺の代わりに店長が答える。え? 「1日だとぉ!?」 俺は思わず声にして言う。高さはそんなに高くないから、スイスイと登れば1日で登って降りてこれるかもしれないが、スイスイと登れるような山ではない。 「ええそうなんです! 朝行ってきて夜に帰ってきたんですよ!」 「どんなヤツだ?」 「えぇっと……髪型は全然手入れしていないような長髪で、無精ヒゲを生やしていました。 あと眼鏡をかけてて……それにかなり筋肉質な方でしたね。いかにも登山家って感じでしたよ」 店長思い出しながら言う。 まさに登山家って感じだな。うーむやはり登山家かぁ……。 「何でもまだかなり残っていたみたいですよ。 ビミダケを召し上がりたいんでしたらお客様も死霊の墓石に挑戦なされたらいかがですか?」 店長が冗談混じりに言う。 「ルナ食べてみたいなぁ……」 う……。 聞きたくないルナの一言が俺の耳を貫いた。 「ねぇ和臣! そのししょうのはかいしんとかいうところにビミダケがあるんでしょ? 一緒に獲りに行こうよ!」 師匠の破壊神……。 な、なんか死霊の墓石よりもすごそうだな……って、一緒に獲り行こうだとぉ? 「お、お嬢ちゃん。死霊の墓石はとても危険な所なんだよ」 「大丈夫だよ! 和臣が一緒だもん! ねっ?」 店長の言葉に、ルナは俺にウィンクをしながら自信たっぷりに言う。……ウィンクなんて芸当どこで覚えたんだ? ……か、可愛い……。 「どうしたのぉ?」 ルナが俺の顔を覗き込んで言う。 ハッ! イカンイカン! 「あ、あのなぁルナ。死霊の墓石っていうのはすごい危険な場所なんだぞ」 「えー和臣でも無理なのぉ?」 ルナは信じられないように言う。そ、そんな言い方するなよ……。 「い、イヤ無理ってことはないけど、ルナを危険な場所に行かせる訳にはいかないからな」 俺は少し言い訳じみたことを言うが、ルナを危険な場所に行かせたくないと言うのは本心だった。 ……今『それも言い訳じゃん』とかぬかしたヤツ! ……なかなか鋭いな。 「大丈夫だよぉ」 「ダメ」 俺は強い口調で言い聞かす。 「……ビミタケ……食べてみたかったなぁ……」 ルナはガックリと落ち込んでそう呟く。 だ、だからぁ……そんな顔するなってばよぉ。 「……一緒に行くってのはダメだけど、大人しく留守番ができるんだったら俺がとってきてやってもいいぞ……」 な、なんてこと言うんだ俺は! 「え? 本当!?」 ルナは目をキラキラと輝かせながら言う。 グゥ! も、もう引っ込みがつかない! 「ああ! その代わり明日は大人しく留守番してるんだぞ?」 「うん! 約束だよぉ!」 「ああ! 約束だ」 俺はそう言ってルナと指切りげんまんをした。 ……今俺はメチャクチャ後悔してる。こんなにしんどいとは思わなかった……。まぁ挑戦するのはいいとして、宿屋の主人に夜までに戻ってくるって言ったのは失敗だったな。朝7時から登り始めてるんだが……。現在午前9時。急な斜面の部分がまだ半分以上残っている。 ……あぁ……腕が痛いよぉ。何であんな約束しちゃったんだろ?……あのルナの残念そうな顔にやられたよなぁ……。 いや、その前のウィンクですでにやられてたのかもなぁ……。……可愛かったもんなぁ……。 ……おろ? 俺がそんなことを考えていたためだろうか、手の力が抜けらしい。 さっきまで掴んでいた岩から手が離れた。 ……って冷静に解説してる場合じゃねぇ! 『手が離れる=体を支えられない=落ちる』 今現在の状況はこんな公式であらわすことができた。……って冷静に解説してる場合じゃないんだってばよ! 俺は今、落ちている真っ最中だった。急な斜面なので落ち始めたら異常な速さで滑り落ち始める。最初は滑り落ちるという感じだったが、スピードがついてしまったためか体が地面から離れ、ただ落ちていく形になってしまった。俺は120mほど登っていている。この高さから落ちたら……もう1回120mも登らなけりゃならなくなる!? えっ? そういう問題じゃないって? 