工藤 道隆

「月島 彩葉」

 どこにでもあるチェーンの和風居酒屋。特徴のないつくりの個室で二人、向かい合って酒を交わす。
 男と女。だけど二人の間に浮いた雰囲気はない。
「相変わらず地味な格好ねぇ、つーかジジ臭い。今度コーディネートしてあげようか? 」
 ベージュのジャケットに白のスラックス。中のワイシャツはブルー。手入れのされていないボサボサ髪。一世代前のレンズの大きなメガネ。
「姉ちゃんに充分してもらってるよ。着ないのは俺のポリシーだ」
 多分歳をごまかしてお酒を飲むなんてことは、私以外とはしないだろうから、きっと普段ならこんな格好はしない。いや、こんな格好をしなくても、落ち着いた雰囲気が二十歳過ぎに見せてくれるに違いない。だけど、今は子供っぽい。
 恋人でもなく、多分友人とも言えない、だけどものすごく大事な存在。おそらく、……いやきっと、二人の関係を表すのに最も適している言葉は、「家族」だろう。
「……それにしても、もう二年か。早いね」
「そうだな……」
 今日は特別な日。
 私がこの男、工藤道隆と知り合うきっかけとなった、かけがえのないものを失った日。
「私……一日も忘れてないよ。あの子のこと」
「オレだってそうだよ」
 私の……私たちの子供の命日。
 あの時のことは今でも昨日のことのように思い出せる。


 ……あの頃の私は、本当におかしくて、どこかが壊れてしまっていた。


 なんてことはない。よくある話。
 私は親の温もりを知らない。母親は、私を生んですぐに死んでしまったし。父親は私を捨ててどこかへ行った。
 でも、彩葉という私の名前は父親がつけてくれた。紅葉の季節だったことと、念願の最初の子供だから「いろは」とつけた。
 生まれてくるまで、そして生まれてすぐは本当に喜んでくれたらしい。
 ……私が不倫相手の子供だという事実を知るまでは。
 父親を恨んでなんかいない。
 だって気持ちはわかるもの。不倫相手の子供になんて、愛情を注げるわけがないんだから。
 そう、私は生まれながらにして忌まわしき存在なのだ。
 その事実を知ったのは中学生の時だったかな。
 母方の両親に育てられていたのだが、祖父が酔っ払ったときに、面倒を見るのを嫌がった私が、祖父を侮辱するようなことを言ったらしい。そこで感情的になった祖父がつい口を滑らせた。事実を叩きつけ、おまえみたいな子供に言われたくないと。
 祖父は酒癖が悪いが普段は優しい。
 だから酔いから冷めた祖父は涙を浮かべて何度も私に謝った。
 別に祖父を対して怒りを覚えなかったし、誰に対しても怒りを覚えなかった。
 ……それをきっかけに、祖母からいろいろと聞いた。
 子宝に恵まれないことから、父親は母親に冷たくなったこと。
 そこからくる寂しさから、母親が不倫相手に安らぎを求めたこと。
 そして……、どちらの子が生まれるかわからない事実を心に秘めていたことで、心労がひどく出産時に死んでしまったこと。
 ただ単に、どこか歯車が狂ってしまっただけだ。
 誰も恨みはしなかったけど、自分の存在そのものが忌まわしく思えた。私は、きっと望まれた存在ではなくて、自分の価値などありはしないのだと思うようになった。
 そんな私だったが容姿には恵まれていた。そのため思春期の男の子たちはみんな私を求めてくれた。

