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「……行って…しまう…って…。…リッテ…マ…みた…に…フォーダムまでっ!」
いまなお抱える喪失の痛みを思い出してしまったのか、新たな涙が、零れ落ちる。
その様子に、痛ましげに表情を翳らせたユウリだったが、すぐに安心させるべく、微笑した。
「まさか!…大丈夫だよ、サリヴァン。そんなことは絶対ないよ。…ほら?僕はここに…ちゃんと、君の目の前に居るだろう?」
「…でもっ……」
ブンブンと、否定するように首を振る少年に、ユウリはさらに続けた。
「大丈夫。第一、僕は天使になる方法なんて知らないんだから、行きたくても行けないよ。・・・ね?」
「…だって……い…今ッ……いっ…ふぇっ…」
優しい上級生の、その言葉を信じたい。
でも、今さっき見た、あの姿は、かつて自分と友人が信じていた話そのものだったのではないか?
彼が奏でていたのは、天使のアリアではなかったけれど、神に愛されても仕方ないような美しい調べであることには変わりない、と、サリヴァンは感じていた。
友人のリッテンマイヤーが、本当は天使になったのではなくあの日に亡くなってしまったのだと、知っていたのだ。
本当は、心のどこかで、ちゃんとそのことが分かっていたのだ。
どんなに願っても、祈っても、天使になったリッテンマイヤーの声が、この耳に届くことなどない事も・・・。
信じたいけれど、それは無理なことなのだと・・・、受け入れがたい現実こそが真実なのだと、分かっていたからこそ、悲しくて辛くて、どうしようもなかったのだ。
───人は背に翼を持たない生き物だから、どんなに望んでも天使にはなれない。
遙か昔から多くの者が願い、そして叶えられることのなかった、それこそが真実なのだと・・・。
でも、今はまた、分からなくなってしまった。
リッテンマイヤーには無理だった、自分にも、無理だと思う。
だけど、フォーダムには・・・本当にそれは、無理な話なのだろうか?
目の前に確かにいるのに、先程までの彼は、本当に消えてしまいそうだった。
この人には…この人なら…もしかしたら、叶うのではないだろうか?
先程まで見ていた光景をまざまざと脳裏に浮かべたサリヴァンは、再び嗚咽を洩らし始めた。
「・・・ふえっ…うぅ…えっ… 」
止まっていた涙が、再び、ボタボタ落ち始めたのを目にして少し慌てたユウリだが、面倒放棄とばかりに突き放すような真似が彼に出来るはずもなく、泣きじゃくる少年の頭をゆっくりと撫でながら言葉を続ける。
「今、僕が弾いていたのは、天使の音楽なんかじゃないし、もちろん、天使になるための儀式なんかじゃないよ?作曲した人の想いはどうあれ、あの曲は人が神に祈りを捧げるために歌われる曲なのだから。
『アヴェ・マリア』・・・君も好きだったよね?」
コクコクと頷くものの、サリヴァンの涙はなかなか止まらない。
「・・・ちょっとだけ、僕の話を聞いてくれるかな?サリヴァン」
一呼吸おいて、ユウリにしてはやや強引に、俯いて泣く少年の顔を上げさせる。
再び、漆黒の瞳が少年に瞳を捕らえ、そこに宿る神秘的な力が優しい呪縛となって、サリヴァンは視線は外せなくなってしまった。
「君がそんな風に思ってしまうほど感動してもらえたのは光栄だけど、僕がここにいることを信じて貰えると、もっと嬉しいな。
ねぇ、サリヴァン。僕は思うんだけど、天使に負けないくらい、人間だって幸せじゃないかな?
ここは確かに、天国のように光に満ちた世界じゃないけれど、夜の闇がないと疲れてしまうような気がしない?
光と闇がバランスよく訪れるこの世界にいられる僕たちは、考えようによってはとてもラッキーだと思うんだ。
そりゃあ、辛くて悲しいことだってあるけれど、それ以上に楽しくて嬉しいことだっていっぱいある。
友達がいて、家族がいて、大切な人達と…大好きな人達と一緒にいられる。
僕は天使になって地上を見守ることよりも、愛する人達と同じ時を、様々な想いを分かち合い、与え合いながら生きていられることのほうが、ずっと幸せなことだと思うんだけど・・・」
その言葉を耳にした瞬間、サリヴァンの中にあった深い暗闇が、憑き物が落ちたように消えてなくなった。
ゆっくりと、頭を撫でてくれる手の温度は、天使では持ち得ない、血の通う人間の手の温もりだ。
・・・とても暖かくて、とても優しい。
地上はこんなにも、光と温もりに溢れた美しくて優しい世界だったのだと、自分はどうして今まで、気づくことが出来なかったのだろうか?
コク、コク、コク…と、頭がもげるのでは、という勢いで何度も何度も頷いてから、サリヴァンは背を伸ばして顔をあげた。
まだ、流した涙で頬は濡れているけれど、その瞳にはこれまでには見られなかった、明るい光が宿っている。
「僕も……僕も、そう思います。フォーダム!」
ハッキリとした口調で述べる少年は、もう先ほどまでの怯えていた彼とは違う。
まるで生まれ変わったかのように、生き生きと輝きはじめた。
「僕……もう、二度と言いません。人間なんかどうでもいいなんて…。なんてバカだったんだろう、僕は・・・今まで…なんてッ…」
途端、後悔の念に捕らわれはじめたサリヴァンを、ユウリは肩を叩いて宥めた。
「サリヴァン…」
大切な友を失った痛みだけは、誰にもどうにもしてあげられない。
しかも、自分がもう少し別の行動をしていれば、失わなかったかもしれないと思っているなら尚更だ。
その後悔がどれほどのものか、同じ痛みを知っているからこそ、ユウリにはわかる。
「大丈夫です、フォーダム。僕は…もう大丈夫。この世界も素晴らしいのだと、貴方が僕に教えてくれたから・・・」
しっかりしたそのサリヴァンの言葉に、ユウリは安心したように頷いた。
やさしい微笑みに促されるようにサリヴァンは更に言葉を綴る。
これまで言えなくて胸の奥に溜め込んでいた、たくさんの言葉を・・・。
「・・・僕、また歌いたい。今度は天使になる為じゃなくて、神様に捧げるものでもない。リッテンマイヤーに、届けるための歌を・・・。
彼が少しでも安らかに眠れるように、精一杯の祈りを込めて・・・。
…ああ、でも…僕の歌じゃ、喜んで貰えないかな?…だって、僕は…」
希望を灯した途端に、自らそれを否定する少年に、ユウリは首を横に振った。
「間違えないで、サリヴァン」
凛とした声で発せられたその言葉の響きは、決して大きな声ではなかったが不思議と辺りに響いた。
余談だが、会場からは未だ、誰も立ち去らず、固唾を呑んでこの2人のやりとりに注目している。
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