正直、みちるさんが西洋菓子コンクール『クープ・ド・モント』で受賞したという知らせを聞いた時は、
嬉しさ以上に寂しさを感じた。

麻美さんも一緒だが世界大会で優勝したみちるさんなら、
それこそ何処にでも・・・高級レストランでも有名な店舗でもやっていけるだろう。
実際、テレビでも数々のオファーがありお店を用意するスポンサーもいるほどらしい。
自分の実力を解っているだけに遠くの存在に感じた。

世界一になる約束を守ってくれた事は確かに嬉しい。
でも、ミオに言われた通り寂しさがある。

もうひよこ館には戻ってこないかもしれない・・・

俺のことなど忘れたかもしれない・・・

でも、彼女はひよこ館などの小さい店でくすぶっていい人ではない。

そんな失意似た感情と自分への言い訳を抱えながら、
厨房に向かう。

だから初めは気付かなかった。

そして理解しても自分の目が、耳が信じられなかった。

「う、嘘・・・」

 

そこには、昔に何度も見た光景が・・・

だが、諦めかけた光景が・・・

様々な想いが出てくる。

「授賞式もまだ終わっていないのに・・・」

 

でも、彼女は帰って来た。

「そんなもの、私にはもう必要ありません」

 

約束を守ってくれた。

クルッとこっちの方を向く彼女は・・・

「おはようございます、店長」

 

世界一の笑顔で、ケーキを焼きながら出迎えてくれた。

「今日も張り切っていきましょう!」

 

みちるさんは俺の元へ・・・ひよこ館に帰ってきた!

 


2003 はじゃまソフト 『パティシエなにゃんこ』

「幸せな予感」
(みちるSS)


 

「それじゃ、みちるさんのひよこ館復帰アーンド受賞を祝ってかんぱーい!」

「「「「「かんぱーい!」」」」

「・・・かんぱーい」

「皆さん、ありがとうございます」

茉理の音頭でジュースが入っているコップを掲げて、
みちるさんの復帰を祝う。

突然のみちるさんの帰還に皆驚き、
お祝いは次の日になった。

参加者は主役のみちるさんはもちろん、
俺・茉理・ミオ・かなでのひよこ館の皆。
ゲストで冬華・亜里咲ちゃんにも来てもらった。
ちなみに小さい声は亜里咲ちゃんだ。
彼女なりに大きな声をだしたのだろう。

「いやー。
それにしても本当にみちるさんが帰って来たなんて・・・
お兄ちゃんったら優勝を知ったときかなり落ち込んでいたんですよ」

「こ、こら、茉理!」

「てぃひ!」

こいつ、いきなり言わなくてもいいことを・・・

「フフ・・・
翔一さん、ひよこ館を出る前に言ったじゃないですか。
必ずひよこ館に帰って来るって。
そして、今度こそ翔一さんの側にいますって・・・」

「い、いや・・・その・・・」

み、みちるさん・・・
皆の前でそんな恥ずかしいセリフをいわないでください。

「あー、ショーイチ照れてる!」

ミオにですら反撃できないとは、無念!

「ほ、ほら、早くケーキを食べないとミオの分まで食っちまうぞ」

「ダメー!
久しぶりのみちるのケーキなんだからミオが食べるの!」

fihs on!
これで、少しは誤魔化せたか。
実は打ち上げの料理はケーキだらけなのだ。
俺・みちるさん・冬華・茉理(怖いが)などが作った。

「翔一さんって誤魔化すのヘタだわね」

「・・・(コクコク」

「うんうん、冬華さんもそう思うよね。
翔ちゃんは昔からああなんだよ」

聴こえているぞ、ソコ。

「やっぱり、ひよこ館はいいですね。
ホッとします」

「そうですか?
俺は騒がしいだけと思いますが」

「それが良いんですよ」

笑顔で答えるみちるさんに、
ちょっとドキドキしながらジュースを飲みほす。

 

