- Relationship -



ナナミに恋人ができた。


3人で旅を始めて3年ほどたち、トラン共和国の片隅の村で腰を落ち着けていた頃。そこで知り合った優しい青年と恋をしたのだ。話を聞かされた時は、ジョウイもイリヤもそれは驚いたものだった。

この3年の間に、ナナミも見違えるような愛らしい女性へと成長を遂げていた。年頃と言う事もあり、男性に声をかけられる事もあったらしい。が、まだ自分から恋をしたと言うのを聞いた事が無かったのだ。

『わたしはずっと、ジョウイとイリヤと暮らすから、恋なんてしなくていいの!分った?』

などと言っていたものだが、その青年に巡り合ってから、恋に落ちるまでの早かった事。そして、2人はあっという間に惹かれあい、今では立派に恋人同士である。結局のところ、今まで<運命の相手>に出会えていなかっただけなのだろうと、残り3分の2の家族は微笑みあった。


彼女のお相手は、大変良い青年であった。背が高く、顔の造作だけ取れば、所謂美形ではないのだが、内面の性質の良さがにじみ出ている。瞳が優しく、穏やかな雰囲気を纏った寡黙な人物で、ナナミのお喋りを、その横で笑みを浮かべ、肯きながら聞いている光景をよく見かけた。

しかし、何よりも良かった事に、彼はジョウイとイリヤの事を、ナナミの家族としてあっさり受け入れてくれたのである。彼女は当然のように自分達の事を、『幼馴染で家族』だと紹介し、それまでの経緯を語った。自分を理解してもらうためには、隠し事は無し、と言うのが彼女の持論である。しかし彼は、ナナミの家族に笑みを浮かべて『どうぞよろしく』と言ったものだった。細かな部分は一切聞かなかった。流石ナナミの選んだ人だと、2人は改めて彼女を感嘆の目で見た。


きっと2人は、このままいつか結婚するのであろう。そう遠くない明日に。

ジョウイも、イリヤも、そう考えて心から幸せな気持ちになった。


ナナミに恋人ができて暫くたったある日、ジョウイはイリヤに「旅に出ない?」と誘いを持ちかけた。―――2人だけで。
ふらりと、特に当ても無い、強いていうならただの観光の旅に出ようと。

イリヤは、ちょっと驚いていたが、ジョウイの考えが伝わったのか、あっさりと「行く」と告げた。


この旅行は、言うなれば2人にとって、傷心旅行となるものだ。 近い将来、必ず訪れるだろう、大事なナナミの出発の日。そして、彼女と自分たちとの別れの日―――。

違う時間の流れの中で生きているナナミと自分たち。いつか分かれる彼女との道。それを覚悟して、慣れるための旅なんだと。

割合に小さくて、ぽっちゃり型だった彼女が、何時の間にかすらりと女性らしい体型になっていたのに気づいた時から、いつかこんな日が来ると思っていたから。

いつかは2人になると、知っていたから。

「それはいいね。のんびりしよう、・・・ふたりで」と、イリヤはつくった笑顔で答えを返した。






2人で旅にでると告げたとき、案の定ナナミはついて来たがったのだが、幾らなんでも恋人のいる女性が、その人を放っておいて、血の繋がらない男2人に囲まれて旅をするなんてとんでもないと、どうにかこうにか説きふせた。
始めは納得いかなさそうであったが、ジョウイの『お土産買って、すぐに帰ってくる』との言葉に安心したらしい。最後には頷いてくれた。2人の旅立ちの日、『ぜったいぜったい、ちゃんと帰ってきてね!』と繰返し、泣き笑いで見送ってくれたのがとても印象的だった。

大人の女性に成長しても、こんな彼女らしさが健在で。

2人も少し涙を光らせて、いってきますと告げた。


彼女も、自分たちが何を思っているのかを理解しているのだなと思った。









街道沿いには、旅人のために設けられた休憩所がいくつか存在する。警備の人間が詰めている場所もあるのだが、大概は無人の簡易的な小屋である。のんびり旅行を続ける2人は、そんな休憩所の一つで中休みを取っていた。


2人の旅にも、ようやく大分慣れてきた、とジョウイは一人ごちた。木製の簡易なベンチが設置しあるそこに腰を下ろし、疲れた足を休ませる。

旅立ってもう、2週間になる。最初、急に静かになった道中に、やはりつい寂しさが込み上げたものだった。彼女の明るい声が聞こえない生活など、それこそ3年ぶりのことで、特にイリヤは寂しさを隠せない顔をしていた。

