幸せの定義(新キャラ(笑)&ユウリ) P3
 

 ユウリが音を奏でるその場所は、清らかで優しい空気に包まれていたように感じた。
いつまでも其処にいたいと思わせるような、そんな場所たっだ。
 それでいて、まるで、そこだけ透明の膜に遮られた別世界のようにも感じられて、自分は一緒にいられないと思ってしまうような、不思議な寂しさも、同時に存在していたように思う。

 そう。
 言ってみれば、子供の頃、夢の中にのみ存在した御伽の国が、すぐ目の前にあるような感じだ。
 あるいは、もっと現実的なもので例えるならば、透明な空気で満たされた由緒ある教会の中、と言い表すのが、1番近いかもしれない。
 とにかく、現実感が薄いような感じで、頭のどこかで、自分は異物であるという感覚がある。
簡単に言うなら、夢の中に一瞬ダイブしたかのような、そんな感じだったのだ。

 流れる音に、じっくりと耳を傾けていると、その音が内包する優しさが全身を包むような感じで、頭の中にある様々な悩みが取り除かれて、だんだん心が軽くなるような不思議な感覚をもたらす。
なのに、どこか、自分たちには見えない境界線が其処にあるようで、それがもどかしくてならないという、相反する想いにも駆られる。

 ユウリは何かに熱中している時、よくあんな風に別の時空にいるような雰囲気を醸し出しているよと、曲の合間にシモンがやや切なげな表情で仲間達に語っていたのが、やけにケストナーの印象に残っていた。

 そんな、確かに稚拙ではあるけれど、ずっと聴いていたいと思わせるようなユウリの演奏を傍でじっくり堪能していたケストナーとしては、ぜひ間近で聴きたい、と言い出す周囲の気持ちは分からないでもない。
特に、芸術家が集まるシェークスピア寮の者達が、今回に限らず事ある毎にユウリに拘る気持ちが、今ならばよく理解できる。

 ここ数日、練習のために談話室に通うユウリの様子を伺っていたので、多忙なシモンより余程長い時間、彼の傍にいて気づいたのだが、ユウリの近くにいるとインスピレーションが湧いてくるというか、とにかく、やたらめったら感性を刺激されるのだ。
 なんでもないようなことが、幸せの欠片であったことに、ふいに気づかされる。

 本当に、些細なことばかりだ。
 例えば、談話室は本当にくつろげる場所なんだな、とか、木漏れ日がキレイで嬉しいなとか、窓からそよぐ風が気持ちいいな、とか、そんな当たり前のことばかり。

 でも、それに気づくと、心の奧底から、今感じているそのイメージを音にして表現したい、という気持ちを揺り動かされてしまい、ワクワクして、ジッとしていられなくなるのだ。
 芸術家にとって、それは、想像の泉そのものであり、そこには金品ではとても計れない、尊い価値がある。

 わが校自慢の優等生であるシモンを筆頭に、在学中は魔術師と異名を取っていたアシュレイや、シェークスピア寮に集まる芸術家達の筆頭であるオニールなど、数々の名のある男達がユウリに構わずにはいられない理由は、たぶん、そこにあるのだろう。


”なんか、ヒューが言っていたこと、今更ながらに痛感したって気がするなぁ。”

 数年前に亡くなってしまった友人、ヒュー・アダムスは、ユウリともケストナーとも親しい友人だった。
 今ではもう、懐かしき過去のことだが、生存中の彼はシモンと張り合うほどにユウリに拘っていて、ある日、その理由を聞いた時に、こんな風に答えたのだ。

『ユウリはいつも謎めいてて、僕はその謎を知りたいのかもしれない。・・・どうしてそんな風に思うのか、理由は自分でもよく分からないんだ。だけど、とにかく、近くて遠い場所にいるアイツの傍にいたくて、近づきたくて仕方がない。・・・でも、ユウリは・・・どうしてかな?今、掴まえていても、次の瞬間にはスルリと離れていってしまうような、そんな気がして・・・時々、僕は、どうしようもない程、不安になってしまう。』

 ギュッと拳を握りしめながら、切なげな様子でヒューがそう語るのを聞いた時は、正直とても変なセリフだと思った。
 当時、怪しい噂がたってしまうほどに、ヒューはユウリの傍にひっついていたし、ユウリの方もソレを嫌がっている風ではなく、従順に受け止めていたように見えたからだ。
 あんなにも傍にいるのに、一体、何故、そんなバカげた不安を持つ必要があるのかと、その時はどうしても彼の気持ちを理解できなかったけれど、今ならばそれが分かる気がする。

”近くて遠いっていう表現が、ホントにヒューらしい言葉だったよなぁ。でも・・・まさにその通りだ。”

 目の前に確かに存在しているのに、まるで別の空間にいるように、ユウリの周囲だけが切り離された世界であるような、不思議な疎外感に捕らわれることがある。
多分、そのことを指して、彼はああ言っていたのだろう。

”それにしても・・・僕は、随分、惜しいことをしてきたみたいだ。”
 ヒューを通じて、もっとユウリと親しくなっていれば、この不思議な感覚をもっともっと、味わえていたかもしれないのに・・・。

”でも、まぁ、いいか。この先1年、息抜きと称してたまに談話室に誘うくらいは、許されるだろうし。”

 たぶん、自分はそのくらいの距離で、ちょうどいい。
 ユウリ・フォーダムという人間は、どう考えても自分の手には余る。
のめり込みすぎると、身の破滅にならないとも限らない。

”なんせ、あのベルジュですら、掴みきれていないって感じだもんなぁ。・・・やるなぁ、ユウリ。”
 本人が無意識なところが更に笑える、と思いながら、ケストナーは楽しそうに、この先の行く末を想像して笑った。


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