それからは、お互いのケーキの評価しながら(茉理のケーキは相変わらずスリリングだった)、
みちるさんの留学(麻美さん曰く武者修行)の話に花を咲かせる。

「それじゃ、お二人ともしばらくは普通の店で働いていたのですか?」

「ええ。
麻美の名声とコネがあれば、何処でも紹介してくれる人はいたのですが、
『他人が引いたレールなんかより私達の実力で這い上がっていきましょう』
の言葉に賛成してね」

そういう考えがあの人の数少ない良い所だな。

「色々大変だったけど、楽しかったわ。
ケーキに関しては教えられる事ばかりで」

「へぇ・・・
そう言われれば俺も一度は行ってみたいですね」

「その時はぜひ一緒に連れて行ってくださいね。
案内しますよ」

今から金を貯めないとな・・・2人分。

「なら、お兄ちゃんとみちるさんの新婚旅行はパリで決まりだね!」

「ブッ!」

「ま、茉理さん!」

「照れない照れない。
いずれそうなるんだから、お・ね・え・さ・ま!」

妹よ、その邪悪な笑みは止めなさい。
みちるさんが固まっているぞ。

「みちるさん、ちょっと訊いていいですか?」

「何かしら、かえでさん?」

「私達も昨日の朝、みちるさん達が優勝したのを知りました。
受賞式は参加しなくていいんですか?」

「「「「「あっ」」」」」

そういえばそうだよ。
テレビでも明日(つまり今日)にやるとか言っていたような。

「良くはないですけど、後悔はしていませんよ。
私にとって大事なのは翔一さんやひよこ館ですから」

「うわー、一途ね、みちるさん」

「茉理、おまえはもう黙ってろ」

「・・・お兄ちゃん、顔がにやけてるよ」

ナイスツッコミ!
我が妹よ。

「フフ・・・
一応、麻美には言ってあるから」

あの人にか・・・
不安だ(汗

「そういえば・・・
丁度今頃、テレビでインタビュー受けているんじゃない?
そうよね、亜里咲?」

「はい、冬華さま。
それはもう実況生中継です」

相変わらず、冬華には普通に声を出すよな。

「それじゃ、見てみるか」

「「「「さんせー!」」」」

「さんせー」

他の人ならこれだもんな・・・

「みちるさん、いいですか?」

「ええ。
どうせ、駄目だと言っても変わらないでしょ」

さすが、よくわかっていらっしゃる。

リモコンを手にとって電源を入れると、
丁度、そのチャンネルで始まったばかりのようだ。

 

『夏生さん、受賞おめでとうございます』

『ありがと、とても嬉しいわ』

なら、少しは嬉しそうな雰囲気を出してください。
いくつものカメラに囲まれても、
その無関心な顔に声はどうでしょう?

『受賞したときの気持ちはどうでしたか?』

『当然の結果よ』(即答

『そ、そうですか』(汗

ほら、アナウンサーも困っているじゃないか。

『ところで、もう一人受賞者・秋月さんがいないと訊いたのですが』

『彼女は先に日本に帰ってるわ』

『先に・・・ですか?
受賞式も出ずに?』

『何でも、約束があるからっと言ってさっさと帰っちゃったわ』

『それはどんな約束ですか?』

『ノーコメント。
みちるから口止めされてるから』

よかった・・・
この人ならあっさりバラしてしまうかと思っていた。
麻美さん、疑ってごめんなさい。

『これからのご活躍の予定は?』

『そうねぇ・・・』

この後、麻美さんを信じた自分がバカだと思えるほど、
大胆な発言が繰り出された。

『夏生さんならドコでも引っ張りダコでしょう?
数々のオファーやスポンサーが名乗りをあげていますし 』

『そうなんだけどね。
残念な事に予定は決まっているの』

『えっ?
ドコなんですか?』

『その前に聞くけど、今流しているの日本で放送されてるの?』

『え、ええ・・・もちろんです。
中継で放送していますが・・・』

『そう・・・
なら、大丈夫ね』

『は?』

アナウンサーの人を無視して、カメラに近づいてくる。

『翔一君、見てるー?』

「「「「「「えっ?」」」」」」

あ、麻美さん!?