俺にとってはそういう問題なんだよ! 俺は落ちながら右手でシヴァ砲を抜き、左手でスザクの剣を抜いた。俺はシヴァ砲で自分の位置より数メートル下の山の斜面を撃つ。するとシヴァの高熱で斜面に小さな穴が開いた。俺は素早くシヴァ砲をしまい両手でスザクの剣を持つ。 ……チャンスは一度! 俺はシヴァ砲で開けた穴に向かってスザクの剣を突き刺すべく剣を振りかざす。 「でえぃ!」 俺は気合いを込めて剣を突き刺した! 俺の両腕ハンパじゃない重量がかかり、体が強く斜面に叩きつけられる。 「ぐぅ!」 思わず声が漏れる。 ……ここで剣を離したら意味がない! 俺は腕の筋力をフル活動させて耐えた。 ……う、うまくいったぁ……。 腕にかなりの負担をかけてしまったが、何とか120m登りなおすことだけは免れた。……20mぐらいは落ちちゃったけど……。 ……本当に先は長い……。 「や、やったぁぁぁぁ!」 俺は思わず絶叫する。頂上に着いたのかって? 急斜面の地帯を抜けたんだよ。後はそんなにきつくない! 何せ地面に足をついて歩けるんだから……。あぁ……腕がしんどかったよぉ……。 現在時刻は12時。昼食をとって少し休憩するか……。俺は背負っていたリュックサックから弁当と水筒を取り出し食べ始める。俺の体は相当疲れていたらしく、噛むのも面倒くさい。 はぁ……しかたねぇ……。俺はリュックから小さな袋を出す。あんまり食べたくないんだが……。 その小さな袋に入っているのは角砂糖。疲労回復には糖分が一番手っ取り早い。でも俺あんまり甘いモノ好きじゃないんだよなぁ……。 イヤでもしょうがない。俺は角砂糖を口に放りこみガリガリとかじり始める。 ぐはぁ……あめぇ……。 角砂糖がある程度砕けたのを見計らって、俺は水筒の緑茶で喉に流し込んだ。 ふぅ……少し疲れがとれたような気がする。もちろんこれは気がするだけ。そんなにすぐに効果が出るわけはない。あくまで精神的な問題。でもこの精神的なことが重要なのだ。 俺は弁当を適当に片付け、再び登り始めることにした。 ……な、何だここは? 俺はそう思わずにはいられない。俺は昼食を済ませ、さらに登っていって密林地帯に辿り着いたのだが……。 ガサガサガサ! 前方の茂みがざわめく。その次の瞬間! 「ガァァ!」 ビャッコが茂みから襲いかかってくる。俺はそれを予測していたのですでにシヴァ砲を構えていた。 俺のシヴァ砲が火を噴く! 撒き散らされる熱光線。 え? 一筋の熱光線の間違いじゃないかって? 今使っているのは拡散シヴァ砲。……まぁあるヤツのアイディアをパクったんだが……これがなかなか使える。 特にビャッコのような素早い敵にはもってこいだ。広範囲の攻撃ならば避けられることはまず少ない。 今襲ってきたビャッコも、拡散シヴァ砲によっていくつもの風穴が空き、絶命している。 ……まぁ拡散シヴァ砲の話はどうでもいい。俺が今話したいのはそういうことではない。今襲ってきたビャッコが7匹目だと言うことだ。 ……どうやらここはビャッコが大量にいるらしい。 ふぅ……ビャッコも俺の敵ではないんだが、何匹もいるとなると厄介だ。一斉に3匹以上襲ってきたらさすがにひとたまりもないだろうな。 まぁビャッコが群れをなしているなんてことは考えられないからその点は……。 お約束……俺の脳裏にその言葉が思い浮かぶ。 こうなったら俺も危ないだろうな。とか思うとその通りになるっていうお約束だ。 今俺のまわりを囲むように3匹のビャッコが歩み寄っている。まさにお約束だ。 ……ま、まずいよなぁ……。たとえシヴァ砲と拡散シヴァ砲の2丁で瞬時に2匹仕留めたとしても、3匹目に標準をあわせる頃には、残りの1匹に俺は咬み殺されているだろう。 さてどうすっかな……。俺は必死に助かる方法を考えるが何も出てこない。その間もジリジリとビャッコは近寄っている。 まずい……かなりまずい……。 くっ考える余裕は無い。