しかしこの頃は、以前のごとく風景を楽しみ、話を弾ませ、良く笑うようになってきた。現金なことだが、相棒がそうなれば自然とこちらも気が晴れてくるもので、気が付けばお互い、元の通りの旅を続けている。


彼らが立ち寄った小屋は大きな樹の根本に建てられていた。今は他に誰も休憩を取ってなく、2人のほかは、ただ乾いた涼やかな風が吹きぬけているだけだった。

誰の声も聞こえなかった。ただ風が梢をそよがす音と、遠くの方で響いているの鳥達の囀りがだけが、今ジョウイの耳に入る音の全てだった。


(あ、もうひとつあった・・・)

くすりと笑んで、ジョウイはそっと、己の傍らに瞳を遣る。

そこでは、イリヤが気持ち良さげに瞳を閉じていた。幸せそうに、微かに微笑みを浮かべたような顔をして。
僅かに自分の肩に頭を持たせかけ、深く静かな寝息を立てている彼は、心底安心し切っている様子で。

なんだか嬉しくなって、ジョウイも彼の頭に軽く己の頭を乗せた。触れ合った場所から、彼の体温が流れこんでくるのが気持ち良い。

自分も目を閉じて、耳に心地よい彼の寝息の音を聞いた。








- side J


こうしていると、なんだかいろいろなことが頭に思い浮かぶ。例えばそれは、町に着いたら今日は何を食べようか、とか、この辺りの特産はなんだっただろうかとか、そんな取り止めの無いことだ。

そして、特に一番心を占めるのは、今ごろナナミはどうしてるかな、と言うことだった。
元気は・・・もちろん元気だろうが、恋人とは上手くいっているだろうかとか、けんかして無いだろうか、とか。

結局、2人旅に慣れてはきたというものの、つい心を馳せるのは彼女のことだった。

大切なたいせつな彼女。かわいい僕のいもうと。かけがえの無い僕の家族。
うんと幼い頃の僕は、<家族>と言う物にずっと憧れていた。幼い頃に与えられなかった、本当は誰もが持っている大事なものが自分にも欲しかったのだ。
そして、喉から手が出そうなほどにそれを欲していた頃、彼らと知り合って・・・

それ以来、僕にとってナナミとイリヤは<家族>だった。ほんとうの家族よりも本物だと思っている。
実の家族のことはよく覚えていないが(覚えるほどに心を通わせたことがないから)、2人のことならなんでも知っている。

いつも、いつでも一緒だった。どんな相手よりもお互いを分かり合えた。―――離れていた時も、ふとした瞬間にいつも心は飛んで行った。

家族こそが、僕が最も大切な物であり、ナナミとイリヤ以上に大切なものは、僕の中には存在しないのだ。


でも最近、<家族>の定義がというものが、少しくずれてしまった。

ナナミはいずれ、彼女の選んだ伴侶とともに、新しい家族を形成していくのだろう。そして、その中に僕は・・・僕達は入ることができない。

彼女はけして、僕達を締め出すようなことをしない。しかし運命と時は、僕達と彼女をいつか隔ててしまうのだ。
どうしようもないことだとわかってはいるのだが、それを思うと胸が痛くなった。家族が欠けてしまう事実が、心に刺を刺すのだ。

僕には、家族を失うことが何よりも恐ろしいことだったから。


そして思った。もし、もしも―――イリヤすらも失ったら、僕はどうなるのだろうと。


僕はイリヤがとても好きだ。何ものにも替え難く、たいせつな存在で。
彼が望むことならなんでもできるし、彼が望むことは全て叶えてあげたい。僕の持てる限りの力を奮って。
彼を傷つける物全てから護りたい。彼に、心から笑っていて欲しい。その為にならどんなことでもできるし、やり遂げてみせる。
今は、それが僕の生きる全てだった。
でも、もしもそのイリヤを、失ってしまったのなら?
イリヤの、その瞳に自分が映るのを、もう2度と見られなくなったとしたら―――?


答えは・・・・・・簡単だ。絶対に耐えられない。僕のこころはそんなに強くないから。
僕の時間は其処で止まり、僕の精神は死を迎えるだろう。
身体の鼓動は永遠に止まらなくとも、心はその瞬間に息絶えるだろう。
それは間違い無いことだった。イリヤを失うことは、僕を消すことに等しいのだ。




だけど、でも、とも思う。

どうして?
どうしてイリヤを無くしたらそうなるの?




