工藤 道隆

「金本 洋一」

ゴウンゴウンゴウンゴウン。

 もう何度聞きたくないと思ったかわからない機械音が鳴りっぱなしの部屋で、俺はうっすらと目を開き時計を見た。
「ふぅ……もう3時ですか……」
 暗く、誰もいない部屋でポツリと呟く。ちなみに3時とは15時ではなく、朝というか深夜と言うか……その3時だ。
 朝9時から働いて、業務終了が午前3時。労働基準法なんてあってないようなもんだよなぁまったく。
 でも実作業時間なんて4時間にも満たない。命令を実行して、あとはこのオンボロが命令を実行し終わるのをひたすら待つだけだ。その間は何をしてもいい、寝てたっていい。雑誌を読んでたっていい。なんせ、この仕事は全部俺一人でやってるんだからな。
「う、くくくぅ……」
 ゆっくりと体を起こすと腰が痛んだ。椅子を並べて横になっていたせいだ。

ピピッ!ピピッ!

 突如耳障りな機械音が鳴り響く。どうやらオンボロがやっとこさ処理を終えたようだ。
「うるへーうるへー」
 処理が終わると次の処理を入れるまでこの音が鳴り響く。
 最近のヤツなら、設定で音量やらアラームのON、OFFが設定できるものなんだが、なんせこれは年代モノだ。そんな便利な機能はついていない。
 それにやたらとでかい。部屋の真ん中にズデンと居座るこいつは、洗濯機6個分の大きさがある。ダウンサイジングのこのご時世にこのでかさは考えられない。8畳しかないこの部屋の三分の二は支配している。
「よっと」
 マシンを落とすだけのはずなのにも関わらず、十五ライン以上のコマンドをうちこまなければいけない。
 本当に面倒な話だ。

ぶぅぅぅうん。

「何か文句でもあんのかコラ?」
 今のはファンが止まる音なんだが、パソコンとは比べ物にならないくらいひどい音がする。その音がなんだかブーたれているように聞こえたので、そんなことを言ってみた。
 もちろんオンボロが返事をするわけはない。俺の独り言は、耳障りな機械音がおさまって、今度は嫌になるぐらい静かになった部屋にむなしく響いた。
 まぁ……何にせよ。作業終了だな。
 業務終了報告書を書いて、戸締まりをして……これじゃ家に着くのは何時になるやら……。
 どうせ明日……じゃなかった、今日の仕事も9時から始まるんだ。どこかで時間を潰そう。家に可愛い妻でもいれば別だが、そんなものはいない。27歳、独り暮らし。散らかった家に帰ってもくつろげる訳がない。
「……腹が減ったな……」
 そういえば夕飯を食った記憶がない。昼飯が2時半くらいだったから……。12時間以上は食ってないのか……。
 ……それにしても、独り言が多くなったなぁ。こんな場所にずっといるんだから仕方がないか?

カシャアッ。

 気晴らしにカーテンを開けると、まだ外は真っ暗だった。日が昇っていれば少しは気が晴れるかもしれないのに。でも今は1月だもんな。日が昇るのは6時近くだろう。
「はぁ……」
 大きなため息を一つして作業終了報告書を書き始めた。


 俺は会社を出ると、近くの漫画喫茶に行き、シャワーを浴びる。……最近の漫画喫茶にはなんでもあるからな。1時間600円でシャワー、ゲーム、インターネット、そして漫画。ここは俺のパラダイスだ。……飯を出してくれれば完璧なんだが、そのニーズにはなかなか応えてくれない。

 ザァアアアアアアア……。

 数分しか外に出ていなかったというのに、体は冷え切ってしまっていた。熱めのお湯がとても気持ちいい。
「あのオンボロともお別れか……」
 報告書を書き終えたあと、メールをチェックすると、あのオンボロの廃棄が決まった旨が書かれるメールが届いていた。
 考えてみれば俺が入社した当時から廃棄が予定されていたマシンだ。……ったく、遅すぎるっての。