『今頃、みちるとラブラブしているかもしれないけど、たぶん見ているわね』

ラブラブはどうかは解りませんが、見ています(汗

『私も明日帰るけど、ひよこ館に雇ってもらうからよろしくね』

「「「「「はっ?」」」」」」

い、今、何と仰いました?

『嫌だとは言わせないわよ。
面白そうだし、みちるがひよこ館から離れないなら私から行くしかないわ。
それに、君の腕もどれくらい上がったか興味あるし』

「「「「「「・・・・・・」」」」」」

全員口をあけてポカーンですよ、麻美さん。

『な、夏生さん!
翔一君って誰ですか!?
それにひよこ館って!?』

『ああ・・・
貧血が』

『お、おい、タンカー!!』

 

ブツ・・・

 

散々混乱させるだけして、都合よく貧血で倒れる麻美さん(汗
しかし、俺は見た。
倒れる瞬間に口元がにやけていた事を!

「あ、麻美ったら」(汗

「ど、どうしましょう?」

みちるさんと引き攣った笑みでお互いを見る。
麻美さん、勘弁してください(泣

「と、とりあえず、これでひよこ館は日本中に知れ渡ったわね」(汗

「冬華さま、これではライバル店としてはピンチです」

「ねえ、まちゅり。
何で皆、困ってるの?」

「・・・明日から、ケーキが1つも残らないかもしれないからかも」

「ええーっ!?」

ミオ・・・
ソコは驚く場所じゃないぞ。

「みちるさん・・・
麻美さん、来るとおもいますか?」

「おそらく・・・」

そうだろうな・・・

「・・・明日、臨時休業にしましょう」

「・・・それは名案ですね」

「「はあ・・・」」

明日からどうなるんだよ・・・

 

そして次の日、予告通り麻美さんがやってきた。
こちらとしてもいろいろ手を打ったが、
彼女の方が一枚も二枚も上手でひよこ館のパティシエになることが決まった(汗

その後、マスコミの皆さんが駆け込んで人騒動になったのは言うまでもない。

もちろんマスコミだけでなく、みちるさんと麻美さんを引き抜こうとする人たちもいた。
みちるさんはその気は全くないので断りつづけていた。
そんなある日に、俺が『断るのも大変ですね』と余計なひと言で断り文句が変わった。
その言葉は・・・

『店長(俺のこと)と一緒なら構いませんよ』 (邪笑

と言うわけで、今は俺のほうにスカウトの話が舞い込んでくる(泣

麻美さんは変わらずに一言・・・

『ココ(ひよこ館)より面白いお店なら行ってあげても良いわ』

・・・それだけ。

でも考えてみて欲しい。
自分のパートナーで今はライバルのパティシエール。
日々、ケーキに合う紅茶の勉強をしているウェイトレス1。
日々残りもののケーキを狙って、客にすら文句を言うウェイトレス2と3。
基本的に面白ければOKな店長(代理じゃないぞ

こんな人たちが揃っている店は他にはないと断言できる。

と言うわけで、日本中に知れ渡ったひよこ館は毎日が戦場だ。

 

そして今日も皆元気にひよこ館の開店する。

「いらっしゃいませ、ひよこ館へようこそ!」

 

 

みちる・ハッピーエンド

 


冬華の次にお気に入りのみちるです。
考えている事は大人なんだけど、性格が子供っぽい所が好き。
ストーリー中の麻美に勝負の中止を持ちかけたシーンが印象に残りました。
自分の意地やプライドを捨てて、愛する人と自分の居場所を選んだ時の葛藤。
彼女がどれだけ大事にしているか良く伝わります。
今頃はケーキを焼いたり、時々ママチャリ(ブルーメテオールくん)をぶっ飛ばしているでしょう(笑