最近よくそんな風に考える。気がつけば、思考が彼を向いているのだ。多分何かを、確かめたくて。


考えて見れば不思議なことに、イリヤを『弟』と思ったことは一度も無い。彼はずっと、僕の家族だったけど、弟じゃなかった。

そして、親友でもなかった。もちろん誰かに彼を説明する時には親友と言う言葉を使ったりもしたが、親友という言葉よりも家族という言葉の方が、僕にとっては重かったから。

親友―――ともだち、という言葉で表せる程、想いは軽くなかったのだ。


ナナミはずっと、一番大切な2人の片割れであり、『妹』だった。おてんばで、可愛くて、明るくて、世話好きで、ちょっとおっちょこちょいで。

そんな、愛すべき僕の妹だった。

彼女に恋人ができたとき、心から嬉しいと思った。かわいい妹を託せる、良い相手が見つかった事に安心した。妹というより娘の心境だったかもしれない。
そして、いずれ彼女が嫁ぐ時には、僕は心からの祝福を贈るだろう。誰よりも近しい兄として。


でももし、イリヤに大切な存在があらわれたら。
例えばナナミの彼のように、イリヤを幸せにする人があらわれたら―――。
僕はイリヤを・・・祝福できない。

それどころか、彼を奪って逃げるだろう。その人の瞳にイリヤが映らない場所へ。その人をイリヤが瞳に映せない場所へ。

攫って、閉じこめて、そのまま誰の瞳にも触れさせず。そして―――

だって、彼は僕のものなのだから。彼がいるから僕はここに在るのだから。


そう考えると、彼は僕の<家族>であって<家族>じゃない。
普通家族に、こんな強い独占欲は抱かない。こんな暗い執着心は持たない。
だったら彼は僕の何?
恋人、では無い。いくらキスを交わしても、ただ恋人とは言い表せない。
僕の独占欲は強すぎて、恋という甘やかな言葉では到底足りないように感じて。

それならば、愛する人?
その言葉も違う気がする。抱いてしまいたい程に愛しく想っているけれど。
僕の想いは暗すぎて、愛などと言ううつくしい言葉は似合わないように思えて。


(君は、僕の何・・・?君は僕を・・・どうおもっているの?)


溢れ出す揺れる想いが、隣で寝息を立てている彼を勝手に揺り起こしていた。








-side I


突然身体を揺さぶられ、意識がゆっくりと浮上する。
側にあったぬくもりが急に離れた。とても気持ちの良い場所から、無理矢理連れ出されたような喪失感を感じ、なんだか寂しさが込み上げてきて、ぼくはゆっくりと瞼を上げた。

突然視界を染める白い光に瞳を眇めながら、少しずつ焦点を合わせると、目の前に・・・・・・泣きそうな顔をしたジョウイが映し出された。


「・・・ジョウイ?どうしたの」

問いかけても、見詰めるばかりで返事をしない。なんだか本当に辛そうな顔をしていて、見ているぼくのほうが胸が痛くなった。

こんな表情をしているときのジョウイは、絶対に何か暗いことを考えている。

何がそんなに彼を不安にさせるのかわからないけれど、ふとした時、そんな顔でぼくを見ているのに気づく。

2人で旅をするようになってからは、それが以前より頻繁になった。だから、旅の始めはナナミのいない寂しさに落ち込んだこともあったけど、最近は努めて以前のように明るく振舞うようにしていた。

もしかしたら、自分が暗くなっているから、彼の思考もそうなるのではないかと思って。

ぼくのせいでジョウイが悲しくなるのは、ぼくにとって一番嫌なことだった。




彼には、笑っていて欲しかった。ぼくは彼の笑顔が大好きだから。
もちろん、綺麗な、やさしい青灰色の瞳も好き。そして、そのやさしい瞳に自分が映っているのを見るのがとても好き。
挙げて行けばきりがないほどに、ぼくはジョウイが好きだった。
彼が悲しいのは嫌だし、彼を悲しませるのものがあるのなら、ぼくが取り除いてあげたい。できること全てで。




でも・・・考えてみたら、ぼくたちの関係と言うのはいったいなんなのだろう。

とにかく、一番たいせつな人間であるのは間違い無い。でも、何かぼくたちを一言であらわせる単語と言うのが、ぼくにはどうしても思いつかないのだ。

ナナミは・・・『お姉ちゃん』と言って良いと思う。特に最近はそう思えるようになった。段々と大人の女性になっていく彼女を見ていると、『ああ、お姉ちゃんぽくなってきたなあ』なんて思える。そして、お姉ちゃんであれば、すなわちそれは家族と言うことになる。べつにそう言わなくても、家族だとずっと思っているけれど。


ジョウイは・・・やっぱり家族であると思う。ずっと昔から、ナナミとジョウイとぼくの3人で暮らして来たのだ。それ以外の人は(じいちゃんは別だけど)家族とは絶対呼べない。それ以外のなにか、と言う枠を、みんな何かしら持っている。それは友人であったり、仲間と呼んだり、尊敬する人、であったりと様々だ。