 初めての相手は同級生の優しい男の子。

 私を好きだといってくれた。
 私を必要だと言ってくれた。
 私を求めてくれた。

 その度に自分の価値を見つけられた気がして、求められるままに応え。そして、どこまでも彼を求め続けた。……いわゆる依存症と言うやつだ。だけどその頃の私にはそんなことをわかるはずもない。
 優しいその人は私の重みに押しつぶされてしまった。
 精神的に未成熟な男の子に、私の……それこそ命懸けの想いは受け止められなかったんだろう。
 精神科に通うようになった彼の両親から通告を受けて初恋は終わった。
 それが始まりだった。
 言い表せられない不安に足元がぐらついて、自分の存在価値を男性に求め続けた。でも、付き合い始めれば、今度は失ってしまう不安に襲われて……。
 ある程度関係が深まると、相手を疑い始め、相手を試して、わがままな要求ばかりする。そして、それに耐え切れなくなった相手が、自分のもとを離れていくとなぜかホッとするのだ。
 ああ、もう失う恐怖に怯えなくて済む。あんな不安を抱えずに済む。だけどすぐにまたさびしくなって男性を求め始めた。
 それを何度も何度も繰り返していって、どんどんエスカレートしていって……。終いには同時に複数の男性と関係を結ぶようになっていた。
 男性に求められることでしか自分の存在価値を見出せないくせに、相手を信じられない。……というより自分なんかを愛していると言う言葉が信じられない。
 だって私は、忌まわしき存在だから。
 その行為にブレーキをかけたのが、私の中に初めて宿った命だった。
 誰の子供かはわからない。
 その頃はもうひどい状態で、毎日の記憶があやふやで、相手の顔なんて覚えていなくて、ただ求められるままに、求めるままに過ごしていたから。
 さすがの私も悩んだ。何日も何週間も悩んで、そのときの私はこう考えた。

 私で終わらせなくちゃ……と。

 自分は母親よりもひどい。母親は自分の子供が、私の父か、不倫相手との間にできたことはわかっていた。
 私はそれすらわからない。
 きっと私が忌まわしい存在だから。……私なんか本当は生まれてきちゃいけなかったんだ。
 こんな忌まわしい私の子供が幸せになれるはずなんてない、きっと同じ……いや、もっとひどい人生を歩むはめになる。
 私にできることは終わらせることだ。
 この忌まわしい存在の後世に残さないことだ。
 それが唯一私に残された選択肢なんだと、信じて疑わなかった。

 覚悟を決めたと言っても、目の前の光景にはさすがに足が震えた。
 充分な高さと、激しい波。 
 ……私の弱さから生を受けたこの子を一人で死なせるのはあまりに不憫だ。それに、もう二度とこんなことにならないようにするには、根源から絶たなければダメだ。
 私は人生に疲れたとだけ書いた遺書を残し、この地域ではそこそこ有名な、いわゆる自殺の名所にやってきた。
 もうこれ以外に道はないと本気で思ったから。それが最善だと信じて疑わなかったから。
 考えてみれば皮肉なものだ。初めて信じて疑わないと言えるものが、そんなことだったなんて。
 自分を終わらせる。本能以外、邪魔するものは何もない。
 しかし、なかなか前に進むことができなかった。
 躊躇いとかそんなんじゃなく、ただ見上げた空がとても綺麗で見とれてしまったんだ。
 真っ赤な夕日にかかる雲は紫色。吸い込まれそうな赤と紫のグラデーションに目を奪われて立ち尽くす。
 どのくらいそうしていただろう。私は、ふとした瞬間に同じ空を見ている存在に気がついた。
 私と同じように、じっと空を見ている少年。
 この時間、この場所にいるのだから目的は知れていた。
 ああ、この子も死にに来たのか。
 ぼんやりとそう思って視線を向けていると、目が合ってしまう。
 死ぬことを決めた二人に交わす言葉があるはずもなく、どうすればいいのかわからずに固まってしまった。
 空の明るみが徐々に失われていく頃、永遠に続くと思われたその硬直が解かれる。
「お先にどうぞ、僕は明日でもいいです。心中だと思われるのもイヤですよね?」
 私はその言葉に思わず吹き出してしまった。後で聞けば、道隆も相当困っていてどうすればいいかわからなくなっていたらしい。それでもこのままじゃダメだという使命感が、そんなとぼけたことを言わせたみたいだ。
 ……でもこれだけは言えるよ。
 二人とも本気だった。きっと、ここで二人は出会わなければ、二人ともここにはいない。

