魔女の飼い方外伝 ピピピピピ……。 いつものように目覚まし時計のアラームによって私の睡眠時間は終わってしまう。 私は少しストレスを感じながら目覚ましのアラームを止めた。 まだ寝ていたい。 これは毎日のように思うことだ。でも今日は特別にそう思う。 ……あいつの夢を見たからかな……。 私はベッドに横たわっている重い上半身を起こした。軽い頭痛が起こる。 別にイヤな夢じゃない。ただあいつが出てきて、ただ普通に一緒にいて……普通に話をして……。 そう、見ているときはいい気分だった。でも起きたときに気付く。もうこの夢は正夢にはならないことを。 私は知らない間に自分の長い髪をいじっていた。これは昔からのクセだ。 どうにもならないときとか、何だかもどかしいときはいつも髪をいじっていた。 ……何だか少し気分が落ち着いた気がする。私はふぅと大きなため息を一つしてから、壁に掛かっている鏡に映った自分の顔を見た。 ……酷い顔……。 どうしようもないくらい情けない顔をしている。 イヤだ……今日は学校に行きたくない……。 学校に行くといっても私は生徒ではない。教える立場の人間。つまり教師。 生徒だった頃ならば、気のいい級友が気を紛らわしてくれるかもしれない。でも教師は生徒に弱みなんか見せちゃいけない……いつでも強い存在でないといけない。 でも今の私に、40人の生徒の前に出て、教鞭をふるうような強さなんてない。 もうあれから3ヵ月。いい加減しっかりしなくちゃ……。そんなのはわかってる……。わかってるんだけど……。 好きでいるときよりも好きでいちゃいけなくなったときの方がよくわかる。 あいつを……和臣をどんなに想っていたか……。 私の名前はエリス・クシュリナ。もう今年で24歳になってしまっている。まだ一応は若いと呼ばれる年代なのかな? 私は比較的に何不自由無く育ってきた。優しくて友達のように接してくれる母親、遺跡調査員だから月に5日ぐらいしか会えなかったけど、その分色々良くしてくれた少し厳しい父親。 成績優秀、スポーツ万能、大学に入ってからは容姿端麗と呼ばれている。 本当にこれで幸せじゃないって言ったらバチがあたるような人生を送ってきた。 そんな私だから……、この恋はうまくいなかったのかもしれない。私が今までの人生で唯一愛した男性。 彼の名前は黒崎和臣。 小学校の頃からの幼なじみ。和臣が好きだと気が付いたのは9歳の時……。 それまでは本当にただの幼なじみで……唯一心の開ける友人みたいな存在で……。 私の初恋が始まったのは、和臣のお母さんが死んでしまったあの日からだ。 あの頃の私はイヤな子供だったと自分でも思う。 いい子を演じていた。大人に気に入られるために、友達が笑顔でいられるように。 純粋さなんてものがとっくになくってしまっていたのかもしれない。 私は小さいときから変に頭が良かった。 幼稚園の頃からサンタクロースを信じなかった。世界中の子供の家に一晩でプレゼントを配るなんて、物理的にできるはずがないと言う理由で。 でも大人たちが一生懸命信じさせようとしていたから、信じているフリをしていた。 今思えばなんてひねくれた考え方をしていたんだろう。多分幼いときから色々なことに興味を持ちすぎ、勉強するのが苦にならなかったためだろう。 そのために現実世界の知識を多く持ちすぎてしまっていた。未成熟のまま、大人顔負けの知識を持っていたからそんな子供になってしまったのだろう。 でも私はそんな子供で良かったと思ってる。小学校に上がってから、同じような考え方を持っていた子供。 ……和臣と仲良くなれたんだから。 私たちが仲良くなるきっかけになったのは、小1の時の集団下校という行事だった。 私の家の方向に住んでいる生徒の人数は少なく、同じ学年では私と和臣の2人だった。 手をつないで仲良くするだけの、何だかよくわからない行事だった。はぐれないためというが、手をつなぐだけでどうなるものでもないだろうと思いながらも、おとなしく言うことをきいて和臣と手をつないで帰っていた。 和臣は口を開かなかった。 私は照れているのかと思っていた。幼い男の子は、女の子と手をつなぐだけでも恥ずかしいのだという知識があったから。 