でも、ジョウイを『お兄ちゃん』と思ったことは無い。たぶんこれからも、ジョウイをそう呼び表すことは無いと思う。


それじゃ家族ではないのだろうか?
だったら彼を、なんと言う枠でくくったら良いのだろう。


ジョウイは、ぼくの一番大切な存在。ぼくはナナミとジョウイがいるから存在しているし、2人でできているようなものだ。
ぼくの半分はナナミでできていて、もう半分はジョウイでできている。両方ではじめて<ぼく>になるのだ。
つまり、ナナミが他の人の家族になってしまうことがほぼ決まってしまった今、僕の全部はジョウイでできているのだろう。
だから、ジョウイがいなければぼくはだめなのだ。
存在することもできなくなって、消えてしまうと思う。


これって・・・家族だろうか?
家族って、こんな気持ちになるものなのだろうか。

違うのなら、彼は何?ぼくの・・・友達?それだけなのだろうか。
だって、友達と言うのなら、他にも沢山いる。他にひとが入っている枠の中にジョウイを入れる事はぼくには考えられない。だから友達ではないのだろう。

じゃあ・・・恋人だろうか。

突然脳裏に浮かんだその単語は、ぼくにはまだとても気恥ずかしいものではあったのだけど、敢えて考えるのならそう言うのだろうか。


でも、恋人ってなんだろう。抱き締め合って、キスを交わせばそれは恋人なのだろうか。
それならばジョウイは恋人になるのだろう。
ぼくらの間では、くちづけはぬくもりを交換する方法になっているものだから、それこそ数え切れないほど交わしている。
例えばどちらかが傷ついた時に癒すため。例えば互いが側にあることを確認するために。


それを交わしているのが恋人ならば、そう言えるのだろうな、と思う。
でも、なんだか恋人という言葉もしっくり来ないような気がするのだ。
何故なら、恋人というのは、『好きあった2人の人』のことを言うのではないかと思うから。


ぼくとジョウイは切り離せない。少なくともぼくにとっては、ジョウイはもう別の人では無くなってしまっていて。
2人ではなくて、ひとつのものになってしまっていて。


こんなの・・・なんていえば良いのだろう。


分からない自分が悔しくて、何も言葉を返してくれないジョウイが哀しくて、ぼくは彼の首に強くしがみついた。
せめて、彼のぬくもりに触れていたかった。






3.


突然強い力でしがみつかれて、ジョウイは危うく後ろに倒れこみそうになるのを堪えた。
イリヤ・・・?どうした―――」
「どうしたじゃないだろ!それはぼくじゃなくて、ジョウイの方だ」
自分の言葉を遮るように、イリヤが感情を迸らせる。なにが言いたいのかが分からずに、ジョウイは首を捻った。
感情のままについ起こしてしまったけれど、それだけでこんなに彼が怒る(怒ってるように見えるのだが)とも思えない。
「僕が、どうかしたの?何か気にでも触ったかい?」
ジョウイの言葉に、イリヤはようやく身体を起こして、正面から相手に向き直る。怒っているような、泣き出しそうな、揺れる表情で見詰める彼に戸惑いを浮かべ、まず落ちつかせようと言葉をかけた。
「イリヤ・・・、なにか言ってくれよ。何か僕に、怒ってるの?それとも、何か言いたいことがあるのかい?」
しばらく黙って答えを待つと、俯いたままイリヤがぽつんと声を発した。

「ジョウイ・・・、今、どんなこと考えてたの?」
問われた瞬間ジョウイはどきり、とした。単に言葉の通り取るべきか、それとももっと深いことを問われたのか、判断がつかずに。
「・・・ナナミのこととか。今彼女はどうしてるかなって。ケンカしてないと良いんだけどとかさ」
とりあえず、本当だけど辺り障りのないことを告げて様子をみた。しかしイリヤは、「そう、ぼくも」などと返してきただけで、再び俯いてしまった。

静かで、どこか緊張した一瞬が、2人の間に流れていった。




先に沈黙に耐えられなくなったのは、ジョウイの方だった。
「イリヤ、もしかしてさ、起こしちゃったのを怒ってる?」
折角気持ち良さそうだったのに・・・と申し訳なさそうに続けると、そこでようやく彼は表情を緩めてくれた。くすくすと微笑んで、「怒ってないよ。ぜんぜん」と返してくれる。先ほどまでの張り詰めた雰囲気が消えて行って、ジョウイはほっと息をついた。
しかし、ほっとしたのも束の間、イリヤがあまり聞いて欲しくない質問を投げかけてきた。