 海岸沿いにひっそりとたたずむ人気の無いバス停。この時間は、車どおりも人通りもほぼ皆無だ。バスが来るのは1時間後。
 桜の木が多く植えられているようだが、今はもう緑の葉の方が目立つ。少し前に来れば、夜桜を見に来る客もいたのかもしれない。
 あれから私たちは、もう自殺って雰囲気じゃなくなってしまったので、またの機会にすることにした。死を譲り合うのは滑稽だったし、別に今日でなくてもいいと思ったから。
 この時、私は高校三年。道隆は一年。
 あの時の私たちは、他の人から見たらどんな風に見えたのだろうか。
「ねぇ……」
 未来を捨てたはずのなのに、好奇心と言うものは不思議となくならないらしい。
「君は、なんで?」
 今考えたら、ものすごく無粋な質問だったと思う。でも、そのおかげで今があるんだからいいよね?
 もちろん即答できることではないことは理解できる。……むしろ、聞こえないフリをされるのが関の山だったと思う。
 でも、彼は数分後にポツリ言った。
「……このまま生きていてもしょうがないかなって」
 月並みな台詞だったけれど、それが逆にリアルだった。私も本気で死のうと思っていたからわかる。
「……私は、生きている価値が無い人間だから」
 もしかしたら、これを聞いて欲しくて道隆に質問したのかもしれない。多分どこかで迷っていた。だから……背中を押して欲しかった。
 きっと、他の人に相談したら引き止められるだろう。でも、同じ考えに至った彼ならば、背中を押してくれるんじゃないかと思ったのだ。
 おかしな話だが、自分の考えには自信があった。自分が死を選ぶ理由は充分だと思っていた。少なくとも、死ぬことを選んだ同志とも言うべき存在に引き止められないぐらいの自信があった。
 不幸自慢をしたかっただけなのかもしれない。
 自分の生まれ、自分のしてきたことを話した。目をあわせてなかったし、何の反応も返ってこなかったから、話しているというよりも独り言を呟いているような気分だったのを覚えている。
 でも、ある言葉を境に道隆の態度が豹変した。
「……だから、今私に宿っている命もきっと幸せになれない……だから……」
「子供が……いるんですか?」
 目の色を変えて、私の両肩をしっかりと掴む。
「ダメだ……あなたは死んじゃダメだっ!」
 私はその時、失敗したと思った。
 子供のことは話さなければ良かった。二つの命となれば、同じ道を選んだ人でも止める可能性はある。子供は無限の可能性があるとか、子供には罪がないとか思う人は多いから。
 でもそんなことは、考えて考えて考え抜いて決めたことだから、はっきり言って鬱陶しいだけだ。
 その先にあるのは説教じみた言葉かと思った。でも、それとはかけ離れた内容に私は言葉を失った。
「僕が!あなたも、子供も幸せにするっ!だから!死なないで!お願いだから!」
 正直、言われた直後は道隆の頭を疑った。だって、会ったばかりの妊娠している女に向かって言うことじゃない。
 だけど、道隆が抱えるものを聞いたとき私の心が少しずつ変わっていく。
「わがままで馬鹿げているってわかってる。でも、僕みたいな存在に与えられたチャンスだと思うんだ。だから僕に……君と君に宿る命をくださいっ!」
 ここまで懸命な人間の姿は初めて見た。
 その言葉は強烈な重力となって私を現世に引き止めるきっかけになる。
 ……今考えてみれば、プロポーズの言葉そのものだよね。

 その日から、私たちのおかしな関係は始まったのだ。

 道隆は、誰の子供かもわからないその存在を心の底から愛おしんだ。
 その溺愛ぶりに、私もどんどんその気になっていく。
 二人に恋愛感情はない。もちろん道隆に好意を持ったのは間違いない。だけど、恋愛感情をすっ飛ばして、家族に対する感情を持ったんだと思う。
 唇を重ねることすらしない二人。だけど、生まれてくる子供の親になるべく結婚の準備を整え始める。
 道隆はどこまでも本気だった。
 法律、事例、色々な方面から本気で調べ、新しく迎える命のために尽力する。
 もちろん、厳しい道であるのは間違いなかったけれど、そんな道隆の姿に可能性を見出すことができた。それと同時に、自分が今まで努力をしてこなかったことに気がつく。こんな私にも幸せになる可能性はあるのかもしれない。そう思えるようになってきて、あの時命を捨てなくて良かったと本気で思うことができた。
 蜜月と呼ぶにはあまりにも色気がなかった気がするけど、恋人と過ごす時間よりも、私にはよっぽど甘く思えた時間だった。

