【泣きたい夜に抱きしめて】 P1 (啓X拓)

(SCENE 1 消えない痛み)

「ばっかやろーが……」
 苦い…苦い啓介の呟きは、風に音に紛れて消えてしまった。

 今日、啓介の友人が1人、この世を去った。
よくある、ドライバーの運転ミスによる交通事故だった。
ただし、啓介の友人が運転していたワケじゃない。
彼は巻き込まれてしまっただけ───『運が悪い』というヤツだ。
 もちろん、彼に近しい人間にとっては、そんな一言ではとても片づけられない事だけれど…。

 飲みに行く約束をしたのは、ほんの昨日の事なのに、もう彼はこの世には居ない。
───死体はあまりに損傷が激しいらしくて、死に顔を拝むことすら出来なかった。
奇跡的に、無傷で残った古い腕時計だけが、それは紛れもなく啓介の大切な友人であった事を知らしめていた。

 「畜生…何でだよっ!何で……何でアイツなんだ…」
 きっと、不慮の事故で誰かを亡くした人は、同じ台詞を呟く事だろう。
驚きと、怒りと、悲しみがぐちゃぐちゃになっていて、思考が上手く働かない。
やるせなくて、心がドコにも行けなくて迷子になっているようだ。
 でも、何故だろう。───胸の痛みだけが、やけにリアルだった。

 彼は、高校からの腐れ縁で、車とは無関係の友人だった。
趣味も性格も啓介とは全然違う、どちらかといえば涼介に似たタイプの人間だ。
もちろん、アソコまでぶっ飛んだ性格はしていなかったが…。
 でも啓介とは何故か気が合って、よく一緒にツルんでいた。
───啓介の親友とも呼べる、大切な友人だった。

 拓海に惚れて啓介が悩んでいた時も、からかったりせず真剣に話を聞いてくれた。
兄以外で、啓介が拓海への想いを相談した人間は彼だけだ。
『らしくねーんじゃねぇ?・・・悩むより進むタイプだろ?お前は。』
 苦笑しながらそう言って、ガツンと一発かましてやれよと、背中を押してくれた。
その事を、まるで昨日の事のように覚えているのに・・・もう、彼はこの世の何処にも居ないのだ。

 自分の何処かにぽっかりと空洞が空いたような虚しい感情と、胸に燻る痛み。
多分、友人を失った悲しみに自分は落ち込んでいるのだろうと解るのに、啓介は何故か泣けなかった。
 自慢じゃないが、感情の起伏は激しい方である。
こんな場面を想像した事など1度もナイが、もっと泣き喚きたくなるものだと、何となく思っていた。

・・・オレって薄情者かもなー・・・
 でも、胸に燻るこの痛みは、偽物なんかじゃない。
自分ではどうしても、消せないのだ。消す方法が、解らないのだ。

 啓介は、目を閉じて、深い深い溜息をついた。
自分の心と向き合ってみても、やはりどうして良いのかは解らない。
 でも、どうしたいのか……自分は、今、どうしたいのか、それだけはハッキリと解っていた。

───啓介は定位置に置いてあるFDのキーを掴むと、そのまま愛車に乗り込み、秋名へ向けて走り出したのである。


 極力音をたてないように気をつけて、啓介はFDを藤原家の前に止めた。
もう、真夜中だ。人のウチを訪ねて良い時間ではない。

 車から降りた啓介は、拓海の部屋を見上げて、煙草を1本銜えた。
今日は、もう、これで何本目だろうか?
拓海に見つかったら、嫌みの1つでも言われる数であるのは、間違いないだろう。

・・・こんなトコきても仕方ねーのにな・・。

 拓海を起こすつもりはもちろん無い。
ただ・・・確かめたかったのかもしれない。
 ───拓海が生きている事を。
当たり前の事なのに、不安になってる自分に気づいて啓介は苦笑した。

・・・バッカだなー・・・俺。

 心の中だけで呟いて、ふぅーっと煙草の煙を大きく吐き出した。
解っているのだ。・・・でも、動けない。
 ───拓海に会いたい。
・・・叩き起こしたいとは思わないけれど、自分の気持ちに嘘はつけなかった。


 結局、帰る事も、訪ねる事も出来なくて、啓介はずっとその場を動けないまま、恋人が眠っている部屋の窓を見上げ続けていた。


 沈黙を守り、夜の静寂に包まれていた拓海は、ふと目を覚ました。

・・・めずらしーな・・・何で目ぇ覚めたんだ?

 おまけに思考までハッキリしている。
「?」
 拓海は自分で自分が不思議になり、ポリポリと頬を掻くとコトリと首を傾げた。
 全然自慢にならない事だが、1度寝付いたら、地震が来ようと火事が来ようと絶対起きない自信があるのに。

 ・・・あれ?なんか喉、乾いてんなー…ちょっと水でも飲んでこよっかな・・・

 めんどくさいと思いつつ、拓海は起きあがると部屋の電気のコードを引っ張った。
 暗さに慣れていた大きな瞳に白熱灯の灯りを受けて、拓海は数度、瞬きを繰り返すと、そのまま、水を求めて階下へと降りていった。

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