| 正式団体名 | 宗教法人 創価学会 | 立教 | 1930(昭和5)年 | |||||||||||||||||||
| 開祖・教祖 | 初代会長 牧口常三郎(まきぐち つねさぶろう) 二代会長 戸田城聖(とだ じょうせい) |
現指導者 | 名誉会長 池田大作 五代会長 秋谷栄之助 |
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| 聖典・教典 | 法華経、新編日蓮聖人御書全集 | 本拠地(聖地) | 〒160-8583 東京都新宿区信濃町32 | |||||||||||||||||||
| 崇拝対象 | 日蓮聖人(ご本尊) | 信徒数概算 | 約812万世帯(詳細人数不明。が、一説によると、日本の総人口の5%を占めるという) | |||||||||||||||||||
| 関連団体 | 公明党 | 東京創価学園 | 関連企業 | 聖教新聞社(非法人) | 潮出版社 | |||||||||||||||||
| 創価大学 | 関西創価学園 | 第三文明社 | 鳳書院 | |||||||||||||||||||
| 創価教育研究所 | 創価教育研究センター | シナノ企画 | 日本図書輸送 | |||||||||||||||||||
| 東京富士美術館 | 創価女子短期大学 | 日光警備保障 | 東西哲学書院 | |||||||||||||||||||
| (財)民主音楽教会 | 戸田記念国際平和研究所 | 創造社 | 信濃施設管理 | |||||||||||||||||||
| 教団の特色 | ||||||||||||||||||||||
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| 創価学会は、宗教法人ではありますが、正確に言うとこれ自体を宗教とはいえないかもしれません。もともとは日蓮正宗の信徒団体(いわゆる「講」)がその出発点だからです。総本山の大石寺(だいせきじ)が別の宗教法人として存在していますが、現在は大石寺から絶縁され、総本山がないまま活動を続けています。総本山がないままどうやって信仰活動を続けられるのかわかりませんが。 ご本尊を拝むしきたりは変わらないようですが、それに加え偉大なる指導者・池田大作名誉会長を奉るのも実質的な活動の一部のようです。池田大作氏の教団内の立場は絶対的であり、外部のものからみると神格化しているようにも見えます。 ご存知の通り、創価学会は新興宗教(宗教ではなくて信徒団体かもしれないが、少なくとも宗教法人なのでここでは宗教団体とする)では日本最大の宗派であり、これも「折伏」(しゃくぶく)と呼ばれるしつこい説得による信者獲得法によるところが大きいのではないかと思います。創価学会の勧誘の強引さは現在でもよく知られたところです。 創価学会は政治にも強い影響力をもっており、いまや創価学会を母体とする公明党は政権を担うまでになっています。建前はともかく、公明党の支持者=創価学会信者なのは周知の事実であり、これは政教分離が明記されている日本国憲法に違反するのではないか?と個人的には思うのですが、どうでしょう? |
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| 教団の発祥 | ||||||||||||||||||||||
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創価学会設立者の一人・牧口常三郎は、明治4年新潟に生まれた。小学校卒業後に北海道へ渡り、札幌師範学校を卒業後そこで教鞭をとった。その後上京して一時期出版関係の仕事に携わるが、最終的には教育の世界に戻り、小学校の校長を勤め定年を迎えた。小学校の校長時代に、教員の一人として戸田城聖がいた。戸田は後に牧口とともに創価学会の設立者となる。 牧口は、定年退職後の昭和5年に「創価教育体系」を発刊した。この前に牧口は日蓮正宗に入信しているが、この「創価教育体系」は、教育を通しての社会変革を長年求めてきた牧口が仏法に目覚めたことにより、仏法を中心に据えた教育論を打ち立てるに至ったものである。仏法を通して自らの理想である「平和」と「人間の価値創造」(「創価」の語源になっている)の実現を目指していた。 同じく獄中生活を送った戸田は、終戦間際の昭和20年7月に保釈され、学会組織の再興を試みたが、昭和26年までは具体的な活動成果が残っていない。 話は戻るが、そうして目標達成の翌年、昭和33年に戸田は58歳でこの世を去った。戸田は教団内ではカリスマ指導者として絶対的な力をもっており、それでいながら後継者を指名せず逝去したため、カリスマを失った教団の行く末はそう長くないと国民の大多数が学会の衰亡を予想したのである。今からするとまったく的外れな予想であった。 戸田の逝去後、当時の幹部の中でも若手であり、参謀室長をしていた池田大作が古参幹部を押しのけて第三代会長に就任する。突然表舞台に登場した、この池田なる人物が戸田以上に強力なカリスマを持ちビジネスの才覚にもあふれていたために、学会は衰亡するどころかますますの教勢拡大に邁進するのであった。 池田大作率いる創価学会はその後海外布教を本格化し、さらには政治の分野にも進出した。莫大な信徒数をバックに公明党は急激に勢力を拡大し、現在はなんと与党である。連立政権とはいえ、宗教の息のかかった政党が与党であることに個人的には危機感を感じている。創価学会の信者数が総人口の5%であるとして、日本全国民の1割以下に満たない少数のコミュニティの意向が日本全体の政治に影響を及ぼす政府なわけである。 | ||||||||||||||||||||||
| 教団の現状 | ||||||||||||||||||||||
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前述したが、もともとの創価学会は日蓮正宗の信徒団体であった。日蓮正宗自体は別に法人格をもっており、それが大石寺である。仏教はもともと「寺」と「檀家」が別個のものとして定着していた歴史的背景もあって、他と違いこのような形態になったのだろう。というよりも、牧口・戸田の当初の設立趣旨は「日蓮正宗を背景においた教育革命」であったので厳密には宗教活動のために設立されたのではないともみることができる。 ここで、創価学会の栄華を築いた三代目会長(現名誉会長)・池田大作について少しだけ言及する。私が思うに池田大作は、日本では出口王仁三郎(大本の教祖)に次ぐ大怪物であると思う。政治的手腕、経営手腕にもすぐれ、統率力もカリスマもある。池田が会長を勤めた時代に学会はもっとも大成長し、世界進出も果たしてついに国内では最大の宗派となった。池田は日蓮正宗総本山・大石寺に毎年30億円とも40億円ともいわれる寄進活動を行った。この功績により池田は大石寺より法華講総講頭に任命されていた。すなわち信徒のトップとして総本山より認められていたのである。ただしあくまで「信徒として」である。が、上述のように大石寺との軋轢は収まらず池田は総講頭の地位と共に創価学会会長も退くが、現在においても学会内部においては絶対的な権力者である。 偉大なる指導者によって急発展した新興教団は、その強烈なカリスマが亡くなったあとに急衰退するというのがこれまでの流れであった。これは高橋信次のGLAや岡田茂吉の世界救世教が代表的な例である。池田大作も高齢のためそう長く生きられないと思われるが、池田亡きあとに同様のカリスマをもった人物が後継者として現れるだろうか? もし現れなかった場合、学会はどのような運命をたどるだろうか。もともと日蓮正宗の信徒団体だったものが総本山から絶縁されているという事実もあり、事実上、池田大作を教祖とする学会は彼以上の求心力をもった人物が後継者にならない限り、信者の帰依も急速に弱まっていくというのが個人的な見方である。そうなった場合、日本全国800万世帯の創価学会がどうなるのか、私が生きているうちに見届けたいものである。 |
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| 参考リンク | ||||||||||||||||||||||
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