 でも、その時間は思ったりもずっと早く終わりを告げる。

 知識だけは充分手に入れて、心の準備も充分にしたと頷きあい、いよいよお互いの両親と話をしようと決めたその日。
 二人の問題から家族を巻き込む問題へと進もうとする前に、経過を見てもらおうと産婦人科に行った私の耳に入ってきた事実。
 私に宿っていたはずの命は、もう失われてしまった。二人に幸せにもたらしてくれる新しい命は私の体の中で短すぎる生涯を終えてしまっていた。

 私はなんとなく、「ああ、やっぱり」と思った。
 やっぱり私なんかが幸せにはなれない。そういうことだと思った。

 今度こそ命を絶とうと決め、最期の責任を果たすために道隆に会いに行く。
 道隆は……、例え短い時間でも、こんな私に希望をくれた存在。そして、不幸が約束されていると思っていたこの子に、幸せな未来を与えてくれようとした存在。
 本当は今すぐにでも死んでしまいたかったけれど、こんな私でもこのぐらいの義理堅さはあるみたい。
「流産……したみたいなの」
 その言葉を聞くまでは、馬鹿みたいに緩んでいた顔が一気に引き締まって、徐々に悲しみの色に染まっていった。
 道隆は一気に泣き崩れた。
 どうして。なんで。
 言葉にならない声を口にしながら、大声で泣きじゃくった。
 涙は止め処なく溢れて、鼻水もだらしなく垂れていて……。顔はこれ以上は崩れないと思うぐらい崩れていた。
 心からの慟哭だった。
 この男は、本気で私の子供を育てるつもりでいた。そして、私の子供が死んでしまったことを本気で悲しんでいる。
「……ごめ……んな……さ……い」
 思わず零れた謝罪の言葉によって、自分の声が震えていることに気がつく。そこで一気に感情が溢れ出た。

 悲しくて……悲しくて……。
 本気で悲しくて……。

 今までは、悲しみなんて心から感じたことなんてなかった。
 母親の不貞で生まれてきた存在である事実も、名づけてくれた父親の愛を受けられなかったことも、悲しいとは思わなかった。
 悲しいと思えるほど、自分の存在に執着できなかったし、他の何かに執着することもなかった。自分の存在価値なんて微塵も無いと思っていて、何かを失ったとしても言い表せない虚無感に寂しさを覚えるだけだった。

 だけど私は今、本気で悲しいと思っている。

 ……この子に価値が無いなんて思いたくない。
 この子のためにこんなに涙を流してくれる存在のおかげで気がつく自分の想い。

 ……私に……価値が無いなんて思いたく……ない。

 両親のことを知ったときに打ち砕かれたその感情は、私の心のどこかでまだ燻っていた。だけど目の前の現実はいつまでも消えることはなくて……。

 だってこの子は生きていた。
 だって私は生きている。

 自分に価値が無いないて思いたくないよ。そんなの悲しいよ。


 泣き腫らした目に赤い空が痛かった。
 だけど、道隆と出会った時に見た夕日に似ていたから目をそらしたくなかった。
 涙が枯れるというのは本当だ。あれだけ溢れて出ていた涙はピタリと止まっていた。悲しみは今も変わらず心にいるのに。
 公園のベンチに並んで座り、夕日を見つめ続ける私と道隆。
「ありがとう」
 夕日が完全に落ちる前に、私は道隆に告げた。
 言うべき言葉は他には無い。謝罪の言葉は相応しくない。
 私一人だったら、この子の存在を喜ぶことができなかった。この子が死んでしまったことを悲しく思うことさえできなかった。
 喜んだり、悲しんだり……自分を感じた初めての時間だった。それをくれたのは間違いなく道隆だ。
 だから、感謝の言葉。
「……こっちこそ、ありがとう……」
 返ってきた感謝の言葉は暖かく、私の中に巣食う寂しさに光を照らす。
「……私、生きようと思う」
 生まれてきたことを悔やむのはもうやめる。
 道隆と……そしてこの子と過ごした時間が無価値だとは思えないから。確かな価値がある時間を過ごせたと、心の底から思えるから。
 もう自分に価値がないなんて思わない。
 道隆の目をまっすぐに見て言う。これは決意の表明だけど、違う意味も含まれている。願わくば道隆も、生きる道を。
 二人が死を選んだ理由は違う。
 私は生きる希望が見えなかった。……道隆は生きる希望を失った。
 そして、私は生きる希望を見いだせた。でも、道隆は……この子が死んだことでまた生きる希望を失っているに違いない。
 出会った時よりも辛いかもしれない。深い絶望の淵にいるのかもしれない。
 それでも私は道隆に生きていて欲しかった。
 だって道隆は……この子の父親だから。……私の家族のようなものだから。
 そんな理由をこじつけてでも、一緒に生きていきたい。
「……俺も生きるよ」
 道隆が、注意していないと聞き取れないような小さな声で呟く。
「そっか……」
 私の気持ちに応えてくれたのだろうか。それならそれは間違いなく嬉しいことなんだけど、同時に悲しくもなる。道隆にも私と同じように、希望をもって生きて欲しいから。……人の言葉に繋ぎとめられるだけの命なんて、寂しすぎるから。