「でも、どうしてぼくのこと起こしたの?なんか相談でもあったんじゃなかったの?」
「…どうしてそう思うんだい?」
内心の動揺を隠しつつ、何事もないように聞き返した。

ジョウイとしては、あんまり答えられない質問だった。起こしてしまったのはなんと言うか、感情が抑えられなくてつい…と言う、突発的な行動だったので。
でも彼は、追及の手を緩めなかった。
「・・・起きたらさ、なんか、辛そうだったから。―――何かぼくに言いたいこととかあったんじゃないの?」
なんと返そうかと、ジョウイは言葉に詰まる。しかし彼は、ジョウイの答えを待たずに話を続けた。
「ぼくもさ、ナナミのこと考えてたんだ。あと、ジョウイのこと」
「僕のこと?」
イリヤはひとつ頷いて、視線を上げて問いかけた。


「ジョウイはさ、・・・ぼくのこと、なんだと思う?」
「え?」
「家族?友達?・・・恋人?それともなにか、ちがうもの…?」


ジョウイは正直に、どうして、と思った。
どうしてイリヤがそんなことを聞いてくるのか。
まるで己の心を読んだかのような言葉に、思考がひやりと固まるのを感じた。己の心を知られていたのなら、この胸に燻る、暗い熾火のようなものに気付いていたのなら、それは―――とても恐ろしいことだと思って。


イリヤは、ジョウイの思考を知ってか知らずか、ますます心を煽り立てるような言葉を続けてきた。

「ぼく、考えてたんだ。・・・ナナミはお姉ちゃんで、ぼくの家族だよね。ジョウイももちろん家族だよね。・・・でも、ぼくジョウイのことお兄ちゃんだとは思ってない。だったら家族っていえないのかなって。
でも、ジョウイはぼくの全部で、一番たいせつな人で、だから友達って言うだけじゃ足りなくって。
だってジョウイのことは、たくさんいる友達とは比べ物にならないくらい大好きだし。・・・じゃあなんなのかなあって・・・」

イリヤはそこまで一息に告げて、肩の力を落とした。また、泣きそうな表情を浮かべて、じっとジョウイを見詰める。
「・・・ごめん、変なこと言った。でも、教えて欲しかったんだ。ぼくは、ジョウイの・・・なんなのかなあって。ぼくは、今までもこれからも、ずっとジョウイと一緒にいたい。家族であってもなくても。
でも、家族じゃないんだったら、何だったらそれでも一緒にいてくれるのかな・・・?」


彼の言っていることは、どこか混乱しているような感じであったけど、それでも彼が、己の抱える気持ちを不安に思っている事はとてもよく伝わってきた。
自分の気持ちを知っていたのでなく、自分と全く同じで、何処かが全く違った想いを抱えていたのだと言う事が。


俯く彼の姿に、ジョウイは痛みと喜びと恐怖とを、同じところで感じていた。


イリヤの不安定な気持ちを思って胸が痛んだ。彼も不安だったのに、自分だけが悩んでいたのだと思っていたことが辛かった。
同じ事を思っていてくれたのかと、喜びが沸き起こった。自分を分かってくれる彼に、眩暈がするほどの熱を覚えた。

そして、自分の持っている暗い想いを告げた時、彼がどう反応するのかと想像して恐怖した。


自分の想いと同じ意味のこもった言葉を告げられたはずなのに、イリヤの言葉は何処か幼げで、まるで愛らしい恋の告白のように聞こえる。
でも自分の想いは、イリヤと同じ意味を持っているはずなのに、とてもそのような可愛らしいものではない。
もっと、どろりと濁った、澱んだ雰囲気を秘めた―――そんな想いで。


どれをどんな風に言うのも怖くて、そしてどこか足りないように思えて、ジョウイは押し黙ってしまう。

どうしよう、と思った。
でもイリヤは、じっと自分の答えを待っているのだ。なにか答えなければ、きっと彼はこのまま涙を零す。
彼を泣かせるのだけは、嫌だった。それなのに、彼が泣くのはきまって自分のせいだった。


思えば、自分が涙を流すのは、いつだってイリヤがつらかったり悲しかったりするときだけで、…同じように彼も自分のためだけに涙を流す。
なんていとおしい存在なのだろう。


そっと瞳の縁に唇を寄せ、そのまま頬にも滑らせて、きゅっとイリヤを抱き締めてやると、強い力でしがみついてきた。
「ごめん、泣かないでくれよ・・・。ちゃんと言うから」
「泣いてない―――!」


