【『切ない』ということ】 P1 (涼X拓)

(SCENE 1 いつもの夜)

「拓海?」
 いつもなら、こうして自分がお茶を運んできたときは何を手伝おうかとソワソワする拓海が、今日は全然動かない。
涼介は拓海の顔をヒョイと覗き込んでみた。
案の定スヤスヤと、何だか幸せそうな顔で眠ってしまっている。
ホンの少し開いた口がいつも以上にあどけなくて、涼介は無意識に笑みを浮かべた。

 勉強会と称して、拓海が涼介の自室に訪れるのはこれで何度目になるだろう。
その度に、自分の知らない拓海に出会えるこの時間を涼介はとても好んでいた。
2人で過ごす時間が増えるたびに、どんどん距離が近づくようで───

「・・・拓海?」
 拓海の柔らかな前髪を優しく掻き上げながら、涼介はもう1度声を掛けた。
だが、起きる気配はないらしい。
「しょーがないヤツだな。」
涼介は苦笑した。どうやら、用意してきたお茶は無駄になってしまうようだ。
・・・きっと、後で起きたとき、「ごめんなさい」としょげた子犬のように謝るのだろう。その光景が目に浮かぶようである。

「・・・それにしても、器用な寝方だな。」
 たくさん敷きつめた柔らかいクッションに座って、読んでいた雑誌を抱きしめながら拓海は眠っていた。
ゆらゆらと、体が揺れているのだが何故だか倒れないのだ。
 その様子にクスリと笑って、涼介は拓海が抱きしめている雑誌をそっと抜き取った。
そして小さな力で拓海の頭を引き寄せると、その体はポスリと涼介の腕の中に倒れ込んできた。
 きゅっと、そのまま抱き込んでしまう。
───両腕で優しく包み込むくらいの強さで。
じわりと拓海の温もりが少しずつ涼介に伝わっていく。
その余りの愛しさに、涼介はそっと目を閉じた。
 この瞬間が至福の時だ。
いつもは余り、拓海に触れられない。
拓海はずいぶんと照れ屋で、触れてもすぐに離れてしまうのだ。

 もっとも、初めにこの『イキナリ熟睡』をやられた時は驚いた。
ほんの少し席を外した間に眠っているのだ。
しかも、体を揺すっても起きなくて、何処か体の調子でも悪いのかと、らしくなく焦ってしまったものだ。
───あの頃から、ホントに俺は余裕がないな・・・
 涼介は苦笑した。こんな子供に、自分は振りまわされっぱなしだ。

「ん・・・」
 小さな声を漏らして、拓海は涼介の胸に頬を擦り寄せた。
母親の温もりに安堵した赤ん坊のように、拓海は眠ったままニコリと笑う。
・・・眠っていると・・・ホントに子供だな・・・
涼介は少し苦く、溜息をついてしまった。
 出会ってスグに恋をして・・・一緒に居る時間も増えた。
・・・でも、『一緒に居る』だけでは済まないのが大人の事情というヤツで・・・
この先いつまで『優しい自分』を保てるのか、涼介には余り自信がなかった。
 ホンネを言えば、やはり『抱きたい』のだ。
冷静沈着を代名詞にしていても、涼介だって若い男だ。
惚れた相手とは、やはりあんなコトもこんなコトもしたいと思う。

「んー・・・」
 そんな涼介の考えを見透かしたのだろうか?
拓海はイキナリ腕を突っ張って、涼介の腕の中で身じろいだ。
どうやら寝返りを打とうとしているらしい。
でも、狭くて結局コロンと元の位置に収まってしまった。
「・・・このままじゃ寝苦しいか・・・」
 そんな拓海の様子にまた小さく笑って、涼介は拓海の髪にキスを落とした。
そしてゆっくりとその体を抱き上げると、自分のベッドに運んでいった。

 ベッドに横たわらせると、拓海はコロンと丸くなる。
これもいつもの仕草であった。何だか猫が丸くなるのに似ていて、とても可愛い。
涼介は、ゆっくりと拓海の前髪を掻き上げた。
柔らかいこの髪は、涼介が特に気に入っている所の1つだった。
(…と、いっても拓海の好きなところなんて数え切れないくらいあるのだが)

「ゆっくりおやすみ。」
 聞こえてないだろうけどお休みの挨拶をして、涼介が露わになったその額に、ちゅっと軽くキスをした、その時に───
「・・・さん」
吐息のような声で、拓海が誰かの名を呼んだ。
「…?拓海?」
上手く聞き取れなくて、涼介は耳を拓海の顔の近くへ寄せる。
「・・・ダメ・・わたる・・さ・・・」
!・・・ワタル?………誰だ?!

 涼介は目を細めた。
頭の中に、秋名の走り屋たちを思い浮かべるがそんな名前のヤツに覚えは無い。
「・・・わた・・んぅ・・・」
再び、知らない男の名を呟こうとした拓海の口を、涼介は強い口づけで塞いでしまう。
───もう誰の名も聞きたくなかった。自分の名前以外は・・・

                     NEXT >>



             NOVEL TOP                TOP