幸せの定義(新キャラ(笑)&ユウリ) P2
 

「なんだ、ちゃんと分かってるじゃないか。そうだよ、彼等とは文化祭や演奏会なんかで一緒に舞台に立つ機会があるんだから、何も今回でなくていいのさ。だから君が気にするようなことは何もないよ?第一、この話をきいて引き受けたのは僕であって、別に強制されたわけじゃないんだし。」
「でも・・・あの時は、こんなコンサートになるなんて思ってなかったから・・・。本当に、僕と一緒でよかったの?」
 その自信なさげなユウリのセリフが、どうにも的外れでおかしくて、ケストナーはクスクスと声をあげて笑ってしまった。

「それってニュアンスが違うよ、ユウリ。『君とでもいい』じゃなくって、『君とがいい』のさ。・・・大体、考えてもみてくれよ。恥ずかしがり屋な君が舞台で演奏する機会なんて、これを逃せば有り得ないだろう?つまり、今回のチャンスは1回きりってことだ。この機会を見事モノにした自分を、僕は誉めてやりたいくらいだね。」
 あはは、と楽しげに笑い飛ばすケストナーに、ユウリの肩に重くのし掛かってた何かが、少しずつ軽くなっていく。
「そう?それならいいけれど・・・」
 まだ、何だか疑わしげなユウリに、しょうがないなぁと、ケストナーは苦笑した。

「本当に本当さ、ユウリ。・・・実を言うと、このポジションは結構、競争率が高かったんだよ?」
「え?」
「コンサートをする事が決まってからこっち、君の伴奏をやりたいって立候補者は、募ってもいないのに、次から次へと、わんさか湧いて出たんだよねぇ。しまいには、弾き比べて上手いヤツにやらせるべきだって意見まで出たくらいで・・・。」
 そうなっていたら、シェークスピア寮で日々、腕を磨いているピアニスト達を相手に、自分はとても不利な勝負をすることになっただろうと、ケストナーは思う。
 もちろん、そうなったらなったで、尻尾まいて逃げる気も、簡単にこの役を譲る気もサラサラなかったのだけれど。

 しかし、幸運なことに、この件に関してはユウリにかかる心労を慮って、シモンが絶対にダメだと、コンサートを中止にしかねない勢いで拒否した為、話は立ち消えになったのである。

「え?ウソッ!」
「きっと君はそういう反応をするだろうと思っていたけどね。・・・ホントにユウリは予想を裏切らないよなぁ〜」
「え?・・・え…と、じゃあ、やっぱり嘘だよね?」
 からかってるのか本気なのか判断し辛いケストナーの言葉に、ユウリは戸惑いながら首を傾げる。
「ホントのことさ。僕には、彼等の気持ちもよくわかるけど。・・・ねぇ?ユウリは、そんなに自分が下手だと思っているのかい?」
「うーん…まぁ、聞き苦しい音を奏でてるつもりはないんだけど、上手いとはとても言えないと思う。談話室で気ままに弾くならともかく、舞台の上で大勢を相手に披露するようなものじゃないよ。」
 あっさりとそう断言したユウリの言葉に、ケストナーは苦笑した。
「君は正直だよなぁ、ホントに・・・」
「え?…んー、だって、嘘を言ってもしょうがないじゃない?弾いたら一発で分かっちゃう事なんだから。」

 首を捻ってそう言うユウリが、自分のことを1番分かっていないな、と思う。
それは恐らく、自分だけでなく、この学園の誰もが思っていることだろう。
 ただ、懇切丁寧に口で説明しても、きっとユウリには分からないだろうと思っているから、皆、わざわざ言わないだけなのだ。
そこには、ユウリにはこの驕りとは無縁の性格のままでいてほしいという願いも、きっと含まれている。

 シェークスピア寮の新入生を巡って騒動が起きていた折、いきなりピアノを弾きたいと言って、練習しはじめたユウリを、ケストナーはとても意外に思った。
 綺麗な音楽に素直に耳を傾ける姿は見たことがあっても、自分で音を奏でている姿は、それまで見たことがなかったからだ。
どうやら、親友であるシモンでさえ知らない事実だったらしく、はじめは結構、寮内で話題になった。
 普段から、万事控えめで目立つ行為をあえてしたがらない彼にしては、随分、珍しいことだと、目を丸くしたものである。
耳にした噂だと、どうやら件の新入生を立ち直らせる為に何やら頑張っているらしいときいて、すぐになるほどユウリらしい、と納得できたのだが・・・。

 結局、ユウリ自身はピアノよりもヴァイオリンの方が馴染んでいるらしく、すぐにヴァイオリンでの演奏に切り替えた辺りで再び首を傾げたものだが、どちらにしろ頑張って練習している姿を見るのは微笑ましい限りだったので、成り行きを見守っていた。

 ユウリの演奏は、確かに本人の言うとおり、練習不足で技術的にはとても拙いと思う。
 でも、素直で透明感のある、まるでユウリそのものであるかのような澄んだ音色は、とても耳に心地よく響いて、聴いている者に、幸せを身近に感じさせるような、そんな不思議な魅力に溢れている。
 窓の外から洩れ聞こえるあの音を耳にして、一緒に弾きたいという気持ちを刺激されない音楽家は、多分いないだろう。
 彼の音は、たとえ同じ楽器を使ったとしても、誰にでも出せる音じゃない、と、ケストナーは思うのだ。

 技術でもない。楽器でもない。
まるでユウリの個性そのものが織り込まれたようなあんな音を、どうして音楽を専攻してもいないのに出せるのか、その理由は知らない。
 でも、やはり、ユウリだからだな、と思うと、それだけで納得してしまうのが、我ながらおかしい限りだ。
 でも、きっと、自分以外の他の皆も、同じようなことを思ったに違いない。

 練習場と化していた談話室は、本来なら生徒が気ままなお喋りを楽しむ場所であり、ピアノやレコードの音に耳を傾けている者もいれば、それに構わずお喋りしたりゲームを楽しむ者だっている。
 だが、ユウリが練習していたここ数日の間は、まるで別の部屋であったような様相だった。

 まず、誰もしゃべらない。
そして、演奏の最中には、部屋に入ったりしないし、入っている者も動いたりしない。
 だけど、入り辛いとか、居心地が悪いとか、そういうわけではもちろんなくて・・・。
ユウリの音が作り出すその空間を壊してしまうのが惜しいという気持ちが、自然とそういう行動を皆に促していた。

 

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