腕の力を強くして、涙声でそう告げられて。しがみつく体温が果てしなく愛しくて、イリヤへの想いは膨らむばかりで。
言ってしまえ、と何かが告げた。なにもかも、全部。思ったことを全て。


本当はもうこれ以上、自分も感情の迸りを抑えられなかったのだと、今気付いた。




*** *** ***




ジョウイは何かを吹っ切るように一つ息を吐くと、ゆっくりと話し出した。
「僕も、君のことを考えてた。君は僕のなんなのか、最近ずっとそんなことばかり考えてたよ。…君が言ったのと同じように思ってた」
「・・・うん」
「僕にとっては、家族というのが一番大切な言葉であり、枠組だった。だから君のことを家族だと思ってた。ナナミに大切な人ができるまでは。
でも、彼女が僕だけの家族じゃなくなるんだって思った時―――怖くなった。ナナミのことは家族として祝福できるのに、何時かもし、君に・・・僕以外の大切な誰かが現れて、君がその人と生きていくなんてことになったら」

ジョウイの言葉に、イリヤはちょっとむくれて反論する。
「そんなこと、あるわけないじゃないか・・・」
あたりまえだろ?と、ごく自然に返してくる彼に笑みを浮かべつつ、ジョウイは先を続けた。
「だからもしもって思ったんだ。それで、その時どうするかなって。僕は・・・君を攫って逃げちゃうなって思った」
「は?」
軽い口調で、なんだか凄い事を言われたような気がして、頓狂な声を上げた。正直に、こんな時に冗談だろうか、などと思った。
しかし告げた相手は、先程までの辛そうな様子はどこへやったのか、くすくす笑いながら言葉を続ける。


「そのまま絶対君を離さないで暮らすなって考えてた。僕には君がいない生活なんて考えられないし、僕以外の人が大切な君は許せない。
だから、奪う。奪って、閉じこめて、僕だけのものにする」
「ジョウイ・・・」


イリヤがぽつりと名を呼ぶと、彼は笑みを深め、強い力で彼らが座っていた板張りの床に自分を引き倒した。
「わっ!いたっ!ちょっ・・・なに」
床に組み臥され、両手を床に縫い付けられて、抗議の声をあげる。でもジョウイは、そんなイリヤを気にもしてない様子で、笑顔で彼を上から見下ろしていた。
「なに・・・?ジョウイ・・・どうしたの?」
彼の突然の行動が、彼の心が見えないことが、心細くなって弱々しく呟く。


ジョウイは、答えずにゆっくりと顔を近付けると、そっと優しい口付けを降らしてくる。
先程の軽いキスと変わらない温もりで、でもどこか、それとは違った色を帯びた口付けだった。




重なる体温はいつもより遥かに高く、触れる唇から流れこむ吐息は、更に甘く熱を帯びていて。
こんなにも艶かしい口付けは、今まで受けたことが無かった。
柔らかい濡れた感触に、内に入り込む熱い塊に、震える程の心地良い痺れを覚える。

押しつけられた床が冷たいなどと言うことも、重なっている身体が苦しいほどに熱を帯びていることも、もう何も考えられなくて、ひたすらに彼の与える熱を受け止めていた。




潤んではいたが、それでもじっと相手を見詰めていた瞳が、力を無くして閉ざされる頃、ジョウイはようやく口付けを止めた。彼の顔を間近で見下ろし、冷たい声音で宣告を下す。


「こうやって、僕のものにする。他の誰にも渡さない」


綺麗な笑顔で淡々と綴られる言葉は、狂気じみた色を帯びていた。


恋人などと言う甘い単語を浮かべてはいたけれど、実際にこのような行為を伴う関係となると、身体が勝手に竦んでいくのをイリヤは感じる。
でも、自分を見詰めるジョウイの瞳はとても真剣で、何故か切な気でもあって。

不思議と平静だった。彼の事を怖いとは思わなかった。

ジョウイは、真剣に想いを語ってくれている。今まで、言葉にして言ってくれなかった気持ちを。
今まで考えた事もなかったけれど、もしかして、普段の時にこんな状況になってたら、あっさり受け入れてたのかもな、とイリヤは思考の片隅で思った。
そして、自分も真剣な表情になって、彼の話にじっと聞き入った。


「・・・こんなの、家族に持つ気持ちじゃないだろう。なら、僕にとって、君ってなんだろう。
家族以上の存在だから、友達じゃ足りない。・・・君もそうなんだろう?じゃあ、このまま抱いてしまって・・・恋人になろうか。イリヤは恋人だったら離れて行かない?
君は―――どう言えば、僕から絶対に離れない存在になるんだい・・・?」






