工藤 道隆
「坂上 空美」
「残念ね……。」 フジ子ちゃんが心底悲しい顔して俯く。 「しょうがないって」 だからあたしは笑顔をつくって、明るく言ってやった。 「もうすぐで卒業なのに」 「気が早いなぁ〜、あと半年もあるんだぜ?」 確かにこの時期に辞めることになるとは思わなかった。 「でもさ……」 「あたしとしてはここまで続けられただけですごいと思うね。だっていつも辞めよう辞めようって思ってたしさ」 言って長い髪をかき上げる。さらさらと指の間を通り抜ける感触が好きで、ついついやってしまう癖だ。 「これからどうするつもりなの?」 「まぁ……アルバイトでもしながら就職先を探すよ」 「……先生にできることがあったら言ってね」 「またこの先生は……泣かせる台詞を言うのが好きなんだから」 チャラけたのは本当に泣きそうになったから。この先生はいつも本気で心配してくれてるし、ちゃんと力になってくれる。この学校に特に思い入れはなかったけど、この先生と別れるのはちょっとつらい。 「……どうにかならないのかしら……」 「そんな顔をしないでってばさ。もう退学届けも出しちゃったし、受理されちゃったし。今更どうにもできないって」 「……どうにかしたい気持ち……あるんだよね?」 「何言っちゃってるのよ。フジ子ちゃん」 あたしにどうにかしたい気持ちなんて無い。そう思うだけ無駄だからね。 「あたしがどうにかしなきゃいけないことがあるのは、これからなんだからさ」 そう。たぶんこれからは忙しくなる。 「空美……」 先生が少し涙を浮かべた。……やばい……あたしも泣きそう。 「ほぉらほら、笑顔で『がんばんな』って送り出しよ。そっちの方があたし、やる気でるからさ」 泣くのは嫌いだ。みっともないし恥ずかしい。 「……わかった。がんばんな空美!」 フジ子ちゃんはきっと最高の笑顔を浮かべてくれた。 「オウ!」 だからあたしも元気よく返事をして図書室を後にした。 でも……図書室を出るとやっぱり涙が出てしまった。 母親が倒れた。女手ひとつで育ててくれた母親が倒れた。 職業柄しょうがないのかもしれない。毎晩遅くまで酒を飲む仕事なんだからな。 母親は水商売をしていた。学のない母親が、親父の残した借金を返済しつつ、子供を高校まで通わせてるんだからしょうがないことなんだ。 でも母親はよくやってくれた。仕事が終わってから朝食を作ってくれて……、それから夕方まで寝て、夕飯を用意してから働きに行く。休みは週に1回あるかないか。 あたしなんかが高校なんて行ってもしょうがないって、まじめに行くつもり無いよって言ったのに……。それでも、高校は行った方がいいって。自分が苦労したからって言って高校も通わせてくれた。 だから、できることなら高校だけは続けたかった。……でも無理だった。 仙台に住んでいる母親の唯一の親戚は、貧乏な上に子供が四人もいる。入院費はともかく、姪の学費や生活費まで、面倒は見きれないそうだ。 まぁ……しょうがない。 しょうがない。しょうがない。しょうがない。 あたしの口癖。だってしょうがないものはしょうがない。 学校を辞めて、生活費も稼ぎきれないあたしはどうなるんだろうと思ったけど、親戚の家はやたらと広いらしいので、置いてくれるだけはしてくれるそうだ。 それだけでも恩の字だと思わないとな。 ……その親戚との面識はない。つまり知らない人間がたくさんいる家で世話になるわけだ。 ……イヤだけど……しょうが……ないよな。 この学校に思い出もないし、すごく仲のいいやつもいなかった。いわゆるあたしは不良で、しかも今時珍しい一匹狼タイプ。 中学のときは色々やった。タバコを吸ったりバイクを乗り回したり。……あと喧嘩。親不孝もいいところだった。高校に入ってからは、バイクはきちんと免許をとって乗ってるし、喧嘩もしてない。タバコは吸ってるけど……。我ながら大人しくなったと思う。だけどやっぱりグレてないやつの中には溶け込めなかった。まぁ……これもしょうがない。 考えてみれば結構寂しい高校生活だったな。一番仲が良かったのが、先生であるフジ子ちゃんだったんだから。 