とりあえず2丁のシヴァ砲で確実に2匹仕留める。運がよければ3匹目の攻撃は当たらないかもしれないからな。 ……運任せ……か。 大丈夫だ。俺は悪運が強い! 俺は覚悟を決めシヴァ砲を2丁構えた。それが合図だったかのようにビャッコが去っていく。 ん? 去っていく? おーい! 去っていくってどういうことだよぉ! ……ま、まぁ助かったけど……。それにしてもなぜ? ……その理由はすぐにわかった。わかりたくなかったが。 「……やけに騒がしいと思えばやはり人間か」 野太い声が響く。この人間ではとうてい出せない重々しい声。声の主は人間以外に言葉が喋れる生物しかいない。 俺はその生物と結構関わりを持っていたので、すぐそれが何なのかわかった。 セイリュウ。圧倒的な力、プラズマを使うドラゴン。 世界最強の生物。 おいおいビャッコの次はセイリュウかよぉ……どうなってんだよこの山はぁ……。 「ここは私の領域だ。このまま立ち去ればよし。そうでなければ攻撃する」 立ち去れば助かるのか? ……でもそれじゃビミダケが手に入らない。つまり俺はルナとの約束を破ってしまうことになってしまうのだ。 『和臣のウソつきぃ!』 ぐわぁ! 俺はビミダケを持ち帰らなかった時の想像をしたことにより幻聴が聞いてしまう。 こ、こんなこと言われたら俺は立ち直れないかもしれない。 セイリュウをどうにかしなければ俺に明日は無いってことだ! さてこのセイリュウをどうするかが問題だ。アブソルート砲が使えればこんなヤツは恐るるに足りないんだが……何せ弾が無い。 弾が無ければアブソルート砲もおもちゃと変わり無い。 さてどうするか? 「どうした? 立ち去る気がないのか? それとも腰が抜けたか?」 こ、腰が抜けただとぉ?ってこんなことでいちいち腹を立たせてる場合じゃない。 戦闘をしてもまず勝算は無い。となると逃げたフリをしてセイリュウがいなくなったのを見計らって先に進むか? ……そんなんじゃ何時間かかるかわからない。第一もし夜にでもなったら、帰り道でビャッコの餌食になる。 さすがの俺でも視界の悪くなる夜に、ビャッコを倒すことはまずできない。 「言葉がわからないのか? そんな訳がなかろう?」 ……言葉がわからない? そうか! 言葉がわからないフリをしてやり過ごす! ……ってそんなのが通用するわけないだろうがぁ! 「……私は気が長い方では無い。私が10秒数える前に立ち去れ。そうでなければ攻撃をする」 じゅ、10秒って気が短すぎるぞ! 「10……」 ど、どうする! 「9……」 どうする和臣! 「8……」 も、もう8? 「7……」 うわぁ! 「6……」 くそっ! 「5……」 こうなったら! 「4……」 いちかばちかだ! 「3……」 「俺に向かってよくそんな口が聞けるな」 「何ぃ?」 俺の言葉にセイリュウが大きく反応する。 「フフ……どうやらおまえは俺が誰か知らないようだな」 え? 俺が何を言ってるのかって? フッ……。 ハッタリだよハッタリ! ……何? ハッタリをかました所でどうにかなるものでもないだろうって? ……俺も言ってから気が付いたよ。 ま、まぁやってしまったことは仕方がない。できるだけのことはやろうじゃないか。 「俺の名前は黒崎和臣。シヴァ使いと言う名で呼ばれることもあるな……名前くらい聞いたことがあるんじゃないのか?」 聞いたことある訳ねぇじゃねぇか! 相手はセイリュウだぞ? シヴァ使いの名前ごときで怯むかっての! 「ふふん……聞いたことも無い。第一我らが人間などを恐れると思うか?」 や、やっぱりじゃねぇかよ! ど、どうすんだよぉ! 「ん? 黒崎……和臣?」 お、おや? 何か様子が変だぞ? 「まさか……アブソルート砲を操る魔女の管理者……黒崎和臣か?」 え? アブソルート砲を操る魔女の管理者って……。 ま、まぁ間違ってはいないけど……。 「黒崎和臣……人間の中で最も関わり合いを持ってはいけない人間……」 よ、よくわからないがこれはチャンス! どうやらあの事件(本編終章参照)以来、俺はセイリュウに一目置かれる存在になったらしい。