でもどうやらそうではなかったらしい。高学年の人が次々と家に帰っていき、人数が少なくなってきたとき、不意に和臣に声をかけられた。 「なぁ、手をつなぐの、かったるくないか?」 小学1年生のセリフとは思えない一言。 その時私は、和臣が自分と同じ人種だと瞬時に察した。 「本当、何の意味があるのかしらねぇ?」 私はため息混じりに呟くように言った。 この一言だけで2人は仲良くなった。 それから変に大人びていた2人は、他の友達には理解してもらえないような、子供らしくない話ばかりしていた。 和臣と仲良くなってからは本当に毎日がただ楽しかった。その時はまだ恋愛感情は生まれていなかったと思う。いつも2人で遊んでいたので、他の友人からよくひやかされたものだが、私は別に何も感じずに軽くあしらっていたから。 やっと出会えたレベルをあわせなくてもつきあえる人間……その時はただその存在が嬉しかった。 今でも忘れないあの夏の日。わたしたちが小学校3年生のときのあの夏の日。 和臣と遊ぶようになってから3年。和臣とは家も近かったこともあって、家族ぐるみで仲良くしていた。 和臣のお母さんにもよくしてもらった。 本当に優しい人だった。 ……それが、何の前触れもなく突然……。 もともと心臓が少し悪かったらしい。突然起こった心臓発作。 私はお葬式の時もまだ状況をつかめていなかった。 昨日まで笑顔で一緒に遊んでくれた人が、次の日にはもう動かなくなるなんて、子供の頃の私にはとうてい理解できない。 でも葬式中の和臣を見たとき、とてつもなく大変なことが起きているのだとわかった。 いつもからは絶対に想像できない和臣の悲しそうな真っ青な顔、小刻みに震えている体。強く握り締めている拳。 涙が出ていないのが不思議だった。私はそんな和臣の姿を直視できないでいた。 その日、和臣は私の家に泊まることになった。私のお母さんが提案したことだった。 和臣は私の家にいる間中、自分から口を開くことがなかった。声をかければ、それに応じた適当な返事が返ってきたが、その言葉には生気が感じられなく、まるで人形と話しているかのようだった。 そんな和臣に私は戸惑いを隠せない。どうすればいいのかわからない。ただ漠然と元気を出してほしい。力になりたい。そう思っていた。 そんな私は、和臣と同じ部屋で寝ることになった。母親がそう仕向けたのだ。そして寝る前に母親はこう言った。 「今ではあなたが一番、和臣が近い存在だと感じている人間なのよ。 だから今日そばにいて何かしてあげられるのはエリス、あなただけよ」 私はそういわれて母親に言い返した。 「どうすればいいのかわからない。私あんな和臣初めて見たから……ねぇどうすればいいのお母さん?」 そのとき私は、自分が何もできない子供だということを強く感じていた。 赤ん坊のように母親に救いを求めていたのだから。 「大丈夫よ、そばにいるだけでもいいの。一人じゃないってだけでも、安らぐことができるんだから」 その時の母親の笑顔は、私にこれ以上ない安らぎを与えてくれた。 ……和臣はもう母親の笑顔で安らぎを感じることができない。そう思った私はいてもたってもいられなくなり、和臣が先に横になっている部屋に入った。 和臣は死んだように動かず、シーツにくるまっていた。最初は寝ているのかとも思ったけど、自分が和臣のような状況だったら絶対眠れないと思い、和臣のすぐとなりに座った。 「起きてるんでしょ?」 私の声に何の反応も示さない和臣。多分、寝ていると思わせたかったんだろうと思う。 私に心配をかけないように。 私は次の言葉がなかなか思い浮かばなかった。なんて声をかければいいのかわからなかった。 しばらく時が止まったかのように静寂な時間が流れる。 その沈黙を破るように私はそっと呟いた。 「和臣は一人じゃないよ」 それが私の言える精一杯の言葉だったのだ。 その言葉とともに和臣が布団から出て、私の服を掴み大声で泣きだした。 本当にこれが和臣なのかと疑いたくなるくらい、わんわん泣いていた。 余裕の笑みを浮かべることの多い顔が、涙でくしゃくしゃになっていた。いつも自信に満ち溢れていた瞳は不安で一杯だった。いつも口喧嘩をしているその口からは泣き声しか漏れなかった。 