そんな高校生活を送ってたから、この学校は正直あんまり好きじゃなかったけど、気に入っている場所が一つだけある。 空に一番近い場所。屋上。 それもB棟の屋上だ。この高校はA棟とB棟と分かれており、A棟が教室など主要なものがあるいわゆるメインの校舎。B棟は体育館、音楽室なんかしかなく、大きさもA棟に比べれば3分の1程度。屋上はA棟、B棟とも解放されているのだが、教室から近く、広いA棟の屋上にしか普通の生徒は行かない。つまり、B棟には滅多に人がいないってワケだ。 名前のせいもあるが、空を見るのが好きだったあたしは、昼休みはいつもあそこでタバコを吸っていた。 本当に、空を見るのには最適な場所。誰もいなくて、A棟の屋上で騒いでる奴らの声が遠くに聞こえて、風が気持ちよくて、空が近くて。あそこはあたしの好きな場所……あたしの場所だった。 キーンコーンカーンコーン……。 チャイムが鳴った。……この音とも縁遠くなるんだよな。 時計を見ると12時30分。丁度昼休みの時間じゃんか……。今日で最後。あそこで一人、感慨に耽るっていうのはかなり悪くないと思う。 あたしはタバコの本数が充分あることを確認してから屋上へ向かった。 ガチャ。 屋上のドアを開けると冷たい風が吹き込んでくる。ストッキングをはいてくりゃ良かったかな。 ま、しょうがない。あたしはちょいと気合いを入れてからいつもの特等席に向かう。出入り口の上。せっかく屋上に来たんだから少しでも空の近くがいいしね。 いつものように横手にあるはしごを登る。よく考えたらスカートでこんなことしてたらパンツ丸見えじゃん。まぁあんま気にしないけどさ。 「あ……」 登り切ったところで思わず声を上げてしまった。先客がいたからだ。 B棟の屋上に人がいることは何度かあったが、この特等席に先客がいたのは初めてだ。座って読書なんかしちゃっている。すぐどくような雰囲気じゃない。 あ〜あ〜、こんな日に限って……。今日はどうしても一人になりたかったのになぁ……。 先客は男だった。校章が青だから……2年生か。めがねをかけ、キチンとブレザーを着込んでいる。ボサボサとした髪は真っ黒で、染めてる様子はない。真面目クンだな。これは。 ……今日は特別だし、昔取った杵柄ってことで……。 「……隣いいか?」 鋭く睨みつつドスの利いた声で脅してやる。あたしは完全金髪のロングヘア。目はツリ目。不良に見られなかった試しがない。こんな風に脅してやれば大抵のやつは逃げていく。 「……どうぞ」 しかし、そいつは横目でこっちをチラッと見てそう言うだけで、どこうとはしなかった。その様子には怯えとかそういうものは感じ取れない。結構肝が座ってるのか? ……いや、違うな。 一瞬あたしに向けられた瞳には、あたしとよく似た濁りがあったような気がする。直感的にだけど感じた。多分こいつはあたしと同じ人種。 しょうがないことをしょうがないと簡単に言える。諦めた人間。 あたしはこの直感をまず外したことがない。 ………………。 退学の日に同じ人種と、寂れた屋上で静かな時を過ごす。これはこれで悪くないかもしれない。 ……あっちはこっちに話しかける様子はないみたいだしな。あたしのことを完全に意識に入れず、読書に集中している。 だったら、こっちも好きなことをさせてもらおう。 あたしはゴロリと寝転がり、吸い始めた当時からは、比べものにならないくらい重いタバコを一本口に加え、火をつける。 シュボッ。 この火をつける音が随分かっこよく聞こえた歳があったことをふと思い出し、口の端があがってしまった。 すぅぅぅ……。煙で肺を膨らませると、体中に軽い脱力感が染み込んでくる。空を見上げると、視界に広がるのは雲一つない真っ青な空。なんだか馬鹿みたいにいい天気だ……。 ふぅぅ〜……。少し大げさ気味煙を吐き、空に雲をつくってやった。 「あ……」 また思わず声を出してしまう。まずいまずい。真面目クンの前でタバコを吸ってしまったよ。 「あのさぁ〜悪いけど黙っといて」 あたしが火のついたタバコをヒラヒラと振って言うと、男子生徒はまたチラッとだけこっちを向いて、コクンとうなずいた。 まー素直だこと。それよりも関わりたくないって感じだな。 