 道隆が生きることを選んだ理由ははっきりとはわからない。
 だけど……とにかく、私たちは生きることを選んだのだ。

 ……そして今も私たちは生きている。


 二人の飲むペースはいつもゆっくり。ほろ酔い気分を保つだけの量を少しずつ少しずつ飲む。
「……彩葉」
 二人であの子を育てることを決めてから、道隆は砕けた言葉を使うようになり、私のことを名前で呼ぶようになった。
 年上を名前で呼び捨てにすることも、ため口を使うこともないだろうと考えると、自分が特別であることを実感できて少しくすぐったい。
 恋人にするのはもったいない。この関係は、恋人同士よりも稀少で……そして心地いい。
「俺さ……気になる子がいるんだ……」
「ぶっ……」
 突然の告白に思わず吹き出す。
 とても喜ばしいことだと思う。人との関わりを避けて生きると決めた道隆が、そんなことを言うなんて。
「だからさ……辛いんだ……」
 自嘲を含んだ表情で薄く笑い、少し大目のアルコールを口に含む。
 二人は短い付き合いで、一緒にいる時間も短いけれど、道隆のことをよく知っている人間の上位三名に入る自信がある。
 道隆が今の生き方を選んだのは、おそらく今感じている辛さが怖かったからだ。
「……そっか」 
 私たちは、お互いの悩みを打ち明けあうことはするが、助言や励まし言葉を投げかけあうことはほとんど無い。
 心に秘めた想いを外に吐き出すだけで気は楽になる。あとは自分の問題。
 二人はお互いを求めているわけではなく、お互いを認め合っているだけの存在なのだ。
 自分の価値を見出せなくなったとき、進むべき道が分からなくなったとき、二人はきっと、お互いの存在を思い出すだけで自分の存在を確かめることができる。
 きっと道隆が気になる存在は、道隆をすごく気にしてくれている存在で。
 そして多分。その存在は道隆を受け止めてくれるんじゃないかと漠然と思う。
 大丈夫。道隆。あんたはいいヤツだ。
 地味で馬鹿でクソ真面目だけど、私が認めるいい男だ。
 だからいつか、道隆の抱えるものを受け止めてそばにいてくれる人が見つかる。そう思うのだ。
 例え、今道隆が気になっている子がそうでなくても、いつかきっと。
 そうなったとき、道隆にその子を紹介してもらうのが私はとても楽しみでならない。
 きっとその子は私と道隆の関係に嫉妬することは目に見えていて、必死で弁解しようとする道隆の姿を思い浮かべるだけでワクワクしてくる。
 私がその日が楽しみだということが、生きる希望のひとつであることは道隆には内緒だ。
「……何笑ってるんだよ?」
 顔が緩んでいたらしい。だけど非難の声をかけるその道隆の表情は穏やかだった。

 ねぇ道隆……。死ななくて良かったと本気で思うよ。
 今でも、死のうとしたのは間違っていたとか、あんな理由で……なんて思わない。だけど、生きていて良かったとは本当に思うよ。

 ……道隆もそう思ってるよね。
 そう思ってくれてるよね?

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