Ken Kawamura's Hammond C3 Mod “海月”

《 第 I 章 Shot In The Dark 》

2010年9月、世界一美しい楽器が日本で完成しました。まずは神々しいまでのその御姿をご覧ください。

これは、今から52年前の1958年に作られたハモンド社製“C3”オルガンを、キーボーディスト・川村ケン氏がデザインしたオリジナルアクリル製シャーシに移植し、更に最高のメンテナンスと数々の強力なモディファイを施したというトンデモナイ“楽器”です。

楽器ですよ。世界一の美しさを誇る、楽器。
ま・ず・は。
どのくらい美しいか、を、皆さんの溜息が漏れつくし、酸欠になるくらいどっぷりとご覧頂きましょう。

ゆっーくり深呼吸してくださいっ。で、息を止めてぇ。。。。はい、どーぞ。吐いてっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

はあ、はあ、、、、どうです。世界一の美しさ。
まだプロローグなのに、すでにお腹がいっぱいなハズです。
なのに、このムネヤケしない満腹感は何なのでしょう。
まるで清涼感すら感じ、もう一杯イケてしまうこの感じ。(笑)

サテ、こうまで “世界一” と連呼し断言してしまうと、たいてい「ちょっと待った」という声が聞こえてきそうなものです。

例えば、ピアノ界のロールスロイス、スタインウェイの方が美しいのではないか。はたまたクラッシック音楽界の王様・バイオリンのストラディヴァリウス、ロックファンであればギブソン社のヴィンテージ・サンバースト・レスポールこそが世界一美しいと主張されるかもしれません。
では、それらの楽器と、比較してみましょう。


LesPaul


Stradivarius


じゃ〜ん。
圧勝です。(笑)

公平を規して、照明や光の当り具合を排除してみました。(笑)
美しさの基準は、人それぞれ主観が異なります。ですが、こと、暗闇という一日の半分(地球の半分)の条件下に於いては、世界一美しい楽器は、このハモンドC3オルガン“海月”であることは、御納得頂けたでしょう。

あ。
“海月”と書いて、「クラゲ」 と読みます。読んで名のごとし。(笑)

 

≪ 第 U 章 Rock Your Cradle ≫

この、“海月”。

完成に至るまでのいろんなエピソードが、いろんな所に散らばっていて、ある時それらはまるで“奇蹟”のように、「ある場所」に集まってくるのですが、思いつくままに(筆者の勝手な思い込み満載で)それらを披露しちゃいましょう。

先ずは、オーナーである川村ケンさん的ストーリー。
< 1 >「スケルトンが好きだから。」
< 2 >「厚見玲衣さんが好きだから。」

うーん。的確すぎて、短すぎるな。。。(笑)

< 1 >はサテオキ(笑)、< 2 >についてはもうちょっと筆者の知るところのエピソードを補足しますと、“海月”完成から遡ること5ヶ月前。厚見さんによって開催された“ゴールデン・メイニアックスの奇蹟”で、川村さんと厚見さんによる“夢の師弟競演”が実現したのです。

 伝説のハードロックバンドVOWWOWの熱狂的ファンだった川村少年(注:今もファンのまま)は、1990年に日本武道館で行われたVOWWOWラストライヴの会場で、その後の人生を決める大きな決意を抱き、その後出会うべくして厚見玲衣さんと出会い、師と仰ぎ、今に至っていることは、ハードロックオルガン・ファンなら誰もが知っていることでしょう。

なので、競演とは名ばかり。(笑) まあ見る人から見れば、“師弟対決”ですな。
で。ここで。川村ケン支持派のボク的には、ニガイ思いをさせられるのですが、その理由は両者のオルガンサウンドに差があったからなのです。