 俺は大卒でこの会社に入った。大学出といっても三流大学。中小企業の今の会社に入るのがやっとだった。……そして入ってすぐ、あのマシンの管理の仕事に回された。
 最初は上司と二人で作業をしていたが、2ヶ月もしないうちに上司は別の業務に移った。それからは俺一人でずーっとこの仕事をしている。
 すぐに廃棄になるからしばらく辛抱してくれ。
 その言葉を信じて5年。アホだな俺は。
 つらい割にやりがいのない業務だ。もちろん異動願いを何度も出した。だが受け入れられない。廃棄になる予定のマシンの管理だからだ。俺が異動するということは、引継をしなくてはいけない。古いモノなだけに扱い方が結構難しいので、仕事を覚えるのに1ヶ月はかかる。
 ……あんなオンボロを未だ使っている会社だ。無くなるマシンの管理のために、時間と金と人を余計に費やす余裕は無いらしい。
 最初にあのマシンの管理に回されたのが運の尽き。なまじマシンの管理業務を覚えてしまったがために、五年も仕事をやらされ続けた訳だ。だから五年も勤務して、覚えた仕事はこのマシンの管理だけだったりする。酒の卸売りの会社に努めているとは思えないよな。
 ……辞めようと何度考えたかわからない。辞表を出したこともある。まだ若いんだから就職先は見つかるはずだから。
 でも、『おまえが辞めたらあのマシンが動かない。うちの会社は潰れてしまう』、そう言われてしまうと辞められなかった。……それからようやく解放される。

 ピピッピピッ……。

 考え事している人間を、我にかえらせるには、丁度いい大きさのアラーム音が耳に入る。15分以上流しっぱなしだと鳴るようにできているんだ。俺が急いでシャワーを止めると、アラーム音もピタリと止まった。
「……随分奥ゆかしいアラーム音だぜ。あのオンボロのもこのぐらいだったら良かったのに」
 俺はそんなことを呟いてからシャワー室を後にした。


 深夜に腹が減った場合は、24時間営業の店に行って食べる。バカみたいに値下げしている牛丼屋には何度お世話になったことやら。
 空腹を抱えていた俺は、シャワーを浴びたあとネットサーフィンをして適当に時間を潰しから、飯を求めて外に出た。

 ヒュオオォオオオッ……。

「うっひょぉおっ……」
 外に出ると同時に俺にぶち当たってくる風は冷たく、思わず悲鳴を上げてしまった。でも、こんな時間にふらついている人はほとんどいないので、恥ずかしくもなんともない。いっそ大声で歌ってやろうか?
 そんなことを考えながら、俺はコートの襟を立てて近くの牛丼屋を目指す。
 ……牛丼か……。
 そういやぁ昨日の朝飯と昼飯は牛丼だった……。3回連続は嫌だなぁ……。
 そんなことを考えていると、黄色い看板が目に止まった。24時間営業のカレー屋。朝からカレー……いや、たまにはいいかもな。それにこれ以上フラフラと外を歩くのはつらいし。
 俺は早足で歩き、カレー屋に入った。