この機を逃してはいけない! 「……俺はこの先に用があるから先に進みたいだけだ。おまえに危害を与える気は無い。 しかしもし邪魔をするのなら、自分を護るために禁断の武器を使う」 俺はセイリュウを睨み付けて言う。ここで怯んだらアブソルート砲の弾が無いことがばれるかもしれない。 俺はいかにも自信があるかのように、一世一代の名演技をする。 「くっ……」 よぉし! セイリュウが怯んだ! 「よかろう。ここを通るがいい。ビャッコの方の動きも止めておく。だから早くその用とやらを済ませてこい」 やったぁ! しかもビャッコの動きも止めてくれるって! 至れり尽くせりだぁ! セイリュウ最高! 「ああ、わかった。感謝するぜ」 俺は心の中とは裏腹に、冷静にセイリュウの言葉を返した。 や、やったぁ! セイリュウが味方につけばもう恐いものは無い! 後はビミダケのある頂上へ一直線だぁ! 「フンフフンフフン♪」 思わずハミングなんかをしてしまう。あれからまったくトラブルに出くわしてないからだ。 現在3時。もう頂上まであと百mぐらいのところに来ているはずだ。 いやぁセイリュウ様様だな! ん? そんなことを考えながら歩いていると俺の耳が何かの音をとらえた。 ……音楽? 物音とかそういうものではない。ちゃんと規則的なメロディがついている。 こんな山で音楽だと? ジャラッチャッチャーチャッチャ♪ やっぱり聞こえてくる。しかも何だかノリのいい音楽だぞぉ? 「とぉぉぉぉぉぉ!」 な、何だぁ?頂上の方から何か赤いのが飛んでくるぞぉ? しかも炎を撒き散らしながら……まさかスザク? いやスザクにしては小さすぎる。となると……。 俺がそれがなにかわかる前に、赤いものが俺の近くに着陸する。 あ、あれは! 俺はそれに見覚えがった。 「あーかいースーツに♪ 身をー包みー♪」 のわぁっ? 今度は歌が始まったぞぉ!? 「やーみにー光をー♪ 照らすまーで♪」 うわぁぁあ! いかにもな歌詞だぁ! 「あーついー血潮の♪ 導くままにー♪」 やめろぉ頭が痛いぃ! 「しーめーせ♪ 正義をー♪ その名の元にー♪」 も、もうダメだ……。俺の意識が薄れていく。 「スザク零式大地を駆けーる♪ 今だ撃つんだ拡散シヴァガン♪」 か、歌詞がだんだん自分のことを示すようになってきたぞぉ? 「Dr(you're so cool)♪クワバー(you're strong )♪」 じ、自分でコーラスやってるよぉぉ! 「天才科学者♪ Drクワバー♪」 もう俺の前にいるヤツの正体はおわかりであろう。そう、忘れたくても忘れられない人物。 自称天才科学者ことDrクワバーその人だ。 しかし今の歌はテーマソングだろうか? 自分で歌っていやがった……。 「しーんくーの翼にー♪」 2番もあるのかぁぁぁぁ!? 「もうやめろぉぉぉぉぉ!」 俺は思わず絶叫してその歌を止めた。 「フハハハハハハハ! シヴァ使いよ! 久しぶりだな!」 ……ど、どうしよう……。 「どちらさまでしたっけ?」 「んなぁぁぁぁ!」 俺の軽いギャグでクワバーは大げさにずっこける。タライでも落ちてくるじゃないかという勢いだ。 「ふ、ふん……まぁスーツが変わっているからわからないのも仕方が無かろう」 そ、そういう問題でも無かろう?俺が心の中でつっこみを入れていると、クワバーはスーツの頭の部分を外し始めた。 うわあぉう!? 俺はスーツの中身を見て驚いた。出てきたのはいつものクワバーではない。ボッチャンガリのはずが長髪になっていて、不精ヒゲがボウボウに生えていたのだ。 「な、何だその髪型とヒゲはぁ!」 俺は思わず突っ込む。 「フン、スーツを着続けていたから手入れができなかったのだ。まぁ今ではこれが気に入っているがな!」 あ、あのなぁ……怪しさ5割り増しだぞ? ……あぁ!! 俺は今あることに気が付いた。 「な、なぁクワバー。