「これじゃハンデじゃん!」と。

おっと。誤解があってはいけませんので、ハッキリ申し上げておきますと、この日の川村さんが弾いたオルガン(お借りした物でしたが最新の最高級機)は、もちろん素晴らしいサウンドの楽器でしたし、プレイもまた最っ高でした。
つ・ま・り、厚見さんの使ったオルガン(ヴィンテージのハモンドC3。それも徹底的にメンテナンスとモデファイが施されている最強の一台 )が、あまりにも凄すぎて、サウンド面での差が歴然としてしまったという事を言いたいワケです。
決して川村さんのサウンドが悪かったのでも何でもないです。むしろ巷に溢れるオルガンサウンドと比較したら、最高にカッコイイ音でした。。。がっ!
ここで、ボクがどんだけ褒め称えようが何を言おうが、川村さん御本人の心の中には強烈な叫び声があったハズなのです。

「ヴィンテージのハモンドオルガンが欲しい!」って。(爆)

もうちょっと、ちゃんと川村少年の“心の声”に耳を澄ませば、

「ボクも、大〜好きな厚見さんと同じヴィンテージのハモンドオルガンの、
それも大〜好きな厚見さんと同じ “C3” が欲しいよ〜!」

でしょうか。(笑)

みんなに聞こえちゃってましたけどね。(笑)
テカ、顔に太いマジックでくっきり書いてありましたしね。
(ゴールデン・メイニアックスの奇蹟レポ写真参照)

で。MANAIC(メイニアックと読む=日本語にするとオタク)な人が「よおし、絶対に買うぞ」と決めると、たいてい“念波”というヤツがアタマのてっぺんから放出されて、それが空の上のほうにビビビって飛んでいって必ず実現するっていう、そのテの事例は、Grand Funk Manaic っていうオタクサイトで筆者の体験談を山ほど語り尽くしているので割愛しまして、(笑)
こと、このクラゲちゃんに関しては、それが「ある場所」で結実するという更なる“奇蹟”をも起こしてしまうのです。

ちなみに、そぉんなにヴィンテージ・ハモンドが素晴らしいって分かっているなら、プロキーボーディストなんだし、もっと早く買えばよかったじゃん。とチラリとでも思った貴方。

あま〜いっ!

なにせ、ドデカイですからね。本物のハモンドオルガンは。重さも 200kg もあるし、トラックじゃなきゃ運べないし、マンションとかだとエレベーター乗らなかったり、玄関通らなかったり。
所有するには、いろいろな条件(苦難という)をクリアしたうえで、何よりも“覚悟”っちゅうのが求められるのです。

いまどきの、最新デジタル音源オルガンならば、重さは1/10以下、ソフトケースで肩から背負って電車に乗って運べちゃって、しかもサウンドはバッチリなのですから、フツーはそっちで充分なのです。←但し“本物”のヴィンテージ・ハモンド(それも極上)と弾き比べたりしない限りだけど。(笑)

ま。厳密に言うと、19年の時を経て実現した昨年末の “アックスの奇蹟” 終演後、すでに騒いでましたね。(笑)
で、“ゴールデン・メイニアックスの奇蹟”のリハーサル段階から、「欲しい、欲しい」とコトダマにして吐きちらされていたし、水面下でこっそり探し始めていたというタクラミも、ボクにはバレちゃってましたし、そんな、妄想が膨らみきった状況下での“師弟対決”だったワケですから、もはやフツーでなくなってしまった川村先生が、「ぜえったい買う!」と更に決意を固めたのは、これはもう仕方のないことなのです。。。
で。決意しちゃって、後になってから玄関問題に気づいたりしたのも、これもまた仕方ないのです。(笑)

そういうのも含めて着々と。
玄関を通らない普通のハモンドC3が、クラゲ化してゆく“理由”がひとつひとつ生まれてゆくワケです。

 