話し終えると、両手をイリヤの顔の側について、ジョウイは力なく俯いた。イリヤの瞳を見るのが怖かった。
ずっと傍にいる、なんて言っていたのに、こんな風に不安を覚えている自分を、どう思うのか。
何気なく笑いあっていながら、心の内でこんな想いを持っていた自分を―――。
そんな言葉ばかりが過ぎって行くのを、痛みと共に感じていた。



*** *** ***




随分時が経ったような気がする。実際にはほんの数分だったのだろうが、ジョウイにはそれくらいに思えた。
イリヤは答えを返さない。
自分も俯いているので、彼の表情さえも見えないが、きっと怖がっているのだろうなと思う。当たり前だ。


いつまでもイリヤを追いつめていたくなくて、ゆっくりと身体を起こそうとする。
と、今まで身動き一つしなかった彼は、腕を持ち上げると急にしがみついてきた。下から急に首に縋り付かれたジョウイは、自然イリヤの上へと覆い被さる格好となる。
「ち、ちょっと、イリヤ・・・?」

ぎゅうっと抱き締められて、慌てて身体を起こそうとするが、イリヤは全く離れようとしない。
そのまま、ジョウイの首筋に顔を埋める体勢で、ぽつりと呟いた。


「・・・いいよ。なろう」
「イ―――」

思っていも見なかった肯定の言葉に、ジョウイの思考が止まる。


―――本気なのだろうか?


今聞いた応えが信じられなくて、思わず身体を起こし問いかけた。
「君・・・、言ってること判ってる?」

イリヤは、自分も身体を起こして向かい合うと、真っ直ぐにこちらを見詰めて頷いた。
もう一度首に腕を廻し、耳元で囁くように告げた。

「ジョウイが・・・そうしたいんだったら・・・いいよ」

消え入りそうな声を、さらに途切れさせながらそう応える。
でもその言葉とは裏腹に、身体が震えてるのを感じて、ジョウイは宥めるように背を叩いてやった。


・・・やっぱり、追い詰めてしまったのだろうか?


「君、無理して言ってない?―――別に僕はこういうことをしたくて言ったんじゃないんだよ・・・?」
「でもさ、そうするのが・・・さ、一番、その・・・ジョウイがわかりやすいんだろう?」
「それは、確かに・・・その・・・」
その通りだ、とも言えず口篭もっていると、イリヤはちょっと身体を離して、微笑んだ。
「そりゃちょっと・・・大分驚いたけど、でも・・・嬉しい」
「え?」
「そう言ってくれるってことはさ、これからもずっと一緒だってことだよね?・・・家族じゃなくても、なんでも」


ほんの少し頬を染めて、うっとりとそう言う彼に、胸が熱くなった。
自分の告げた身勝手な言葉を、こんなにも真っ直ぐに受けとめてくれる彼が信じられない。


「・・・君、僕のこと怖くなったりしなかったの?」
「どうして?―――だっておんなじじゃない、ぼくとジョウイの言ったことって。・・・ちょっとジョウイの方が、なんて言うか、・・・直接的だけどさ」


今のことを、ごく当たり前のことのように言ってくる彼に、もう一度問い掛けた。
「こんな事言ってる僕と・・・一緒にいてくれるの?」
彼はにっこりと笑って胸元に頬を寄せると、嬉しそうに返してくれた。
「―――ぼくだって、一緒にいたいって言ったじゃないか」
「・・・そうだったね」
自分も顔が綻んでゆくのを感じながら、イリヤをそっと抱き竦め「これからもよろしく」なんて言うと、彼も「こちらこそ」と返してきて。

なんだか、あんなに悩んでいたことがおかしくなってきて、思わず笑みが零れた。
つられる様にイリヤも笑いだし、そのまましばらく笑いつづけていた。




*** *** ***




ほんの少し休憩を取るだけのはずだったのに、気がつけば陽も傾きかけていた。
優しく抱き締めてくれているジョウイの温もりから離れがたかったのだが、仕方ないとイリヤは声をかけた。