「まぁ、今日で学校辞めたからチクられてもあんま痛くないんだけどさぁ」 「学校を……?」 あたしは独り言のつもりで言ったのだが、真面目クンはオウム返しに聞いてきた。しかもちゃんと視線がこっちに向かっている。 あ、そか。校章の色で学年はわかる。3年のこの時期で辞めるなんて珍しいからね。 「そうなんだよ。ん?学校辞めたんなら校舎内にいること自体がやばいのか?」 ちょっと、冗談なんか言ってみる。今までの調子からいくとおもしろい返事はないだろうが。 「制服着てれば平気ですよ」 「そういうもんなのか?」 「さぁ?」 なんだかイメージと違った。真面目クンだと思ったがそうでもないらしい。 「おまえなぁ、自分の言ったことに責任持てよ」 「さっきのは責任を持たなきゃいけないような真剣な質問だったんですか?」 「いんや。持たれたら困るような質問だ」 んー?なんかこいつ、おもしろいぞ。こんなところで一人で本を読んでいて、多分あたしと同じ人種で、予想外の会話。 うん。おもしろい。あたしはこいつとちょっと話をしてみたくなった。そういえば、人と話してみたいと思ったのは久しぶりのような気がする。 「……本、おもしろいのか?」 変なやつと会話。暇つぶしには丁度いい。 感慨に耽るのは昼休みが終わってからでもいいしな。あたしは昼休み終了のチャイムが鳴ったってここにいてもいいんだから。 「この本ですか?」 「ああ」 「おもしろくないですよ」 「はっ!?」 開いた口が塞がらなくなる。 「おまえ……おもしろくない本をそんなに真剣に読んでたのか?」 「ええ」 こいつ……すげー変なヤツだ。表情をまったく変えずにとんでもねーことを淡々と話しやがる。 「おもしろくねーのに何で読んでんだよ」 「だって……」 あたしは当然の疑問を口にしたつもりだった。でもこいつの表情は目に見えて曇った。変なことでも聞いちまったんだろうか? 「最後はおもしろいかもしれないじゃないですか」 「ははは、なんだよそりゃ」 真顔でそんなことを言うもんだからあたしは笑ってしまった。 「そんな本あるのかよ?」 「滅多に無いです」 「じゃあ読むのやめろって」 「でも、一度買ったんだから最後まで読まないと。貧乏性なもので」 言って自嘲じみた笑いを浮かべる。 なんだか、こっちの胸が苦しくなってきた。なんでだろう?こいつの笑顔はなんだか痛い。 「最後がおもしろいっていったらやっぱり急展開か!?」 だからあたしは明るく会話続けた。 「急展開過ぎるのもどうかと……」 良かった。無表情に戻った。無表情に戻って安心するのってのは、かなり変だけど。 「じゃあよ。こんなのはどうだ?平凡でつまらない学生生活を送っていた二人の男女が、人気のない屋上で偶然出会い、恋におちて結ばれて、そんでもってハッピーエンド。なーんての」 ちょっと大げさに、ふざけて言ってみる。こいつに恋愛感情を持ったとか、そう言うわけではないが、恋愛方面は奥手っぽいのでからかってやろうかと思った。 「それは遠慮したいですね」 顔を赤らめて照れるような反応を期待したんだけど、あっさりと期待を裏切り、無表情でサラリと否定の言葉を言いやがる。 「ほほぅ、じゃあ不良美少女の逆鱗に触れて、屋上から突き落とされるって結末の方がお好みかい?」 「ああ、それはいいかもしれませんね」 また、あの痛い笑顔を浮かべた。……いいかもしれないって。 「な、なんだおまえ?死にたいのか?」 声が震えないようにつとめたが無理だった。少し震えてしまった。 こいつは何気なく言っているように思えた。だけど……いやだからこそ……あたしにはリアルに聞こえたんだ。 「死にたいなんて思ってません」 すぐ返ってくる否定の言葉。 「ただそういう終わり方もいいかなって思っただけです」 ホッとしたのも束の間、すぐにドキリとする言葉が続く。 「終わり方っておまえ……」 「何でそんなに深刻になってるんですか?本の話ですよね?」 「え?」 本の話……。 そうだったよ、本の話をしてたんじゃんかよ。本のおもしろい結末の話だったんだよ……。いつの間にか現実の話と混合してしまった。 そうだよ。うん。あくまで本の話であって現実の話じゃない。