私は最初、戸惑ったが、そっと抱き締めるように頭をなでた。母親のかわりになんてなれないのはわかっていた。 でも、私には母親の真似事しかできなかったのだ。 私も和臣も、その夜は何も言葉をかわさなかった。ただ手をつないで一緒に眠った。 次の日、和臣は元気になっていた。昨日の夜からは想像できないほどに。 でもそれが自分の力だと自惚れるようなことはなかった。むしろ私はもっと力になれたのではないか、あの時にあんなことを言ったから、和臣は私に心配させまいと無理して強がっているだけでないかと、色々悩んでいた。 そんな気持ちからか、その日から和臣の一挙一動を見守るような日々が続いた。 けれでも和臣は、あの夜から決して弱さを見せない。本当に和臣は強い男なのだ。 それに気が付いたとき、私は自分の中で今まで経験したことのない感情が生まれてくるのを感じていた。 そう……、その時から和臣を好きになった。いや、好きだということに気付いたのかもしれない。 恋愛感情が生まれても、私たちの関係は何も変わらなかった。私は和臣に自分の気持ちを知られまいと必死に努力をしていたからだ。 気持ちを伝えた途端に気まずくなってそばにいられなくなる。こういう話は現実世界にも溢れている。私はそれを恐れた。 そばにいられるだけでいい。今の関係が壊れてしまうかもしれないなら、恋人なんかになれなくてもいい。 それが私の素直な気持ちだった。 しかし自分の気持ちを隠しながら、仲良くするのはそんなに簡単なものじゃない。外の女子が和臣に話かけているだけで、その女子に飛びゲリを食らわしたくなる。 飛びゲリはしなかったけど、わざと話の腰を折るような場面で割り込んだり、特に用事もないのに放送で呼び出しをかけたりはした。 ……どうやら私の嫉妬深さはかなりものだったから、それは隠し切れなかったみたい。でも和臣は恋愛に関しては本当に鈍感だったので助かったけど。 いや、もしかしたら気持ちに気が付いてもらえたほうがよかったのかもしれない。自分に告白をするような勇気は絶対になかったのだから。 中学高校も、関係は変わらないままだった。 和臣は女性にはあまり興味が無いらしく、好きな人ができたりしなかった。だから私は誰よりも近く、そして長くそばにいられる存在でいられた。 私はその自分の立場に満足していたのだ。 この関係はもうしばらく続いてくれると思っていた。 しかし、高校卒業とともに大きな変化が起こった。 和臣が世界に出るというのだ。シヴァの生態を研究するということで1年間。 離れ離れにならなければならない。今までずっと一緒に過ごしてきた2人が、1年間もの長い間会えなくなる。 それがどんなに大変なことか、私はぼんやりとだがわかっていた。 私は必死に和臣を止めようとしたり、一緒に行こうとしたりと努力をした。しかし和臣の意志は堅く、どうにもできなかった。 「一人で世界に出てみたい」 なんて言われたら、連れていってなんてことも言えない。 1年間。 1年間の間我慢すればいい。私は自分にそういい聞かせて、自分をムリヤリ納得させることに努めた。 高校の卒業式、それは和臣とのしばしの別れの時であり、私の誕生日でもあった。 その日、意外な出来事が起こる。 和臣からの初めての誕生日プレゼント。 プレゼント交換なんて金のムダだよ。 なんてことを子供の頃に話していたから、お互い誕生日プレゼントなんてものは用意していなかった。 どんなつもりで用意したのだろうか? いや、そんなことはどうでも良かった。和臣が私の誕生日を覚えていて、プレゼントを用意してくれたことだけで私は幸せになれたのだ。 たとえ、それがただの気紛れであったとしても。 和臣のプレゼントはピンクのリボンだった。 何でこんなものをプレゼントしてくれたのかはわからない。和臣は女の子にプレゼントをするなんて初めてだろうから、何をプレゼントしたらいいかわからなかったのかもしれない。 でも……本当に嬉しかった。どんなプレゼントよりも嬉しかった。 わたしは貰うだけも貰ってしばらくお別れなんて耐えられなかったから、私のお気にいりのバンダナを和臣に渡した。 「……これを私のかわりだと思って……」 これくらいのセリフを言えたらよかったのにね。 