「・・・ケストナー?」
突然、黙りこくってしまったと思ったら笑い出した友人の顔を、ユウリは首を傾げて伺うように覗き込む。
「ああ、ゴメン、ゴメン。ちょっと、この後の展開が楽しみでね。」
「楽しみって・・・」
酷い、僕はこんなに困ってるのに…と、唇を尖らせて拗ねた顔をするユウリに、ケストナーは弟の我が侭に困りながらも嬉しい兄のような表情で、苦笑してみせた。
ユウリを殊更、大切にしているシモンやオニールが企画したイベントで、何故、彼がこんなにも困る事態になってしまったのか・・・。
ユウリ自身が知らないその内情を、実はケストナーは知っていた。
ユウリが嫌がると察しがついていたシモンは、その話が持ち上がった際、もちろん反対したのだ。
楽器を貸すのは構わないし、コンサートを開くのも自分が言い出したことだからもちろん賛成だ。
でも、ユウリを参加させるつもりでそれを提案したわけじゃないし、恐らくユウリは嫌がるだろうから・・・と、シモンはあからさまに難を示した。
だが、ここ最近、ユウリに急接近してきているオニールが、それに熱のこもった反論を返したのだ。
簡単に言えば、あの素晴らしいユウリの演奏をヴィクトリア寮だけで独占するなんてズルイ、というわけだ。
それには、話し合いに参加していた他の寮の代表達も首を縦にふり、こぞって賛同したらしい。
君が僕たちの立場ならどう思うんだ、と突っ込まれ、珍しくもシモンが押し黙ってしまったので、結局、軍配はオニールに上がってしまったのである。
それでも、シモンは、あくまでユウリ本人の意思を尊重すべき、と、最後に提言したのだが、これまたオニールを筆頭に熱意というか狂気のこもったシェークスピア寮の面々にグルリと周りを囲まれて、結局、押しの弱いユウリは渋々ながらも頷いてしまったというワケである。
ユウリの知らぬところでおきた騒動をシモンから聞いていて、しかも、最後には彼が嫌がってると知りながらも、こっそり内心ではユウリ参加に賛成だったケストナーとしては、こうして彼が弱っている姿を見るのは、流石にちょっと良心が痛む。
ここは少しフォローが必要だと感じたケストナーは、おもむろに口を開いた。
「確かにねぇ、テクニックに注目して言うならば、君の言う通りだと僕も思うけど。・・・でもね、ユウリ?音楽ってヤツは、実はソレだけじゃないってところが、他の芸術にない最大の魅力なんだよな、これが・・・。そして、君の演奏には充分に『ソレ以外のもの』ってヤツが含まれているから、決して他の演奏者に勝るとも劣らない、と、僕は思っているよ。」
「・・・?それって、どういう意味?」
首を傾げて分からない、と示すユウリに、ケストナーは微笑んだ。
「それは、コンサートの後になれば、きっと君自身にも分かるさ。今ここで口で説明するより、ずっと簡単にね。」
そう。何よりも、オーディエンスの反応が、それを証明することは、目に見えている。
今から楽しみでならない、とばかりに笑うケストナーの言葉に、分からないユウリは更に首を傾げた。
「まぁまぁ、余計な事ばかり気にしてないで・・・。くよくよ落ち込むのも、もうヤメにしなよ。それよりも、僕と一緒に音を楽しもう、ユウリ!それこそが、音楽ってものの醍醐味だと思わないかい?」
普段から音を奏でる事をこよなく愛する友人らしいその言葉に、ユウリも同意するように頷いて、ふわりと微笑んだ。
「うん、そうだね、ケストナー。慰めてくれてありがとう。改めて、よろしくね。」
スッとユウリが手を出すと、ケストナーは快くその手を握り返した。
「こちらこそヨロシク。楽しい昼下がりにしような。」
この2週間ばかり、時間があれば練習に励んでいた2人は、すっかり意気投合している。
ケストナーの明るさにつられるように気分を持ち直したユウリは、ようやく、この日初めて、癒し系だと誰もが絶賛している日溜まりのような微笑みを浮かべていた。
「フォーダム!」
話し込んでいてすっかり遅れたとばかりに足を急がせていた2人は、張りのあるテノールの響きが力強くユウリの名を呼んだ事により、ピタリと立ち止まった。
「どうしたの?…大丈夫かい、オスカー?」
その声の持ち主に思いあたりのあったユウリは、振り返り、よほど全力疾走したのか、ぜいぜいと息を切らせて喘いでいる下級生に、心配げな声を掛ける。
「・・・いえ・・・その・・・向こうから・・・貴方の背中を見かけたから、つい・・・。こんにちは、フォーダム。」
そろそろ耳に馴染んできた、凛と涼しげな声に促されて、大きくハッーと息を吐き乱れた呼吸と整えてから、倒していた背を起こしてそう言ったのは、先日の事件でユウリと深く関わった下級生であるエドモンド・オスカーであった。
スッと高い背、しっかりした体つき、そして下級生とは思えぬほど落ち着いた雰囲気のあるその青年と、どこかまだ、少年の殻を残しているようなイメージがあるユウリとでは、どう見てもアベコベの立場であるように見えるのだが、間違いなく、ユウリが年上、オスカーが年下である。
その証拠に、オスカーはユウリに対しては、他の上級生に対する時よりも丁寧なくらいの丁寧さで、常に接していた。
「えっと・・・すみません、急いでいたんでしょうか?もしかして、これから練習でも・・・?」
遠くの建物から、豆粒くらいにしか見えなかったユウリを目にして、猛ダッシュでココまで駆けてきたオスカーは、今、初めて、ユウリの隣に立つ上級生の存在に気がついた。
そして、その上級生の顔が、如何にも、急いでいたのに余計な真似を…と告げている事に気づいて、一応、謝罪を述べたつもりなのである。
「え?…ううん、別に。時間は平気だよ。だって、今更、ちょっと練習したところで、どうにかなるようなものでもないしね。」
苦笑しながら言うユウリのその返事に、せめて始まる前にもう1回だけでも練習を…と考えていたケストナーは諦めの溜息をつき、オスカーは、はぁ、そうですか?と、曖昧な返事を返した。
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