おまえこの山の頂上でビミダケを獲って宿屋の店長に渡さなかったか?」 そうなのだ。確かあの店長は、髪型は全然手入れしていないような長髪で、無精ヒゲを生やし、眼鏡をかけててかなり筋肉質な方みたいなことを言っていた……。 ……コイツそのものじゃねぇかぁぁ! 「いかにも!」 そのとぉりだぁぁぁ! あぁぁぁ! 今回の事件の発端はこいつだったのかぁ! 確かにこの山もあいつのスーツをつかえば簡単に頂上に着ける。うわぁぁぁ、これじゃ真面目に登った俺はただのバカじゃねぇかぁぁぁ! ん? でもなんでこいつは1回登った山にまた登ったりしたんだ? 「それより何でおまえがこんなところにいるんだよ!」 「フ、泊まっていた宿屋であの魔女だった少女を見つけてな。もしやと思い宿屋の店長に聞いたらここを登っているというではないか! だから私はここで待ち伏せをしていたのだ!」 恨むぜ店長……。 「さぁ! ここであったが百年目! いざ勝負だシヴァ使い!」 ……困った……。 あんなバケモノスーツを相手にしてたら命がいくらあっても足りん。 さて……どうするか……。 「どうした? まさか私との勝負から逃げるというのか?」 あ、あんなこと言われてるよぉ……。あ、決して勝てないわけじゃないんだぞ! シヴァ砲改を使えばスーツの装甲も突き破れる。でもそれじゃ致命傷を与えちゃうんだよね。まぁあっちも拡散シヴァガンを乱発してくるんだからおあいこのような気がするけど……。 でもできれば殺し合いはしたくない。さてどうする? 「なぁクワバー。おまえはそのスーツでこの山に登ったのか?」 取り敢えず話題をそらしたりしてみる。 「フハハハハ! その通りだ! このDKP真スザク零式は、スザク百式に改良に改良を重ね、通気性! 装甲! 機動力! 飛行能力! そして破壊力! すべてにおいて究極のスーツとなっているのだ!」 立派立派。 ……お! いいことを思いついたぞ! 「飛行能力が上がってるって? ジャンからトサミ以上の距離を飛べるのか?」 「フン! もちろん! しかも前よりも安全性は格段に上がっている」 じゃあ、俺が装備した前回のは安全性が低かったのか? おおっと、今はそれどころじゃない。 「ウソつけ」 「ウソではなぁぁぁい!」 クワバーが血管を浮き上がらせて怒鳴る。ツバが大量に飛んでいるのはお約束。 「ほぉ……。だったら証拠を見せてくれよ。ここからジャンまでの距離はジャンからトサミ以上の距離がある。まぁ、どうせウソだとは思うけど飛べるもんなら飛んでみな。 あ、証拠にジャン名物の天使のほっぺたを買ってこいよ!」 「フフフフフ! そんなのはお安い御用だ! 見ていろシヴァ使い!」 クワバーはニヤリと笑うとヘルメット(?)を再び装着し、バーニアの調整を始める。 「10時間以内で帰ってくる! 見ていろよ! とおぉぉぉぉぉぉ!」 クワバーはそう言い残すと、空の彼方へ消えていった。 ……さらばクワバー。君のことは忘れたい。 さてと……もう障害は無い……はずだ。いざ頂上へレッツ……。気合いを入れようとしたその刹那。いっきにテンションが下がった。 ……な、ななな……。 俺のめざすべく頂上の辺りが思いっきり焦げまくっていたからだ。 な、なぜだ? ……俺はハッとしてクワバーのいたところに目を移す。 ……やっぱり地面が焦げてるぅぅぅ! あのスーツのバーニアのせいだぁぁぁぁ! 俺はあせってもしょうがないと思いながらも、焼け跡のような頂上付近へと足を運んだ。 な、無い……。 ビミダケが……無いぃぃぃぃぃぃ! 頂上付近は遠目で見たとおり、すっかり焼けてしまっていた。俺はガックリと肩を落とす。 何のためにここまで……何のために……。無類の脱力感に襲われ、ヘナヘナと座りこんでしまう俺。 ……ルナ、がっかりするだろうなぁ……。でも無いんだから仕方がないかなぁ……。 あーあ……帰りたくないなぁ……。 ……ん? あ、あれは!? そんなことを考えていた俺の視界にあるモノが目に入った! あれはまさか! 