ウィィイイン。

「いらっしゃいませ」
 低く落ち着いた……悪く言えば威勢の無い声が俺を出迎えてくれる。こんな時間に威勢良く声をかけられるのも嫌なので、これぐらいで丁度いい。
 いかにもチェーン店な造りの店内を見渡すと、誰も客がいなかった。店員も、今声をかけた男の店員一人のようだ。俺はコートを脱ぎ、一番奥のカウンター席に腰掛ける。
 すると男の店員がそばにやってきて、メニューとお冷やをテーブルに置き、コートをハンガーにかけてくれた。
 その店員はボサボサ髪でメガネをかけており、随分と若い。男と表現するよりも少年と表現した方がいいかもしれない。まさか高校生?いや、高校生がこんな時間にバイトなんてしないだろう。
 もう4時半。深夜というより朝だ。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
 マニュアルにあるだろう言葉を言い残し、カウンターに戻っていく。
「さて……」
 おっと、まずいまずい。また独り言を言いそうになってしまった。
 俺は口をつぐんでメニューを眺める。……おっ、エビカツカレーか……。面白そうだな。朝からフライとカレーという組み合わせが胃に良くないことはわかってはいるが、まだ若いんだ。食べたいものを食べないとな。
「あ、注文いいですか。エビカツカレーで」
「かしこまりました」
 俺の言葉を受けると、てきぱきと準備を始める。カレーを小鍋に移して火にかけ、冷蔵庫からパン粉に包まれたものを取り出し、油の温度を確認してから放り込んだ。
あれがエビカツなんだろうな。ジュワァアアというエビカツをあげるいい音が、店内のBGMになった。
 俺が暢気なことを考えているのとは対照的に少年の動きは素早い。
 エビカツを油に放り込んだと同時に小鍋の前に戻り、焦げ付かないようにかき回している。
 そして少し時間が立つとエビカツをひっくり返す。そしてまた小鍋の前に戻りまたかき回し、数分後に火を止めた。止めてすぐにエビカツのもとに戻り油から引き上げる。
 次にエビカツを、油を切る網棚に置いて、今度は食器棚の方に足を運び、皿を取りだしてご飯を盛った。ご飯を盛ると、エビカツをザクザクと一口大に切り分け、切ったらすぐにご飯の上に並べてからカレーをかける。
 以上でエビカツカレーの完成だ!
 ……思わず魅入ってしまったな。
「随分手際がいいなぁ……」
 俺がそんなことを口走ってしまったのは、エビカツカレーが目の前に置かれたと同時だった。
 やばい……今のは独り言だったのだが、どう考えてもこの少年は話しかけられたように感じただろう。
「え?ああ、ありがとうございます」
 少年は困ったような表情を浮かべながらモゴモゴと言った。
 悪い癖のせいで、赤っ恥かいちまったよ……。
 照れを隠すためにエビカツカレーを大げさに頬張る。
「……うん、うまい」
 この店で何度かカレーを食べたことはあったが、なぜかひと味違うような気がする。
 ……って俺また独り言を言ってるよ……。恐る恐る少年の顔を見ると、愛想笑いを浮かべていた。ぎこちない愛想笑いがさらに俺の羞恥心を煽る。
「若く見えるけど、いくつなんだい?」
 もうこうなったらヤケだ。独り言が多いと思われるくらいだったら、いっそのこと話しかけてやろう。気まずい状態のままのこの店内で食うモノがうまく感じられるわけがないし。
 ……いや、ちょっと待て。冷静に考えろ。俺みたいなやつに話しかけられるのは、この少年にとっては苦痛じゃないのか?しかも他に客がいないし、やることもないだろうから逃げる術もないだろう。……これは逃げられないウサギをいたぶっているのと同じじゃないのか!?
 ……と今更思ってもしょうがないが……。ああ……疲れているせいだな。まともな判断ができないようだ。
 もういいや。丁度いいかもしれない。人との会話に飢えてたし。
 ………………。
 中途半端に歳をとっているせいか開き直りきれない……。
「え?ああ、17ですけど」
 うう……案の定、何だこの人って顔になってる……。でももう後には引けないような気がする。つらいけどキリがいいところまで会話を進めよう。
「バイト?」
「ええ」
 17歳なのに、バイトでこんな時間に働く。しかも明日は平日。ということは高校に通っているわけないよな……。プータローかな?言葉もしっかりしてるし、落ち着いていて真面目そうに見えるのに。
「高校には行ってないの?」
「いえ」
「え?うそ!?」
 俺が驚いて声を上げると、少年は叱られた子供のように身を縮めた。いや、怒っているわけじゃないんだけど。
「……大変だねぇ」
 きっと何か事情があるのかもしれないな。好きなモノを買いたいとか……家庭が複雑だとか……。
「……そうでもないですよ」
 ボソリと呟くように言う少年。その表情は、憂いを含んだ……およそ高校生が作れるとは思えないような笑顔だった。
 『そうか。頑張れよ』こう言えばこの会話を終わらせることができる。キレイに終わるじゃないか。
 ……だけど……。
「どうして……だい?」
 なぜか俺は恐る恐る聞いていた。なんだか……とんでもない言葉が返ってくるような気がしたのだ。
 思わず聞いてしまったのは、怖いもの見たさからだったのかもしれない。
「………………」
 しばらく返事が無い。少年は俺の問いに対する答えを、口に出そうか出すまいか悩んでいるようだ。
 しかし1分ぐらい考えた末、少年は口を開いた。
「……自分ができることですし」
 自分ができること……。
「自分ができること?」
 自分ができる……。
 な、何だ……、今の言葉が……今の言葉が。……どうしようもなく腹が立つ。
「それは……自分にしかできないってことか?」
 俺の声色は明らかに怒気を帯びていた。おそらく表情にも怒りの感情がにじみ出ていた。少年の顔色が変わったのがいい証拠だ。
「深夜のバイトが自分にしかできないことか!?」
 何言ってるんだよ俺は。少年は自分にしかできないことだなんて一言も言ってないじゃないか。それなのに……、なんで俺はそうだと確信しているんだ!