≪ 第 V 章 Grand Funk Maniac ≫

サテ、外野サイドの、厚見さんとボク的なストーリーを少しだけ披露させて頂きます。
どうして、命名=「クラゲちゃん」なのか。

それには、ボクの敬愛する最高のハードロック・バンド、“ グランドファンク・レイルロード ”(略してGFR) を語らずに説明できないので、ちょっとだけ。ささっと。
1969年にアメリカのミシガン州からトリオ編成で“登場”したGFRは、アメリカンハードロックというスタイルを全世界に示し、惜しまれながら1976年に活動を停止しました。
その間、1971年と1975年の2度来日し、1971年に当時の後楽園球場(現在の東京ドーム)に於いて、日本の音楽史上“初”となる野外球場コンサートを行った(それも嵐の中で)というエピソードは余りにも有名ですし、1975年の来日公演ではキーボーディストを迎え4人編成となり、その完成されたサウンドは今日のアメリカンハードロック・スタイルの手本となっています。
そしてこの1975年の日本武道館公演こそ、翌年に活動停止発表するGFRの歴史上、最後のライヴコンサートとして世界中のGFRファンにとっては永久に語り継がれるメモリアルなコンサートとなったのでした。

で。GFRミーハーオタクなボクにはひとつの不満がありまして。それは1975年当時のコンサートに関する雑誌記事があまりにも少ない!という事なのです。
1971年の“嵐の後楽園球場”は、ロックという新しい文化の波が怒涛のように押し寄せた当時の日本にとって正に黒船来航、ビートルズ来日以来の衝撃を持って迎えられたので、一般誌でも取材記事が掲載されたのですが、1975年の武道館公演の取材記事といえば、カラー写真はこの一枚くらいしかないのです。

テナ愚痴を、厚見さんに洩らしつつ、この写真を厚見さんに見てもらった次の瞬間!
厚見さんの叫び声はデニーズ中に響き渡ったのでした。(食事中だったので)

「なんだ!このハモンド! クラゲだっ!」

おそらく。
フロアで食事中の客だけでなく、厨房の中までも、頭の中は巨大な“?”マークだらけになった空気をボクは見逃しませんでした。

「ハモ料理だか何だかの料理にクラゲが混ざっていたのか?つーか、ハモとかクラゲの料理があるのか?」

いつもなら、すかさず
「声が大きすぎますっ!オ・ル・ガ・ンの話題ですね。楽器の!」って
フォローを大声で言うボクなのですが、

「ええーっ!ハモンドがクラゲって、どういうことですかぁっ!」
っと、これまた叫んでしまいまして。(笑)

もうデニーズ中、「え?え?え? あのテーブルで何があったんだ?」っていう空気の中、ボクもその意味に気づいたのです。

「ああー!ハモンドが透明だ! たしかにっ、こりゃクラゲだあぁ!」って。

もう一度見てみましょう。

ね。クラゲでしょう。

先に話題にした厚見さんの“極上サウンドのC3”の写真がコチラ。


このように、背面がアクリル製カバーになっていて、中が見えるのです。

これはハードロック・オルガニストの神様、ディープパープルのジョンロード尊師が、このよーに背面板をちょん切って中が見えるように空けているので、そこからインスパイアされて、でもホコリだらけになっちゃうので、アクリルカバーを取り付けた。という。

で。常々「いやはや、この、背面から中が見えるのが最高にカッコイイですよ!」と絶讃するボクに、謙遜しつつも、「イヤイヤ、海外には全体を透明にしちゃうツワモノもいるんだよ。ネットで検索したら見つけられるよ。展示会の展示用とか、オタクな個人のコレクションとか。有名どころだと、プリンスのアルバムGOLD発表時のツアーで、何とB3透明アクリル化だけではあきたらずレズリーもスケルトンになってて、その頃LAにいてTVで観たんだけど、思わずソファからズリ落ちそうになったくらいビックリしたよ!」

みたいな会話が有ったのですが、
まさか!
ボクが半生を賭して研究しまくっているGFRのキーボーディストが透明ハモンドとは!
ガチョーンです。
大声も出ます。

「あのぉ、何か料理に御座いましたでしょうか?」
と慌てた様子のデニーズの店長さんらしき方がすっ飛んで来たので、
「あ、騒いですみません、美味しく頂いてます。」
と謝りつつも、その店長にまで
「見てください。このオルガン、全部透明なんですよ!背面だけじゃないんですよ!」
と言いたい気持ちをグッとこらえたのは言うまでもなく。(笑)