何を深刻に考えてたんだよあたしは。 ぐぅぅぅぅ……。 なっ!? その音は、やっとあたしが安心した瞬間に鳴り響いた。 あたしの……お腹の……音。 かぁぁぁぁぁ……。 自分の顔が真っ赤になっていくのがわかるのは何年かぶりだった。 そういやぁ朝飯食ってない。昼飯も買ってない。そりゃ体が要求するな。 「お腹空きましたね。」 「はは、はははは。」 あたしは笑うしかなくなってしまった。 そんなあたしをよそに、変な後輩はポケットをもぞもぞとまさぐり始め、目的のものを見つけると、それをあたしの目の前にズイッと出した。 「おおっ。ジャンボカレーパン!」 あえて口に出すこともなかったのだが、性分らしい。大げさに驚いてしまった。ジャンボカレーパン。通常サイズのカレーパンの約2倍の大きさでありながら、130円というリーズナブルな学食で人気のパンだ。 「くれるのか?」 遠慮がちにそう言ってみる。かっこわるいが背に腹は変えられない。ここで突っぱねても、また腹が鳴って恥ずかしい思いをするだけだ。 しかし、ジャンボカレーパンはあたしの前から消えていった。変なヤツが引っ込めたからだ。 ま、まさか……見せびらかした!? ぐ、ぐぐ……。 空腹も手伝ってあたしはかなりムカついた。変なヤツは悠然とジャンボカレーパンを袋から出している。 「この……!」 あたしが怒鳴りつけようとした瞬間に、ジャンボカレーパンが再びあたしの前に戻ってくる。 「お?おぉ?」 正しくはジャンボじゃない。2つに分けられ普通のカレーパンサイズになっている。 「半分こ」 少し悪戯っぽい笑みを浮かべる変なヤツ。ちょっとムカついたが、それ以上に、今までの『痛い笑顔』とは違う笑顔を見られたことに喜びを感じてしまった。 「ありがとよっ!」 あたしはぶっきらぼうに言ってパンをひったくると、すぐにかぶりついた。なんだかわからないが、思わず笑いがこみ上げてくる味だった。 会話がとぎれ、黙々と半分にしたカレーパンを食べる変なヤツとあたし。いや、変な二人組……かな? 「……ここにはよく来るのか?」 あたしはここしばらく来ていない。色々ゴタゴタがあって学校に来てなかったしね。 「今日が初めてですよ。」 最後の一口のカレーパンを口に入れ、パックのウーロン茶をすする変なヤツ。 「そうか……初めてか。いいところだろ?」 「とっても」 「ここはな、あたしの特等席なんだ。ここで空を見ながら吸うヤニが最高にうまいんだ」 あたしはもらったカレーパンをすべて胃に収めると、タバコをくわえた。 シュボ。すぅぅぅ。ふぅぅぅ。 肺が煙で満たされていく。 「……タバコって美味しいですか?」 変なヤツがあたしを……というかタバコをまじまじと見て聞いてくる。 「時と場合によるな」 「今は?」 「いまいち。……口の中がスパイシーで油っぽいから」 あたしの軽口にふふっと笑ってからウーロン茶を差し出す。 「飲みます?」 「おー、催促したみたいで悪いな」 ウーロン茶を受け取り口の中をさっぱりさせると、タバコは格段にうまくなった。 「うん、デリシャス」 「良かったですね」 「おまえも吸ってみるか?」 「遠慮しておきます」 「まー、できれば吸わない方がいいしな」 ふぅぅぅ。うん。本当にうまい。 青い空と、空腹から逃れた胃と、変なヤツ。今のこの場所は、ストレスをつくるものが一つもない、穏やかで優しい空間。なんだかすごくいい。 「……吸ってみたくなりました」 「え?」 「すごく美味しそうに吸ってますし、幸せそうですから」 そんな風に見えるのか?いや見えたんだろうな。美味しいし、なんだか妙に幸せだし。 「そうかそうか。……ホイ」 あたしはくわえていたタバコを変なヤツの口につっこむ。 これには変なヤツも面を食らったようで目を丸くした。 「げほっげほっげほっ」 まだ肺に吸い込んでもいないのにせき込んでしまう変なヤツ。まぁ当然の結果だけど。 「け、煙じゃないですか……」 「ぷっ……はははははははははは!そりゃ煙だよ」 やっと声を出したと思ったらそうきたか!大笑いするあたし。顔を赤くする変なヤツ。 「ま、最初はうまく感じないよ」 あたしは変なヤツの口からタバコを奪い取って自分の口に戻した。 