「・・・そろそろ行こうよジョウイ。陽が暮れる前に次の街に入りたいし」
「そうだね。充分休憩したし・・・なんかすっきりした」

久し振りに自然な笑みを浮かべるジョウイに、イリヤは心からほっとした気分になった。
起き上がろうとして、そこでふとあることに気づく。

「・・・でも結局さ、ぼくたちがどう言う関係なのかって、わかんなかった」

そう告げるとジョウイは一瞬きょとんとして、次いでにっこり笑うと、起こそうとしていたイリヤの身体を再び胸の内に抱きこんだ。
「?・・・ちょっと、立てないじゃない」
イリヤの抗議をすっぱり無視して、彼は告げてきた。
「恋人」
「は?」
言われた言葉に反応できずにいると、ジョウイはイリヤの耳元に唇を寄せて、低い声音で囁きかけた。
「なっていいって、そう言ってくれたじゃない。僕がそうしたいのなら、ってさ・・・」
ようやく言葉が頭に浸透し、イリヤは一気に耳まで赤くなった。
「それとも・・・だめかい・・・?」
哀しげに尋ねると、慌ててばたばたともがきはじめた。
「え?え、え、ええっ?だっ、だめってわけじゃないけどっ!そのっ、こ、ここで!?」
「そう、ここで」
「〜〜〜〜〜え、えっと・・・その…じょ、ジョウイが、ど、どうしてもって・・・言うなら・・・」


そこまで告げたところで、急にジョウイはくすくすと笑いだした。
「じょ、ジョウイ・・・?」
「ご、ごめん。―――冗談だって」
「冗談・・・?」
うん、と言ってなおも笑みを零しつづける相手に怒りが沸き起こってくるのを感じて、思い切り怒鳴りつけた。
「ジョウイ!人がせっかく真面目に考えてるのに!」
「うん、ごめん。・・・でもさ、良いよ、何だって」
「何がだよ!」
怒鳴りつづけるイリヤに、優しく微笑んでジョウイは言った。

「僕たちの関係。これから考えればいいよ―――僕は君とずっと一緒なら言葉なんてなんでも良いんだから」

見惚れる程の微笑みでそんなことを告げられて、返す言葉に詰まった。
まったく、ジョウイのこの笑顔には弱いなあと思う。

人をからかっといて何言ってるんだ、と怒鳴ってやりたくもあったけど、取り敢えずその顔を見るとなんでも許してやりたくなってしまうから始末に終えない。

しかも、あんまり嬉しい言葉だったので、・・・余計腹立たしくなった。


「・・・うん、そうだね。じゃあ、こういうのは無しって事でいいんだね。わかった、そうしよう」
すくっと立ち上がり、イリヤはお返しとばかりに微笑んでそう言ってやった。
「え?いや・・・そうは言ってないけど・・・」
「そうか、わかったよ。さ、早くいこ。暗くなっちゃうよ」
「ちょっと、イリヤ・・・」
慌てて追いかけようとするジョウイを置き去りに、イリヤは元気に小屋の外に出た。

一応外はまだうっすらと明るい。この分なら夜になる前に目的の街につけそうだな、などとのんびり考えた。

「イリヤ!」

なおも言い募ってくる彼を片手で遮って、顰め面を作ってやる。
「・・・こんな明るい内に、道端で何を言うつもり?」
その言葉にジョウイはぐっと詰まって口を閉ざした。
やり返してやれたことに至極満足し、イリヤは足を進めながら小さく声をかけた。
「・・・やっぱり、こんなとこじゃ、ね。―――そんな気分になんないし」
言われたジョウイが瞳を見張る。なんとも凄い言葉だ。
だけど動揺は見せずに、冷静な素振りで探る目をして問いかけた。

「つまり、その気にさせろって事?」
「・・・ずっと一緒だったら、いつかそんな気分になるかも―――そんなふうになったら考える!」

一応冷静に言ってはいたが、イリヤも相当恥ずかしかったらしい。逃げ出すように駆け出していってしまう。


置いて行かれたジョウイは、その背中を見詰めながら、幸せそうに微笑む。

いかにも慣れていない感じのイリヤの駆け引きが可愛い。それだけが欲しい訳じゃないけれど、やっぱりまるごと欲しくなってきて、我が侭だなあと自分を叱る。

まあ、今のイリヤじゃまだ無理だろうな、とも思うけど。




遠くから、「おいってちゃうぞ!」と声がかかった。彼は坂をすこし上ったところで、両手を腰に当てて待っている。

馬鹿なことを考えるのは置いておいて、彼を追いかけて走リ出した。


今じゃなくても良い。いつか2人の心も身体も自然に通じ合う時が来ると良い。
そして、何時かそんな日も来るだろうと確信する。
彼は何時だって、こうやって自分を待っていてくれるのだから。
自分は何時だって、イリヤが追いつくのを待っているのだから。


これから先、ずっと―――








END




いっしょけんめいがんばった割になかなか行き着くところまで行って下さらない我が家のジョウ主の代表格のような話です(笑)なんかもう初々しいです。昨今の出来上がった人たちもかなりバカップルで万年新婚さんですが、出来上がる前は更に倍って感じですな…。しかし結構お気に入り話。感想求む。

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