かなり天然で頼りなさげな風に見えるのに、この上級生はこういう時、とても肝が据わっているとオスカーは思う。
この2週間、学園中の興味と話題を攫っているこのコンサートで、ただ一人、素人同然の腕前で参加を余儀なくされたらしいのに、気負いの一つもないのだろうか?
何だかとっても自然体だ。
肝が据わっていると言えば、先日の事件でもそうだった。
悔しいことに、自分は失神寸前だったので見ていないが、どうやら襲われていた自分を助けるべく、あの暴君のような卒業生に対して果敢に立ち向かってくれたのは、なんと殴られたばかりのこの人だったらしい。
その姿を、身の程知らずだった、とバカにする奴をコテンパンに叩きのめしてまわり、今やすっかりアウトローの名をほしいままにしているオスカーは、その時の記憶を脳裏に甦らせて、一気に顔を青ざめさせた。
「!そ、そうだった!傷!・・・あの時の傷の具合はどうですか?フォーダム!」
言葉と同時に、オスカーは頭一つくらい下にあるユウリの顎に手を添えると、心持ち持ち上げて、もう片方の手の指先を、壊れ物にでも触れるようにそっと、先日まで痛々しい色に染まっていた頬…というか、口角へと、そっと触れさせたのである。
”───ってぇ!おいおいおいおい───ッ!(滝汗)
うわぁ〜、勇気あるなぁ、コイツ!この場にベルジュがいなくてホント、良かったよ”
というか、居たら流石に、目の前の下級生もこんな暴挙に及ばなかっただろうから、居た方がよかったのかもしれないが・・・。
一部始終を目撃してしまっているケストナーは、突然現れた下級生に対して、心の中で叫んでいた。
「ご覧のとおり、もう全然平気だよ。君の方こそ大丈夫?」
首を傾げることで、離してくれる?と示したユウリに、すみませんと即座に謝り、両手を離したオスカーだったが、驚くことに、今度は少しつま先立ちになったユウリの方が、相手の首元を覗き込むように、接近していった。
”───ってぇ!おいおいおいおい───ユウリッ!!(冷汗)
・・・そりゃ、ダメだろ、マズイだろ、ヤバいだろッ!・・・ってゆーか、なんて罪作りなんだよ、君っていうヤツは・・・”
再び心の中で絶叫したケストナーは、ユウリのあまりの自覚の無さに、普段のシモンの気苦労がどれほどのものかを垣間見た気がして、深くて大きい溜息をつく。
ほんの少し動揺を示した新たな犠牲者(と、ケストナーの目には映った)であるオスカーは、だがすぐに体制を立て直して、気遣ってくれるユウリに対して卒のない笑みを返した。
「俺も、もちろん平気です。貴方よりずっと軽傷でしたよ。・・・でも、本当によかった。綺麗に治って・・・。」
ユウリの言葉通り、口元を飾っていた痛々しい跡もすっかり消えて、もう痛くもない様子に、オスカーは、ほぅっと安堵の息をついた。
騒動の後、見舞いと称して彼が会いに来てくれた時には、まだそこは、見るも無惨な青紫色に染まっていて、とてもやるせない気持ちになったものである。
しかも、自分は助けに入ったつもりで、逆に助けられてしまったのだ。
立場がない上に、もの凄く格好悪い…と、かつてないほどに落ち込んだものである。
「ありがとう、オスカー。君も元気でよかった。アシュレイの報復があの程度で済んだのは、むしろ幸運なくらいだし。」
そのケロリとしたユウリのセリフに、オスカーは眉を顰める。
「冗談じゃないですよ!あんな暴挙をどうしてッ!・・・次があれば、俺は今度こそ絶対に負けません!」
「それこそ、冗談じゃないよ。オスカー」
ハッとするほどの威厳と強い力をもった、彼にしてはやや厳しいその声に、オスカーは激していた表情を素に戻して、顔を上げた。
もう一人の上級生が、意外そうに目を剥いてユウリを見ているところから、恐らく、こういう強い口調で彼が何かを言うのは、やはりとても珍しいことなのだろう、とぼんやりと推測しながら・・・。
一方、戸惑ったような下級生に対して、ユウリは再び表情を和らげると、言い諭すように、ゆっくりと言葉を続けた。
「アシュレイにまつわる災難のせいで君が苛立つ気持ちはよく分かるつもりだけど・・・。オスカー、あの人にはなるべく、関わらない方がいい。」
暗に泣き寝入りしろ、とも取れるそのセリフに、オスカーはムッと不満げな顔を返した。
関わるなと言われたことも心外だが、第一に、自分が怒っている原因をちゃんと分かってもらえていないのが、ちょっと悲しい。
別に自分は、あの男のありもしない置き土産騒動のせいで、怒っているわけじゃない。
大切だと思っているこの人を傷つけられたことが、悔しくて腹立たしいのだ。
だがしかし、まだ知り合って間もない相手に、この自分でも驚いている感情を理解してほしいというのがそもそも無理な話だと、何とか自分を納得させて、オスカーは黙ったまま、続くユウリのセリフに耳を傾けた。
「アシュレイが噂みたいに魔術を使うかどうかなんて僕は知らないけど、恐ろしい程に利口で、強運で、争い事に長けている人だということは保証するよ。そして、何よりあの人は、自分の敵には容赦がないし、とても危険な人だ。そのことは、君も痛感していると思うけれど・・・。
ただ、逆に言えば、自分に利害のない相手に、むやみに危害を加えるような人でもないから、関わらないですむなら、きっとそれが1番いいと思う。」
だから、できればそうして?と言いたげな雰囲気で告げるユウリに、自分を心配しての言葉は正直嬉しいので声を荒げて文句を言うことも出来ず、かと言って同意するのも絶対に嫌だと思うオスカーは、複雑な気持ちのまま、言葉を返した。
「・・・じゃあ、貴方は?」
この疑問は恐らく、全校生徒が・・・もしかすると、あのシモン・ド・ベルジュでさえも、不思議に思っていることに違いない。
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