「こんなこと、自分にしかできないことじゃない!自分以外やらないんだ!他の奴らはできるのにやらないんだよ!」
 ちょっと待てよ俺。何で見ず知らずの少年にこんなこと言ってるんだよ。酔っぱらってる訳じゃないんだろ!?頭はちゃんと回転してるじゃないか。
「他の奴らがやりたくないことなんだ!それをやらされてるんだぞっ!?」
 あ……。
「自分のできること……自分しかやらないことがあるから……ここが自分の居場所だと思ってるんじゃないのか!?ここしか自分の居場所が無いんじゃないかと思ってるんじゃないのか!?」
 これは……。
「キミは若いんだ!そんなことでどうするっ!?人のやりたくないこと以外できない人間でいいのかっ!?人の残飯食ってるようなもんだろうがっ!」
 ……俺の……俺自身に対する感情じゃないか……。
 気がつくと俺は席を立ち、息を切らしていた。立ち上がったときどこかにぶつけたのか、お冷やのコップが倒れてしまっている。水滴がポチャポチャという音を立てて床に落ちていた。
 最低だ……俺。
 なんだよ……そんなに疲れてたのかよ。俺……こんなにストレス溜まってたのかよ。見ず知らずの学生にこんなことぶちまけるなんて。
「……そうかもしれません」
 倒れたコップを立て、零れている水を拭く少年。
「……でも、やっぱり……この場所。無くしたくないです」
 諦めと、執着。おそよ同居しそうもない二つの感情が奇妙に溶け合っていた。
「……この場所を……無くしたくない」
 少年が言った言葉を口にしてみる。すると目頭が熱くなった。
 ……俺の……場所が……なくなる。俺の場所がなくなる。
 そっか……。無くしたくないんだな……俺。もうあの場所を無くしたくない場所だって思ってたんだな。
 ……これと同じような気持ちになったことがある。
 学校の卒業式だ。みんなと別れたくなくて……、でもどうしようも無かった。今までいた場所から、他の場所へ移る不安。よく知った場所から、知らない場所へと移る不安。今まで当たり前のようにしてきたことが、通用しないかもしれない不安。
 すげー嫌だったあの部屋が……学校みたいな場所になってたとはな。
「そうか……」
 ちきしょう。恥ずかしいぜコンチキショウ。
 俺は涙が出ないように必死にこらえた。こんな少年の前で泣くわけにはいかない。
 少年は奥からモップを取り出し、床に零れた水滴をササッと拭き取っている。
 機敏に動く少年の姿を見ると、さらに自分が情けなくなった。
「カレー。冷めますよ?」
「え?ああ。そうだね」
 そうだよ。俺はカレーを食べに来たんだよ。大げさにカチャカチャと音を立ててカレーを食べ始める。少し冷めてしまったカレーは幾分味が落ちてしまっていたが、それでもやはりいつもよりうまく感じた。
「……他の人が居たくないような場所にしか……自分の居場所がつくれないのは……」
 え?
 少年がモップをかたしている途中でぼそりと呟いた。
 それはあまりにも小さな声だったので聞き逃しそうになった。そして誰に言おうとしているのかまったくわからない雰囲気だった。
 俺に言ったのか?それとも独り言なのか?
『他の人が居たくないような場所にしか、自分の居場所がつくれないのは』
 ……そう……言ったよな。この少年。
 つくれないのは?……どう考えてもまだ完結されていないよな、この言葉。
 俺は少年に視線を向け、その言葉の続きを待った。
 しかし、いくら待っても少年の口から何かが漏れる様子は無い。
 ……あれですべてなのか?あんなことが言いたかったのか?
『他の人が居たくないような場所にしか、自分の居場所がつくれないのは……』
「……それは……」
 さっきの言葉が俺に向けられたものなら。あの言葉の続きを俺に求めている。
「それは努力不足だ」
 少年が俺に視線を向けた。その表情は、驚きと、悲しみと……そして喜びがごっちゃになった複雑なものだった。
「……ここに居たくないなら……な」
 他のヤツが居たくないような場所でも……そこが自分の居たい場所なら全然問題ないんだ。
 俺はどうだった?あそこは自分の居たい場所だったか?……あんだけやめたがってたんだから、自分の居たい場所じゃなかったんだろう。となると……俺は努力不足なんだな。
 自分の言った言葉に責められる。いい気持ちじゃない。
 居たい場所じゃないんだよな?なのにその場所が無くなることを悲しむなんておかしい。
 ……いや、居たくなかった訳じゃないんじゃないのか?ただその場所でやることが、自分のやりたくないことだっただけで……。
 自分の居場所ってのは……自分のやることがある場所だ。やることがあるってことは……自分が必要な場所。そんなもんなのかもしれない。
 おまえが辞めたらあのマシンが動かない。うちの会社は潰れてしまう。
 ……間違いなく、あの場所に俺は必要とされていた。それもかなり。だから……結構居心地が良かったのかもしれない。
 俺がいなきゃいけない場所。かなり魅惑的な場所かもな。
 悲しいのはだからかもしれない。
 やっぱり、人間何かに必要とされていたいと思うもんなんだろう。自分が必要な場所があるってことはそれだけで嬉しくて、なんて言うかな……。それだけで存在理由があるような。
 ……そりゃあ俺の場合、会社のお偉いさんに言いくるめられたのかもしれないけど……。都合良く使われただけなのかもしれないけど……。それでもやっぱり嬉しかったんだろう。
 ……なんか……かっこわるい話だ。
 はは……こんな辛気くさいこと考えながらだとうまいカレーもまずくなる。
「自分の居場所が、自分のやりたいことができる場所だったら……最高だよな」
 独り言のように呟いてから、新たな気持ちでカレーを食べ始める。
「……まったくですね」
 俺がカレーを口に入れたか入れないかのタイミングで、少年が例のごとくぼそりと言った。……それを聞いた俺は何だか嬉しくなって、カレーをさっきよりもうまく感じることができた。