俺は急いでそれに近付く。 ま、間違いない! ビミダケだ! 焼け跡のような地にわずかだが無傷の場所が残っていたのだ。 よっしゃ! 俺はそれを獲ろうとするがためらいを覚えた。 残されていたビミダケは11個……。 これを全部獲ったらまず間違いなくビミダケは絶滅してしまうだろう。 俺は考え込んでしまう。 ……1つで……いいよな……。 10個もあればまた繁殖するかもしれない。俺はビミダケを1つだけ獲り、山を降りることにした。 「おかえりなさい!」 宿屋に帰ってきた俺を待っていたのは笑顔のルナだった。 「お、おう。ただいま」 思わず照れてしまう俺。 「そ、そうだ。約束どおり獲ってきたぞビミダケ」 「本当ぉ!?」 ルナが目をキラキラと輝かせながら言う。 これだよ……俺はこの表情を見たかったんだよ。 「じゃ、さっそく料理してもらおうな?」 「うん!」 俺の言葉にルナは元気に頷いた。 「これが……焼きビミダケ……」 ルナは高揚した顔でマジマジと焼きビミダケを見つめる。 「ほら、見てないで食ってみろよ」 「いただきまぁす!」 俺の言葉と共にルナはビミダケを口に放りこんだ。 あ! 一口で食いやがった! もぐもぐと何回も噛むルナ。そしてゴクリと飲み込む。 「ぉおおいぃしぃぃぃぃ!」 ルナは満面の笑みを浮かべ、大声でそう言う。 あぁ……これで今までの苦労が報われた……。俺の中で満足感が生まれる。 「おかわりぃ!」 「は?」 「……おかわりないの?」 俺がポカーンとしていると追い打ちをかけるようにルナが言う。 お、おかわり? 「ルナ1つじゃ足りないよぉ……」 ………………………………。 俺の頭の中が真っ白になる。 お、俺がバカだった。いくらうまいとは言え、ルナがあんな小さなキノコ1つで満足する訳がない。 「すまんルナ……1つしか獲ってこれなかったんだよ」 「えぇ? ……そっか残念だなぁ……」 そ、そんな顔しないでくれぇぇぇ! 「ま、まぁそのかわり今日はここの料理なら好きなだけ食べていいからさ」 「本当? じゃあカツ丼とワンタンメンとミックスピザと海藻サラダとロールキャベツ! それとデザートはジャンボチョコレートパフェ!」 ……ルナはまた満面の笑みを浮かべている。 ……本当に俺の苦労は何だったんだよ……。 そういえば、こんなことは初めてじゃないんだよな。ルナが何か欲しそうな素振りを見せればどうしても買ってあげたくなって買ってやったり……。 砂場で一緒に遊びたいと言われて一度は断ったが、ルナの悲しい顔に負けて一緒に遊んであげたり。 あの時も今回も、前みたいにダダをこねたわけじゃない。ルナの一つ一つの動作が、どうしても買ってやりたい、食べさせてやりたいとかいう気持ちを生ませるのだ。 ハハハ……こう考えたらルナは魔法を使えない今も魔女なのかもしれない。 狙ったわけでもないのに俺を動かす。魔力ともいうべき魅力を持っているのかもしれない。 ……何だか俺、ルナに完全に骨抜きにされてるよなぁ……。 誰だ? 今情けないって言ったヤツは? ……言い返せない自分がとても悲しい。 「ねぇ和臣」 「ん? 何だよルナ?」 「今日ね、朝も昼も和臣がいなかったでしょ?」 「ああ、そうだな」 「だから朝ご飯もお昼ご飯もなんだかあんまり美味しくなかったの。 やっぱり和臣と一緒に食べるご飯が一番美味しいね♪」 ……………………。 骨抜きと言われようが情けないと言われようがどうでもよくなってきた。きっとこんな気持ちは魔女の飼い主じゃないとわからない。 一人の魔女の表情や言動によって、幸せになったり不幸になったりする。 確かに俺の人生はルナに振り回されてるのかもしれない。でもそれでもいいと思っている。 ……俺は今、幸せだからな。 魔女の飼い方外伝 魔女の飼い主 完
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