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| ■ 会長挨拶 |
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今後医療をとりまく環境情勢はますます厳しくなるものと予想されます。
平成二十年四月からは後期高齢者保険制度や特定健診制度などがはじまり、
このような激変の時期に喜多方医師会長に選出され、戸惑いを感じながらも身の引き締まる思いでいっぱいです。
喜多方市からは、既に社会福祉事務所や保健所が会津若松に統合されてなくなり、
平成二十三年には県立会津統合病院のオープンと同時に、県立喜多方病院が廃止になります。
これに伴い喜多方市から二次救急医療を担っていた病院が一つ減り、残った三つの病院の負担が増すことになります。
さらには広域消防本部機能までもが喜多方市から姿を消す可能性が検討されています。 |
会津北部(喜多方市、西会津町、北塩原村)の人口は7万人弱ですが、この地域で分娩が可能なのは一つの診療所だけで、
少子化対策にも暗い影を落としています。いつでもどこでも、誰でもが保険証があれば良質な医療を受けることができる環境が
この地域で危うくなっています。
この難局に地域住民の方々、行政機関、関係諸団体とも連携をとりながら、喜多方医師会員の先生と全力を尽くしてまいる所存です。
社団法人喜多方医師会
会長 武田 尚壽
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| ■ 喜多方医師会とは? |
喜多方医師会は、北に飯豊連峰、東に磐梯山の秀麗を仰ぎ、西に阿賀野川の悠久の流れを望む会津西北部に位置しています。
管内の人口は約72,300人であり、地域の医療保健福祉の向上のために貢献しています。
現在67名の会員を擁し、学校保健、母子保健、がん対策、介護保健、生涯教育、会報編集等の10の委員会を設置して活動しており、
更に、准看護高等専修学校を設置し、准看護師の養成をしております。
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| ■ 喜多方医師会の沿革 |
明治39年「医師法」が制定され、明治40年に「耶麻医師会」が発足。昭和17年戦時の中央統制により、
「福島県医師会耶麻支部」となり、当時、野沢方部は河沼郡管内の傘下であった。
事務所は喜多方町字水上6846番地(現在の厚生会館)にあった。
戦後の昭和22年、「新生医師会社団法人耶麻医師会」として再出発し、野沢方部も所属することになった。
昭和29年、町村合併による喜多方市の誕生に伴い、「社団法人喜多方医師会」と改称し、
昭和36年11月に現在地 (喜多方市字桜ガ丘一丁目149番地の2)に事務所を新築移転、その後数回にわたり用地買収、
建物の増築改修を行い喜多方医師会館と改称。平成18年1月平成の合併で喜多方市、熱塩加納村、塩川町、山都町、
高郷村の1市2町2村が合併「新生喜多方市」が誕生し、当医師会の傘下市町村は喜多方市、西会津町及び北塩原村となった。
また、附属施設の喜多方准看護高等専修学校は、大正3年の「耶麻産婆看護婦講習所」に源を発し、
以後90数年を経過し、耶麻准看護師養成所に改称し昭和30年3月に第1回生第1号卒業生を送り出して以来、
700名の卒業生を送り出し各医療機関で活躍している。昭和56年4月専修学校としての認可を受け、
平成20年4月に第55回生として入学生を迎え、定員20名の准看護師養成を行っております。
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| ■ 平成20年度 役員一覧 |
| 役職名 | 氏 名 |
| 武田 尚壽 |
| 高橋 亮一 | 伊藤 陽一 |
| 秋元 登志夫 | 君島 英行 |
| 三橋 彦也 | 大竹 健一 |
| 飯塚 卓 | 滝浪 真 |
| 安部 正孝 | 坂田 敏夫 |
| 鳴瀬 裕爾 | |
| 齋藤 淳 | 武田 佑子 |
| 佐原 元 |
| 山田 吉兵意 |
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| ■ 案内図 |
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| ■ 喜多方医師会事務局 |
〒966-0802 福島県喜多方市桜が丘1-149-2番地
Tel: 0241-22-1219 Fax: 0241-22-9522
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