 少年のいたカレー屋から出ると、辺りは少し明るくなっていた。北風は相変わらず冷たいが、さっきよりもマシな気がする。
 さてと……。あのマシンが廃棄されるまでしばらくある。……もうしばらくは、あそこが俺の「自分の居場所」と言えるところなんだろう。
 とりあえず……あのオンボロが無くなるまであそこにいよう。最後まできっちりとつき合ってやろう。
 そしてあそこが無くなったら、今の自分の居場所を無くしたら、自分のやりたいことができる場所を自分の居場所にできるよう努力しよう。
「努力が足りないな」
 まったくだ。俺は努力が足りなかったよ。
 いや、それどころか今日考えたことなんて、頭の中にこれっぽっちも無かったんだろう。少しでも考えていたら……なんて、後の祭りか。
 しかし……あの少年は気付いていてあの場所にいるんだと思う。
 でも気付いていたら、普通避けるんじゃないのか?彼は高校生。バイトなんていくらでも変えられる。自分の居場所なんて見つけ放題。少なくとも、俺が高校の時はそうだったはずだ。あんなバイト、職を失ったおっさんとかフリーター、それか金が欲しい大学生がやるもんだぜ。
『……この場所を……無くしたくない』
 少年の言葉を思い出す。
 あんなところが無くしたくない場所か……。彼は望んであそこにいるんだろうか?
でも『自分の居場所が自分のやりたいことができる場所だったら……最高だよな』という俺の言葉に『まったくですね』と答えたのだから、あそこは自分のやりたいことがある場所ではないんだろう。
 ……だったら……。

 アタタタタ……。なんか難しいことを考えすぎて頭が痛くなってきた。

 あの少年がどうしてあそこにいるのかなんてわからない。でも、俺が今の場所を失うように、いずれは少年もあの場所を失うのだろう。
 そしたら、自分の居場所を自分のやりたいことのできる場所にする努力をしてほしいもんだ。
 ……まぁ、俺の方が年上なんだから、まず俺が立派にそれをやってみせなきゃ偉そうなことは言えない。
 うしっ。とりあえず会社に戻って、オンボロのお世話をするとしようかな。

戻る