このプレゼントのおかげで、1年間の別れの悲しみはだいぶ紛らわされた。 1年間くらいなら待っていられる。 そう思えた。 1年後、アイツは帰ってこなかった。 外の世界が気に入ったらしい。 まさか女ができたんじゃないだろうかとも思ったが、和臣の性格を考えるとそれはあまり考えられない。女に興味がなかったみたいだし。 私は、もうしばらくは待っていようと思った。 2年後、アイツは帰ってこなかった。シヴァ使いとかいう名前で賞金稼ぎをしているらしいという噂を耳にする。 賞金稼ぎ……和臣の性格にあいそうな職業ね。なんてこの頃は笑っていた。 この頃から私は自分を美しくする努力をするようになった。久しぶりに逢ったとき、綺麗になったねとか言われてみたかったから。 今まで石鹸で身体を洗っていた私が、体重を落とし、肌の手入れとかをするようになった。 ……体重を落としたせいで、少し大きくなってきた胸がまたしぼんでしまったけどね。 3年後、アイツは帰ってこない。その頃の私は、胸以外は水準以上の女性に変身していた……と、思う(急に男どもが寄ってきたから)。 3年も待ってると怒りの感情が生まれてくる。 「何やってんじゃボケェ! 早く帰ってこんかドアホ!」 なんて叫びたくなるほど。 本当に叫びやしなかったけどさ。 4年後、大学も卒業。しかしあのバカはまだ帰ってこない。 私はもう待つことができなくなった。 帰ってこないならこっちから迎えにいくまでよ! 4年間という年月が私の中の何かを変えた。私は親の反対を押し切り、世界に出ることにした。 世界に出た私は賞金稼ぎになることにした。同じ仕事をしていた方が和臣に早く出会えると思ったから。 フェンシングとアーチェリーは、ジャンの大会で優勝するほどの腕を持っていたので、賞金稼ぎとして名をあげるのはそんなに時間はかからなかった。 2ヵ月後にはビャッコ退治もできるようになっていた。 ビャッコ退治ができるようになった私は、今度はスザク退治ができるようにと試行錯誤を繰り返した。 なぜなら、シヴァ使いはスザク退治の仕事ができないという噂を耳にしたため。 私が、和臣でもこなせない仕事をこなせば名も売れる。それに和臣は自分ができないことをやられれば、きっと食ってかかってくるはずだと思った。 そして私はヒュプノスの矢を生み出した。 それから少し経ってからだろう、私が『幻術師』と呼ばれ始めたのは。 和臣と再会を果たした時、それは私が『幻術師』と呼ばれてから1年ぐらい経ってからのことだった。 忘れもしない。 和臣の顔を見た私は一瞬息もできないぐらい気持ちが高ぶった。 けれでも、和臣は私がエリスだと気が付かなかった。 確かに外見は変わったわよ。でも、10年間以上一緒にいたんだから気付いてくれてもいいと思わない? ピンクのリボンもしてたのに! ……でも私はそのぐらいのことは許せたと思う。私が許せなかったのは、女の子と一緒に旅をしていたことだ。 名前はルナ。外見だけなら12歳前後のお子ちゃま。 あの時の私の怒りは一生に一度あるかないかぐらい大きなものだっただろう。さらに追い打ちをかけるような「いい歳こいて子供がするようなピンクのリボンなんてつけてんじゃねぇよ!」という和臣の一言。 私は今まで待ち続けた4年間すべてを否定されたように感じて、思わず泣いてしまった。 でも和臣が私のバンダナをしていてくれていたのでいくらかは救われた。私を忘れてるわけじゃない。もう少し話をしてみないと何もわからないと思った。 あの子のことも……。 和臣と再び話す機会が訪れたのはそのすぐ後だった。スザクが町を襲いにきたのだ。私はスザクを倒し、自分の実力を見せるとともに和臣と話す。 ……じっくりと話してみて私は落ち着いた。 和臣は全然変わっていない。ルナって子ともそんなに心配するような関係ではないみたいだし……。 私はしばらく幻術師として様子を見守ることにした。 もしかしたらちょっとしたことで私のことに気が付いてくれるかもしれないという期待もあって。 しかし、あいつは最後まで気付かなかった。 こぉの鈍感! ……ま、まぁでもあの時のあの言葉は嬉しかった。 「このバンダナはなぁ! あるヤツがくれた大切なものなんだぞ!」 