このデニーズ事件を境に、透明なハモンドを我々は「クラゲハモンド」と呼ぶようになり、「エージ君、GFR機材コレクションを極めるには、エージ君もいつかはクラゲハモンドを手に入れるっきゃならなくなったね!」

「それだけは無理です!」って。(笑)

だいたいにして、ハモンドオルガン自体もう作ってないし、(今、楽器屋さんで売っているのは外観は同じでも中身はデジタル音源化された別物)
当時の全米ナンバー1ヒット曲が売れまくっていた世界的な人気バンドGFRだからこそ、巨大なハモンドオルガンをちょん切って、バラして、特注のアクリルケースに中身を移植するなどという、常識では成し得ない(=非常識)な事が出来たのであって、21世紀の現代では(まして住宅事情がアメリカとは違う日本では) これはどう考えても、ボクの言葉の通り「無理」な話なのです。

  ↑
ムフ、気付きましたね。(笑)
“海月” と、“川村ケン” が、いかに“非常識”な存在であるかを言いたくて書いてます。

 

≪ 第 W 章 Emerson Maniac ≫

サテ、川村さんの“念派”は放出されたし、もしも今の時代に透明ハモンドが実現したときの名前はデニーズで決めたし。

でも誰か作れる人が居なきゃ話はここで終わりです。
世の中にはギターを改造する職人はたくさん居ますし、アンプを修理できる人も居ます。
もちろんハモンドオルガンの修理を専門にされている職人さんも居ます。
ですが、重さ200kgもの巨大なオルガンをちょん切って
・・・(−中略−)・・・
移植してクラゲ化できるメイニアック(日本語にするとオタク)な人なんて。。。

居るんですねえ〜。(爆)

 

たしか5月の会話では、

「欲しいな〜、厚見さんと同じC3がいいな〜。でも家には入らないな〜」

「チョップすればいーんだよ。※」
(※ チョップっていうのは、ハモンドオルガンの足部分をちょん切って分割して運びやすく改造すること。
70年代に海外の有名なキーボード奏者が施していた改造で、前出の厚見さんのC3もチョップされている。)

「そっか、チョップすれば家にも入るし、厚見さんとおんなじかぁ〜。カッコイイなぁ〜。」

「どうせなら裏ブタも透明にしたら?」

「どうせなら全部透明にしちゃおう。」

どのセリフがだれの発言か、なんとなく分かりますでしょ。(笑)

「でも、そんな改造、出来る人、居ますかね?」

「居るよ。紹介するよ。(by厚見さん)」

で、この方が、“登場”して、いよいよ“海月”計画が実行に移される運びとなります。
   ↓

日本最強、いやさ世界最強のキースエマーソン・マニアック!、ヴォイジャーさん。
その恐るべき、日曜大工ぶりは、コチラ!
   ↓
Click here to show the making report of PCBC-3

ちなみに、オルガン屋さんでも、楽器の修理屋さんでもないですよ。(笑) だからこそ、すごすぎ。

かくして、ついに。
川村ケンさんとヴォイジャーさんは、厚見さんという黒いヤリ型のシッポを踏んでしまい、
出会ったワケです。(←表現うまいな〜)

 

さて第 5 章の製作日記は、あまりにも凄まじい“○○絵図”が繰り広げられますので、それなりの覚悟で。(笑)
メクルメク迷宮への入り口は、コチラ
   ↓

[ 第 V 章 Mask of Flesh ]

 

 

 

 


はあ、はあ、
お疲れ様でした。(笑)

第 V 章、製作日記、如何でしたでしょうか。
ひとつひとつの工程を、その都度カメラに収めているところが、
真のメイニアックだという事に気付き、関心された貴方。

資質充分とお見受けします。(笑)

克明に記録された製作過程の写真のどれもが、
「最高の楽器を作り上げて、最高のプレイヤーに届けたい」
という情熱に溢れています。

この“海月”が、どれほど凄い楽器なのか、あらためて御理解頂けたのではないでしょうか。

 