「もう、吸いません」 「それがいいよ」 ピピ……ピピ……。 突然控えめなアラーム音がひびく。どうやら変なヤツの時計が鳴っているみたいだ。 「そろそろ僕、戻りますね。」 アラームを止め、ゴミをまとめて立ち上がる。 そうか、もう昼休みも終わりか。 「ああ」 あたしがうなずくと変なヤツはそそくさと出入り口から降りて言った。 「……なぁ、おまえ名前は?」 なんとなく呼び止めてしまい、何となく名前を聞いているあたし。なんだか名残惜しかった。 「あたしは坂上空美(さかがみそらみ)」 「僕は……」 変なヤツは少し躊躇う。名前を教えるだけなのに、何を躊躇う必要があるのかとも思ったが、なんだかそれがそいつらしいような気がして不快には感じなかった。 「……工藤道隆です」 「よし工藤。この特等席は今日からおまえに譲ってやる。……それじゃ、またな」 「……はい、坂上先輩」 まただった。『またな』という言葉に頷くのに躊躇っていた。またあたしに会うのがイヤなのかとも思ったが、そうではないように思える。工藤は少し困った顔をしたが、頷いてくれたし。何か事情があるのかもしれない。 バタン。 出入り口のドアを閉める音と振動が伝わってくる。工藤は教室に戻り、あたしは完全に一人になった。 工藤と二人で吸ったタバコをもみ消して新しいタバコをくわえる。さてと……感慨に耽るんだったよな。 ふふ……感慨って耽ようと思って耽られるものじゃないんだけどな。 ふぅぅぅぅ……。 青い空にまた不健康な雲が揺れる。 「高校生活……悪くなかったよな」 なんでだろう。そう思えた。さっきまではつまらないとか言ってなかったか?それなのに悪くないなんて。 すぅぅぅ。 ……最後がおもしろかったからかもな。 工藤の言葉を思い出す。 『最後はおもしろいかもしれないじゃないですか』 終わりよければすべて良しなんて言葉があるけど、案外当たってるのかもな。だから、つまんなくても読み続けている。終わりまで読み続けている。 ……多分あれは本だけの話じゃない。あいつの人生観だ。 よく考えればあたしも同じなのかも……、しょうがないことをしょうがないと受け止めて、なんとなく続けている。 自殺を考えたこともあった。母親が水商売なんかやってるからいじめられたりして、それでやさぐれて……母親を恨んだりして、それも苦しくて……。 そんな中でしょうがないものはしょうがないんだって考えるようにして自分の負担を軽くすることを覚えた。そう思うことで自分を追いつめないようにして、今の今までつまらないと思いながらも生きている。 あいつみたいに明確にわかっていなかったかもしれないけど、いつかはとか、最後はとか……そういう期待を胸に抱いていたのかもしれない。 ……なんだ。あたしもあいつも全然諦めた人間じゃないじゃん。しょうがないものはしょうがないなんて言ってるけど、人生までは捨てたわけじゃない。 諦めなきゃならないことが多すぎるからいけないんだよ。今の世の中は。 「あちっ!」 考え事をしているうちにタバコの火が唇まで達していた。慌てて火を消し、唇に火傷がないかどうか確かめるために指でなぞる。 工藤は何を諦めたんだろうか。どんなことを諦め続けているんだろうか? あたしの直感が正しければ、あいつはあたしと同じ人種で、生まれた環境とか、そういうなんかしょうがないもののせいで諦めることに慣れてしまっている。 ……あたしが考えてもわかるわけないか。 「よっ!」 あたしは気合いを入れて立ち上がる。 ビュオッ。 その時風が吹いた。踏ん張らなければ体ごともっていかれそうなそんな風が吹いた。 「おっと!まだ死んでやらないぜ?」 吹き抜ける風にチッチと舌を鳴らせて大げさに踏ん張る。我ながら何やってんだかだけど、なんか気合いを入れたかった。 仙台に行ったら、きっとまたしょうがないしょうがないを連発する生活が始まるだろう。だけどあたしは人生をやめちゃったりしない。 自分じゃどうしようもないほど困ったら、フジ子ちゃんに相談すればいい。きっと大丈夫。 そのときは、ついでに変な後輩の顔も見に行ってやるとしよう。 |