あるヤツがくれた大切なもの……。 …………………………。 ……ポッ……。 あの時は本当に嬉しかったけど、それ以上に恥ずかしくなって思わず逃げてしまった。 大切なもの……それはつまり私のことを少なくても悪くは思っていなく……大切だと……思ってくれているってこと……。 そう……解釈して……よかったんだよね? 再び和臣に会うまでしばらく時間がかかった。 ……なんであの時逃げちゃったんだろうなぁ……。 どこで再会したかは……。 ……思い出しただけで顔から火が出る。 その時は鈍感な和臣も私のことに気が付いていた。再会した時一番気になったのはやっぱりあの子。 だから私ははっきりと和臣に聞いてみた。でも和臣はあやふやな答えしか出さない。 私はイライラしていたためルナを傷つけてしまう。ルナが傷ついたときの和臣の表情……、もしかしたら私は、この時から和臣がルナを一番大切に思っていると気が付いていたのかもしれない。 ……この事件は、ルナの優しい心によってうまくまとまることになる。 そしてそれからは、和臣、ルナ、そして私の3人で旅をすることになった。 3人での旅はとても楽しいものだった。 ルナはかわいく、素直で純粋で……。決して憎めるような存在ではなかったからだ。 しかし3人で旅をしはじめてほどなく、私たちは大きな事件に巻き込まれることになる。 セイリュウとの遭遇、そしてルナの過去、魔女の秘密。 あまりにも衝撃的な出来事が続いた。 そしてその事件が一応の終息を迎えた時。和臣は私のもとに来た。 恋人として過ごせた日々はすごく幸せだった。一緒に暮らして、一緒にご飯を食べて……。とにかく和臣と同じ空間で同じ時を過ごせるのが幸せだった。 まだ和臣の心の多くがルナに支配されていることを知りながらも……。 しかしその幸せは1ヵ月という短い時間で終わりを告げてしまう。 ルナの暴走事件。 ……これがなかったら私と和臣はずっと……。 いや、こんなことを考えるのはよそう。私は自分の意志で和臣を送り出したのだから。 あの時和臣に言ったように、和臣が苦しみながら愛してくれるのは耐えられなかったのは事実だ。 いや、それは綺麗ごとでしか無かったのかもしれない。和臣が私に笑いかけるときも、優しくしてくれるときも……、和臣の心にはルナがいた。 和臣はルナに対しての後ろめたさを感じていた。 長い間一緒にいたからわかってしまう。 微妙な心の動き。胸の内。 それが……それがどんなにつらいか……。 けれどもあの時……、和臣に自分の気持ちを確認させたとき……、もしかしたら……私のもとに来てくれるかもしれない。 少しだけ……ううん……それを望んでいた。 でも……和臣はルナのもとへ行った。 私はそれで和臣を責めたりする気は少しもない。和臣は和臣らしく思うようにやればいい。 和臣にいつも言ってきた言葉……。それは私の望みだから……。 そういう和臣が……私の好きな和臣だから……。 私は酷い顔の映る鏡に向かって髪をとかしはじめた。そしてピンクのリボンで、髪をポニーテールにまとめる。 すると酷い顔に生気が戻ってくる。 あの日から……朝起きて色々悩む日もある。でもそれもこのリボンをつけるまで。このリボンをつけると、私は気力がみなぎってくるのだ。 「このリボン……もうしばらくつけててもいいよね?」 私がそう問い掛けたとき和臣は「俺はこのバンダナをはずす気はないぜ? これは、俺がエリスを好きだった証だからな」って言ってくれた。 ……このリボンは……、和臣が私を好きで、私が和臣を好きだった証。 和臣が好きだった私はもっと強い私だから、……だから私は、和臣が私を好きだったという証がある以上、強い女でいなければならない。 だってこのリボンにつまった恋の思い出は、決して悲しいものでなく、とても大切なものだから。 私は明日も明後日も私はこのリボンをつけるだろう。たとえ和臣への想いに踏ん切りをつけて、違う男性を好きになったとしても。 私が今の私でいられるのは、和臣という存在があったからなのだから。 でも、私が違う男性を好きになれるのは、まだまだ先になってしまうと思います。 だから和臣。 もうすこしだけあなたのことを想い続けてもいいですか? 初恋色のリボン 完 |