≪ 第 VI 章 LIVE at BUDOKAN ≫

2010年10月、遂に完成に至った、この“奇蹟”のハモンドオルガン。

オーナー川村ケンさんは、数日後に迫っていた安全地帯・日本武道館コンサートに持ち込むことを決意されていました。
かつて、VOWWOWのラストコンサートを客席から観ていた川村少年は、この武道館公演の客席に厚見玲衣さんを御招待していたからです。
かたや。外野サイドのボク。
1975年にGFRのラストコンサートから35年の時を経て、日本武道館のステージに透明のハモンドオルガンが登場するとなれば、これはもうオタクサイト=GRAND FUNK MANIAC としては“奇蹟”としか言いようのない大事件なワケです。
しかも、それを弾くのは、5ヶ月前の“ゴールデンメイニアックスの奇蹟”で、まさにGFRのキーボーディスト=クレイグ・フロスト役を務めてくださった川村さんなのです。
GFRクレイグフロスト以来となる35年ぶりに。しかも、正にその武道館。。。コーフンを抑えきれません。

そしてついに“海月”は何千人もの大観衆の前で披露されました。
素晴らしいプレイと、最高の、“まるで厚見さんのハモンドC3のような” そのサウンド、華やかなステージ上の景色の中でも更に際立つ華やかさをまとい浮かび上がる世界一美しい姿。

日の丸の下、ステージ右側に燦然と輝く。。。。って見えませんね。(笑)
では、コチラ。

 

この日、“海月”を製作されたヴォイジャーさんも愛知県から駆けつけ、まさに最強オルガンオタク、“ C3メイニアックス ” の面々が、様々な想いと、ここに至るまでのエピソードを抱え日本武道館という“聖地”に集まりました。
自らが持てる情熱と技術の全てを注ぎ込み作り上げた“海月”が、最高のプレイヤーによって奏でられ観客を酔わせる光景の中に身を置いたヴォイジャーさんの震えるような気持ちのすべてをボクには想い計ることができません。
そして、その強烈な想いを背負い、自らの原点となる武道館で、恩師への想いを込めた最高のプレイで“海月”を奏でた川村ケンさんの気持ちもまた、思い馳せる程に言葉では表現できません。
できることといえば、勝手にGFRと重ね合わせ(笑)、大好きな川村少年の“晴れ姿”に目頭を熱くするだけ。

そして、ふと気が付くと。。。そこには、
「クラゲだ〜、クラゲだ〜、これは歴史に刻まれるべき事件だよ〜」と、大喜びの厚見さんが。(爆)

うん。これぞ師弟愛。

川村さん、グッジョブ!
ヴォイジャーさん、グッジョブ! です。

 

≪ 第 VII 章 Don't Leave Me Now ≫

サテ。世界一美しい楽器、ハモンドオルガン C3改、その名も“海月”ちゃん。
最後は川村さんの家に運び込むという大仕事が待っていまして、手伝いという名目で触らせてもらいに行きました。

が。しかし。
重いのなんの。120kg!
運びやすいサイズ(?異議アリ!) に改造されていて、
たしかに玄関も廊下も通過できたし、部屋にも美しく収まったけれど。。。

あらためて。しみじみと。。。

ヴォイジャーさん、おかしいっ!
川村さん、おかしいっ!

でも、こんなにも美しく素晴らしい楽器を作り上げ、素敵な体験させてくれて、

ほんとうにありがとう

 

そんな重症な方々の集う部屋、その名も [ Hammond “C3” Maniac ] は、近日公開です。

先生っ、急患ですっ!
Coming Soon〜

wrote by Eiji Farner


≪ 追記 ≫

この、世界一美しい楽器、“海月” 完成に至るまでの舞台裏、
さ・ら・に、ウルトラメイニアックスなメールのヤリトリを全文流出させた、その名も

Ken & Voyager's “The Conversation between lovers”


必読です!

巻末の 「川村ケンさんからのメッセージ」 を受け取ってください。

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